第七話 初めての進化
この世界でほんの短い時間を共にした親兄弟との別れを告げ、俺は今、一回り大きくなった体で、地面の中に居た。
といっても死んで埋められている訳ではもちろんなく、赤茶蛙との戦闘時よろしく穴倉を掘ってその中で日が昇るのを待っていたのだ。
母鼠との戦闘の後、どうにも巣穴で過ごす気にはなれず、他の魔物に食い荒らされないよう全員まとめて巣穴の中に埋葬してから、俺は巣を後にした。
母鼠が死んだ直後、俺はすぐに進化し、その際に獲得した技能のおかげで今居る穴倉も親兄弟を埋めるための穴も簡単に掘れるようになり、全く喜ばしい限りだったが、気分は沈んだままだった。
ふて寝しようにも、ぐるぐるとよく回る頭のせいで禄に眠ることもできず、異世界に来て初めての夜を徹夜で過ごすこととなってしまった。
落ち込んでばかりいられない、そうは頭で分かっていても、最期まで俺を攻撃しなかった母鼠のことを考えずにはいられなかった。
『同じ鼠なんだから、言葉くらい通じてもいいじゃねえか』
もう何度目か分からない愚痴を零す。
母鼠はなぜあんな行動をとったのか?
俺は答えのない問いを繰り返していた。
可能性の一つ、瀕死の重傷を癒すため、子供を殺して生き延びようとした。
本能の赴くまま、レベルアップによる回復を目指し、あんな行動に出たが、最後の最後対応できず死んでしまった。
そうであってくれればここまで悩んでも落ち込んでもいないのだが、恐らくその可能性は零に近い。
こうして断言するからにはもちろん理由があって、進化した際にこんな称号を一緒に獲得していたからだ。
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《託されし者》
この世を去った命に願いを託されし者、生命力が上昇する
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殺そうとした子供に願いを託すなんてことは普通しない。
だから母鼠は、わざと俺に殺されたんじゃないか、とそう考えた。
何らかの願いを、レベルアップするだけの経験値を、『子に託すために』だ。
しかしその場合、他の兄弟達にあんな仕打ちをした理由が説明できなかった。
しばらくその事に頭を悩ませたが、辿り着いた結論は、残酷でこの上なく不器用なものだった。
答えを教えてくれる者が既に亡くなっている以上、推論の域を出ることはないが彼女はこう考えたのではなかろうか?
『この子供達が自分だけの力で生きて行くには、この世界は過酷すぎる』と。
事実、兄弟達が外の世界で生き抜く可能性はもはや零だ。
母鼠の助けを借りながら日々の糧を得て、母と同じプレイグラットに成長してなお、母鼠でさえ敵わなかった天敵の目を掻い潜って世界を生きねばならない。
逆境を生きるだけの生命力も。
苦境を乗り越えるだけの精神力も。
窮地を覆すだけの攻撃力も。
危地を切り抜けるだけの知力も。
難局を逃げ延びるだけの敏捷も。
難所を掻い潜るだけの技量も
苦難を撥ね退けるだけの運も。
何一つ持ち合わせていない最弱の彼らに世界は残酷に、平等に牙を剥くのだ。
だから母鼠は最期の仕事として、母鼠に変わらず甘えてくる兄弟達にその手でもって引導を渡し、母鼠に反抗的に立ち向かった俺を見て挑発するように笑って命を差し出したのではないだろうか。
『……不器用が過ぎるだろうよ』
最弱の魔物らしく、本当に知力も技量も足りていない選択で嫌になる。
何よりそんなことにさえ気付けやしない自分自身が、嫌で嫌でしょうがない。
種族も状況も、何もかもがこの世界に来て変わった。けれども、親孝行の一つもできやしない馬鹿な自分は何一つ変わっていないようだった。
『願い、ねえ』
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《託されし者》
この世を去った命に願いを託されし者、生命力が上昇する
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献身的に面倒を見てくれた前世の両親と母鼠が意識の中で重なり、一体自分なんかに何を望んで、何を願っていたのか、そればかりが気掛かりで悶々とした時間を過ごす。
じめじめとした思考とは反対に、穴倉の中には既に太陽の眩しい輝きが差し込んでいた。
そのことすら何だか無性に腹が立ってきて、考え事がどうでもよくなるような錯覚に襲われ、むしゃくしゃする気持ちを体をうねうねして発散する。
『だあぁ、知らんっ! どうせ分かりっこないんだ、貰えるもんは貰っとけ! 死んでから謝りにでも行きゃあいいだろっ。どうせ、後二日くらいしたら死ぬだろ多分! 楽しいこと考えよ、たのしいこと! ステータスっ!』
誰ともなく自分に言い訳しながら、チューチューと喚く。
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個体名:ローデント
種族名:プレイグラット Lv 1/10
状態 :健康
生命力:130/130 ⇒ 650/650
精神力:140/140 ⇒ 160/160
攻撃力:10 ⇒ 12
知力 :113 ⇒ 115
敏捷 :19 ⇒ 21
技量 :10 ⇒ 12
運 :131 ⇒ 142
技能:
《齧削》《瘴牙》《静骸》《練気》new!!
特性:
《疫病耐性 Lv1 ⇒ 2》《飢餓耐性 Lv1》new!!《登攀》new!!《掘削》new!!
称号:
《最弱の魔物》《愚かな転生者》《鼠王の因子》《託されし者》new!!
