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【第三章更新中】最弱たる牙の王  作者: 吉 稲荷
驚異の書 二之章 真理に親しき者達
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第三節 星詠のサヴァン

 世界には七つの獣人種が存在する。


 犬人族は、その一角を担う愛すべき獣人種である。

 彼らは純潔を美徳とし、比類なき叡知を有する神獣リル=プロシュヴェリテと共に己が義を全うすることを至上の喜びとする。


 大別して四つの氏族に分類することはできるが、一族全体を通し、その性格は誠実にして、純潔。

 自らが定めた義に反することを何より嫌い、彼らの叡知は愛する主、(つがい)、義ためであれば、遥か未来すら見通す。


 本節では、犬人族の中でも真理を探究することを己が義と定めた氏族『サヴァン』の者達と初めて触れ合った際の体験談をもととして、彼らの驚くべき生態や文化を取り上げてゆく。


 *****


 獣人さん達と触れ合い、その人となりを見知った時、常々思うのは彼ら彼女らが信仰する神獣に極めて近しい存在であるということだ。

 猫人さんであればベルに似て生真面目で働き者だし、犬人さんであればリルに似て好奇心旺盛で思慮深い。

 もし鼠人が生きていれば俺に似てしまうのかと思うと我ながら慙愧の念に堪えないが、俺の存在は多分例外中の例外。

 彼らは彼らで、猫人さんや犬人さんとは違った素晴らしい心根を持っていることであろう。


 未だ知らぬ獣人種を思うとどんな人達なのかと胸の高鳴りが抑えきれないが、今はとにかく犬人さん達の話。


 先程は彼らを『好奇心旺盛で思慮深い』と一纏めに括ったが、彼らの氏族、いや星職(せいしょく)毎に括ってみるとその様子は少しだけ変わって見える。

 彼らはその賢すぎる頭の割に、というか賢すぎる頭のせいで、時折とんでもない暴挙に走ってしまうのだ。


 第一星職(せいしょく)、狼騎のカヴァル。

 第二星職(せいしょく)、癒手のカルム。

 これら二つの星職(せいしょく)は、守りと癒しという力の指向性こそ違うものの、根底には他者に対する関心や強い想いがその原点となっている。

 それゆえ他者の為とあらば、多少の無理なんて平気で押し通すし、生物的本能ですらその強靭な理性によって押さえつけて、他者を守ろうと、癒そうとしてしまう。


 続いて、第三星職(せいしょく)、魔技のアンジェ。

 彼らは、皆が少しでも楽に暮らせる世界を作りたいという想いのもと、日夜試行錯誤と実験に明け暮れる。

 それゆえ大発明の為であれば、家が吹き飛ぼうが体が焼け焦げようが、一切の恐れなく危ない橋を渡ろうとする。


 そして、第四星職(せいしょく)、星詠のサヴァン。

 最も厄介な彼らの関心は、天地万物全てに注がれていた。

 それゆえ彼らはいついかなる時においても、ほんのり暴走しており、おもちゃを前にしたワンちゃんの様にいつだってそのふさふさの尻尾をブンブンと忙しく振っているのだ。


 現にこうして、俺やベルを前にして一挙手一投足すら見逃すまいとその目には妖しい輝きを携え、俺達は体に穴が開きそうな程の熱視線を送られていた。


『……デント、なんとかして』


 非常に珍しくしおらしい態度をしたベルが、これまた珍しく頼るように鼻先で俺の背中をぐいぐいと押す。

 どうやらリル相手には強気な態度を取れるベルでも、犬人さん達相手だと強くは出られないようだ。


『俺じゃ言葉も通じないぞ? ……一応、やってはみるが』


 ベル以上に人の視線というものに慣れていない俺は、こそばゆい思いをしながらもここ最近で会得した新技能《頬界(きょうかい)》や《朧翔(おぼろがけ)》を使った一発芸を披露して茶を濁してみる。

