第十四話 vsクイーンヴァンピィフライ
厭らしい戦い方を続ける魔物達と戦闘を始めて数十分、俺は自分でも驚く程の善戦を繰り広げていた。
蹴散らした魔物の数は既に百を大きく越え、幾度となく死にかけてはいたが、その度に何とかレベルアップを繰り返し、戦線を維持していた。
しかし、小鼠一匹が奮闘した所で状況が好転する訳もなく、状況は刻一刻と悪化の一途を辿っていた。
きっかけは、新たな魔物の群れの登場だった。
現れた魔物達の移動速度が遅かったため、幸い今の所は犬人さん達もどうにか堪えている様だったが、負傷者や疲労が限界に達した者が出始めていた。
このまま戦線を維持できれば、いずれ他の犬人さんやベル達が駆けつけてくれる可能性はあったが、俺は俺で一つの深刻な問題を抱えていた。
『クソッ、倒しても倒しても全然レベルが上がらねぇ!』
叫びながらアイススライムを蹴り飛ばし、走るキノコ、レッサーマイセリアの群れへとぶつけ、苛立ちを発散する。
あと数レベルで進化できるかもしれないと希望に満ち溢れていたのも遥か昔。かれこれ数十体以上の魔物を倒していたが、一向にレベルアップする気配がなかった。
レベルアップ前提で戦っていたこともあって、精神力は残り二割程度。消費の激しい治癒技能など使っている余裕は毛頭なく、毒、恐怖、感染、氷傷などなど、あらゆる状態異常を気合いと生命力だけで耐え忍んでいた。
『(あの蝿野郎さえいなけりゃ余裕だってのに)』
俺の身体には無数の打撲痕が浮かび、鳴き声をあげる余裕すらないと心中で悪態をつく。
この戦いにおいて最も厄介なのは、間違いなく群れの後ろに控える女王蝿クイーンヴァンピィフライだった。
《眷属召喚》とかいうコウノトリも真っ青な技能で以て、奴は巨大蝿を際限なく生み出し、馬鹿みたいな数召喚してはこちらへと嗾けてきていた。
奴にも精神力の限界がある筈だが、近くにいる魔物達から徴収でもしているのか、未だに召喚は収まらない。
今や俺の処理速度を上回り、どんどんとヴァンピィフライの数が飽和し始め、その鬱陶しさは天井知らずだった。
『(あん時にやれてりゃあ良かったんだが、そうも言ってられねえ……そろそろ仕掛けなきゃマジでまずいぞ)』
襲い来る蝿を変わらずレッサーマイセリアへとぶつけつつ、あの女王蝿をどうやって攻略するかを必死に考える。
流石の俺も奴の召喚を黙って見逃す程間抜けではない。
一度だけではあるが、召喚を止めるために奴本体を叩く策を講じ、捨て身の奇襲を成功させていた。
しかし、もう一匹の面倒な魔物ミミクリートレントの妨害によって、奴を倒す貴重な機会を棒に振ってしまい、今はこうしてジリジリと追い詰められていた。
攻撃が通じること、十分に倒すことができることを知れたのは良かったが、その反動で女王蝿は警戒する様にトレントの後ろから姿を見せなくなってしまった。
『(まずはあいつ等を分断しなきゃ話にならん……賭けにはなるが、ヤツなら行けるかも知れねえ)』
たった一つの策が失敗したからといって、ぐずぐずはしていられないと、俺は新たな一手へと意識を切り替える。
このまま戦い続けていたのでは、先に倒れるのは間違いなく俺の方だった。
俺は一度大きく跳びあがり、戦いで随分と数を減らしたとある魔物を探した。
『……居たっ!』
自分で散々蹴散らしておきながら、俺は憎き怨敵デスマンドレイクが全滅していないことを喜ぶ。
恐怖の状態異常が厄介過ぎて、見つけた傍から真っ先にぶちのめしていたが、まだ生き残りは居たらしい。
新しい作戦には奴の協力が必要不可欠だったので、俺は並居るキノコ共を足場にし、汚い叫び声をあげる根っこ野郎の元へと跳ねた。
「キィィィシェェエエ!!」
『っがああっ、ゴミみてぇな鳴き声出しやがって、蹴り飛ばすぞテメェェ!!』
覚悟をしていても十分に精神を蝕んでくる不快な声をそれ以上の罵声で上書きし、俺は奴の体に歯を突き立てしっかりと固定されたことを確認して持ち上げる。
その際、奴の体液? が口の中に流れ込んできて、舌を焦がす様な猛烈な毒素が口内を襲い、叫び声も相まって視界がチカチカと明滅する感覚を味わう。
『(……《清めの波動》っ)』
数瞬の迷いの末、堪らず俺は技能を発動し、襲い来る不快感を中和する。
そしてそのまま《瞬脚》を使って奥に聳え立つミミクリートレント目掛けて全力で跳躍した。
「キィェェエエ!!!」
『(精々そのまま鳴いてろよっ、こん畜生!!)』
少しでも早く口に咥えた忌まわしい根っこ野郎を吐き出したかったが、作戦の要はこの不快な鳴き声、黙らせる訳にも手放す訳にもいかなかった。
