↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された「効果不明」のエンチャンターは、隣国で計測不能と言われる  作者: まる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/30

第十二話 俺は何もしていない

測定と実証から、三日が経った。


 屋敷での生活は穏やかだった。朝と夜に食事が出る。昼は厨房に声をかければ何か用意してくれる。部屋は広い。服も一式、侯爵家が用意してくれた。俺には過分だと思ったが、断り方が分からず受け取った。


 ただ、内側が追いついていなかった。


 外側の環境は整っている。でも、自分が何者なのか、ここに何をしに来たのかという問いへの答えが、まだ出ていなかった。


 バルグナー団長から、正式な協力要請が来た。侯爵が承認した。週に一度、師団の訓練に同席する。それが当面の役割として決まった。


 それ自体は構わない。でも――。


「俺は、何もしていない」


 その日の午後、俺は中庭のベンチに座って、ぼんやりしていた。セバンが通りかかって「何かご用ですか」と声をかけてくれたが、首を振った。


 昨日、師団に行った。団員たちに挨拶した。俺がいる状態で訓練をした。全員のパフォーマンスが上がった。終わった後、全員が俺に礼を言った。


 でも、俺は何もしていない。立っていただけだ。


 これを、自分の成果と言っていいのか。


「また外にいるのか」


 レイアが中庭に来た。視察でも出かけていたのか、外出着を着ている。


「特に用事がなくて」


「師団の様子はどうだった」


「良かったです。みなさん喜んでくれて。でも」


「でも」


「俺は何もしていないので」


 レイアはベンチの隣に座った。


「それは、これで何度目だ。その台詞」


「……そうですね。何度も言ってますね」


「うん」


「でも、本当にそう思っているので」


「分かっている。だから聞くが、あなたが何もしていないなら、なぜ師団員全員の成績が上がったんだ」


「俺の能力が、勝手に乗っているので」


「それはあなたの能力だ」


「でも、意識していない」


「心臓も意識せずに動いている。それはあなたの命ではないのか」


 俺は、少し詰まった。


「……それは、比喩ですか」


「比喩だが、正しい比喩だ。意識的に制御できるかどうかと、自分の力かどうかは、別の話だ」


「……」


「あなたはずっと、見える形でしか自分を評価してこなかった。炎が出る、剣が光る、数値が上がる。そういう分かりやすい結果がないと、やったことにならないと思っている」


 図星だった。


「でも付与というのは、本来そういうものではないのかもしれない。存在することで、周囲を支える。それが付与の本質なのかもしれない」


「……それは、どこかに書いてありましたか」


「いや、今考えた」


 俺は、少し笑いそうになった。笑っていいのか分からなかったが、口の端が動いた。


「……俺、信じていいですか。自分の力を」


「いい」


「でも、戦えない」


「それでいい」


「また駄目だったら」


「駄目ということには、ならない。あなたがいるだけで、周りが最善を出せる。それは絶対に無意味にならない」


 俺の目が、少しだけ熱を持った。


 三年間、ずっとそれが欲しかった言葉だったのかもしれない。


「……でも」と、喉の奥で何かが言いかけた。


「でも、も要らない」


 レイアが静かに言った。


「あなたは今日から、自分の力を認めていい。それだけだ」


 俺は、下を向いた。


 泣いた。声は出なかった。ただ、目から水が落ちた。


 レイアは何も言わなかった。ただ、隣にいた。それだけだった。



◇



 しばらくして、俺は顔を上げた。


「すみません。また泣いてしまって」


「気にするな」


「レイアの前で泣いてばかりですね、俺」


「それだけ、溜め込んでいたんだろう」


 その言葉に、俺は少し黙った。


 溜め込んでいた。確かにそうだった。三年間、俺は何も期待しないように、何も感じないように、自分の心に蓋をして生きてきた。効果不明と言われても、荷物番と呼ばれても、何も感じないふりをしてきた。


 でも、感じないふりをしていただけで、本当は、ちゃんと傷ついていた。


 それが今、少しずつ、溶け出している気がした。


「レイア」


「なんだ」


「一つ、聞いていいですか」


「なんだ」


「もし俺の力が、こんなに大きなものだったなら――ガルディアの連中は、今頃どうなっているんでしょうか」


 俺がそう聞くと、レイアは少し考えてから答えた。


「あなたがいなくなって、成績が落ちているだろう。ただし、原因が何かは、まだ分からないはずだ」


「気づかないですかね」


「気づくには時間がかかる。効果が見えない付与の欠落を、彼らが理解するには、相当な時間がかかる」


 俺は、少しだけ、ガルディアのことを思い浮かべた。


 エラン。ギルドマスター。三年間、俺を荷物番として扱った連中。


 彼らは今、俺がいなくなったことに、まだ気づいてもいないだろう。「最近調子が悪い」くらいには思っているかもしれないが、それが俺のせいだとは、夢にも思っていないはずだ。


「恨んでいるか」


 レイアが聞いた。


「……分からないです」


 正直に答えた。


「怒るより、驚いているほうが大きいのかもしれません。俺がいなくなったら、彼らが困るという事実に。三年間、俺は本当に、彼らの役に立っていたんだって」


「役に立っていた。それも、誰よりも」


 レイアがそう言った。


 俺は、その言葉を、静かに受け止めた。


 役に立っていた。誰よりも。


 三年間、一度も言われなかった言葉だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。