第十五話 人と魔物(前編)
【お知らせ】
今まで本当に気ままなタイミングで投稿していたのですが、投稿時間ぐらい揃えた方がいいかとふと思ったので、今後は20時30分に投稿しようと思います。
体調不良さえなければ、基本的に毎日投稿していくつもりなので、今後ともお楽しみいただけると嬉しいです!
多くの生物に触れてきて、時折こんなことを考える。
『人は何を以て人と為るのか?』と。
広大な大地、遥かなる大海原に産まれ、生物達は様々な性質を獲得する。
道具を巧みに扱う動物も、高い社会性を持つ動物も、仲間の死を悼んで悲しみに暮れる動物だってこの世には居る。
そんな生物達に囲まれて生きる『人間』という生命は何を以て、他者と、他の生き物と区別できるのだろうか。
もちろん、外見的特徴や知能なんかで括ってしまえば、そんな問いは考えるまでもないが、ここで問いたいのはある種の哲学的な問いかけだ。
『人は何を為すことで人と為るか』。
或いは、そんな風に言い換えてもいいのかもしれない。
哲学的な問いである以上、答えも各々違うであろうが、一つの主観的な答えとして俺はこう考えていた。
『自分の欲や醜さ、弱さを知って思い悩み、その上で誰かの、何かの為に行動できる生物』、それこそが人という生き物の本質ではないのかと。
例えば、自分が苦しい思いをしていても、家族や他人に何かを分け与える者。
例えば、誰よりも悩みを抱えていながら、他者の悩みに耳を傾けられる者。
例えば、手酷く誰かに陥れられようと、もう一度他者を信じよてみようと思える者。
人によってはそれらを猫被りや偽善者と揶揄する見方もあるだろうが、むしろ『人の為』に『偽物』であれることこそ、最大の『人らしさ』と言えるのではないだろうか。
そして、そうであるとしたら我々神獣は魔物としての身体を持ってこそいるものの、ある意味での『人』だと十分に言えるのではないか。
『とはいえなぁ……人型も捨て難いよなぁ』
元人間らしく随分と賢しらぶってうだうだと悩んでいた俺は何度目かの独り言を漏らす。
すると、上手いこと肉球を使って本を読んでいた漆黒のふかふかワンちゃん、リルがほんのり呆れた表情で言う。
『……師匠、まだ決まらないの? そろそろお昼になるよ? って言っても、ここじゃずっと夜だけどねっ』
微妙に笑い辛い冗句を言うリルを無視しつつ、俺は永遠に答えの出そうにない究極の選択に頭を悩ませる。
緊急性が高く、命に関わる様な選択であれば俺とてそんなに悩むこともなかっただろうが、状況が状況とでもいうのか、戦いの後の穏やかな時間が存分に俺を悩ませていた。
『……なぁなぁ、リルにとって獣人さんと俺達魔物の違いって何だと思う?』
『皆と僕達? 悩んでるってことは身体能力や技能のことを言ってる訳じゃないんだよね?』
『ああ、精神的な部分というか、もっとこう根本的な話だ』
『うーん、根本的かぁ……僕達神獣はかなり特殊だからあんまり参考にはならないけど、それでもやっぱり僕としては大した違いはないと思うな』
ともすると禁忌的な質問の可能性もあったが、リルは少しだけ考えてから、あっけらかんと答えた。
意外にも俺と似た思考を持っていることに驚きはしたが、なぜリルがそう考えるのか猶更訊いてみたくなった。
『是非とも詳しく』
『う、うん、そんな目で見られても凄い回答は準備してないんだけど、僕達も皆も精霊で出来てるでしょ? だから…』
『ま、待てっ、今なんて言った?』
『え? 僕達も皆も精霊で出来てるって……もしかして師匠、知らなかったの?』
『お、おう。そんな一般常識みたいに言われても、初めて聞いたぞ。俺達みたいな魔物はともかく獣人さん達も精霊さんで構成されてるのかっ?』
動揺を隠せない俺とは対照的にリルは『そうだよ』と軽く答える。どうやら騙している訳でも意地悪を言っている訳でもないらしい(意地悪するのはベルくらいのものだが)。
『……それじゃあ、もしかして獣人さん達も虚空から突然現れたりするのか?』
『いいや、皆の場合は普通に男女で性こ…』
『待て待て待てい! 分かった、分かったからそれ以上の説明は不要だっ。精霊さん由来ではあるもののそういったアレは必要なんだなっ』
『な、なんで師匠が焦ってるのかは分かんないけどその通りだよ……ていうか師匠、さっきから精霊さん精霊さんって言ってるけど精霊を何かの生き物みたいに考えてない?』
