第二章 第七話:深淵の胎動
支配権の交代は、音もなく完了した。
かつて文明の象徴だった高層ビルは、今や巨大な「鳥籠」へと変わり、地下鉄の網の目はキメラたちの「血管」として再構築されている。
僕は、逃げ延びた人々が集まる地下シェルターの片隅で、静かにその時を待っていた。
全身を襲う、焼けるような熱。喉の奥からせり上がる、嗅いだこともない異臭。
僕の体内でも、あの「再集合」が始まっているのだ。
激痛に耐えかね、僕は右目をおさえて蹲る。
視界が真っ暗に染まる。右目の視力は、完全に失われた。
「……あ……あが…………」
言葉が、意味をなさなくなる。
だがその時、絶望の淵で、僕は「見て」しまった。
失ったはずの右目の奥。
そこには、これまで見えなかった「数秒先の未来」が、鮮明な残像となって映し出されていた。
背後の扉が、キメラたちの鋭い爪によって引き裂かれる。
仲間たちが悲鳴を上げる。
その光景が、現実の音よりも先に、脳裏に焼き付く。
——覚醒。
ウイルスは、僕を捕食対象として終わらせるつもりはないらしい。
僕もまた、彼らの生態系の一部として組み込まれ、異形へと変貌し始めているのだ。
「……見えた」
数秒後に、シェルターを蹂躙するであろう「新しい支配者」の動きが、手に取るように分かる。
人間としての意識が、進化の波に飲み込まれていく。
皮肉なものだ。
最高位の座を追われ、捕食される側へと転落した瞬間に、僕は人類が一度も手にしたことのない「瞳」を手に入れたのだから。
扉が、爆圧とともに吹き飛んだ。
光の中に立つ、異常な進化を遂げたキメラ。
僕は、震える脚で立ち上がる。
僕の右目が捉えるのは、人類の終焉か。
それとも、この地獄の先に待つ、さらなる「災害」の正体か。
物語は、捕食の時代から、さらなる狂乱へと加速していく。




