第二十一話 身分証明
保護声明が出てから数日後、セバンが一通の封筒を持ってきた。
「アイン様、こちらをどうぞ」
受け取ると、アルヴェイン王国の国章が押された封蝋がついている。開けると、中に一枚の証明書が入っていた。
アルヴェイン王国発行、付与魔法師アイン、身分証明書。
名前だけだった。姓がない。でも、名前がある。国の印がある。
「……本物ですか」
「本物でございます。侯爵様が外務府に申請されていたものです。本日付で発行されました」
俺は、証明書を両手で持ったまま、しばらく動けなかった。
ガルディアのギルド証は、追放の日に「抹消済み」と言われた。それ以来、俺を証明するものが、何もなかった。身分のない人間として、レイアの随行という形で、ここにいた。
今、手の中にある紙が、俺がここにいることを、証明している。
「冒険者ギルドへの登録も、本日中に手続きができます。ご都合はいかがでしょうか」
「……行きます。今すぐ、行っていいですか」
「もちろんでございます。レイア様もご同行される予定です」
アルヴェイン王都の冒険者ギルド。先月も来たが、今日は意味が違った。
受付に証明書と申請書類を提出した。受付嬢が書類を確認して、台帳を開いた。
アインという名前が、台帳に書き込まれていく。
筆が紙の上を走る音が、やけに大きく聞こえた。
「登録完了です。アイン様、こちらがアルヴェインのギルド証になります」
渡されたそれは、ガルディアのものより少し大きく、国章が入っていた。
「……ありがとうございます」
「こちらこそ、ご登録ありがとうございます。ご活躍は伺っております」
ギルド証を受け取って、俺はレイアの方を向いた。
レイアが、腕を組んで壁に寄りかかって待っていた。俺が証を見せると、一度だけ頷いた。
「よかったな」
「はい」
「これで正式だ」
「はい」
それだけだった。でも、その「よかったな」が、三年分の何かに答えていた。
◇
ギルドから出るとき、掲示板に新しい紙が貼られているのが見えた。今朝付けの依頼受付一覧だ。
その一番下に、小さく追記されていた。
「付与魔法師・アイン、本日よりギルド登録。同行依頼受付開始」
俺は、立ち止まって、それを見た。
自分の名前が、掲示板に載っている。
ガルディアでは、三年間、掲示板に俺の名前が載ったことは一度もなかった。依頼の担当欄には「鉄の牙」と書かれた。その下にある補助員の欄は、空白か、「その他」だった。
今ここに、アインという名前がある。
「どうした」
レイアが聞いた。
「……名前が、載ってるなと思って」
「載っているな」
「ガルディアでは、一度も載らなかったので」
レイアは、少し間を置いてから言った。
「これからは、何度でも載る」
俺は、その言葉に、少しだけ、目の奥が熱くなった。
でも、今日は泣かなかった。もう、泣いてばかりもいられない。
「行くぞ」
レイアが先に歩き出した。
俺は、掲示板をもう一秒だけ見て、追いかけた。
◇
屋敷に戻った夕方、セバンが書類を持ってきた。
「アイン様、ギルドへの同行依頼の申し込みが届いております」
「いくつですか」
「本日だけで、七件です」
俺とレイアが、同時にセバンを見た。
「七件、本日だけで」
「はい。明日以降も来る可能性がございます。対応方針を決めていただければ」
俺が「うれしいですね」と言いかけて、レイアが口を開いた。
「全件、一旦保留にしてくれ。明日、私と整理する」
「承知いたしました」
セバンが下がると、俺はレイアを見た。
「保留、ですか」
「整理が必要だ。今のあなたに、七件を同時に回す体制はない」
「でも、断るのは」
「断らない。順番をつける。そのほうが、あなたにも依頼者にも誠実だ」
俺は、それを聞いて、少し考えた。
「……ありがとうございます」
「礼はいい。明日、一緒に整理しよう」
その夜、俺はギルド証を机の上に置いて眠った。
朝になったら、また名前が呼ばれる。自分の名前が。
それだけで、十分だった。




