第十二話 vs凍て地の王
色々試行錯誤したものの、やっぱり番外編をどうしても一章と二章の間に投稿したかったので、一度投稿したものを削除して再投稿しております。
そのため、もしかしたら「読んだのに未読になってる?」みたいなことが起こっているかもしれませんが、何卒ご容赦いただけると嬉しいです。
(Side ベル=エトラピーデ)
時は遡り、魔物の群れが霧へと駆け出す少し前のこと。
純白と純黒の神獣ベルとリルは、青黒い濃霧を切り裂くように大地を駆けていた。
放たれる神獣の覇気ゆえなのか、不気味な霧ですらも二匹の前では道を開け、周囲には清浄な空気が流れていた。
『リル、止まって』
リルに合わせてゆっくりと走っていた私は違和感に足を止め、感覚を研ぎ澄ませる。
霧のせいか音と匂いはどこかぼやけていたが、強化された知覚が微かな振動を感じ取っていた。
『どうかしたの、ベル姉ちゃん?』
一方、リルは突然の制止に戸惑いながらも周囲を見渡すが、何も分からなかったのか不安気にこちらを見つめていた。
デントもだけど、どうやら少し感覚が鈍いみたいだ。
『霧の外から魔物の大群がこっちに来てる』
『えっ!? み、皆に教えてあげないとっ!』
『だめ、もうきっと気付いてる。私達は皆のためにも、一秒でも早くこの霧を何とかしないといけない』
『だ、だけど…』
『それに、この霧の中に強い魔物が二匹いる。一匹は既にこっちに向かってるし、連れては行けない』
『そうなのっ?! ど、どっち?』
リルは焦った様子で、ぶんぶんと首を振って気配を探る。
至って真剣な表情をしているが、その素振りはどことなく間抜けで、頼りなかった。
『私は向かってきている魔物を倒す。リルはもう一匹、霧の中心にいる魔物を倒してきて』
『一緒に行動した方が安全じゃない?』
『ん、間違いなく安全。でも、その分時間も無駄になる。それで誰かが死んじゃったら、リルは自分を許せる?』
『……絶対に許せない』
『じゃあもう行く、こうしてる時間も惜しい』
もはや会話は必要ないと、私は全力で霧の中を駆けた。
リルには伝えなかったが、二匹の中でも明らかにこちらに向かってきている魔物の方が強烈な気配を発していた。
『(最低でも同格、なんだったら私より少し強い)』
生まれて初めての対等な戦いを前にして、リルと同じで不安や恐怖がない訳ではなかった。
しかしそれより、今の私はどれだけ戦えるのだろう、そんな魔物としての本能が急かす様に私の背を押していた。
*****
お互いがお互いを目指して駆け抜けたこともあり、魔物との邂逅は思いのほか直ぐのことだった。
森の木々を雑草の様になぎ倒しながら姿を見せたその魔物は、強者としての気配だけでなくその巨大な身体で私を圧倒した。
身の丈は私の十倍以上は大きく、分厚い雪色の体毛に覆われて周囲に馴染んでいたせいか、小高い丘みたいだった。
もちろん初めて見る魔物で、何に使うのか想像もできない長い鼻と天を穿つ様に生えた二本の牙がとても気になった。
『(でもやっぱり変、こっち魔物の方が断然強い)』
私はどうにも納得がいかないと心中で零す。
その魔物の覇気は間違いなく本物であり、この凍てつく大地の王者は間違いなく眼前の魔物であった。
なのに砂漠に居た奇妙な虫と同じく意志を感じない虚ろな目をしていて、誰かに操られているのがはっきり分かった。
なぜこれだけの魔物が操られているのか不思議でしょうがなかったが、どうやら考えている暇はないらしい。
デントはもちろんリルさえ越える速度でその魔物、凍て地の王は私目掛けて突進を仕掛けてきたのだ。
重たそうな身体からは想像もできない素早い突進に呆気にとられながらも、私は技能を使って大きく右へと飛ぶ。
嵐のような突風の後、私の背後にあった太く立派な一本の木が凍て地の王の体当たりによって、小枝の様に折れ、雪の大地へと沈んだ。
『……凄い力』
敵ながら見事な破壊力に思わず呟き、相手の様子を伺う。
凍て地の王は攻撃が避けられるとは思っていなかったのか、首を左右に振って周囲を警戒し、それに伴ってぶらんぶらんと長い鼻を揺らしていた。
『(力じゃ敵わないけど、私の方が速く動ける。気付いてないなら今度はこっちからいく)』
お返しとばかりに私は≪瞬脚≫を発動させ、音すらも置き去りにして無防備な横腹に蹴りを放った。
