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【第三章更新中】最弱たる牙の王  作者: 吉 稲荷
驚異の書 二之章 真理に親しき者達
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第四節 癒手のカルム

 世界には七つの獣人種が存在する。


 犬人族は、その一角を担う愛すべき獣人種である。

 彼らは純潔を美徳とし、比類なき叡知を有する神獣リル=プロシュヴェリテと共に己が義を全うすることを至上の喜びとする。


 大別して四つの氏族に分類することはできるが、一族全体を通し、その性格は誠実にして、純潔。

 自らが定めた義に反することを何より嫌い、彼らの叡知は愛する主、(つがい)、義ためであれば、遥か未来すら見通す。


 本節では、犬人族の中でも他者を癒すことを己が義と定めた氏族『カルム』の者達と初めて触れ合った際の体験談をもととして、彼らの驚くべき生態や文化を取り上げてゆく。


 *****


 時は戦国、世は乱世。


 ……なんてことはもちろん無いが、今月今宵、ある種の戦いの火蓋が今この瞬間にも切って落とされようとしていた。

 合戦場所は、カルムの者達が働く治療院。

 集いし者は、多種多様、でもない犬人の紳士淑女。

 五十名ずつきっかり揃った犬人の男女が治療院の中で左右に別れ、中心には俺、リル、ベルとカルムの長であるポーラさんが順に並んでいる。

 そして俺がいる左側には、ドンドンを筆頭としたカヴァルの紳士が集い、ベルとポーラさんのいる右側にはカルムの淑女が集っていた。


 これから戦でも繰り広げるのかという程に両者間の緊張は高まり、全員がリルの掛け声を固唾を呑んで見守っていた。


『……それではこれより、第一回()()()()の儀を執り行いたいと思いますっ!』


 少し違和感のある発音でリルがそう吠えると会場は盛大な拍手で騒然となり、僅かにだが両者の緊張が解れていく。

 俺は一匹、必死に笑いを堪えながらも、余りに真剣な犬人さん達の姿を見て、いかんいかんと心を入れ替える。

 どんなに愉快な絵面に見えても、彼ら彼女らにとっては人生に関わる一大事なのだ。

 大将であるこの俺が気を抜いていいはずもなかった。


『(俺がぽろっと失言をしちまったばかりに……)』


 それに、当然ながら此度の元凶は間違いなく俺であった。

 冗談半分で語った話がまさかこんな大事になるとは夢にも思っていなかったが、後悔先に立たず。

 今の俺にできるのは、なんとしてでもこの『合コンの儀』を成功させることだけだった。


 犬人さん達とは違った謎の重圧に包まれ、俺は先陣を切って女性陣の元へと歩みを進めた。


*****


 時は随分と遡って、結界修復の合間にドンドン達と焚火で談笑していた時のこと。

 話題には事欠かない面々ではあったが、話題と話題の間隙を縫って俺はドンドン達の恋愛事情、俗にいう恋バナを仕掛けてみた。

 ベルがいないからというのも大きかったが、一番の理由は単に犬人の少子化うんぬんの話が出ていたことがきっかけといっていいだろう。


 そしてその際、ドンドンやその部下であるハロルドさん、ヨークさんは口を揃えて、


『『『そもそも異性と話す機会がないんですよねぇ』』』


 と遠い目をして嘆いていた。

 詳しく聞いてみると猫人さん程ではないが、彼らもそれなりに深刻な仕事人間らしく、基本的に街の外で治安維持に励んでいる彼らには極端にインドアな他氏族との関りがあまりないらしい。

 仕事柄カルムの女性とは話す機会があるようだが、それとて滅多に怪我をしない彼らにとっては月に一回あるかどうかといったところみたいだ。

 話を聞いていると、気になる異性がいないこともなさそうなのが唯一の救いと言えそうだったが、ゆったり恋路を歩める程、魔境での生活は甘くなく、ずるずると先延ばしにしているのが現状であるように見えた。


