第八話:変革の境界線
右目の奥で明滅する「数秒後の真実」。
扉を破り、雪崩れ込んできたのは、かつてラブラドール・レトリバーであったはずの「キメラ」だった。
だが、その体躯は三メートルを超え、背中からはカラスのような硬質の羽が突き出している。
本来なら、その咆哮一つで僕の心臓は止まっていたはずだった。
けれど、僕の右目は、彼が喉を震わせる「予兆」を既に捉えていた。
空気が震える直前、僕は無意識に耳を塞ぎ、重心を低く保つ。
直後、鼓膜を切り裂くような超音波がシェルター内を吹き抜けた。周囲の人間たちが耳から血を流して倒れる中、僕だけが、冷徹な静寂の中に立っていた。
「……こっちだ」
自分の口から漏れた声に、自分自身が戦慄する。
それは、絶望に震える「餌」の声ではない。
キメラたちが発する、あの「効率的な周波数」に限りなく近い、命令の響き。
巨獣が動きを止める。
三つの瞳を持つその頭部が、ゆっくりと僕の方を向いた。
彼らは理解したのだ。目の前にいる存在が、もはや単なる「補食対象」ではないことを。
ウイルスが僕に与えたのは、予知能力だけではなかった。
それは、**「支配者たちの言語」**へのアクセス権。
僕は、自分の右手をじっと見つめる。
皮膚の下で、何かが脈動している。血管は黒く変色し、爪は異常な硬度を持って伸び始めていた。
人類は、捕食される側へと退いた。それは紛れもない事実だ。
しかし、その絶望的な食物連鎖のピラミッドに、イレギュラーな「楔」が打ち込まれた。
人間を捨て、キメラにもなりきれない、中間の存在。
進化した怪物たちの知能を読み取り、その一歩先を歩む者。
「時代が進むというのなら……僕も、連れて行ってもらうよ」
僕は、倒れ伏す仲間たちに目もくれず、破壊された扉の向こうへと歩き出した。
外は、異常進化した動植物が作り上げた、極彩色の地獄が広がっている。
右目の視界が、さらに加速する。
数秒先、数分先……。
そこに見えたのは、キメラたちさえもが「何か」に怯え、跪く、さらなる高位の存在の影。
ウイルスによる「再集合」は、まだ終わっていなかったのだ。
この星のすべてを飲み込み、塗り替えるまで。