 体長以上の長剣を飲み込んでは吐き出してみたり、アクロバティックな一人空中ショーをしたりして気を引くと犬人さん達はノリがいいのかパチパチと手を叩いて喜んでくれる。

 これから大魔法でも行使するのかという仰々しい魔法陣の横、一体俺は何をバカやっているんだと虚しくもなったが、犬人さん達が笑ってくれるのなら強ちこの虚しさも捨てたものではなかった。


『ふぅ、一仕事終えたぜ』

『ん、よく頑張った』

『おうっ……って俺、ベルから初めて褒められたような』

『んん、気のせい』

『そ、そっか。ベルが言うなら気のせいだよな、うんうん』


 深く考えては何か大事なものを失いそうだったので俺は思考を放棄し、俺なんかの一発芸を律儀に分析し始めた犬人さん達とその周囲を眺める。


 俺達は今、犬人の街から北に進んだ場所にある『星見の雪原』、そしてその中心に位置する天文台を訪れていた(一度遊びに来た時とは全く違う、天文台の中でも更に奥まった儀式場? のような場所まで今回は足を延ばしている)。

 周囲には半径五メートルはある厳かな魔法陣とそれを囲むように配置されたファンタジー素材が転がっている。

 特に目につくのは、魔物の素材や魔結晶、金属のような光沢を放つ液体、ガラスではなさそうな透明な薄い板などであろうか。

 それらを見ているだけで生粋の異世界人たる俺には刺激が強く、興奮が抑えられそうにもなかったがあくまで本題はここからなので、何とか自分を律して平静を装っていた。


 今回の事のきっかけはリルの何気ない一言だった。


『師匠、これから未来を占いに行くんだけど一緒に行く?』


 昼食にでも誘う様にリルはそう言い放ち、呆気にとられつつも俺は二つ返事でその誘いに乗った。


 道すがらリルに仔細を尋ねてみると、約半月に一回できるかどうかという大規模《占星術》の準備が整ったらしい。

 諸々の素材や人的コストも馬鹿にならない為、そう頻繁に実施するものでもないらしいが、今回は霧の一件もあって俺達が来る前から事前に準備していたようだ。


『まだ何か危険が残ってるかもしれないからね』


 などとリルは言っていたが、実際は折角準備したのに無駄にするのも勿体ないというのが本音らしかった。

 細かい事情はともかく、見せてくれるというのならもちろん見ないという選択肢はなく、俺達は今か今かと儀式が始まる瞬間を心待ちにしていた。


「静粛にっ。リル様のご準備が整いました。各員、所定の位置についてください」


 場がピンと張り詰めるような清らかな声が耳朶を打ち、先程までざわついていた室内が途端に静寂で満たされる。

 声の方を見てみると、雪の様な体毛を持った白狐(しろきつね)の犬人、キルシュさんが大扉を支えながら立っていた。

 彼女は犬人にしては少し小柄で、随分と扉が重そうにも見えたが、そんな彼女が支える扉の奥、可憐に、そして勇壮に佇むリルの姿が俺の視線を釘付けにする。


 普段、魔物である俺達は衣装という衣装を身に着けずに生活している。しかし、今日のリルはどこか既視感のある紅白柄の壮麗な羽織を外套のように纏っていた。

 白、というよりお月様のようにやや黄色がかったその羽織は暗黒の如きリルの体毛によく映え、星を象った首飾りも相まってまるで夜空を体現しているみたいに見えた。


『(……雰囲気もまるっきり違うな)』


 いつものリルからは想像できない清冽なオーラに気圧され、不躾に視線を向けることさえ躊躇って、気が付けば俺も居住まいを正していた。


 室内自体が霊気を帯びた雰囲気へと変わり、リルが歩く際に発する、カシャッカシャッという音だけが小さく響く。

 リルは魔法陣の中心まで移動して立ち止まると、犬人さん達を見渡した後、祈りを捧げるように瞼を閉じた。


「「「

 幾万、幾億の星々よ、精霊よ。

 我が声、我が想いが聞こえるなら今ここに顕現し給へ。


 我らは女神の愛し子、純潔たる犬王を始祖とする者なり。

 我らは汝らの友であり、同胞(はらから)であらんとする者なり。


 知を以て、(ともしび)を以て、どうか我らの道行きを照らし給へ。

」」」


