第四話 忍び寄る者
『もうベル達は、あの山に着いたころかねぇ』
ベル達と離れて早二日、歩けど走れど一向に辿り着く気配のない巨大な山を見て、俺は一匹、独り言を漏らさずにはいられなかった。
あの山のおかげで迷子にならないのは正直かなり助かっているが、それにしたって山までが遠すぎるのだ。
二週間で見返す、と飛び出したものの、このままでは移動だけで一週間以上掛かりそうなほど、俺の歩みは遅かった。
『リカが三日で来たって言うもんだから案外近いのかと思ったら、やっぱりアホみたいに遠いじゃねぇか……竜人さんの移動速度はどうなってんだよ、ほんとに』
こうして愚痴っている暇さえ本当はないのだが、俺の歩みを妨げるとある存在を思うと、軽口は止まらない。
『一体何が目的なんだよ、こんなか弱い鼠をつけてる奴は。ってか尾行するならバレない様にやってくれよな……』
今もひしひしと感じるこちらを覗くような嫌な視線と俺ですら感じ取れるその強烈な臭気に、しばらく鎮火していたイライラの炎が再燃し始める。
可能なことなら、この苛立ちをそのままぶつけてやりたい所だったが、相手はそれなりに厄介な魔物なのか、こちらが近付く素振りを見せるとぱっと気配を消して隠れてしまう。
全力で離れてみると少しの間は引き離せるにしても、何故か睡眠や休憩、食事の間に追いつかれてしまうし、鬱陶しいことこの上なかった。
『これじゃあ満足に戦闘訓練もできねぇ。こっちには時間がねぇってのに』
全くもって煩わしい奴め、と追跡者のいる方向を睨んでみてもそこにあるのは力強い植物達と大小様々な岩々だけ。
現状、奴に尾行される前に二度ほど魔物を遠目に確認した以外、魔物との接触はない(というか敢えて避けている)。俺の実力じゃどうしたって接戦や泥仕合になる都合上、追跡者との連戦や横やりはできることなら避けたかった。
『ベルがいりゃあ……って、こんなんだから俺は弱いままなんじゃねぇか。なんとかするしかねぇよな、俺一匹で』
久しぶりの孤独感のせいかぼやきは止まらず、返ってくる筈もない相槌を待つ時間が余計に寂しさを増長させる。
現段階で俺がやれることは、二つに一つ。
追跡者から必死に逃げ続けて霊峰を目指すか、追跡者に手の内を晒しながらも魔物との戦闘と洒落込むか。
前者の場合はあまりに情けないがその分安全で、後者の場合は危険ではあるが成長の良い機会となる。
死んでしまっては元も子もないので、冷静な俺としては前者一択のように思えるのに、そんな俺を鼻で笑う小憎たらしい相棒の姿を想像するだけで、選択肢はあってないようなものだった。
『……やってやるっ。並び立てるなんて端から思っちゃいないが、このままじゃ相棒じゃなくて、ただのお荷物だ。俺はまだあいつの、ベルの隣で楽しく笑っていてぇ』
ベルを前にして絶対に言えない気恥ずかしい本心が自然と零れ、闘志もまた十分以上に漲ってくる。
そこらの魔物に負けて死ぬなんてのは最悪中の最悪。
しかし、この世界で初めてできた最高の相棒に迷惑を掛け続けるくらいなら俺なんて死んじまったって構いやしない。
『尾行ひとつ碌にできねぇ魔物の何が怖いってんだ。一匹だろうと百匹だろうと全部まとめてぶっ飛ばしてやる!』
誰も聞いていないと分かっていながら俺は語気を強め、自分を、姿の見えない追跡者を挑発する。
残る時間はあと十日と少し、遥か高みにいるもふもふな相棒の隣に少しでも近付くためには、俺に立ち止まっている時間など残されているはずもなかった。
*****
追跡者をできるだけ突き放すように森を駆け抜けて数時間が経った頃、俺折角稼いだ距離を無駄にしてでも、俺は樹上から慎重に一匹の魔物を観察していた。
『(蛇、だよな。一応あれでも)』
その魔物は周囲を警戒するでもなく、恐らく仕留めたばかりの新鮮な獲物を生きたまま丸呑みしようとしていて、戦いの痕跡なのか魔物の近くには真新しい血液が飛散している。
蛇、とはいったものの本当にそうなのか迷う程度にはその姿は異質で、体皮には尖った石の鱗(?)のようなものが無数に張り付いて、蜷局を巻いていた。
