第二話 新しい出会い
灰色の外套を纏い、イマイチ恰好のつかない決めポーズを構える謎の少女と相対し、どこか締まらない雰囲気ではありながらも少女はその体に確かな技能の光を宿していた。
一触即発、かと思いきや少女はこちらが構えるのを待っているようで、焦れた様子でこちらを見ている。
『シタクはまだか、ワルモノさん』
『な、なぁ、ほんとにやるのか? ワルモノさんはさっき無残に砕け散ったぞ?』
『リカはいいコだからカンゲン? にはだまされないよっ。さあ、セイバイするからカクゴしてねっ!』
『甘言ってか、喋る魔物はそうそう、ちょ、し、しぬっ!』
我慢の限界に達したのか、問答無用、と少女は弾け、真っ直ぐ素直に俺へと駆ける。
相変わらず俺には目視すら怪しく、ほとんど本能のようなものだけで俺は真横に飛んだ。直後、ドガーン! と俺の後ろにあった大岩が粉々に砕ける音が聞こえ、割と真面目に迫っている命の危機に体が震える。
『……し、しぬかと思った』
『むむ、よけられた? なかなかやるねっ、ワルモノさん。ツギはもうちょっとホンキだすよっ』
『ちょいちょいちょい、まだ速くなんのかっ? ほんとにむりだからっ、《鑑定》っ! ぁあ? 発動しねぇぞっ?』
『くすぐったい? リカはさいきょーセンシだから、そういうのはきかないよっ!』
『んな無法なっ、ベルっマジで助け、ぬおおぉぉ!!』
少女が光り始めたので俺は祈る様な気持ちで再度横に飛び、間一髪、もはや残像すら見えない突進をなんとか避ける。
生きた心地はせず、少女が愚直に突き進んでいなければ、俺は今頃砕け散ったゴーレムさんの二の舞になっていた。
こんなの命がいくつあっても足りないと、少女がまた突進の構えに入る前に俺はベルの後ろに滑り込み、震えた手でベルの背中に必死にしがみ付いた。
『べ、ベル、あの子をなんとかしてくれっ』
『……でも、傷付けちゃだめ』
『そりゃそうだが、話を聞いてくれる相手じゃないぞっ』
大岩の次は大木をなぎ倒した少女は、舞う土煙の中、その爬虫類特有の神秘的な瞳をギラギラと輝かせ、昂る感情を発散するように、その身に纏っていた外套を放り投げた。
そうして現れた小ぶりな翼と尻尾をパタパタと嬉しそうに動かし、少女はその紅色の体に凄まじい力を籠める。
『はじめてニカイもよけられたっ。ホンキのホンキ、ツギはゼッタイあてるからねっ!!!』
『奈落の霊峰』に棲まう第三の獣人にして絶対的最強種。
竜人族の幼い少女リカは、闘争心を剥き出しにして、にこっと獰猛な微笑みを浮かべた。
*****
『ふぅ~たのしかったぁ~! ありがとね、デンちゃんっ』
袖がなく、背中の布地もないワンピースのような服を元気一杯にはためかせ、リカは大きく伸びをする。
その姿は竜っぽい人、ではなく、人型をしただけの竜(二足歩行の竜?)であり、やや丸みを帯びているものの、顔面は完全に幼いドラゴンのそれであった。
蜥蜴を初めとする爬虫類が笑っている印象は皆無と言っていいほど記憶にないが、リカはそれを覆すだけの圧倒的な明るい笑みを零していて、急に襲われたというのに怒りが湧いてこない不思議な魅力を放っている。
『ハァ、ハァ……やっと満足したか』
『え? リカはまだまだあそべるよっ、あそぶのっ?』
『い、いや、おいらはもう限界じゃ。そこで気配を消してるベルお姉ちゃんに遊んでもらいな?』
『わかったっ!! べーるちゃんっ、あーそーぼっ!』
『……』
リカとは真逆で、精魂尽き果てた俺はぐったりと四肢を地面に伸ばし、もう一歩も動けない体に休息を与える。
俺を囮に優雅に休憩していた薄情猫が恨めしそうな顔でこちらを見ていたが、まあ自業自得である。
『ベルちゃん、もふもふぅ~なんかしあわせっ』
『……痛い』
『ご、ごめんねっ。このくらいならヘイキ?』