 翻訳担当のリルがなんとも言えない顔をしていたのもあって、俺は同情する様につい、


『お見合いとか合コンとかそんな余裕もないだろうし、それもしょうがないよなぁ』


 などと余計なことを口走ってしまい、その立派なお耳で俺の戯言を聞き取ったリルが異常な程の食いつきを見せた。

 あれよあれよと俺自身大した知識もないのに、それらについて根掘り葉掘り答えることとなり、気付けば事態は予想の斜め上をいく展開となってしまっていた。


 ……と、いう訳で時を戻して、もはや後には退けなくなった『合コンの儀』の真っ最中。


 勢いよく突撃したものの言葉が分からないことを思い出した俺は、カルムの女性陣に軽く撫でまわされた後にリルとドンドンの元へと情けなく逃げ帰っていた。


『……すまねぇ、ドンドン。ここは一つ言い出しっぺとして一番槍を務めようと思ったんだが、俺じゃあダメみたいだ』

『いえ、デント様。勇ましいそのお姿、しかとこの(まなこ)に焼き付けましたっ。我らは気高き犬人族。これより先は己が手で道を切り開いてご覧に入れましょう!』

『……お、おう、是非とも頑張ってくれっ』

『さあゆくぞ、ハロルド、ヨーク!!』

『は、はいっ隊長!』『お、お供しますっ!』


 一体俺のどこを見て感銘を受けたのか、ドンドン達は並々ならぬやる気を見せ、肩で風を切りながら進んでいった。


『頑張ってね皆。僕がちゃんと見てるからね……』


 それを見たリルさえも感化されたのか瞳を潤ませて、我が子を見守る親のような顔をして彼らを見送っている。

 何ができる訳でもない俺は、そんな彼らをこの場にいる誰より複雑な心境で眺め続け、内から湧き出る果てしない徒労感をひたすら真摯に無視し続けた。


*****


(Side ベル=エトラピーデ)


 この街を、『月下の凍て地』を訪れてから、私は心底寒さというものが苦手であることを思い知らされていた。

 生まれてからずっと炎漠の傍で過ごしていたとはいえ、自分でも驚くくらいにこの地ではどうにも調子がでない。

 何かあるとすぐに生意気なことを言うデントの手前、態度には出さなかったが、私一匹での旅路であれば、こんな寒い場所には立ち寄りもしなかったと思う。

 もちろん、ここでしか見られないびっくりする光景には心がきゅっとしたし、デントに付いてきて良かったという思いはある。


 しかし。

 それはそれ、寒さは寒さだった。


 デントが次の行き先を決めるまで一旦砂漠に帰ろう、なんて真面目に計画するほどにここは私には寒すぎる。

 コルネさん達が作ったという温室がなければ多分……いや絶対に帰っていた。

 一体何をどうやっているのか、その温室は匂いや漂っている精霊にいたるまで紛れもなく炎漠そのままで、目を閉じれば里の皆が笑っているそんな姿が頭に浮かぶ。

 私は踏み入ったその瞬間からこの温室に愛着が湧き、ここ数日、用もないのに度々訪れては暖かさを楽しんでいた。


『……という方で、数える程しか話したことはないのですが、初めて出会った時にすごく優しくしていただいて、この前の戦いでも身を挺して守ってもらって……あの、き、気になっている、といいますか……こ、これが恋心なのかも私には分からないんですっ』

