第五話 vsミミクリースネーク
ともすると前世のどこかに存在していても少しの違和感もない穏やかな森の中、穏やかさとはかけ離れた石蛇、ミミクリースネークとの睨み合いを俺は続けていた。
蛇という生物は本来、戦わないで済む状況であれば真っ先に逃亡を試みる生き物である。
しかし、目の前にいる石蛇は俺が顔面を蹴り砕いたことが余程気に入らないのか、今にも襲い掛かってきそうなほど、その顔には怒りを湛えていた。
「シィィー!!」
両者共に射程範囲外なのか、出来ることと言えばこうして威嚇することだけだが、等身大以上の大蛇の威嚇は体が竦むには十分な恐ろしさで、体が勝手に逃走を始めそうだった。
毎度のことながら相手は格上中の格上で、油断すると、いや油断せずとも、既に腹の中に収められた鼠先輩と同じ末路を辿りかねない状況である。
『(……流石に《石眼》つっても、見ただけで石になるトンデモ技能じゃあねぇか。一体、どんな技能なんだか)』
俺は竦む体に抗いながらも奴の手の内を予測し、いつでも《清めの波動》を発動できるよう準備していたが、幸いなことにその心配は杞憂に終わる。
バジリスクやメデューサといった蛇に関わるえげつない伝承を持つ怪物はそれこそ五万といるが、ミミクリースネークはその類ではないのかもしれない。
『魔物相手に好き放題させて良かったことなんざ今まで一度もねぇ、今回は俺から行かせてもらうぜっ!!』
鳴き声を張りあげ、初撃の傷から立ち直りきっていない石蛇へと俺は駆ける。
無論、直線ではなく、ジグザグと軌道を変えて、だ。
だが、そんな小細工も格上には通じないのか俺を完全に捕捉して、奴は文字通り鎌首をもたげていた。
『まあ、そう易々とは攻めさせてくれないよ、なっ!!』
言葉尻に合わせて、俺は敢えて土煙を舞い上げる様に石蛇の周囲をぐるぐると駆け回り、奴の視界を潰す。
《石眼》を警戒して、という狙いもあったが、それ以上に奴の聴覚、嗅覚の鈍さを利用するためだ。
食事中とはいえ、奴は俺の接近に(音を発してなお)気付くことはなかった。
であれば、そんな奴の弱点を狙わないという手はない。
『(よしっ、目くらましは準備完了。後はどう攻めるか)』
変わらず土煙を巻き上げながら俺は思考し、俺の有利な戦場、空中戦を選択することにした。
気配を殺しつつも、奴の頭上を取れるよう天高く跳び上がり、俺は石蛇の全容を視認する。
『(はっ、呑気に蜷局巻いてやがる。全方位を警戒してるようだが頭上がお留守だぜっ、石蛇ちゃんよぉ)』
自由落下の勢いさえ利用して俺は加速し、最高速に達した所で《朧翔》を使って、更にもう一段速度を上げる。
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《朧翔》
空中で姿を霞ませ、一度だけ空を翔けることができる
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自分でも不安になるほどの落下速度で迫ると、蜷局の中心、石蛇の傷付いた頭目掛けて、俺は隕石の如く降り注いだ。
ゴチャッ!!!