『んん、もっと優しく。あと、そこ嫌』
『むむむ……リカ、こういうのへたっぴなんだよねぇ。いっつもフレアにおこられちゃうの』
力加減が余りに絶望的なのかベルはそれでも不服そうな顔をしているが、面倒さが勝ったのか諦めてどこか遠くを眺め、無我の境地に達していた。
あのベルをして痛みを感じるというのだから、俺としては絶対に撫でられたくはないが(ともすると爆散しかねん)、それだけの力がこの幼気な少女に宿っていることが何より恐ろしかった。
『にしても、すげぇな。竜ってくらいだから強いとは思っちゃいたが、竜人族の中でもリカが特別強いだけなのか?』
『えぇ? リカはヤマでもいちばんよわいよ? まだミジュクモノ? だから、みんなみたいにとべないし、ホノオもだせないの。それに、ダイチもわれないんだぁ』
『よ、弱いのか? あれで? さっき、さいきょーセンシとかなんとか言ってなかったか?』
『えへへ、フレアがさいきょーのセンシってよばれてたからそのまねっこなのっ。リカはねぇ、フレアみたいになりたいからねぇ、いまはナイショでムシャシュギョーしてるっ!』
フレアという竜人さんのことが余程好きなのか、リカはとても嬉しそうにぴこぴこと翼と細長い耳を動かす。
気になることはいくらでもあるが、一先ずはこの太陽の様な少女の保護者について聞いておくべきだろうか。
『なあリカ、そのフレアさんとやらは一緒じゃないのか?』
『えっ、フレア? ふ、フレアはねぇ、えーとねぇ……こ、ここにはいない、かなぁ』
『……その焦り様、さては嘘ついてるな?』
『う、うそはついてないよっ! フレアにみつからないようこっそりっ、じゃ、じゃなくて、えーと、うーんと……』
リカはお手本の様に目を泳がせ、うんうんと大げさに頭を振って、言い訳を考えている。
微笑ましくもあるので、もうしばらく眺めていてもよかったが、必死に悩み過ぎたのか段々と体までもがふらついてきて、終いにはぐるぐると目を回し始めた。
『ほんじゃあ、あの遠くにあるでっけぇ山には居るのか?』
『う、うんいるよっ! まだ、おテントサマがひとつ、ふたつ、みっつ! みっつだから、きづいてないとおもうのっ』
『み、三日でこんなとこまで走って来たのか……というか三日も経ったならバレるだろ、普通』
『ううん、いつつまではだいじょうぶなのっ、ナンカイもためしたんだぁ、えへへ』
『……常習犯なのかよ。それはそれでどうなんだ?』
リカは真っ平らな胸を張り、悪びれもせずなぜか得意気に言い放ち、なんなら褒め言葉を待っているように勝ち誇る。
状況はそれとなく伝わったが、こんな爆弾娘を抱えている親御さんを思うと、少しだけ胃がキリキリした。
五日後には迎えがくるみたいだが、流石にこのまま放置という訳にも……ん?
『そういや、そもそもなんでリカは俺と話せるんだ?』
『なんでデンちゃんとはなせちゃいけないの? ……む? マモノがしゃべってる?! も、もしかしてデンちゃん達はシンジュウサマなのっ? そんなによわそうなのにっ!』
『お、おう、今なのか、それ? ……あと何気に失礼な奴だな。ほら、ベルさんが地味にキレてるぞ、謝っとけ?』
『だって、よわいものはよわいよ? リカのがつよいし』
『……聞き捨てならない。どう考えても私の方が強い』
『ふふーん、デンちゃんには見せなかった、リカのちょーホンキみせてあげるよぅ!』
火に油を注ぐリカの発言に内心気が気でなかったが、巻き込まれてはホンキのホンキで木っ端微塵になりそうなので、俺はススス、と両者から距離を置く。
『《鑑定》も通らんし、竜人さんは特別仕様なのかねぇ』
結局話せる理由は分からず仕舞いだったなぁ、としみじみと呟き、意外とどう転ぶのか分からない第三ラウンドの幕開けを俺はそぉっと気配を殺して見守った。