『それなら今日話してみればいい。分からないのに悩んでても答えは出ない。とにかくやってみるのが大事……と思う』

『なるほど、やってみる……そうですねっ。分かりましたベル様、私やってみます!!』

『ん、がんばって』


 満足いかない温かさの治療院の中、余計に恋しくなる温室を思いながら、私は自分なりに頑張って答えを返す。

 なぜか今、私の目の前にはカルムの皆が列をなしていた。


 状況は……分からなくもないが、納得はできない。


 『この街の一大事なんだ』とリルに呼び出され、急いで治療院に行ってみると、実際はデントが考えたという怪しげな行事に強制的に参加させられただけ。

 リルが言うには、『ショウシカ(?)の進行を抑えるために男女を交流させる大切な儀式』らしいが、そもそもどうしてそんなものが必要なのかも私には分からなかった。

 里の皆はこんなことをせずとも、自然と番を見つけていたし、犬人と猫人でそこまで大きな違いはないと感じる。


『……しかも、私はたまに子供に間違われるくらい小さいですし、相手の方は犬人の中でもとりわけ背が高いんです。やっぱりこんな私じゃ不釣り合いかなって思ってしまって』

『んん、ポピーさんはとても優しい。姿はどうにもならないけど、私はそこも含めてすごく好き。たとえ本人でも、私が好きなポピーさんのことを悪く言っちゃだめ』

『べ、ベル様……』

『それに、小さい方が可愛げがある。間違いない』

『そ、そうですか? ……いや、ベル様がそう仰るならそうな気がしてきましたっ。すぐには難しいですけど、自分に自信が持てるよう努力してみます!!』


 ポレットさん、ポピーさん、一人また一人と私なりの考えを伝えて、しばらくの時が経ち、生きて初めて口が疲れるという妙な経験をしてなお列は減らない。

 中には、わざわざお礼を言いに列に並び直す人やカルム以外の男性陣並び始めて、このよく分からない列は減る所か増えているようだ。

 特別嫌ということもなかったが、こんなに人の話を聞いて頭を使ったのは初めてのことで、慣れないことをした分だけ未知の疲れが溜まってきていた。


「皆さん、そろそろ終わりにしましょう。あくまで今回はゴウコンの儀です。ベル様への相談会ではありません」

「そんなぁ」「私まだ一回も」「お礼を」

「ベル様がお疲れです。それが分からないようじゃカルム失格です。私が()()()()()指導いたしましょう。指導を受けたい方は是非ともそのままお進みください」

「「「……」」」


 さーっと列が散り散りになっていき、瞬く間に周囲には私とポーラさんだけになる。

 ……いや、正確には最後尾に並んでいたらしいおバカな魔物が急に居なくなった列に困惑して、きょろきょろと周囲を見渡していたが気にする必要もない。


『ありがと、ポーラさん』

『いえ、暴走しがちな皆を窘めるのが私の仕事ですから。それよりデント様も列に並ばれていたようですが…』

『無視する。カルムの皆は特にデントに甘い。もっと厳しくしなきゃだめ。教育によくない』

『そ、そうですか、承知しました』


 それでも心配気にデントを見るポーラさんだったが、その心配はすぐに意味のないものになる。

 デントが真っ直ぐこちらに向かってきたのだ。


『なぁベル、なんで急に皆いなくなっちまったんだ? もしかして俺が並んだから気ぃ遣わせたのか?』

『……ん、大体そんな感じ』

『そ、そうかぁ、なんか悪い事しちまったな』

『ん、反省して、今後はおバカなことしないように』

『は、はい、精進します』


 落ち込んだデントを見て、ポーラさんが今度はおろおろと慌てだすが、首を振って『何もしなくていい』と訴える。

 数分もしたら立ち直ってまたおバカなことを言い出すのだ、デントは反省させておくくらいが丁度いい。


 しかし、ポーラさんはどうにも落ち着かないのか、デントが列に並んでいた理由を聞いてはどうかと律儀に耳打ちしてきた(どうせデントに言葉はわからないのに)。


『なんで並んでたのってポーラさんが』

『んあ? そりゃあ列があったら並ぶだろ、面白そうだし。それにベル姫さ、ってあぶねぇ! なんか威力上がってる気がするんだけどベルさんっ?!』

『……聞いた私がおバカだった。あと、次そう呼ぼうとしたら本気で当てる。死にかけても知らない』

『し、死にかけるってかベルが本気だしたら俺なんて木端微塵になるぞ? 気合いで耐えれるとかないからな?』

『その時はその時、悪いのはデント』


 毎回少しずつ速度を上げてはいるが、デントも慣れてきたのかここ最近は避けられることが多い(そのせいで、いまいちすっきりしない)。もう何度注意しても直らないので、そろそろ一度痛い目をみさせる必要があるだろう。