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比較対象が居ないせいで、相変わらず強いんだか弱いんだか分からないステータスの値を眺めながら、新しく追加された項目に思いを馳せる。
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《練気》
精神を統一させ、身体の一部に気を宿す
《疫病耐性 Lv2》
疫病に対する強い耐性を持つ
《飢餓耐性 Lv1》
飢餓に対する弱い耐性を持つ
《登攀》
地面や壁を用いた移動に補正が掛かる
《掘削》
地面の掘削に補正が掛かる
《託されし者》
この世を去った命に願いを託されし者、生命力が上昇する
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まずは、もっとも注目すべき技能《練気》。
母鼠が繰り出していた凄まじい速度の尻尾攻撃もこの技能の応用だろう。
守りとして使えるかは定かではないが、尻尾はもちろん前歯での攻撃力上昇にも使えるし、移動速度の向上としてもかなり汎用性の高そうな技能だ。
ちなみにだが、プレイグラットに進化したおかげか、焼失していた尻尾は復活し、母鼠もそうだったが長く立派な尻尾が生えてきていた。
体長も以前は十センチ程度だったものが若干大きくなり、十五から二十センチほどに成長し、心なしか灰色の体毛もやや丈夫になっているような気がする。
『試しにその辺の木に使ってみるか』
よいしょ、と穴倉を飛び出し、陽光を浴びて嬉しそうに揺れる草達を掻き分け、近くにあった木の前に佇む。
『ふんぬっ《練気》』
長い尻尾が光っているのを確認し、気合と期待を込めて尾を叩きつける。
ミシッ、と鈍い音が響く。
『痛ってぇえ!』
尾椎の悲鳴と愚かな子鼠の叫び声が辺りに木霊する。
目の前の樹齢百歳は下らないご神木(生えて十数年そこらの普通の木だけどねっ!)は微塵もびくともせず、ただ痛いどころか、普通に生命力が減っていた。
母鼠のレベルが多少高かったであろうとはいえ、この技能で即死した兄弟達の耐久の無さには無性に切なさが込み上げてきた。
『ま、まあ今後に期待ということで』
尻尾を両前足で労わりながら、続いては更新された特性に着目する。
《疫病耐性》に《飢餓耐性》か。
病気と空腹は、全世界共通のきっつい悩みだろうし恩恵は大きそうだ。
耐性系のスキルはレベルが上がる毎に強度が上がっていく感じなのか。レベル五とかになれば完全無効になったりするんだろうか。
《登攀》は読んで字の如くだな。
試してみようと、壁を走るように、スタタタッと眼前の木の側面を駆け、途中の枝まで一息で登りきる。
割と人間離れ、じゃなくて鼠離れした動きではあるが、まあ前世の鼠も木に登ったりするし、異世界ならこのくらいできるだろう。
ついでとばかりに、高くなった視点で周囲を見渡してみたが、この程度の高さでは結局地平線と朝日は見れず、森の木々が視界に広がるだけだった。
異世界の木々を堪能した後地表に戻り、地面の移動でも補正が掛かるとあったのでそこらを走り回ってみるが、速度に変化は見られない。
まあ予想するにグリップ力的な何かが向上しているのだろうと思われた。
そして最後は、《掘削》。
この技能に関しては、勝手知ったるといった感じだった。
なにせ散々穴を掘りまくったのだ、気付かない訳がない。
《瘴牙》や《練気》もなかなかに不思議だが、正直この《掘削》が短い鼠生において一番の異世界体験だった。
この技能を見たことで、本格的に前世の常識を捨てようと心から誓ったほどだ。
『えいっ』
《掘削》の効果を確かめるよう、すいっと軽く地面を掻くと、土が豆腐のように柔らかく感じるだけでなく、引っ掻いたその部分の土がなくなる。
移動するのではない、消失したのである。
質量保存の法則も涙目の所業だ。
さらにさらに『のこれ~』と念じながら、掘ると土が消えないのだから、もうゲームのバグみたいだ。
前世的に無理矢理解釈するとすれば、かの大天才アインシュタインの言説を拝借して、土の質量がエネルギーとして変換されたとでも表現するだろうか。
しかし、土が消失する際に、音も光も何らかの力学的な力も発生していないのだから、一体何エネルギーとなって消えてしまったのかは結局分からず仕舞いだ。
『ま、ここ異世界だし、妖精さんがなんとかしてるんでしょ、うんうん』
三桁の知力を誇る灰色の頭脳でもお手上げである。
ただ分かることは一つ、この《掘削》、超便利。
咄嗟の回避行動にも使ってよし、攻めの起点として罠を作ってよし、こだわりのお家作り用のお役立ち重機として活用してよしなのだ。
それほどまでに穴を掘るのが簡単だし、この技能さえあれば、赤茶蛙との戦いもかなり有利に進められたであろう。
なんなら今後、生きることだけを目標にするのであれば、モグラのように地中移動を主軸として立ち回った方が安心ですらある。この世界の絶景も見たいしそんなことは多分しないけれども。
『進化でステータスも成長しておるし、順調順調』
正直言えば、種族の進化でもっと上昇してもいいのではと思わなくもないが、拙者は足ることを知る賢き鼠なのだ。
母鼠からの贈り物《託されし者》によって、生命力だけずば抜けて多くなっているのもかなり有難いし、進化によって運がそこそこ大きく上昇しているのだ。これならいくら最弱と言えど、一撃で屠られる事態は避けられるだろう。
『ありがとう、名もなき第二の母よ。俺は貴方を忘れない……ってことで、引き続き異世界を楽しむぞっ、おーーっ!』
空元気のように声を振り絞り、寂し気に掛け声をあげる。
最弱の鼠生は、まだまだ始まったばかりだった。




