第十三話 vs霧の魔物
(Side リル=プロシュヴェリテ)
ベル姉ちゃんと別行動を開始して数分、霧の中心へと進めば進む程、青黒い霧はその妖しさを増していった。
『(《鑑定》を掛けても反応なし、相当深く眠ってるね)』
極稀に見かける魔物達も死んでしまったかの様に眠りについており、睡眠の効果も非常に強くなっているみたいだ。
どの魔物も例外なく状態は魅了となっていて、眠り続けるだけの魔物にどうして魅了をかけているのかが僕としては妙に気掛かりだった。
『(そもそも何が目的で魔物を魅了しているんだろ? 護衛として周囲に待機させてる訳でもないし、ただ異常発生を促して霧の外に放置しているのもかなり変だ……大体、ベル姉ちゃんが魔物達がこっちに向かって来てるって言ってたけど、霧の中心で眠っちゃうんじゃ意味がないじゃないか)』
思考と移動、どちらの速度も落とさない様に気を配りつつも、際限なく湧いてくる違和感に頭を抱える。
相手の行動には魔物特有の狡猾さや一貫性が感じられず、かといって複数の魔物が共存している様な気配もない。
いっそ何も考えていないと言われた方が納得できるが、これだけの技能を操る魔物が目的もなく暴れる訳もなかった。
『(……落ち着くんだ僕。相手の目的が分からずともやることは何も変わらない。僕の役目は霧の中心に居る魔物を倒すこと、それだけだ)』
相手はベル姉ちゃんが『強い魔物』とまで豪語した魔物。
下手に焦りを抱えていては不覚を取るかもしれなかったが、今も街の皆が戦っていると思うと逸る気持ちを抑えられそうになかった。
『(ベル姉ちゃんが任せてくれたってことは、僕にだって十分対応可能な魔物の筈、皆の為にもしっかりしなきゃ)』
どことなく不安な気分を誘う霧に負けないよう、僕は街の皆を思い出して気合いを入れ直す。
いくら戦うのが苦手と言えど、僕は犬人の神獣。
そう易々と負ける訳にはいかないのだ。
『絶対仇は取るからね、ゴメス、ゴルディア、ゴドウィン』
それに、もう会うことのできない大切な三人の家族のことを思うと、猶更その思いは強くなった。
僕は胸に決意を宿らせ、力一杯地面を蹴って、奥へ奥へと向かっていく。
ほどなくして、独特で不快な気配を感じるようになったかと思うと、一匹の奇妙な魔物が僕の視界に現れた。
知を司る神獣として数多の文献に触れてきたという自負はあったが、その魔物を見るのは初めてのことだった。
『(……いやそうじゃない。あの足に、あの身体……僕はこの魔物を、魔物達を知っているじゃないかっ)』
点と点が繋がり線になった瞬間、爽快さとはかけ離れた名状しがたい嫌悪感が全身に駆け巡る。
ファントムベアの強靭で頑強な胴体。
ロックティガーのしなやかかつ鋭利な四つ足。
グラスマムートの霊気漂う長い鼻。
ルナティックライノの狂気を孕んだ瞳。
ウィングブルの長く太い尻尾。
それらを無理矢理に掛け合わせたちぐはぐで奇怪な容姿。
その存在自体が僕達魔物に対する比類なき侮辱であり、同じ魔物と呼ぶにはその姿は余りに悍ましかった。
食い入るように眺めていれば当然相手も僕の存在に気が付き、その魔物……いや怪物はギロリとこちらを睨んだ。
そこには本来あるはずの知性も、本能も、生きる意志さえも存在せず、無機質で空っぽな魂だけが見え隠れしていた。
『……僕が今、楽にしてあげるからね』
自然と口から出た言葉には、悲しき怪物に対する憐憫とこの怪物を生み出した者への言い知れぬ怒りが籠っていた。
されど、相手は意志さえ持たぬ怪物、そんな想いなど知ったことではないと正面から猛然と突き進んできた。
「グギャァァ!!」
『ろ、《六星結界》っ!』
やや反応が遅れたことに焦るも、僕は咄嗟に《六星結界》を発動させ、防御に回る。
瞬間、僕を囲むように現れた六芒星の結界は難なく怪物の突進を受け止め、過剰に込めた精神力のおかげか随分と力強く輝いていた。