ズンッ、といとも簡単に私の攻撃は直撃し、普通の魔物であれば、それで勝負がついていてもおかしくはなかった。
しかし、相手は凍て地の王、分厚い体毛と脂肪に阻まれ、攻撃の衝撃はほとんど完璧に吸収されていた。
「パオォォン!!」
それでもどうやら気には障ったようで、凍て地の王は怒り狂ったように鳴き声をあげた。
ビリビリと鼓膜が震えるが、戦いの興奮からか大して気にはならなかった。
『っ! 何か来るっ』
五感で感じ取るまでもなく、本能が相手の技能の発動を感じ取り、予想通り一対の大牙に技能発動前の淡い光が宿ったのが見えた。どんな技能なのかは分かるはずもなかったが、止めなければまずいことだけは分かった。
私は再度地面を蹴り、相手に近付いて≪豪炎爪≫で隙だらけ眉間を抉る。炎に対する耐性がないのか先の攻撃よりは怯んでいるように見えたが、残念ながら技能を止めるまでの威力は発揮できない。
直後、凍て地の王は大牙に宿らせた力を解き放つようにして、空間を穿った。
バリィィン!! という空間が軋む音の後、周囲の霧が一瞬にして凍り付き、細かい氷が周囲を支配した。
『(凄くきれい)』
不快な霧が晴れ、無数の氷の結晶が月光を受けて幾筋もの柱となって煌く。戦闘中であることも忘れ、私はただその光景を目に焼き付けんと見惚れていた。
すると、不思議なことにその細氷達は凍て地の王の体へと纏わり付き始め、鎧の様にその巨体を包み込んだ。
どうやらここからが凍て地の王の全力のようだった。
『寒いのは苦手、私も本気で行く』
がくっと下がった気温に抗うように、私は≪豪炎爪≫、≪炎刃牙≫を纏わせ、メラメラと周囲を焦がす炎を纏った。
細氷の鎧を纏う凍て地の王と豪炎を宿す白き神獣、対極の姿でありながらその覇気は等しく同格。
互いの力量を認め合うように、微かな静寂が過ぎった。
「パォォ!!」「ニャ!!」
ほぼ同時に叫び、相手は攻撃、私は回避を選択した。
凍て地の王は全てを震わせる渾身の一撃を全方位に放ち、地を裂き、周囲の木々を粉々に砕いた。
全力で回避していなければ、私とてああなっていたことは簡単に想像でき、連発されては敵わないと私は《幽影》を使って陽炎のような虚像を作り出す。
『(今の内に後ろを取る)』
私は完全に気配を殺し、相手が偽物の私に気を取られている内に背後に回った。
凍て地の王に気付いた様子はなく、私は奇襲が成功することを確信して静かに翔ける。
が、その瞬間なぜか相手の後ろ足に技能の光が灯った。
『バレてっ…』
言葉より速く相手の反撃を相殺しようと、前足に力を集中させる。
氷の足と炎の爪がぶつかり、爆発のような破裂音が響く。
結果、押し負けたのは私の方だった。
重さなど無くなったように私は吹き飛び、激突した木がミシッと音を立てて撓んだ。
当然、反動から大きなダメージを負った私は口から血を吐きながら地面に転がり、相殺に使った右前足が上手く動かないことに気が付いた。
『……これが、痛いって、感覚』
態勢を立て直しながら呻くように呟き、ズキズキと痛む前足を眺める。
デントに齧られた時は一瞬で気を失ったため、私にとってはこれが初めて体験する『痛み』という感覚だった。
逃げるなり、対策を考えるなり、なんとか状況を変えねばならないのに、痛みのせいか満足に思考もできず、ただただ未知の感覚に脳が戸惑っていた。
改めて対等な魔物と対峙して分かったが、私はデントの様に考えながら戦うのは向いていないみたいだ。
実際今だって、不利な状況を逆転させるような妙ちくりんな考えは一つとして浮かばなかった。
しかしそれでも、大人しく負けを認めることだけはどうにもできそうになかった。
『覚悟はできたか、猫助野郎。今度はお前が狩られる番だぜっ?』
訳も無く、私の脳裏にはあの日のデントが過ぎっていた。
どれだけ勝ち目がなかろうとあの時のデントは状況をひっくり返すように笑ってみせた。
『デントにできて、私にできない訳がない』
痛みを忘れたように私は微笑む。
目の前の魔物に敗れること、それ自体は大した問題ではない。でも、あの小憎らしい相棒に遅れを取る、それだけは私のプライドが許さないのだ。
『デントはデント……私は私なりのやり方で私はあの子を越えてみせる』
