第十一話 波紋
バルグナー団長が測定棟に来たのは、それから三十分後だった。
六十代の大柄な男で、白い顎鬚をたくわえている。魔法師団の長にふさわしい威厳があった。レイアとは面識があるらしく、短く挨拶を交わした。
「計測不能とは、大げさではないか。三台全てか」
「はい。上限突破で測定不能です。現状の設備では正確な数値が出ません」
バルグナーが俺を見た。
「これがその者か」
「アインと申します」
「どこの出身だ」
「ガルディアの東部の村で、王都に出てギルドに三年いました」
「師匠は」
「独学です」
バルグナーが眉を上げた。
「独学で計測不能か」
「意識的に発動させた結果ではないようです。常時、周囲に付与が乗り続ける能力のようで、本人にも詳細は分かっていません」
レイアが横から補足した。バルグナーはしばらく俺を見つめ、何かを考えていた。
「少し試させてくれ」
「何をしますか」
「あなたの近くで、術を一つ使う。違いを確認したい」
俺は頷いた。
バルグナーが短い詠唱で、小さな炎を出した。掌に乗るほどの大きさだ。それをしばらく維持してから、俺の方に近づいてきた。
炎が、少し大きくなった。
バルグナーが炎を消した。
「付与の密度が上がった。近づいただけでな」
「以前から、そのような報告が?」
「威力ではない。質だ。炎の安定性が上がった。ぶれが消えた」
バルグナーは一度外を向いて、考えてから振り返った。
「他の団員を呼んでいいか。五人ほど、腕の確かな者を。実証をしたい」
「構いません」
三十分後、測定棟に七人の魔法師が集まっていた。B級からA級の団員たちで、全員が俺の近くで術を試した。
一人目。剣に魔力を流す強化術。剣が、通常より三割増しで光った。
二人目。防御結界。同じ術で、より広い面積をカバーできた。
三人目。回復術。効果の速度が上がった。
四人目。探知術。感知範囲が広がった。
五人目が術を試した後、静かに言った。
「これは……私の限界値を超えています」
全員が同じ反応を示した。
バルグナーが腕を組んだ。
「国家機密級の能力だ。今日のことは、ここにいる者以外に話すな」
「了解しました」
団員たちが、次々と頷いた。
俺は、その光景を、どこか遠くのことのように眺めていた。
俺のエンチャントで、この国の一流の魔法師たちが、自分の限界を超えている。
三年間、荷物番だった俺が。
◇
レイアが俺の隣に来た。
「大丈夫か」
「……頭が、少し追いつかないです」
「そうだろうな」
「俺は本当に、こんな能力を持っていたんですか」
「そうだ」
俺は測定棟の天井を見上げた。白い石の天井だった。
三年間、毎日かけていたエンチャント。毎日「効いてる気がしない」と言われていたエンチャント。それが、実は国家機密級だった。
笑うべきか泣くべきか、どちらでもない気がした。ただ、何かが確定したという感覚だけがあった。
バルグナーが俺の前に来た。
「アイン殿」
その口調が、変わっていた。さっきまでの「これがその者か」から、明らかに変わっていた。
「私の名はバルグナー・ヴェスタン。アルヴェイン王国魔法師団長だ。今日のことで、あなたへの見解を改めた」
「……」
「あなたの能力は、私が五十八年間で見てきた、どの付与魔法師とも違う。単純な強化ではなく、対象者の本来の力を引き出す。老いや疲労で失われたものを補う。そういう性質の付与だ」
「俺は、ただ、そこにいただけです」
「それが、あなたの能力だ」
バルグナーはそう言うと、一つ、頼みがあると続けた。
「今後、私の訓練に同席してもらえないか。週に一度でいい。あなたがいる状態で訓練を積めば、衰えを抑えられる可能性がある」
「え、でも俺は侯爵家に……」
「ライナード殿には話を通す。侯爵も望む方向だろう」
レイアが、少し離れたところから言った。
「父はこうなると言っていた」
「団長がですか」
「あなたのことを、ここで使いたくなると」
バルグナーが、少し苦笑した。
「ヴォルドハルト侯爵には、先を読まれたな。では、公式に申し入れをしよう」
俺は、頭を下げるしかなかった。
昨日まで、俺は追放された荷物番だった。それが今、国の魔法師団長から、直々に協力を求められている。
変わりすぎて、頭がついていかなかった。
◇
その夜、屋敷に戻った俺は、夕食の席で、まだ今日のことを整理できずにいた。
「顔色が悪い」
レイアが言った。
「悪いですか」
「青くはないが、焦点が合っていない」
「……団長が、俺に敬語を使いました」
「それが気になっているのか」
「今まで、俺に丁寧に話しかけてきた人間が、あまりいなかったので」
レイアは少し間を置いた。
「慣れろ」
「慣れますかね」
「慣れる」
断言だった。でも、今回は少し違う響きがあった。そうなってほしいという、意思のある断言だった。
俺はスープを一口飲んだ。温かかった。
三年間、俺を「荷物番」と呼んだ人間はいても、「アイン殿」と呼ぶ人間はいなかった。国家機密級と言われても、まだ実感が湧かない。
でも、一つだけ、はっきりしたことがある。
俺の力は、本物だった。
それだけは、もう誰にも否定できない事実になった。