鋼の意志で諸々を思考の外に追いやった俺は、レベルが上がり更に速さに磨きがかかった《瞬脚》で、グングンをトレントの方へと近づいていく。
『(つっても、ただで近寄らせてくれる筈もねぇ……そろそろ来るか、さっきの技能が)』
ミミクリートレントの挙動を逐一確認しつつも、一度近寄った際に《鑑定》した奴のステータスを思い返す。
奴は高い生命力の代わりに敏捷が異常に低く、足を止めての肉弾戦、中距離からの攻撃を得意とする魔物の様だった。
それを証明するように、(《擬態》など使ってこないであろう技能を除き)奴が持っていた攻撃技能はたったの二つ。
枝や根っこを撓らせて攻撃してくる《枝根撃》と枝に生える氷の葉っぱを飛ばす《氷雨》だ。
空中を翔ける俺を仕留めるなら、恐らく単発攻撃の《枝根撃》ではなく、無数の葉っぱで広い範囲を攻撃する《氷雨》を選択する筈だ。
『(っ! 来たなっ、《氷雨》)』
ある程度速度が落ち着き、これ以上方向転換ができなくなった瞬間をきっちりと狙い、奴は《氷雨》を発動させた。
奴の予測通りの軌道を辿り、凍てつく氷の雨が降り注ごうとしたその時、体長以上に長い俺の尻尾に光が宿った。
『(この時を待ってたぜぇ! 《朧翔》っ!!)』
心の中で力強く叫びながら、俺はぼんやりとした気配を発する残像を置いて、動ける筈のない空中で真横に翔けた。
声もなく驚きを見せるトレントと残像に殺到する《氷雨》を横目に見つつ、無事に着地した俺は再び空へと舞い上り、奴へと肉迫する。
『ほぅれ、ご飯の時間だぜっ、トレントさんよぉ!!』
そう言って、俺はようやくデスマンドレイクを吐き出す。
そして、トレントの顔に見えなくもない三つ穴の口部分に向かって、ダラダラと体液を流しながら叫び声をあげるゴミを《瞬脚》で蹴り入れた。
「……!!!!」
我ながら惚れ惚れするナイスシュートであり、トレントさんも俺を褒める様に小粋なダンスを披露してくれていた。
『へっ、ざまあみろってんだっ! さっきは良くも尻をぶっ叩いてくれやがったな。尻が割れたかと思ったぜ』
いくら生命力に優れていようとデスマンドレイクのもたらす《叫走》と《劇毒》には逆らえないのか、発狂したトレントは敵味方見境なく、攻撃を振り撒く。
当然、近くに居たキノコ共や巨大蝿共は割を食っていたが、一番の被害者はトレントの後ろでこそこそと蝿を量産していたクイーンヴァンピィフライであった。
トレントの《枝根撃》乱打を突如その身に受けた奴は、混乱しながらも魔物としての生存本能だけで命からがら宙へと逃げ延びる。
自慢の羽も傷ついてしまったのかその飛行はフラフラと不安定で、何だったらデスマンドレイクの《叫走》に怯えている様にすら見えた(聴覚が優れているのか?)。
『逃げようったってそうは問屋が卸さねぇ、《瞬脚》!』
そんな大いなる隙を俺が見逃してやる義理はもちろんなく、弾丸の様な速度で跳ねて、空中にいた女王蝿を強かに蹴り、盛大に墜落させてやった。
「……!!」
悪足掻きとばかりに女王蝿は《窮援》を発動させ、俺へとヴァンピィフライを大量に嗾ける。が、俺はそれすら足場として利用し、女王蝿の顔面に《瞬脚》を叩き込む。
そしてすぐさま、前歯に《瘴牙》を宿らせ、ガジガジと状態異常を与えまくり、毒、麻痺、睡眠、混乱、恐怖、壊血全てを付与する頃には、奴の命は儚く散っていった。
同時に、俺は身体を駆け巡るレベルアップの感覚に歓喜し、周囲の魔物を釘付けにするために鳴き声をあげる。
『かかってこいや、魔物共っ!! 俺様が…』
発しようとした言葉が唐突に喉元で詰まり、視界がぐらりと揺れ、地面が迫る。
前足をつこうにもどうしてか身体は動かず、気付いた時には俺は大地に倒れ伏していた。
この時のデントには分かる筈もなかったが、溜まり切った疲労が彼の脳を焼き切り、思考以外のあらゆる行動を遮断していたのだ。
『(やべぇ、指先一本動かせやしねえ)』
女王蝿を倒して気が緩んだのか、そんな考えが僅かに過ぎるが、その瞬間にも周囲の魔物は俺へと向かって来ていた。
靄がかかった様に思考さえも霞んでいき、せめて土の中へ、そう思った所で俺の体はピクリとも動かなかった。
……しかし、目すら瞑れない焦燥感の中、俺は一つの輝かしい気配を感じ取り、安堵のままに全身の力を抜いた。
『後は任せて、私は絶対に負けないから』
音も無く舞い降りた純白の天使は鈴の様な声を響かせた直後、周囲の魔物を瞬きの暇も無く葬り去る。
その神々しい後ろ姿は、何度も夢見た物語の主人公そのもので、嫉妬すら湧かない程に俺の心を平穏で満たした。
『(……かっこいいなぁ)』
今少し、この後ろ姿を見ていたかったが、俺は抗いようのない疲労に耐え切れず意識を手放した。