何かが潰れる痛ましい音と声にならない奴の悲鳴が耳に届き、意外と弾力のある奴の体を使って、俺は石蛇から離れるべく今一度大きく跳ねた。
仕留めた、と思うだけの手応えを感じていたが、俺の頼りない攻撃力では些か威力が不足していたのか、土煙の奥で奴の暴れる音が聞こえた。
『(やり切れずとも、特大の一撃ではあったはず。じゃなきゃあんなに暴れる訳もねぇ)』
手負いの獣が繰り出す死に物狂いの一撃を警戒し、俺は奴の乱打と土煙が晴れるのを大人しく待つ。
しばらくして、石蛇は冷静さを取り戻したのか音は聞こえなくなり、次第に石蛇の姿形も鮮明になっていく。
『片目、片牙が潰れてる……狙いがズレちまってたのか。火力不足じゃなくて、俺の練度不足。すまねぇな、一撃で仕留めてやれなくて』
命懸けの戦いながら、相手を憐れむくらいにはその傷は痛々しく、石蛇は怒る余裕さえないのか、隻眼を使ってじっと俺を見据えていた。
そこには既に強者も弱者もなく、この先どちらが敗れたとしても何の不思議もない緊迫した空気が流れていた。
「ギジャァア゛!!」
『くっ、やっぱ大人しくやられちゃくれねぇか!』
体液が喉に絡み、濁った声を出しながら、石蛇はシュルシュルとほとんど音も立てず俺に迫る。
無傷のまま、まして《擬態》された状態で、この速度、静音で近寄られることを想像すると、中々どうして生きた心地はしない。がしかし、今の奴はほぼ死にかけ、対してこちらは無傷なのだ、大人しくやられてやる筋合いはなかった。
俺は潰した右目の死角を最大限活用しつつ石蛇の噛みつきや尻尾攻撃を避け、あらゆる事態を想定して、出し惜しみすることなく、《練気》《清めの波動》を常時発動させる。
精神力の消費は凄まじかったが、未だ見ぬ《石眼》を思うと、どうにも不安は残った。
「ジャ! ジャア゛!! ジャァ!」
小賢しく動き回る大鼠を仕留めようと、掛け値なしの全力で石蛇は一撃必殺の猛攻を放ち続け、俺は俺で全力すら越えてその攻撃を回避する。
奴もなりふり構っていられないのか、石の鱗を飛ばしたり、周りを囲って縊り殺そうとしたりと必死な攻めを見せてくるが、進化を重ねて会得した俺の技能も伊達ではない。
《瞬脚》、《朧翔》、《掘削》と、時には空に、時には地面に命を救われ、奴が決定的な隙を見せるその瞬間を俺は待ち続けた。
「ジャ! ジャア゛?」
そして、遂に訪れた奴が俺を見失った瞬間を見計らい、俺は最短距離で奴の頭へと肉薄する。
『(まだ油断はしない……ここから、ここからだっ)』
土壇場の土壇場で見せる魔物達の最後の一矢を見逃すまいと俺は過剰なまでに警戒を続け、そのお陰か攻撃の寸前に小さな違和感を知覚する。
それは微かな違和感であったが、気付いてしまえば絶対に無視できないそんな違和感だった。
奴は。
奴は、俺を探していない。
俺のいる位置は完全に奴の死角。
ほぼ確実に見失っているにも関わらず、奴は一向にそれらしい素振りを見せていなかったのだ。
ただ気付いていない、その可能性もあり得なくはないが、そう思うには目の前の相手は強敵に過ぎた。
『《朧翔》っ!!』
奴は俺を認識していることを前提に、空中で無理矢理に軌道を変え、朧気な残像をその場に置き去りにする。
瞬間、奴の傷だらけだった頬が自ら弾け、血液と透明な体液が混じった謎の液体が残像を襲った。
あれを正面から受けていれば一体どうなっていたのか、その未来を明示するように、謎の液体が着弾した草花がジュッと音を立てて自壊していく。
「ギジャア゛!?」
石蛇はまさか避けられるとは思っていなかったのか、今度こそ心からの驚きの声をあげ、行く宛てのなくなった光り輝く尻尾を所在なげに動かしていた。
『もらったッ!!』
なんとか着地した俺は、奴の尻尾が振るわれる前に《瞬脚》で地面を穿ち、今度こそトドメを刺すと声をあげる。
当然、奴の尻尾が少し遅れて俺を襲うが、俺の足の方がコンマ数秒早く、顎を掬いあげる強烈な一撃をお見舞いした。
返す刀で、俺はもう一度だけ空を蹴り、石蛇を地面にぬいつけるように無防備な顎下に全身全霊の蹴りを叩き込み、油断も慢心もせず、確実にトドメを刺した。
「ギ、ジャア゛」
裏返った姿勢のまま、石蛇は最期に弱々しく鳴くと、振り下ろそうとしていた尻尾が重力に引かれて、ドサッと地面に沈んだ。
何度経験しても慣れることのない命を奪う嫌な感触を残して、俺の勝利を祝福するようにレベルアップ時特有の温かな充足感が体を駆け巡った。




