第二十話 同じ星空の下
『いやだぁぁぁ、オラ、この街から出たくないぃぃぃ、もうここに住むぅぅぅ』
じたばたどたばた。
恥も外聞も一切気にせず、みっともなく駄々を捏ねる一匹の鼠がいた。
何を隠そう、癒し系魔物ヒロインから一転グルメ系食いしん坊主人公に転職したこの俺、ローデント様であった。
『……デント、それ毎回やるの?』
既視感のある光景に呆れる様にベルが呟き、肌を刺す様な冷たい朝風に美しい白い毛をもふもふと靡かせる。
『精霊の渚』なる言葉では言い表せない光景に出会ってから凡そ一週間、付近の森が大分落ち着きを見せ始めてすぐ、ベルはこの街を旅立つことを俺に告げた。
なんでも、後二回満月が訪れる頃にかなり厳しい冬がこの凍て地を襲うらしい。寒いのが滅法苦手なベルは一刻でも早くこの地を離れたいようで、昨日の今日で急遽出立する運びとなったのだ。
『夢のもふもふ雪籠り……仲良く暖炉に集まって、だらだら過ごせるなんて羨ましいよぉ』
折角色んな犬人さん達と仲良くなったばかりで、俺はどうにも諦めがつかず、ぐでんと雪に寝そべり、名残惜しい犬人の街を眺める。
今俺が寝ころんでいるのは、街の西側にある門の真下。
初めてこの街に来た時同様、街灯に照らされた雅な街並みと美しい雪景色が視界には広がっていた。
『元気出してよ師匠。実際経験したら旅に出てよかったと思うくらい、ここの冬はしんどいよ?』
『でもよぉ、リルも撫でられなくなるしよぉ、何とか付いてきてくれたりしないか?』
『う、うーん、付いていきたい気持ちはあるんだけど、街が心配でそれどころじゃないと思うから』
『だよなぁ、リルってばベルと違って良い子だもんなぁ』
『……すごく心外、私だって里の皆を心配してる』
むっとしたベルは寝そべっている俺を尻尾でベシベシと小突き、リルはそれを見て困った様に苦笑いを浮かべる。
我ながら過ぎた弟子を持ったものだと感心しながら、これ以上情けない姿を見せる訳にも行かないかと俺は起き上がって、ぶるぶるっと体についた雪を払う。
『うっし、そんじゃあ行くかぁ……って次はどこだっけ?』
言葉だけでも迷いを断ち切った俺が訊くと、ベルは少し、いやかなりじとーっとした目で俺の方を見た。
『説明したのにやっぱり聞いてない。もう知らない』
『ご、ごめんってベル、そう言わず教えてくれよぉ……り、リルなら教えてくれるよな?』
『ん~ベル姉ちゃんが秘密にするなら僕も秘密にしとこっ』
『そんなぁ、リルまで俺にいじわる言うのかぁ? うぅ、師匠は冷たい弟子を持って、悲しいなぁ』
『ふふっ、その手はもう通じないよ?』
くしくし、とあざとく泣き落とし作戦を決行するも既に一度見せたせいか、帰ってくるのはリルの笑い声だけ。
ここ数日を経てリルも俺への対応が段々と雑になっていて、俺が何をしても甘やかしてくれるのはポーラさんだけになってしまった。
冷たい二匹の神獣を尻目に、何とか脳の海馬を総動員して記憶を探るも、過ぎるのはここ数日の楽しい記憶だけ。
強いて思い当たるとしたら、リル達の《占星術》だが術自体が凄すぎて内容なんてとんと覚えちゃいなかった。
『たしか、西に……最高な憩いのもふもふあり、とかって』
『……西の霊峰に祝いの若葉あり、だよ師匠』
『おぉ、当たらずとも遠からずって感じだなっ』
『『……』』
俺の記憶力も捨てたもんじゃないと自画自賛していると周囲の気温がほんのり下がった気配がしたが、恐らくめいびー気のせいに違いない。
そんなことより気になるのは予知の内容。
『西の霊峰』はまず間違いなく、六大魔境の一角『奈落の霊峰』で、猫人の里で聞いた地理関係とも一致する。
『祝いの若葉』はあまり予想もできないが、『精霊の渚』の様なおめでたい何かに立ち会えるということだろうか。
聞いた情報に間違いがなければ、『奈落の霊峰』に居る獣人はあの種族。
異世界に来たなら一度はあってみたいでお馴染み、かの最強生命体達が元気に暮らしているはずだ。
会ってみたい、いいや会わねばならないそんな使命感に唆され、凍て地の向こうに広がる未知の世界への妄想が爆発する様に広がっていく。
『あ、そうだ、これ皆から渡しといてって言われてたやつ』
『ん? この匂いは……食料、か? でも、こんなに大量にいいのか? これから雪籠りするんだろ?』
『いいのいいの、食べ物ならほんとに腐っちゃいそうなくらいに余ってるから、ほら師匠なら持っていけるでしょ?』
『あ、ああ、そりゃあ入ることは入るが……何から何までお世話になってるし、なんだか悪いなぁ』
『皆、それだけベル姉ちゃんと師匠には感謝してるんだよ、遠慮なく持ってって』
そう言ってリルは白い布に包まれた大量の食糧達を俺に押し付けると、少し離れた場所で俺達を見守る犬人さん達に視線を向けた。
つられて俺とベルがそちらを見ると、見られていることに気付いた犬人さん達が嬉しそうに手を振った。
どうせなら一言なり二言なり話してから旅立ちたかったが、ここで出しゃばらないのが慎み深い犬人さんらしいと、自然と頬が緩む。
奥ゆかしい犬人さん達に向けて、ぴょんぴょんと跳ねながら手を振り返すと彼らの顔にも笑顔が浮かんだ。
その顔はリルにどこか似ていて、見ているこちらが幸せになるそんな笑顔だった。
『ん、じゃあそろそろ行く』
ベルもそれを見て満足したのか、大した挨拶もなしにポスポスと雪道を歩み始める。
慌てて俺は貰った食料達を異界へと放り込み、リルに別れの挨拶を告げた。
『じゃあなリルっ、えーっと、風邪ひくなよっ!』
『ふふっ、なにそれ? 気が向いた時でもいいから、絶対にまた会いに来てねっ』
『おうっ、次会う時はもっともっとでっかくなって驚かせてやるからな~!!』
冷たい雪に負けない心温まる挨拶を交わし、俺は走って先を進むベルを追いかける。
出会いがあれば別れがある。
そんな当たり前の事実に寂しさを覚え、後ろを振り向きたくなるが、俺はただ頭上に広がる星空を見上げた。
『(月並みな台詞にはなるが、遠く離れていても見上げる空は繋がってる、なんてな)』
柄にもなくキザったいことを思いながら、俺はベルの隣を歩き始めた。




