第七話 それぞれの事情
数日間の独り言生活の反動か、はたまた同じ異世界人としての親近感からか、俺達は出会ったばかりというのに、夜が白み始めるそんな時分まで止め処なく話を続けていた。
移動しながら、焚火を囲みながら、それこそ一日中語り合っても話題は尽きず、夜が更けるにつれ、俺達の口は一層良く回るようになっていく。
つい口が軽くなったせいか、前世で誰にも話せなかった悩みまでお互いに打ち明け、出会って一日目にして俺達の間には、旧知の友人のような不思議な絆が芽生えつつあった。
「それで妹が、俺のケーキ全部食べたんですよっ。ワンホール丸々ですよ? 申し訳なさはあったのか、アイツ上のチョコプレートだけ残してて、なんか余計虚しかったですよ」
『ははっ、可愛くていいじゃねぇか。俺なんか誕生日に体調崩して、薬漬けだぜ? あん時の粉薬、苦かったなぁ』
「……デントさん。ちょいちょい出てくるその自虐ネタ、すごいツッコミ辛いですからね? 自覚してます?」
『そ、そうか? 俺としちゃあそれが日常だったからなぁ。ほら、一ヶ月に一回くらいは死にかけるもんだろ、普通?』
「だから触れ辛いですって。妹のこともあって、あんまり他人事でもないんですから、よしてくださいよ」
そう言って人の良さそうな疲れ顔の青年『サクライ リキ』は苦笑し、ふざけがちな俺を諭す。
話題にあがった妹さんは、彼の異世界転移に巻き込まれる形でこの世界に転移してしまったらしく、彼は随分とそのことに責任を感じているようだった。
前世の俺同様、どうやら難病持ちの女の子らしく、この世界で治療できる方法がないか、彼は各地で懸命に探し回っていると語っていた。
「でもほんと、大変な人生ですよねデントさん。転生先が魔物っていうのもそうですけど」
『いやいやいや、んなことないぞ。むしろ、リッキーの方が苦労してるって。まだ色々と頑張んなきゃだしな』
「……頑張ってるのは俺じゃなくて妹ですよ。早く、一刻でも早く治してやりたいんですが、俺が近く居たって何の力にもなれない。俺にもっと特別な力があれば…」
『そう自分を責めちゃダメだぜ。リッキーがすべきなのはさっさと霊薬とやらを見つけることであって、自分を責めることじゃねぇ。それに、焦ってる内は大抵失敗に終わる。失敗大魔神の俺が言うんだ、含蓄あるだろ?』
リッキーは俺の言葉に思う所があったのか、少しだけ暗い表情を和らげる。しかし、それでも遠くにいる病床の妹を思ってか、彼は眉間に皺を寄せた。
短い付き合いながら、心からどうにかしてやりたいと思いはしたが、貧弱な俺がリッキーの言う『特別な力』は持ち合わせる筈もなく、行き場のない無力感が俺を襲った。
『(やっぱりもっと強くならなきゃいけねぇな)』
また一つ、強さへの渇望が俺の胸に刻まれ、それと同時に力強い朝日が辺りを照らし始めた。
俺達はどこまでも眩いその壮大な朝の煌きに焦がされ、じっと沈黙して物思いに耽る。
俺が、彼が、この光景に何を思ったのか。
その答えは誰よりも強く、暖かい朝日だけが知っていた。
*****
あと一足、深く踏み込むだけで、眼前のロックゴーレムの勝利が確定する。
そんな命の危機に瀕していても、俺の心にはさざ波ほどの心の揺れも存在しなかった。
『おまえはもう死んでいる……』
俺が激烈に渋カッコイイ決め顔をしてそう呟いた瞬間、ロックゴーレムの胴体に、シャッと斜め一閃の亀裂が走る。
そして、そのままズズズッと奴の体は泣き別れとなり、俺の宣言通り、あっさりと戦いは決着した。
『ふっ、我が鼠神拳の前にはロックゴーレムなど止まった人形にすぎん、ってゲホッゲホッ』
「……なにしてるんですか、デントさん。そんなとこに立ってるから土煙吸うんですよ?」
『ケホッ、だ、だって、やってみたかったし』
「わざわざ回り込んでまで、そんなことしなくても……大体、何の真似ですかそれ?」
『ほ、北〇の拳しらねぇの?!! あたたたっ! とか、ひでぶっ! とか子供の時にやんなかったのかっ?!』
「やってないですよ。逆になんで知ってるんですか?」
