第十二話 最古の神獣
ちょっとお試しで作品タイトルを変更してみました。
すぐ戻すかもしれませんが、その時は生暖かく見守ってやってください。
フレアさんに続き、ディガルザ長老へと相談を持ち掛け、ついに霊薬の在り処へと迫るべく、俺は霊峰の中腹にあった洞穴から転げ落ちるように下山していた。
『(生憎の雨じゃなけりゃ、景色も楽しめたんだろうが)』
中腹といっても霊峰全体の標高が凄まじく四、五千メートルくらいの標高はあるのか、木々なんかはほとんど生えず周囲には荒々しい岩場が広がっている。
こんなに標高の高い山に登ったのはもちろん初めてのことで、多少なりとその観望に期待していたのに、分厚い雨雲のせいでちっとも面白みはない。
更に言えば遮るものが何も無いため、強風と大雨に直に晒され、寒いわ、滑るわ、視界が悪いわで割と散々だった。
ディガルザさんはそんな俺を見て、救いの手を差し伸べてくれはしたものの、竜人さんの移動に二度もこの身が耐えられる気がせず今回は丁重にお断りした。
『(唯一の救いは神殿が麓にあることくらいなもんだが、後どれくらいなのかねぇ)』
神殿、と聞きなぜだか山頂にあるものという思い込みがあったが、竜人さんの神殿はどうやら霊峰の麓にあるらしい。
理由を訊くと、寒い、遠い、住み辛いと極々自然な回答が返ってきて、むしろなぜ山頂に作る必要があるのかと尋ねられ、現実の厳しさをまざまざと実感したものである。
『浪漫とか、格好良さとか……流石に言ってらんないか』
『む? 何か仰いましたかな?』
『い、いやなんでもねぇ、ただの独り言だ』
長き時を生きても本当に老化しないのか、俺の些細な呟きを聞きとってディガルザさんは速度を落として、横に並ぶ。
道なき道どころか急斜面を駆け下りたおかげか、周りにはちらほらと背の高い木々が茂り始め、考え事をしている内にも景色は段々と変化していく。
『ディガルザさん、雨風もだいぶ落ち着いてきたみてぇだし、もう少しくらい速くても問題ねぇ。速度を上げれるか?』
『ええ、可能ですじゃ。御準備は宜しいですかな?』
『おう、いつでも行けるぜっ』
一人と一匹、それ以上の会話も無しに俺達はひたすらに山を下っていく。
年の功なのか、ディガルザ長老の駆ける速度はぴたりと俺の限界を狙い撃った様な速度で、細やかな気遣いを感謝しながら俺は必死にその後を追った。
*****
神殿に到着し、先ず衝撃的だったのはその質素過ぎる佇まいではなく(というかまたもただの洞穴だ)、十数名程の竜人さんが列を為してその警護に当たっていたことだった。
神殿というだけあり、その洞穴は寝所のそれより何倍も広大で、縦横約三十、奥行約二十メートル程の空間だ。その入り口を鼠一匹通すまいと、竜人さん達が睨みを利かせる様は、まさしく天下無双といった威風であった。
友好的と頭で理解していても、その冷厳さには畏れを感じずにいられず、横を通れば容赦なくぶん殴られるんじゃないかと体が震える。
『こ、こんちは~……あ、あのローデントっていいますぅ』
俺はぺこぺこと必要以上にへりくだりながら挨拶を試みるが、返ってくるのは無情な会釈のみで反応はほとんどない。
もしや言葉が通じていないのではと思いもしたが、
『……ヨル様……あっち……待つ』
と女性の竜人さんがか細い声をあげたため、彼らは元よりこういう性分の人達なのだと勝手に納得することにした。
『ローデント様っ、此方ですじゃ』
俺が名も知らぬ竜人さん達に怯えているのを知ってか知らずかディガルザさんはツカツカと進み、広大な洞穴に相応しい重厚な大扉の前に立って小さく手招きする。
その大扉には月の様な球状の物体に絡み付く細長い竜(龍や辰って感じだ)が彫り込まれており、鱗の一つに至るまで丁寧に、しかしやや場違いなほど豪勢に装飾されていた。
また、特別な仕掛けでも施されているのか、その竜は時折淡い光を放ち、今にも動き出しそうな迫力があった。
『(こ、これが竜人の神獣さん……やっぱし厳ちぃな)』
会ってもいないのに尻込みするくらいには、大扉に刻まれた彫刻は厳めしく、どこか近寄り難い気持ちが湧く。