私は雑念を捨て、じっと敵を睨み据えた。
確かに私は考えながら戦うのは向いていない。
なればこそ、真っ向から敵を打ち倒す、その一点に意識を向けることができるのだ。
流れる星さえ越えて、速く、迅く、世界を駆ける。
たったそれだけで、私はどんな魔物にも負けはしない。
『覚悟はできたか、凍て地の王よ。今度は貴方が狩られる番だっ!』
私は吼え、両の牙に宿る焔が一層強く燃え上がる。
まるでその言葉に呼応するように、虚ろだった凍て地の王の暗い瞳にほんの少しの意思が宿った。
互いに次の一撃で勝負が決まることを悟っていた。
力量を認め合い、それゆえに警戒し、時が過ぎる。
焔が猛り、細氷が集い、両者の準備は完全に整っていた。
そして永遠にも感じる刹那の果てで運命の瞬間は訪れる。
敵が放つは、万象を氷獄へと封じる一対の大牙。
対するは、世界の理すら置き去りにする神速の炎牙。
天地を分かつ二対の牙は、凍てつく大地に白銀の閃光と張り詰めた静寂を齎した。
そして、その静寂を破ったのは、
『……ん、私の勝ち』
最速の神獣であった。
その力の衝突はどちらが勝ってもおかしくはなかった。
しかし、僅かな時の隙間、混濁した意識のせいで巨象の反応が遅れてしまったのだ。
巨象は初めての敗北に驚きを隠せない中、ダメージが限界に達したのか、とうとうその巨大な膝を折った。
『殺したくはない……でも皆の為だから』
私は少しの油断もせず、勝者の役目を果たそうと凍て地の王へと歩みを進める。
けれど、その歩みにはどうしても迷いがあった。
殺すこと自体が嫌だったし、本気のこの子と戦ってみたい、そんな思いがあったからだ。
「パォォォ……」
凍て地の王は力を振り絞るように、弱々しく鳴く。
そこに王者としての力強さはなく、私には命乞いをしているように聞こえた。
心は痛むがやるしかないと覚悟した瞬間、私は途轍もない気配を察知して全力でその場から離れた。
満月が消え去り、咄嗟に上を見ると、上空から山が降って来ていたのだ。
『(山? いや、これは…)』
表現すらできない轟音の後、私は降ってきた山、ではない山の様に大きな魔物を呆然と眺めた。
しばらくしてその魔物の正体に気付くと同時に、私はとんでもない勘違いをしていたことを理解した。
『(さっきの魔物はまだ小さい子供だったんだ)』
体長はもはや何倍であるのかも分からなかったが、雪色の体毛、長い鼻、天を穿つ六本の大牙に確かな面影を感じる。
降ってきた魔物は霧如きには操られていないのか、その瞳からは魔物本来の確固たる意思が輝いていた。
操られていなければ、あの魔物も同じ瞳の輝きを持っていたのだろう。
本物の凍て地の王という絶対的強者を前にし、本能が逃げろと叫ぶが、神獣としての矜持がそれを拒んだ。
『ごめん皆、生きて帰れそうにない』
せめて霧が晴れるだけの時間は稼ぐ、と決死の覚悟で魔物を睨み、それを返すように相手から睨まれ足がすくむ。
どんな攻撃がくるかと全知覚を最大限強化していると、何事もなかったかのようにその魔物は私から視線を逸らし、倒れ伏す子供の魔物へと視線を送った。
『……襲ってこない? もしかして話せる魔物なの?』
そう問いかけるが相手が答えることはない。
どうやら話すことはできないようだが、我が子を見守る様な振る舞いには知性が満ち溢れていた。
と思った瞬間、その魔物は何を思ったのか、子供の魔物を長い鼻を撓らせてぶん殴った。
「ブォ?! ……パォ?」
啞然としながら状況を静観していると、子供の魔物の瞳が意志の光に輝き始めていることに気が付いた。
きょろきょろと子供の魔物が挙動不審にしていると、もう一度、何の前触れもなくぶん殴られた。
……割と瀕死だったと思うが大丈夫なのだろうか。
「ブォ!!?」
「パオ」
「パォ……パォォン」
あれほどの威厳を見せていた凍て地の王であったが、親魔物を前にするとただの幼い子供みたいだった。
降ってきた魔物は最後に私に謝るように瞬きをしたかと思うと、凍て地の王を鼻で掴んで遠く遠く向こうの方へと、跳躍して帰っていった。
結局、何が何だか分からなかったが、この世界には想像もできない圧倒的強者がいること、それを私は痛感した。
里の皆の為にも、もっともっと強くならなきゃ、痛む足を労わりながら私は強くなることを胸に誓った。