 微細な誤差さえ存在しない完璧な詠唱が続くと、魔法陣が眩いばかりに光を放ち、丁度その中空、砂以上に細かい無数の『何か』が姿を現した。

 現れた『何か』はただ空間を揺らぐように波打つばかりだったが、リルが目を開け『何か』へと働きかけると、完全な真球へと姿を変えた。

 そこから更にリルは『何か』に力を注ぎ続け、次第に形ある一つの情景へと移り変わっていった。


『す、すげぇ、何がどうなってんだ?』


 浮かび上がる情景の意味こそ分からなかったが、途方もなく凄いことをやっていることは伝わり、俺は呆然と呟く。

 呟きに反応してベルがこちらを向くがその顔は驚き、ではなくおかしな物でも見る様に渋い顔をしていた。


『……浮かんでるのは精霊、だと思う』

『こ、これが精霊なのかっ?! リルはどうやって精霊に力を伝えてるんだっ?』

『精神力を使えば、近くの精霊に力を伝えることはできる。今みたいに見えるなら、私だってできなくはない』

『ほぉ、ってじゃあなんでそんな渋い顔してるんだ?』

『出来るっていっても、ほんの数個上手くすれば出来るだけ。あれだけの数を、全て把握して自在に動かすなんてどう考えたって無理。あんなの一匹の魔物がやっていいことじゃない。普通だったら頭が壊れてる。正気とは思えない』


 散々な言われようだったが、あのベルにここまで言わせるのだから褒め言葉と捉えても良いのかもしれない。


 試しに俺は近くを漂う一粒の精霊に『右に動け』と念じてみるが、反発でもしているように力を消耗するだけで動きがぎこちない。そこで『左に動け』と念じてみると、先程より少ない力にも関わらず精霊が滑らかに動き始めた。

 よく観察して精霊の動きを理解すると、二、三粒であれば十分に動かせるが、それ以上となると両手両足を使ってそれぞれ別の楽器を演奏するようなそんな感覚に頭が陥った。


『おぉ、数粒でこれか……こりゃあ、無理だな』

『ん、リルがおかしい』


 戦闘は苦手らしいリルに俺は密かに親近感を覚えていたのだが、どうやらリルはリルできちんと神獣らしい別格の生き物だったようだ。


 リルに負けじとベルは十数個まとめて動かそうとしているようだったが、それですら上手くいかず渋面を浮かべる。

 別方面で並外れた力を持っているのだから、そこまで気にする必要もないと思うが、絶えず挑戦し続ける姿は負けず嫌いのベルらしかった。


『(俺なんか運しかないってのに、ほんと泣けてくるぜ)』


 ベルとは違い、早々に見切りをつけた俺は、今も蠢き続ける精霊群とリル達を見て長く息を吐く。

 無力さと流麗さに溢れたその光景はただただ綺麗だった。


*****


『……ってことで、僕達は起こり得る未来の可能性を予測してるんだ』


 数分そこらでは決して終わらない長い長い講義を終え、リルは嬉々とした表情で締めくくる。


 講義内容は主に先の儀式についてで、リル達と比べるべくもない残念な俺の頭では、到底理解できそうにないと予想していたが、意外や意外、俺はリルの話をざっくりと理解していた。


『(つっても、ほとんど事前知識のお陰なんだが)』


 嬉しいような悲しいようなそんな気持ちになりながら俺は心の中で自嘲し、リルの話を思い出す。


 俺が分からなかった部分を除き、その話をまとめるなら『ラプラスの悪魔』という思考実験にとても似た話だった。


 この世界に存在するあらゆるモノは『精霊』からなっており、それらの精霊は密接に影響し合っている。

 俺が腕を動かせばそれに応じて空気が移動する様に、全ての運動には原因となる何らかの動きが存在する。

 そしてそれを更に踏み込んで言えば、未来の全ての結果には俺達の今の行動が影響しているとも言うことができる。

 であれば、今現在の『精霊』の状態、これからの動きを予測することさえできれば、今後起こり得る現象ですらリル達には把握できるというのだ。


 理論上では確かに可能で思い付きもするだろうが、それを本気で実行しようとするあたり、彼らの頭脳には驚きを禁じ得ない。が、事実彼らはかなり『ラプラスの悪魔』に近いことをやってのけるのだから素直に称賛するばかりだ。


