第三話 弱者の一歩
『いやぁ、お二方ともお強いですなぁ……まあ、何が起こってたのかは全っ然わかんなかったけど』
第三ラウンド、あらため超次元バトル(バカみたいだがそう表現する他ない)の果てに見るも無残な姿になった周囲を見て、俺は今後むやみな発言は控えようと心に刻む。
初めて見たベルの本気の一端はそれだけ途轍もなく、しかもまだまだ余力を残していそうなのが訳が分からなかった。
『……むぅ、ぜーんぶ、あたんなかったぁ』
『力は強いけど、動きが雑。それじゃ当たらない』
『うぬぬぅ、くやしいよぉ。ベルちゃん、もしかしたらフレアよりもはやいかも。かわいいのに、よわくなかった』
『ん、魔物は見た目じゃない。油断しちゃだめ』
『はぁーい』
ちなみに言うまでもないが、勝負はベルの圧勝である。
相手が子供だから攻撃こそしちゃいなかったが、その実力差はこの俺にも分かる程度にはかけ離れていた。
その証拠にベルは汚れ一つない綺麗な姿のままなのに、リカはというと土や埃だらけで、胸を激しく上下させながら呼吸を整えるために大の字に寝そべっていた。
『もしかしてデンちゃんもじつはもっとつよいの? ちからフウインしてる?』
『強くないし、封印もしてないけど全力でもない。デントは一回だけだけど、私に勝ったこともある』
『えぇ?! デンちゃんもそんなにつよいのっ?』
『……こらベル、嘘でもないけど嘘教えるんじゃないよっ。ほらリカがなんかワキワキし始めたぞ、どうすんだあれ。しぬぞ? 俺なんか掠っただけど塵になるぞ???』
疲れている筈なのに、すくっ、と起き上がったリカに本気で恐れ戦き、俺は腹を放りだし、仰向けになって無害なことをアピールする。
俗にいう服従ポーズのつもりだったが、リカには意味が通じず、ただもしゃもしゃと腹を撫でまわされただけに終わったが、まあ関心が逸れたというのなら万々歳だ(ちなみに、だいぶんと疲れているのか撫で方は優しかった)。
『デント、これからどうする? たぶん、リカが予言の子だと思うけど』
一人と一匹、俺とリカが仲睦まじく戯れている中、ベルは少し呆れた顔をしてそう告げる。
ベルと二匹だけの旅なら大した当てもなくここらをうろつくだけであったが、今は完全に予想外の状態で、ベルはきっとそのことを憂慮しているのだと思われた。
しかし悲しいかな、『予言の子』という言葉の意味が分からない俺は間抜けな態勢で間抜けな顔をするしかなかった。
ベルは少し呆れた顔を『ダメだこいつ』とでも言わんばかりの顔に変え、何かを諦めた様にぼそっと言葉を続ける。
『……リル達の占星術』
『占星術? ああ、憩いのもふもふがどうのって…』
『おバカ。リルが言ってたのは、祝いの若葉、西の霊峰に祝いの若葉あり。霊峰があれだとしたら、たぶん祝いの若葉はリカのこと。だからどうするか聞いてる』
『そ、そういうことね。予言かぁ、予言ねぇ……』
ようやっと合点がいった俺は仰向けの状態からごろんと起き上がって、不思議そうな顔をする予言の子、リカをどうしたもんかと矯めつ眇めつ眺めた。
リル曰く、
『僕達の占いは今後の世界に関わる重要な未来だけが見えるんだ。というか、その事象を絶対に経由しないと世界が破綻する、そのくらいの事象だからこそ見える、とも言えるんだけど……とにかくそれくらい重要な出来事だから、くれぐれも気をつけてね師匠』
とのことだったが、そんなハードルを上げられてしまっては俺としてはどうにも動き辛さがあった。
こちとらその辺に居るゴーレムにも、生まれたばかりの幼女にも押し負ける図体ばかり大きいただの鼠(まあ見た目はゴールデンハムスターそのものだが)なのだ。
世界の命運を左右する出来事なんざ真っ平ごめんである。
