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弱き聖者の獣道~《最弱の魔物》は気ままに世界を駆け巡る~  作者: 吉 稲荷
第三章 弱肉強食お断り、齧り齧られ世は情け
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第十一話 前途遼遠

地震やら暑さやら何かと大変なことばかりですね……(強く生きねば)。

人生予想がつかないことばかりで目まぐるしいですが、どうかご自愛ください。

 竜人さんの寝所へと赴き、まだどこか寝ぼけまなこである(というか目を開けたまま眠っている)ディガルザという長老さんを連れ、俺達は真っ暗な細道を引き返した。

 程なくして洞穴に戻ると、早くも一人遊びに飽きたのか逆立ち状態のリカが意味もなく暴れ回っており、長老さんの姿を見るや否やぴかぴかと瞳を輝かせて襲い掛かってくる。

 しかし、一言二言話しかけて、長老さんが眠っていることに気付いたのか、リカは古ぼけた電化製品でも扱う様にバシバシと長老さんをシバき倒し、不満気に口を尖らせていた。


『むぅ、おきながらねてる。オウジョウギワがわるいの』

『お、おいリカ、やめとけって。寝てる人をそんなドコドコ叩いちゃ可哀想だろ?』

『リカ、ちゃんとカゲンしてるからヘイキだよ? フレアだったらもっとナサケヨウシャないのっ』

『そ、そんなことないよな、なぁフレアさん?』

『…………はい、断じてそのようなことは』


 妙な間が確実にありはしたがこれ以上の追求は藪蛇になりそうだったので、俺はぱっと考えるのを止める。

 決して、フレアさんの眼光に恐れをなした訳ではない。

 世の中知らずともよい事なんていくらでもあるのだ。


『……グガッ……?』


 リカの打撃、というより俺達の会話に反応して鼻提灯を弾けさせた長老さんは、軽く周囲を見渡した後、乾いた瞳を潤すよう瞬膜を数回開閉する。

 そして、傍に居たリカの方をじっと見つめると、不思議そうに首を傾げて、またピクリとも動かなくなってしまった。


『……フレアちゃん、縮んどらんか?』


 かと思うとポツリとそう呟き、今度はその言葉を受けたリカが鏡映しのように首を傾け、眦を垂れさせた。


『フレア? フレアはあっちだよ?』

『はて? ……おぉ、フレアちゃんが二人、面妖じゃのう』

『リカはリカだよ? フレアのイチバンデシなのっ!』

『リカ、とな? 覚えのない名じゃ、儂も耄碌したかのう』

『ディガルザ老、リアカルディアは少し前に生まれた芽吹きの子……私とは鱗の色くらいしか似ておらぬでしょう』

『おおなんと、新たな(ともがら)じゃったか。通りで幼い訳じゃ、吉慶、吉慶』


 噛み合っていそうで噛み合っていない二人を導くようフレアさんが助け舟を出し、長老さんは改めてリカを見据える。

 表情の変化は微々たるものだが、それでも俺にも分かるくらいには相好を崩し、穏やかな手つきでリカの頭を撫でた。

 滅多に撫でられることがないのか最初こそリカは戸惑っていたが、手の感触が思いのほか心地良かったらしく嬉しそうにふすふすと鼻を鳴らし始めた。


『(ふふっ、完全にお爺ちゃんと孫だな)』


 おっかない竜人さんだったらどうしようと微かに心の中にあった緊張はどこへなりと霧散し、ディガルザ老の好々爺然とした様子に俺は無意識に肩の力を抜いていた。

 なんだったら竜人さんに感じていた畏怖の念に近しい感情すら消えてなくなり、『そういえばまだ、竜人さんとちゃんと触れ合えてなかったなぁ』なんて思いが過ぎる。

 一度、頭に浮かんでしまえばその思いは簡単には払拭できず、一も二もなく俺はフレアさんの背後へ回った。


『とうっ!』

『……』

『イテッ。よ、避けられた? 完全に背後をとったのに』

『な、なにか御用でしたか? 急に飛び掛かられるとは思わず咄嗟に回避してしまいました。無礼をお許し下さい』

『い、いや俺が悪いんだ、謝らないでくれ。ちょっと竜人さんの尻尾がどんな感触なのか確かめてみたくなってな』

『……左様ですか。私のもので宜しければ、如何様にも』


 そういってフレアさんは尻尾をふいっとこちらに向けると、無感情そうに俺を見つめた。

 何かしら思う所があるのは間違いなかったが、どうにも俺には竜人さんの感情は読み取れず、ほんのり気まずい思いをしながらも俺はちゃっかり眼前の尻尾へと手を伸ばした(頑丈そうな鱗に包まれた尻尾はさぞカチカチなのかと思いきや、案外スベスベふにふにとした触り心地で、中々どうして魅惑的な触感であった)。


『……それでそれで、どうなったのっ?』

『それでじゃな、フレアちゃんが生まれて二百年と経たぬ頃、世話係をしとったドルグめをフレアちゃんが拳ひとつ、凄まじい一撃で大地に沈めたんじゃ。かの一撃は地を裂き、(くう)を唸らせ…』