『ち、違うのか? ……俺はてっきり地水火風を司ってる系のスピリチュアル存在なのかと思ってたが』
我ながら教養の足りない回答だとは思ったが、リルはその回答を踏まえて何から説明したものかと思案してから、優しい先生の様に精霊について教えてくれた。
曰く、精霊を最も端的に表すのであれば『物質を限界まで細かくした、これ以上分割できない最小の存在』だという。
前世でいう原子、ではなく素粒子に相当する物がこの世界でいう『精霊』なる存在なのだとか。
リルからしても精霊は極めて自由かつ不可解な存在で、観測するまでその状態すら確定しないし、遠く離れた無関係の精霊に共鳴する様な挙動を見せることもあるらしい。
その後もリルなりに技能の原理や魔物の発生原理を言葉を尽くして説明してくれたのだが、生憎俺程度の脳みそでは到底理解が出来なかった(言葉は聞き取れているのに内容が理解できないという不思議体験だった)。
結局、長々と説明させておいて分かったのは、リルがとんでもない大天才であることと精霊が至極論理的な原理からなる不可思議存在ということだけで、そんな思いが顔に出たのか一通り説明を終えたリルは困った様に笑っていた。
『……すまん、訊いといてあれだが半分も分からんかった』
『あはは、まあそうなるよね。実は僕も完全に理解できてる訳じゃないから、師匠がそう思うのも当然だよ』
『り、リルでもか? すっげえ知的で納得感ある説明だったぞ? 俺のおつむじゃ理解はできなかったが』
『頭の良さとかでもないんだよ、精霊は。理解できないことを理解できないまま受け入れる、そこからようやく一歩目の探究が始まるんだ。実際、精霊研究者は口を揃えてこう言うんだ。”精霊を理解したという者がいたとしたら、それはこの世界を創った神様か嘘つきだけだ”、ってね』
リルはそう言って、ぱちりと可愛らしいウインクを披露した。ここ数日緊迫した状況が続いていたこともあり、あまり表に出てこなかったが、案外このお茶目な姿こそがリル本来の姿なのかもしれない。
感慨深いような微笑ましいような気持ちになりながらリルを眺めていると、部屋に繋がる廊下の方から外出中のはずのベルが近付いて来るのが分かった。
『お昼にだから一旦帰ってきた……ってデント、まだ進化してないの?』
扉を開けるなりベルは呆れた顔をしてそう告げ、俺は自分が大いなる悩みの渦中にいたことを思い出す。
みなまで言う必要はないかもしれないが、俺は今回の戦いで可能になった進化先のことで悩みに悩んでいたのだった。
『はぁ、どうしよう』と再度解決しそうにない悩みに頭を抱えつつ、俺は今回の進化先の説明を思い浮かべる。
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選択可能な種族
・ラージジャンピングラット
高山地域の岩場に生息する大型の鼠の魔物。
愛らしい見た目に反し非常に狂暴かつ食欲旺盛で、観測される度に目撃者を襲っては食料を奪いとると言われている。
より強力な魔物に果敢に襲いかかってはしばしば返り討ちに遭うが、素早い逃げ足を活かし図太く生き延びている。
・デンジャラスコレクターラット
歴史上一度だけ観測されたコレクターラットの成長個体。
無類の鼠好きであったラットバルテ王国の王が全ての財宝を餌として与えた際に、観測された極めて珍しい鼠の魔物。
コレクターラット同様、愛くるしい見た目をしていたとされているが、観測直後ラットバルテ王国が財政破綻を起こし、滅亡してしまったため、真実を知る者はいない。
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相変わらず妙な視点の説明書きにツッコミを入れたい所ではあったが、今回はこれらに加え、あり得るはずのない種族が説明に表示され、俺を悩みの坩堝へと落としていた。
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・鼠人族
大陸を力で支配していた悪しき獣人種の一角。
レオガルド帝国、ウルフレイア連合国、ドラグガイア公国連名の布告文にて絶滅が宣言されている。
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意外も意外。
まさかの唐突な人化チャンスが到来したのである。