『(……つか思い出したら凹んできたな。俺、その辺の魔物と幼女に負けたのか。これでも四回進化したってのに、いくらなんでも弱すぎやしないか?)』
最弱を抜け出したとはいえ、強者を名乗るにはこの身はどうしようもなく貧弱で、頼りない。
弱いことが必ずしも悪い事だとは思いはしないが、それにしたって限度というものがあった。
『なぁ……俺ってやっぱ弱いよなぁ?』
落ち込んだ心を癒そうと、俺はベルとリカに語りかけ、我ながら不甲斐なく、優しい慰めの言葉を待つ。
まだ数ヶ月とはいえ濃密な旅を共に過ごした相棒は、俺のそんな気持ちを推し量り、優し気に俺を見つめる。
リカはリカで、その子供ながらの無邪気さで俺の想いを感じ取ったのか、ポンポンと俺の背中をそっと叩く。
言葉はなくとも、一人と一匹の心意気はその態度に滲み、俺の胸はじんわりと温められていった。
『うんうん、やっぱりこれでも…』
『ん、弱い』『よわいよっ』
『って、おいっ!!! そこは普通、慰めるところだろ! 結構マジで凹んでんだからな、珍しくっ!』
『でも弱いものは弱い』『うそはついちゃだめなんだよっ』
『……へいへい。仰る通りわたしゃ弱いですよ。どうせ最弱のドブ鼠……その辺で野垂れ死ぬのがお似合いですよ』
パシッ、とリカの手を振り払い、俺は薄情者達を置いて、どこへと知れず歩き出す。
当然、急に動き出した俺を不審がって、ベル達が俺の後ろを付いて来るが、今はそれを許す訳にはいかなかった。
『つ、付いて来るんじゃねぇ! 決めたんだっ、俺は……俺は一匹で武者修行の旅に出るっ!』
その場のノリと雰囲気で俺は捲し立て、困惑するベル達に啖呵を切ってみせる。
発言した瞬間、津波のような後悔の気持ちが押し寄せてきたが、ここまで言って引き下がる程、俺という鼠の性根は腐っていない。
それにこのままでは世界の命運どころか、何気ない日常の一幕でうっかり命を落としかねないと常々考えていたのだ。
『一週間……はちょっと厳しそうだから、二週間後っ! 絶対にベル達を見返してやる!!』
迷いを断ち切るよう俺はベル達から視線を外し、《瞬脚》を使って遠く遠く、深い森を目指す。
無論、ベル達には止まって見えるほど遅いに違いなかったが、薄情者達が俺を追いかけることはなかった(ちょっとだけ期待してたのにっ!)。
誰がどう見ても、後先を考えない愚かな行動。
しかし、この蛮行が多くの者達を救うことになるなど、この時は俺は知る由もなかった。
*****
(Side ????)
『霊脈の森』の調査を始めて十六日目、ここ数日でようやく様になってきた火起こしに夢中になっていると、突然凄まじい破壊音が森に轟いた。
「……魔物の縄張り争い? それにしては派手過ぎるか?」
俺は折角点きそうだった種火を靴の底で踏み消し、音から離れるか、確認しに行くかの判断に迷う。
ここにきて約二週間、俺は安全を優先して、魔物との戦闘や危険のある行動を極力避けて過ごしてきた。
しかし、いい加減この森で隠れ潜む日々には限界を感じていたし、それ以上にどうしても停滞していられないとある事情が足を止めるなと俺を急かしていた。
「リカの容態はいつ悪化するとも限らない……俺の命なんて気にしてられない。やるしかないんだ」
俺は瞳を閉じて、掛け替えのない妹の姿を鮮明に思い出し、震える身体に鞭を打って前に進む。
『どうせもう、俺達に帰る家なんてない……俺が、俺がリカの居場所になるしかないんだ。あの子の為なら、俺は英雄だって何にだってなってやる。それがせめてもの償いだから』
仄暗い決意で心を震わせ、一人の青年が森を往く。
その顔にもはや迷いや恐れは一切存在しない。
だが同時に、彼の妹が愛して止まなかった優しい兄の面影も、そこにはもう、ありはしなかった。