 私はそんなことを考えながら狙いを定めてデントを見据えると、その視線に怯えたのかデントは情けなくもポーラさんを盾にするように背後に回った。


『そ、そもそもよぉ、そんなに怒ることじゃないだろ?』

『……』

『なんかベルっぽい感じがするし、似合ってると思うぞ?』

『……うるさい。気に入らないものは気に入らない。私が嫌がるのを知っててそう呼ぶデントが全部悪い、謝って』

『ご、ごめんって。ベルが反応してくれるのが嬉しくて、つい、な……ほら、そんな顔で睨んじゃやあよ? 可愛い顔が台無しじゃない? あなたには笑顔が一番似合うわ。ポーラさんもそう思うでしょ?』


 誰の真似なのか変な口調で喋るデントに余計に腹がたったが、ポーラさんが間にいるため手も出せない(相変わらず、小狡いことを考えるのが上手いものだ)。

 当のポーラさんは話しかけられていることは分かるのか、ニコニコと微笑みながらデントを甘やかすようにその背中を撫でていた。


『デント様はなんと仰っているのですか?』

『……私には笑顔が似合うとかそんなこと言ってる』

『ふふっ、デント様もそんなキザなことを仰るんですね』

『んん、ふざけて言ってるだけ』

『案外、ふざけていても思ってもいないことは言葉にならないもの、らしいですよ……夫の受け売りではありますが』


 そう言ってポーラさんは少し切なそうに目を細める。

 リルの話だと、ポーラさんの夫は調査の際に亡くなってしまったらしく、こんな下らない話で徒に思い出させてしまったのが凄く申し訳なかった。

 急に謝るのも変だろうかと悩んでいると、デントが興奮したように『おぉ、ついにやったか!』と大声をあげた。


 気になってデントが見ている方を向いてみると、大勢の犬人さん達に囲まれる中、ゴードンさんが一人のカルムの女性に傅いて、その手をとっていた。

 カルムの女性は恥ずかし気にしつつも、心の底では喜んでいるようで、嬉しそうな笑みが隠しきれてはいない。

 周囲の盛り上がりも相当なもので、皆して二人を見守るように温かい視線を向けていた。


『……ゴードンさん、遂に決意したんですね。ふふっ、ポコさんがあんな顔してるの初めて見たかもしれません』


 腕組みしながら何度も頷くデントの傍で、ポーラさんが訳知り顔で小さく呟く。


『ポーラさん、あれは何をしてるの?』

『何を、と聞かれると些か気恥ずかしいですが、まあ率直に言えば、愛の告白、でしょうか』

『告白? そういうのは二人の時にするものじゃないの?』

『一般的にはそうかもしれませんが、私達犬人はその決意と純潔を示すため、できるだけ多くの人の前でああやって、誓いを立てるんです。私も随分と恥ずかしい思いをしましたが、今思い返すと意外と悪い気分ではないですね』


 ゴードンさんの誓いの言葉が終わり、祝福の拍手が治療院に響く中、ポーラさんは微かに潤んだ瞳を誤魔化す様に星の形をした耳飾りを優しく触れる。


『ドンドン、よくぞやったっ。お前はもう一端の男、いや漢だっ! しっかり幸せになるんだぞっ!!』

『ゔぅ~~、ゴードンよぐやっだよぉ。ぼぐ、うれじぐでなみだがどまらないよぉ』


 二匹ほど大声で騒ぎ立てる迷惑者がいなければ文句はなかったが、それを踏まえても気分は良い。

 私には恋愛感情というものがよく分からなかったが、犬人さんの愛の形はどこか眩しく、優しく温かい気持ちが自然と湧いてきた。


『ん、あったかいのはとてもいいこと』


 誰に話すでもなく、私はぽつりと独り言を言う


 ここには明るい太陽も燃える砂漠もない。

 しかし、それ以上に温かく誠実な犬人さん達がいる。


 私には、そのことが無性に嬉しくて仕方なかったのだ。

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