第十六話 人と魔物(後編)
しんしんと降る細雪が野暮ったいガラス窓へと張り付き、微かな肌寒さを感じる部屋の中、それ以上に冷たいベルの視線が俺を凍えさせていた。
長々と進化先で悩んでいたからこうなっていることは百も承知だったが、それにしたって冷たい眼差しである。
『(選択肢は実質二つ、人として生きるか、魔物として生きるか……早く決めないとそろそろ本気で怒られそうだな)』
ベルの機嫌を伺いつつも、やはり思考には迷いが残り、即決はできない。
正直、どちらを選んでも後悔はしない、そんな予感はあった。
前世同様、人間の姿で生きることは快適で便利なことも多いだろうし、絶滅したかもしれない鼠人族を復興できるかもしれないという事実も個人的には惹かれるものがあった。
けれど、魔物として、ひいては人間以外の生き物として自由に生きるという長年の夢をここで諦めるというのも何だか違う感じがしてならなかった。
例え人間になろうと魔物のままでいようと、ベルやリルは変わらず接してくれるだろうし、この選択が大きく未来を変えるということも恐らくないのだろう。
両者それぞれ確固たるメリットが存在するし、逆に大したデメリットは存在しない。
それゆえに俺はこうして悩み、結論を出せずにいた。
『(いっそのこと、サイコロでも振って決めようかねぇ)』
今日一日色々考え過ぎたせいか思考が雑になり、しかしそれすらどうでもいいかと楽観的な気分になってくる。
『うしっ、決めた。ベルに決めてもらおうっ』
もはやヤケクソ気味ではあったが、凄まじい精度を誇るベルの直感に頼るのも一興かとそう思って呟くと、ベルがきょとんとした(かわいい)顔でこちらを見た。
『別にいいけど、デントはそれでいいの?』
『おうっ、俺の命があるのはほぼほぼベルのお陰だからな。相棒に決めてもらうってんなら、俺は絶対に後悔しねえ』
『……ん、じゃあ私が決めてあげる』
ベルは満更でもなさそうに頷き、考え込む様に黙った。
雑な発端ではあったが、隣に居てくれるベルが望むならどんな姿でもいい、俺は割と本気でそう考えていた。
『……とかいって師匠、自分で決められないだけなんじゃ』
『こらリルちゃん? 折角の感動シーンが台無しだぞ? お口チャックしてなさい』
『ちゃっくって何?』
『ええい、やかましい! このふかふかワンちゃんめ、こうだっ、こうしてやるっ!』
『あはっ、やめてよ師匠。くすぐったいって、あははっ』
茶々を入れるリルに応戦する間にも、ベルは真剣に思い悩んでくれていて、なんだか重責を背負わせたみたいで、ちょっとばかし気まずい思いが過ぎる。
そんな想いをリルも感じ取ったのか、しばらくの間神妙な顔をして俺達はベルの言葉を待ち続けた。
『……ん、決まった。デントは魔物のままがいいと思う』
ベルが静かに告げ、俺は敢えて理由は訊かなかった。
彼女の直感より正確な言葉があるとは思えなかったのだ。
『よしっ、そんじゃあ進化するぜっ!』
二匹の神獣に見守られ、俺は四度目の進化を神に願う。
選択した進化先は、デンジャラスコレクターラットだ。
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・デンジャラスコレクターラット
歴史上一度だけ観測されたコレクターラットの成長個体。
無類の鼠好きであったラットバルテ王国の王が全ての財宝を餌として与えた際に、観測された極めて珍しい鼠の魔物。
コレクターラット同様、愛くるしい見た目をしていたとされているが、観測直後ラットバルテ王国が財政破綻を起こし、滅亡してしまったため、真実を知る者はいない。
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ベルに背中を押して貰ったというのもあるが、歴史上一度という言葉に、実の所物凄く興味があった。
多少は慣れてきた温かい光に包まれ、得も言われぬ高揚感と全能感が全身を巡る。
少しして眩い光が収まると、露骨に高くなった視点に進化を実感しつつ、見守っていたベルとリルを見つめ返した。
『どうよ新しい俺の姿は? 危険な感じになってっか?』
『ふふっ、小っちゃくて弱そう』
『なっ、そ、そんなことないよなっ、なあリル?』
『……これが進化の仕組みか……魔物から吸収した精霊を使って身体を作り直してる? ……いや、レベルが上がって精神力の扱い方が上手くなることで……』
『リルちゃん? 聞いてる?』
ベルは大きくなったとはいえ未だ小さい俺を見て得意気な(とてもかわいい)顔をし、リルは好奇心が抑えられないといった(これはこれでかわいい)顔をしている。
