第五話 レベルアップ
初めての死闘で勝利を飾り、その余韻に浸りながら、入り組んだ穴倉の中でニヤニヤと微笑む小さな鼠が居た。
大きな耳と綺麗に生え揃った灰色の体毛、不格好に短い尻尾が特徴的だった。
そう最弱の魔物、いや、二番目に弱い魔物、レッサープレイグラットのローデントその人である(鼠だけどねっ!)。
『むふふ、蛙一匹倒しただけで、レベルが八も上がってしまった。奴はここいらのボス個体だったに違いない』
蛙を倒し、レベルアップを果たした現在のステータスはこのようになっていた。
-------------------------------------------------
個体名:ローデント
種族名:レッサープレイグラット Lv 9/10
状態 :健康
生命力:50/50 ⇒ 130/130
精神力:60/60 ⇒ 140/140
攻撃力:2 ⇒ 10
知力 :105 ⇒ 113
敏捷 :11 ⇒ 19
技量 :2 ⇒ 10
運 :123 ⇒ 131
技能:
《齧削》《瘴牙》new!!《静骸》
特性:
《疫病耐性 Lv1》
称号:
《最弱の魔物》《愚かな転生者》《鼠王の因子》
-------------------------------------------------
もう何度眺めたか分からないステータスを眺め、称号の《最弱の魔物》が消えていないことを業腹に思いつつ、すべての値が二桁に、そして生命力と精神力が三桁に達した喜びを噛み締める。
枯渇寸前だった生命力もレベルアップの際に全快しており、蛙が事切れた瞬間、動かなかった後ろ足が普通に動くようになって、かなり驚いたのも記憶に新しい。
残念ながら欠損してしまった尻尾は生えてはこなかったが、レベルアップでそこそこの大怪我なら回復できることを知れたのは大きな成果と言えるだろう。
『そして、成果といえばもう一つ、蛙さん相手に何度も試す内に、《弱瘴牙》が《瘴牙》に進化したのだ』
蛙さん相手に実験した成果を、反芻するように思い出す。
まず《弱瘴牙》の発動条件と発動確率を確かめようと、何度かかぶりついた時に判明したことについて。
《弱瘴牙》の説明に『低確率』とあるものだから、発動確率を試すのは根気がいるかと思われたが、実際やってみるとまさかの百発百中。戦闘中に二回使って二回とも発動したのは偶然ではなかったのだ。
運の値が高いことが影響しているのか? とも考察したが、発動しないならともかく常に発動するものの原因を確かめるのは難しくそこの調査は断念した。
逆に《弱瘴牙》の発動条件自体は、最初の考察から大きく外れることなく、以下の通りだった。
条件一、攻撃と認識される威力であること。
条件二、相手が生きている状態であること。
条件三、相手の精神力に干渉できる位置であること。
それぞれを厳密に言うとしたら、『相手の生命力に影響する威力』で、『相手が生命力および精神力を持った状態』に対し、『血液が流れる場所』に技を当てる必要があるのだ。
一と二はともかく条件三の判定が難解で、体内ではなくあくまで『血液が流れる場所』なのだ。それを証明するように、皮膚の表層や骨の表層を攻撃したところで《弱瘴牙》は発動しなかったが、血がにじむような状態の皮膚や骨の内部からだときちんと《弱瘴牙》は発動したのだ。
だから何だという話ではあるのだが、中々条件が分からず何度も齧られ見るも無残な姿となった蛙さんの名誉のためにも一応覚えておこうとそう思ったのだ。
そして分かったのはそれだけではなく、《弱瘴牙》で発動する状態異常の種類が判明した。というかまあ、これについては検証したというより《瘴牙》の説明文に書いてあったという方が正しいが。
-------------------------------------------------
《瘴牙》
低確率で任意の異常(毒、麻痺、睡眠、混乱、恐怖、壊血)を引き起こす瘴気の牙
-------------------------------------------------
《弱瘴牙》ではランダムだったものが任意になっているところが最高のポイントであり、今後の戦いでかなり役に立ってくれそうだと笑みが零れる。
『毒、麻痺、睡眠は色々便利そうだし、他の状態異常も……壊血以外は、きっと使えるよね』
壊血は……うん、二度と使わない。
魔物とはいえあれはやりすぎだった。普通にトラウマしかない。なんなら蛙さんを今後どういう目で見ればいいのか分からない。心苦しい。もうむり。
『……忘れよう。あれは不幸な事故だ、蛙さんの命を無駄にしちゃいけない』
首をブンブンと振り、陰鬱な気分を何とか持ち直す。
あれから長いこと休憩も挟んだし、そろそろ外に出かけてもいいかもしれない。
故郷のような安心感のある穴倉を抜け出してみると、外に出ると思ったより時間が経っていたのか、綺麗な夕日が空と木々を赤く染めていた。風も幾分か冷たくなり、さわさわと葉っぱを左右に揺らしている。
『森の木が邪魔で初夕日は眺められず、か』
『太陽があっちに沈むんならあっちが西かなあ?』とか『いや、そもそも地磁気があるとは限らないから、西だの東だの言っても仕方ないのかねえ?』などと下らないことを呟きながら、家路につく。
内心ではもう少し旅に出かけたい所だったが、日が沈むとあらばそうも言ってられない。なんたってここからは闇の時間が始まるのだから。
なにも中二病チックなことが言いたいわけではない、ここからは夜行性の生物の時間が始まるとそう言いたいのだ。
鼠も夜行性ではあるし、きっと活動自体は暗闇でもできるのだろうが、もし技能で強化された梟なんかに襲われた日には一巻の終わりだ。全くの無音で気付かぬうちに鼠生を終えたくはなかった。
漢なら目指せ百巻、打ち切られようとも自費出版で強く生き抜くのだ。
『しかし、そういえば蛙以外の動物も人工物らしい何かも巣穴以来一つも見てないな? 移動距離が大したことないにしても不自然だよな? 建物があったってことはこの世界にも人間がいるんだろうけど、もしかして進化した猿とか蛸が地上を制覇しちゃったりする系の世界なのか? それとも戦争で人類が滅んじゃった系の世界? はたまた異世界の人間を鼠に宿らせてその結果を鑑賞する悪趣味な実験施設?』
頭上に変な防護膜みたいなのもあるし、最後だったら嫌だなあなんて思いながら、あざとかわいいいポーズで首を傾げる。もちろん褒めてくれる者は誰も居なかった。前世だったバズるのに。
反応がない以上仕方ないとその辺の木の実をボリボリ齧りながら、やや小走りで走ると割と直ぐに謎の人工物兼巣穴に到着した。
相変わらず人が住むには適していなさそうな開放的な小屋で、他の生物の匂いらしきものも何も感じない。
『一体全体なんなん…』
ガサッ! と突然背後から音が鳴り、思考も忘れ巣穴へと滑り込む。
『う、噂をすればなんとやらとは言うけれど、流石にタイミングに悪意があるんじゃあなかろうかっ』
動揺を隠せないでいる鼠の元に、テシッ、テシッと真っ黒な影が向かう。一歩また一歩と謎の足音がなる度に、小さな心臓が握りつぶされるような感覚に陥る。
「ヂー」
地獄の底から這い出たような声で影は鳴き、巣穴の中を絶望で満たした。