血さえなければ、その辺の転がる少し変わった形の石塊であり、先に見つけられた幸運には大いに感謝すべきだろう(この辺りでは、奇怪な岩だらけで嫌になりそうだ)。
『(食われてるのは多分、鼠、だよな……っとに、縁起でもねぇことしやがって)』
どうやっても引きつってしまう顔をなんとか元に戻しながら、俺のために先に犠牲になってくれた鼠先輩を思って、俺は石蛇の観察を続ける。
『(神経を蝕む毒、血液や筋肉を破壊する毒、蛇と言えば真っ先に毒が思い付くが、存外毒蛇ってのは数が多くねぇ……が、生きたまま吞み込んでるとこを見ると、どうせ麻痺系の毒は使ってくると思った方がいいか)』
《鑑定》をしたい気持ちはあるが、食事中の隙を狙えるこの有利な状況をみすみす逃すことはしない。
それに、初撃をどう叩き込むか、その算段を付けるためにも奴の観察と分析はどうせ必要だった(まあ精々、最後の晩餐を楽しむといいさ)。
『(俺の接近に気付いた様子がないってことは、嗅覚と聴覚は大した事ない、はず。蛇なら寒さに弱い……つっても俺じゃあどうしようもねぇ。あの石の鱗を貫通できるとは思えねぇから、《瞬脚》か《蝕液》で頭を狙うべきか?)』
俺が考えを纏める間にも、石蛇は体を撓らせては少しずつ獲物の捕食を続ける。
それに従い、生きていた筈の鼠先輩の抵抗も段々となくなり、いよいよ戦いの時が迫っていた。
『(……よし、いくぞっ。いけっ俺!!)』
怖気る心を黙らせ、俺はいつものように《練気》と《瞬脚》を発動させると、力強くその場から跳ねる。
ミシリと俺の踏んだ枝が軋む音が森に響き、それでもなお気付いた様子のない石蛇に、俺は一直線に閃いた。
『この野郎、俺の前で堂々と鼠を食ってんじゃねぇぇ!!』
ゴキャ! と石蛇の顔についていた鱗が砕け、薄っすら黄色いほとんど透明な液体が吹き出し、奴は突然の痛みにただひたすらにのたうち回った。
丸呑み寸前を邪魔したおかげかどこか動きはぎこちなく、畳みかけるように俺は《蝕液》を何度も放つ。
暴れているせいか狙ったところには当たることはなかったが、それでも石で出来た鱗がどんどんと溶解していき、土色の体皮をうっすらと爛れさせた。
「キシャァアア!!!!」
石蛇は未だ冷静さを欠いてはいたものの、その魔物としての強かさだけは忘れず、周囲全てを薙ぎ払うべくその長い尻尾を振るい、乱雑に攻撃を繰り返す。
技能を使っているのか、薄く輝いた尻尾の一撃一撃は驚くべき破壊力で、地面は抉れ、直撃した岩々は小さな礫となって周囲にまき散らされている。
『っ! 《鑑定》《鑑定》《鑑定》!!』
耐久に自信のない俺はすぐさま攻撃の範囲外へと飛びずさり、嫌がらせの意味も込めて何度も《鑑定》を発動させた。
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個体名:(なし)
種族名:ミミクリースネーク Lv 43/50
状態 :健康
生命力:853/1460
精神力:1300/1870
攻撃力:173
知力 :169
敏捷 :152
技量 :162
運 :145
技能:
《擬態》《操尾》《石眼》《痺壊牙》《熱知覚》
特性:
《疫病耐性 Lv1》《飢餓耐性 Lv2》《石岩耐性 Lv2》《石鱗》
称号:
《忍び寄る者》
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石蛇は前の戦いのダメージを引き摺っているのか、俺の想像以上に生命力や精神力が削れているようだ。
レベル及びステータスの高さ、見るからにやばそうな《石眼》の技能に気を付ける必要はありそうだが、これなら勝てるかもしれないと俺は亡き鼠先輩に何度目かの感謝を送る。
『ふっ、《忍び寄る者》が背後を襲われちゃあ世話ねぇな。なぁ石蛇さんよぉ!!』
「……シャアァァ!!」
数々の魔物を屠ってきたであろう歴戦の称号持ちに俺は吠え、相手もそれに答える様に正面から俺を睨む。
正真正銘、命を懸けた弱肉強食の戦い、いや強肉弱食の戦いがそうして静かに始まった。