『まあ実の所、予測するっていうより、精霊が示す未来の可能性を読み解くっていう表現の方が正しいんだけどね。精霊は、未来はそれだけ曖昧で、僕達が観測するかどうかですらその振る舞いを変えてしまう。観測結果を信じすぎてもいけないし、蔑ろにしていい訳でもない。だから、あくまで占いって僕達は呼んでるんだ』


 思考に耽る俺にリルはそう続け、ふと周りを見るとキルシュさんを始めとするサヴァンの皆が深く賛同するように頷いている。彼らと一緒の雰囲気を味わえるまたとない機会を噛み締めるように俺も彼らに倣うと、なんだか自分まで賢くなった気がして少しだけ胸がすっとした。


『して、質問をよろしいでしょうかリル様?』

『構わないよ、なんだいキルシュ?』

『時折、リル様とデント様の間で聞いたことのない単語の応酬があると見受けられるのですが、一体どこの言語体系の言葉でしょうか? リル様がご存知でないというのは、(わたくし)としても非常に気掛かりです。是非ご教授いただければと』

『あぁ、そうだね。それについてはずっと僕も気になってたんだ。今から訊いてみるよ』

『それとカルムへの技術提供の件についても詳細にご確認をお願いします。ポーラさんには確認しましたが、あちらも既存の技術とはかけ離れた思考によるものです。このままでは気になって夜も眠れません……ここに夜しかありませんが』

『キルシュがその冗談を言ってるとこ初めて見たかも……じゃ、じゃなくて、そっちもちゃんと訊いてみるねっ』


 リルとキルシュさんが話し込む間に、知的そうなポーズを一心不乱に考えるという我ながら馬鹿っぽいことに腐心していると、突如温かった犬人さん達の視線が獲物を見る様にギラギラと輝き出す。

 それだけならまだ良かったが、その視線がどうやら俺に向けて一点に集中していて、背中がぞわぞわと恐怖を感じ取っていた。


『な、なぁベル、皆がおっかない顔してるんだが、どういう状況だ? 俺食べられたりしないよな? ちょっとふっくらしてるが多分美味しくないぞ?』

『……《幽影(ゆうえい)》』

『なっ?! 逃げたなベルっ! ちきしょう、どこ行きやがった、あのもふもふめぇ!!!』


 初めて見る技能を使ってまで気配を消したベルを探すが、周囲に広がるのは突き刺さる好奇の視線だけ。

 しかも俺の逃げ場を塞ぐようにジリジリと犬人さん達がこちらに寄ってきていて、既に逃げ場らしい逃げ場は存在しなかった。


『ねぇ、師匠。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、もちろん付き合ってくれるよね?』


 ここからが本番、とでもいうようにリルの瞳が輝きに満ち、サヴァンの面々に瓜二つなギラギラとした眼光が俺に向けられる。

 信じたくはなかったが、どうやら今回のこの儀式さえ俺をおびき寄せるための撒き餌だったのかもしれない、そんな直感が脳裏を過ぎる。


『(……なんと末恐ろしき、知恵の神獣)』


 俺が戦々恐々と震えても彼らは少しの容赦もなく、徒党を組んで獣本来の獰猛な顔を見せる。


 斯くして俺は、開けない夜の暗闇の中、信じていた相棒に裏切られる形で終わりの見えない取り調べを受け続けた。

 『好奇心は猫をも殺す』とはよく言ったものだが、正しく俺の今の状況をピタリと言い表しているようだった(まあ、当の猫様は上手に逃げおおせたがなっ!)。

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