二匹ともご満悦ということには変わりなさそうだったが、どうにも俺より別のことに意識が行っている様で無性に物悲しい気分になった。
俺はそんなつれない二匹をおいて、部屋に置いてある一際でかい一枚鏡を覗き込み、新しい姿を確認しに行く。
デンジャラスと聞いて覚悟を決めていたが、映り込んだ俺の姿は危険とは似ても似つかない愛らしさだった。
感想という感想は一つしか湧いて来ず、思わず俺は「へけっ」と小首を傾げそうになった。
頭から背中にかけて生える琥珀色の毛と腹からお尻にかけて生える真っ白な毛の特徴的なコントラスト。
つぶらでありながらワイルドでどこか逞しい瞳。
なんでも詰め込めそうなぷっくりとした頬袋。
小さい顔にそぐわないムチムチとした胴体。
サイズこそ四十センチはあろうかというくらい巨大ではあるが、その姿はまさに前世で見たゴールデンハムスターそのものだったのだ。
『(す、ステータス)』
一度は飼ってみたいと思っていたが、まさか自分がなるとは夢にも思わず、困惑したまま俺はステータスと念じる。
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個体名:ローデント=オーヴィーズ
種族名:デンジャラスコレクターラット Lv 1/50
状態 :健康
生命力:1110/1110 ⇒ 1700/1700
精神力:850/850 ⇒ 1230/1230
攻撃力:58 ⇒ 117
知力 :186 ⇒ 222
敏捷 :82 ⇒ 133
技量 :74 ⇒ 124
運 :200 ⇒ 241
技能:
《齧削》《瘴牙》《蝕液》new!!《静骸》《練気》《瞬脚》《朧翔》new!!《鑑定》《癒しの波動》《清めの波動》《頬界》new!!
特性:
《疫病耐性 Lv2》《飢餓耐性 Lv2》《斬撃耐性 Lv1》《打撃耐性 Lv1》《精撃耐性 Lv1》《石岩耐性 Lv1》《水氷耐性 Lv1》《火炎耐性 Lv1》《登攀》《掘削》《石喰》new!!
称号:
《鼠王の因子》《託されし者》《誇り高き魔物》《運命の反逆者》
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種族名に『ゴールデンハムスター』と書いていないか不安だったが、どうやらきちんと? この世界の魔物らしい。
『(ってか、めちゃめちゃ強くなってんな……これでようやっと獣人さん達には並んできたか?)』
スモールジャンピングラットの初期と比較してみても、明らかに強くなっているステータスに自然と笑みが零れる。
前回は敏捷と技量の伸びが良かったが、どうやら今回は生命力と攻撃力がドカンと伸びているみたいだ。
些か物足りなかった攻撃力含め全てのステータスが三桁に到達し、レベル上限も三十から五十に変わっている。
『(随分食い意地が張っていそうな技能や特性も増えてるが、今回はどんな感じかね)』
毎度のことながら期待に胸を膨らませ、お楽しみの技能欄へと思いを馳せる。
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《蝕液》
岩石すら蝕む強酸の液体を放つ
《朧翔》
空中で姿を霞ませ、一度だけ空を翔けることができる
《頬界》
口に含んだあらゆるものを異界へと収納することができる
《石喰》
鉱石の消化吸収に補正が掛かり、吸収した鉱石の種類に応じて短時間身体能力が向上する
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効果を確認してみるとどれも面白そうな物ばかりで、俺はそわそわと辺りを見渡し試せそうな物がないか確認する。
しかしここは綺麗に掃除されたリルの寝室、石ころなんて落ちている筈もなく、直ぐに検証はできそうになかった。
『いいや、思い立ったが吉日、今すぐいくっきゃねえ!!』
二匹の神獣を置いて俺は部屋を飛び出した。
コメントで人化についての話題をいただいていたので、私なりにそのアンサーとなるエピソードを急遽差し込んでみましたが、いかがでしたでしょうか?
折角の魔物転生ものなのに人化は勿体ない! と思ってしまうタイプなので、メインストーリーでデントが人化することはないと思います(人化が好きな人はごめんなさい)。
質問や疑問等あればライブ感で随時エピソードを差し込めたりするのがなろうの良い所でもあると思うので、何かあればコメントいただけるととても嬉しいです。
(もちろん読んでくださるだけでも感謝感激です)