未だ心の整理はついてはいなかったが僕は一度呼吸を整え、怪物へと《鑑定》を掛けてみることにした。
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個体名:89番
種族名:□□□□ Lv 46/50
状態 :暴走
生命力:4170/4170
精神力:3890/3890
攻撃力:248
知力 :216
敏捷 :185
技量 :213
運 :81
技能:
《霧臥夢中》《夢喰》《吸命》《金剛力》
特性:
《打撃耐性 Lv2》《斬撃耐性 Lv2》《石岩耐性 Lv2》《水氷耐性 Lv2》《火炎耐性 Lv2》《風嵐耐性 Lv2》《剛体》
称号:
《人造生命》《呪われし者》
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肉体同様、作り物の様なステータスを嫌悪しながら、僕は厄介事の匂いを感じ取って表情を曇らせる。
石岩に風嵐、水氷に火炎、それらの耐性が同時に高いレベルで共存することは余程のことでなければない筈だが、まるで誂えた様に綺麗に並んでいたのだ。
称号についても、察して余りある哀れなものばかりで、一々僕の神経を逆撫でしていた。
『(《人造生命》に判別不能の種族名……予想はしちゃいたけど、やっぱり魔法の仕業だったんだね)』
『魔法』。
それは、狂った創世の男神による呪われた恩寵であり、僕ら神獣や獣人とは決して相容れない禁断の技能。
不可能を可能にし、非常識を常識にし、美しい大地を荒廃した魔境へと堕とした、人の手には余る神の如き御業。
《人造生命》という称号は見たことはなかったが、込められた意味はもはや考える必要もない。
こんな残酷かつ超常の所業を平然と実行できるのは、僕の知る限り魔族が扱う魔法だけなのだ。
しかし、それらが分かったとてこの憐れな怪物を救ってあげられる訳ではなく、僕は自分の無力さを噛み締める様にグッと奥歯を軋ませた。
「ガァ!! ガァ!! ガァ!!」
怪物は絶えず僕の結界へと突進を繰り返し、突然思い出したみたいに《金剛力》を使って更に体当たりを続ける。
僕の結界を破るためとはいえ必要以上に自身の身体を痛めつけるその姿は、操り人形じみた物悲しさが漂っていた。
見ているだけで段々と心が苦しくなり、既に僕の心中は強い同情心で満たされようとしていた。
『《影縛》……それ以上自分の身体を傷付けちゃだめだよ』
暗闇に乗じて近づいた僕の影は怪物の体を強固に縛り付け、身動きを封じる。
僕に対抗できるだけの力を持っていながら、その動きはどこまでも意志がない。
未知の技能も取って付けられた強力な特性も警戒するべきではあったが、この怪物にそれを活かし切るだけのまともな精神は宿っていなかった。
せめて、せめて一撃で終わらせる。
そう心の中で呟いて、僕は天を仰ぎ、祈りを刻む。
『
我は月輪の巫にして日輪の覡。
万象を許容し、悉くを拒絶する者。
衰えては地となり、盛えては天となる者。
陰極まれば陽となり、陽極まれば 陰となる。
それ故、我が前に悪はなく、我が後に善はない。
今宵、天上に輝きたるは真円なる月輪の光芒。
天意に従い、我は全てを許し、母なる宵闇で貴方を抱く。
……願わくば貴方の道行きに、月の導きがあらんことを
《月詠》
』
祈りが天に届いたその刹那、一筋の月の涙が霧を突き破って眩いくらいに僕を照らす。
そして同時に、僕の影が暗く、大きく伸びていき、やがて僕の体をも越えて巨大な漆黒の分身が生まれた。
宵闇を宿したその分身は、何もかも喰らうように顎を開き、音も無く悲しき怪物を包み込む。
その最期の瞬間、罪なき魔物はようやく訪れた安穏を心に焼き付ける様に静かに瞑目した。
『月の導きがあらんことを』、僕はもう一度だけ、輝く月へと祈りの言葉を捧げていた。
私事で恐縮ですが、絶賛春風邪を拗らせ中です……。
朝晩の寒暖差が激しくなってまいりましたが、皆様はどうぞお気を付けください。