何も知らなければ、まして先導者がいなければ絶対に近付きもしなかっただろうが、俺はなけなし勇気を振り絞って大扉に近寄った。
『では、扉を開けますぞ?』
『お、おぅ、どんとこいっ』
『……ぬんッ!!』
ディガルザさんの両腕に技能発動時の光が宿り、寝所へ繋がる岩盤扉以上に大きな音を立て、大扉は重々しく動く。
『……ッ!!』
瞬間、ゾクッと背筋に怖気が走り、僅かな扉の隙間からずっと感じていた圧倒的強者の気配が溢れ出すのを知覚する。
声さえまともに出ない重圧の中、思考などできよう筈もなかったが、この重厚な扉の先にとんでもない化け物がいる、それだけはハッキリと分かった。
ゴゴゴゴッ。
ディガルザさんは尚も躊躇わず、重厚な扉を押し続け、竜人さんが通れる程の隙間を確保し、ようやく動きを止める。
『フゥ、老骨には堪えますわい……ささ、ローデント様、此より先は、お一人で行かれるのが宜しいかと』
『おう……って付いて来てくれないのかっ?!』
『神獣様同士の語らいに割り込む程、儂は業突張りではありませぬよ。どうぞゆるりと御歓談を』
『か、歓談できっかなぁ。寝ぼけて食べられない??』
『ほっほ、ヨル様は無益な殺生を何より厭う御方ですじゃ。天地が覆ろうともそうはなりませぬ、ご安心召されよ』
割かし本気のぼやきだったが、ディガルザさんは俺なりの冗談と捉えたようで、声だけで朗らかに笑う。
しかし、道を譲るように俺の背後へと回り込むと、竜人さんお得意の鉄仮面を再度装着し、全くの無で俺を見た。
圧を掛けている訳ではないのだろうが、俺としては正直そうとしか思えず、何だったら退路を塞がれているように思えてならなかった。
『ええい、ままよ!!』
俺はその視線に耐えかね覚悟も出来ない内に大扉の隙間を駆け抜け、神殿の内部へと入り込む。
『……あん? 一周回ってなんか平気になったぞ?』
濃密過ぎる気配にいよいよ感覚がバカになったのか、感じていた筈の恐怖感がすっとなくなり、狭まっていた視界が大きく広がるような錯覚に脳が戸惑う。
神殿内は洞穴でしばしば見かけた篝火が設置されていないのか想像以上に薄暗く、代わりとばかりにキラキラと発光する色とりどりの鉱物が空間を照らしていた。
これを全部売れば一体いくらになるのかと欲に塗れた思考が微かに過ぎるが、そんなことより空想がそのまま現実になったようなそんな光景に自然と胸が高鳴っていた。
『か、完全にダンジョンじゃねぇかっ……これより待ち受けるは最強の竜と尽きせぬ宝ってな訳ですかい。くぅ~これぞ浪漫っ、漢の夢って感じだなっ!』
神殿とは呼べそうもない神獣さんの住処に、内なる漢の魂が喧しいくらいに歓喜の声をあげ、そわそわと気が逸る。
さっきまでの怖気はどこへやら、こうなれば一刻も早く神獣さんに会ってみたいと俺は足を動かし、最奥を目指した。
『おおっ! 今度は黄金なる一対の宝珠ってか、雅だねぇ』
『……』
『一個くらい貰っぎゅえ、ぁんだ? 壁がある? これ以上先がねぇぞ? なんかふにふにしてるし』
暗闇に浮遊する神秘的な金色の輝きに見惚れていると、突如透明な壁にぶつかり、ふよっとした感覚で押し戻される。
一本道と思ったのに道を間違えたのかと焦りに焦り、何度も壁の隙間を探ってみるが、魅惑的な感触が返ってくるだけで隙間らしい隙間は存在しなかった。
『留守、な訳ねぇよなぁ。どっかに脇道があったのかねぇ』
『これ、何処へ行く』
『っ!? 声か? 後ろ……は居ねぇしな』
『何処を見ておる、上じゃ上』
『上? 上には宝珠し、か……うぎゃあぁ出たあぁぁ!!』
『お主、ほんに気付いておらなんだか。呆れた鈍さじゃ』
金色の宝珠、ではなく俺の身体以上に大きいその双眸は、一寸の狂いもなく俺を捉え、よく目を凝らせばその周囲に巨大な顔や角、髭がぼんやりと見えてきた。
全てにおいてその身体は奈落のようにドス黒く、断じてこんな薄暗い洞穴に居ていい存在ではなかった(びっくりし過ぎて転生するかと思ったぜ)。
『我が体躯を斯様に弄ぶ者はもう久しく居らなんだ……流石はオーヴィーズの裔孫と言った所かのう』
体の芯へと響く、深みのある低い声音で黒龍は告げ、小心者の俺はただただ尻尾を丸めて暗闇を見上げた。