そりゃあ娯楽という娯楽が病院にあった萎びた本しかなかったからだが、このことを告げるとまたリッキーが変に気を使いそうだったので、俺は黙って口を閉じた。
ちなみに余談だが、俺の好きなキャラはトキだ。幼いながらに病弱な自分と重ねて、熱を入れて応援したものだ(ちなみにちなみに、その後本当に熱を出して怒られたぜっ)。
『……最近の子はあれか? もう、ジ○ジ○も悟○も通じないのか? やはり炭○郎か? いや、ル○ィならいけるか』
「最近の子って、デントさんとそう歳変わんないですよね? 今の子がどうかは分かんないですけど、俺達世代ならブ○ーチとかナ○トじゃないですか、多分?」
『ブ○ーチはちょっと読んでないな……死神のお話だし』
「……そこは繊細なんだ。というか、やめましょうこの話。根拠はないですが、あんまり良くないですよ、こういうの」
王道少年漫画に触れてこなかったらしいリッキーは話をぶつ切りにし、ロックゴーレムの胴体中心部にあった魔結晶を両刃の直剣を使って器用に取り出す。
その切れ味もさることながら、扱いもかなり熟達しているようで(剣なんて握ったこともないだろうに)、彼がこの世界で生きてきた証を見た気がした。
『上手くやるもんだなぁ。結構練習したのか、それ?』
「それ? 直剣の話ですか? そりゃあ、死ぬ気でやりましたよ、なんせ命がかかってますからね。でも、俺的には日常生活のあれこれの方が慣れるのが大変でしたけどね」
『異世界だしなぁ、水回りとかキツそうだ。ふふっ、臭かったもんなぁリッキー。数十メートル先からでも臭ったぞ?』
揶揄ってヒクヒクと鼻を動かすと、リッキーは心底嫌そうな顔をして渋面をつくる。
ベル達と別れてから、変質者のように俺を尾行していた追跡者の正体は、驚くべきことにリッキーだった。
なんでもベルとリカの戦闘痕を見て、追跡を始めたそうだが、よりにもよってリッキーは外れの俺についてきてしまったらしい(ベルについていって無事かは疑問ではあるが)。
「もういいじゃないですか、その話は。こんな森じゃどうしようもないですって。皆が皆、デントさんみたいにチート使える訳じゃないんですから」
『チートって、そんな小学生みたいな。第一それを言うならリッキーの《マップ》だの《スニーク》だのの方がぶっ壊れてるぞ? んだ、その適当な名付けと狂った効果は』
「スキルの文句は神様にどうぞ。許可も取らず、俺達を勝手に連れてきた神様にね」
『全く、違いねぇ。今もお空から呑気に眺めてんのかねぇ』
俺とリッキーは揃って、やや曇り始めた空を、その奥に居るとも知れない上位存在を眺め、違った表情を浮かべる。
俺としてはお礼の一つでも言いたいところだったが、彼にしてみたら妹さんをこの世界に連れてきた元凶である訳で、その表情には怒りが滲んでいた。
そして、彼の怒りに呼応するように、空では真っ黒な雨雲がこちらに向かって来ていて、もう数時間もしない内に天候が悪化しそうだった。
『こりゃあ、ひと雨きそうだな』
「え、そんなことも分かるんですか、デントさん」
『いや、ただの当てずっぽうってか、雑感だよ。ほれみてみぃ、あの雨雲。絶対こっち来てるだろ』
「……来てますね、あれは。先を急ぎましょうか」
『だなっ。生憎、俺もリッキーも時間に余裕がねぇ。行けるとこまで行っちまおう』
リッキーは俺の言葉に首肯で答え、何かしらの技能を使って足に強化を施す。
俺もそれに倣うように《練気》を纏い、俺達の目的地である霊峰を目指して、そそくさと走り出した。
ベル達と別れ十日弱、強くなる、という目的を忘れた訳ではないが、リッキーの事情を聞いてしまった以上、ゆっくりとレベル上げなんてやっている気分にはなれなかった。
『(俺じゃ力にはなれねぇが、ベルなら、竜人さんなら何か分かるかもしれねぇ)』
そんな淡い願いを持って近付きつつある霊峰を見上げる。
前世でも類を見ないその急峻な山は、これだけ近付けばもはや山というより巨大な壁のように俺達の前に立ちはだかり、空さえ埋め尽くしてただそこに鎮座していた。




