第十九話 エランの後悔
ガルディア王都、冒険者ギルド。
ギルドマスターのガレオが、先週に続いて二度目となる対策会議を開いた。
テーブルに並んでいるのは、B級以上のパーティリーダーたちだ。エランもいた。
「皆も分かっているとおり、成績の低下が止まらない」
ガレオが報告書を広げた。
「先月の依頼成功率が、七十四パーセント。一年前の同月は、八十八パーセントだった。この差を、どう説明するか」
「魔物の動きが変わっているのでは」
「他の地方ギルドは平年並みだ。ガルディア王都のギルドだけが落ちている」
「なら、冒険者側の問題か」
「個人成績を見ると、全体的に落ちている。特定のパーティではない。全員が、何かを失ったように落ちている」
会議室が、静かになった。
エランは、腕を組んで、一点を見つめていた。
ガレオが言った。
「何かアイデアはないか。ここ一年以内で、何か変わったことはなかったか」
誰も言わなかった。
エランが、声を出しかけて、止まった。もう一度、止まった。
それから、口を開いた。
「……アイン、という補助員がいたんですが」
「知っている。追放した男だ」
「そいつの追放と、成績低下の時期が、重なっています」
会議室が、また静かになった。今度は、少し違う静寂だった。
「根拠は」
「数字だけで言えば、一致しています。ただ、あいつのエンチャントは効果不明でした。三年間、測定記録がない」
「効果不明の補助員が追放されて、それが全体成績に影響するか」
「……分からないです。でも」
エランが、言葉を選んだ。
「アルヴェインで噂になっているじゃないですか。アインがいると全員の成績が上がるって。それ、本当の話らしいです。商人経由で入ってきた話では、師団の遠征でも数字が出たと」
「それは確認できていないが」
「でも、ガルディアで三年間いて、アルヴェインで一ヶ月で数字が出た。なら、こちらでも同じことが起きていたんじゃないですか」
ガレオが、長い間、黙っていた。
最後に言った。
「……仮にそうだとして、今さら何ができる」
「取り戻す方法を考えるか、あるいは代替を探すか」
「代替になる付与魔法師が、この国にいるか」
「……いないです。俺も探した。あの能力は、特殊すぎる」
「なら、取り戻す方法を」
「外交ルートで打診したと聞いていますが」
「断られた。アルヴェインが正式に保護を宣言している」
エランは、椅子の背に体を預けた。
「……俺が、嘘をつかなければ良かった」
小さく言った。
誰かが聞いたかもしれない。誰も聞いていなかったかもしれない。
◇
その夜、エランは、一人で酒を飲んだ。
酒が入っても、頭は冴えていた。
嘘をついた理由は、嫉妬だった。あいつが急に、他国の貴族と仲良くしているのが気に入らなかった。自分より目立ちそうになるのが、嫌だった。
その嫉妬のために、ギルド全体を、一年間落とし続けた。
エランは、杯を置いた。
「……最悪だな、俺」
答えてくれる人間は、その場にいなかった。
あいつがいた頃、俺は「才能が開花した」と思っていた。オークの動きが読める。ゴブリンを楽に倒せる。前より苦労しなくなった。全部、自分の実力だと思っていた。
違った。
全部、あいつのおかげだった。
俺が荷物番と馬鹿にして、効果不明と笑っていた、あの補助員のおかげだった。
あいつは、三年間、俺たちを支え続けていた。誰にも気づかれず、感謝もされず、ただ黙って、手をかざし続けていた。
なのに、俺は。
嫉妬で、あいつを陥れた。冤罪をでっち上げて、追放した。
エランは、酒を一気にあおった。
もう、取り返しがつかなかった。
あいつは今、隣国で英雄になっている。俺が蹴落とした男が、隣国で必要とされている。
自業自得だ、と思った。痛快なまでに、自業自得だった。
でも、それでも。
エランの中に残ったのは、痛快さではなく、ただの後悔だった。
あの三年間、一度でいい。一度でいいから、あいつに、ちゃんと礼を言っていれば。「お前のおかげかもしれない」と、一言でも言っていれば。
そうすれば、こんなことには、ならなかったのかもしれない。
「戻ってこいとは、言えないな」
エランは、天井を見上げて、つぶやいた。
言えるわけがなかった。あいつを追放したのは、自分だ。今さら「戻ってこい」なんて、言える立場じゃない。
あいつは、向こうで幸せにやっている。それでいい。
そう思おうとして、思いきれない自分がいた。
エランは、その夜、朝まで酒を飲み続けた。
でも、どれだけ飲んでも、後悔だけは、消えてくれなかった。