『すごいすごいっ! やっぱりフレアはさいきょーのセンシなのっ、クレナイのイクサオトメなのっ!!』

『ほぉ、お嬢ちゃんも知っておったか。ドルグは我ら古き竜人の中でも力自慢の(つわもの)でのぅ。その件以来、フレアちゃんだけには逆らっちゃいかんと、儂ら長老の間で……』


 俺がフレアさんの尻尾を堪能している一瞬の内にもリカとディガルザ老は打ち解けたのか、何やら興味深そうな話をしており、ふにふにだった尻尾が唐突にガチガチになる。

 命の危機を感じ取った俺はすぐさまその場を離れ、我関せずと嵐が過ぎ去るのを待った。


『リアカルディア、随分楽し気ですが一体何の話を?』

『ひ、ヒミツなのっ、オトメのヒミツなのっ!!!』

『ではディガルザ老、お答え頂けますね?』

『い、いやなに、そう凄む程のことではないぞ? お嬢ちゃんがフレアちゃんの話を聞きたいとせがむのでな、ほんのひとかけフレアちゃんの武勇を言い聞かせただけじゃ』

『……リカ、少し向こうで話をしましょうか。気力も充実しているようなので、ついでに精神鍛錬も行うとしましょう』

『だって、ききたかったのっ! ヤなのっ、おすわりシュギョーはタイクツなのっ~~!!』


 抵抗の甲斐なく、リカは容易く引き摺られ、悲し気な断末魔だけが洞穴に木霊する。

 取り残された俺達は、『くわばらくわばら』とその末恐ろしい背中を見送り、合掌を捧げた。


『ふぅ、なんとか難を逃れましたわい。何百年と経ってもフレアちゃんは怒るとおっかないのう』

『ふふっ、長老さんでもありゃ怖いか』

『えぇ、げに恐ろしき若人の息吹、というやつですじゃ。神獣様も……おや、儂としたことがご尊名を聞きそびれておりましたな、お伺いしても?』

『おうっ、俺はローデントってんだ。竜人さんからみりゃあ吹けば飛ぶような存在だから、好きなように呼んでくれ』

『ローデント、様……昔日が偲ばれる良き響きですじゃ。もう覚えている者もおらぬと思っておりましたが、これも女神様のお導きですかな』


 ディガルザ老は意味あり気に呟くと、心なしか嬉しそうに口角を緩める。一体どれだけ生きてきたのか、その顔には数えきれない古傷と皺が刻まれており、永い竜生の中で俺に似た名前の者と出会ったであろうことがそれとなく伝わった。

 フレアさん同様、凄まじい強者である筈だが、正直俺にはどこまで強いのかすら予想もつかず、心優しそうなご隠居にしか見えそうになかった。


『して、ローデント様はこのような山に何の御用でいらしたのですかな? 遊覧するにしては些か侘しい所でしょう。あぁいや、ヨル様に会いに来られたのですかな?』

『まあそれもあるっちゃあるんだが、今はちょいと急ぎの用があってな。ディガルザさんに話を聞きたかったんだ』

『ふむ、儂に……この老骨、伊達に長生きはしておりませぬゆえ、なにがし力添えは出来るかと。お伺いしましょう』


 そうして俺は、同じ異世界人であることだけはぼかしながらリッキーとその妹さんの状況をかいつまんで話し、霊薬について知っていることはないか相談してみた。

 すると、思い当たることがあったのか、ディガルザさんの表情に明らかな変化があり、俺は逸る気持ちを抑えながら次の言葉を待った。


『……』


 しかし、待てど暮らせどディガルザさんが再び口を開くことはなく、悩まし気に目を瞑ったまま微動だにしない。

 俺はいよいよ耐え切れなくなって、彼が何を悩んでいるのかを聞き出すために、鳴き声をあげた。


『取っ掛かりだけでもいい、何か話せる部分だけでも教えちゃ貰えねぇかな? どうしても救ってやりてぇんだ』


 必死になって問いかけるとディガルザさんは更に難しい顔を作り、ようやく絞り出す様にボソッと言葉を漏らした。


『……()()()に、お会いになられるのが宜しいかと』


 そう呟いたディガルザさんの顔には自らの言葉への後悔と苦悩が色濃く滲んでおり、先の言葉が彼からの最大限の譲歩であることが如実に示されていた。


 彼の口からは話せない、それはつまり彼らの神獣、ヨルさんに関わる重大な()()()であるのだろう。

 本来であればその糸口さえ明かすことはないだろうに、同じ神獣である俺が無理を言ったため、彼は悩みに悩んでその一端を教えてくれたのかもしれない。


『無茶言って本当にすまねぇ。この借りはいつか必ず返してみせるよ。困ったことがあったら何でも言ってくれ』

『儂は良いのです。ただヨル様が……いえ、少々言葉が過ぎましたな。では、ヨル様の神殿に向かいましょうぞ』

『……おう、何から何まで悪いが、案内を頼む』


 明るいだけの話にはきっとならない、そう理解していても俺は足を止めず、先を行くディガルザさんの後を追った。

 洞穴を出ると、絶えず降りしきる雨と冷ややかな霙が俺達を迎え、空には鉛色の分厚い暗雲が立ち込めていた。

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