第三話 技能の秘密
日の光が差し込む小さな穴倉で、人知れず気炎を上げた後、落ち着いて状況を整理する。
一つ、地上には巨大な赤茶色の蛙が待ち伏せている。
二つ、地中は安全だが逃げられる訳でもない。
三つ、攻撃手段の《齧削》、《弱瘴牙》は通じない。
四つ、外部からの助けは期待できない(よくよく考えれば、赤茶蛙の天敵となるような魔物に目をつけられた日にはいよいよお終いだ)。
『うーん、我ながら詰んでるなあ』
とはいえ諦めるという選択肢は存在しない。
となれば、上記のうち何れかの条件を覆し、この状況を打破するしかないと、作戦を列挙してみる。
作戦一、赤茶蛙さんが諦めてこの場を離れる。
作戦二、何らかの方法で赤茶蛙さんに気付かれず逃げる。
作戦三、何らかの方法で赤茶蛙さんに攻撃を通す。
作戦四、赤茶蛙さんの天敵さんに助けていただいた後、見逃してもらう。
『作戦一と四に関しては、もはや作戦と呼ぶのも苦しいな。可能性は零ではないがあまりにも運頼みすぎる』
今生の身体は知力と運に恵まれているようではあるが、そもそも運が良ければこんな事態にはなっていないだろう。
消去法的に作戦二、三となる訳だが、作戦二に関しては正にお誂え向きな技能《静骸》があった。
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《静骸》
体から発するあらゆる音を消し、静かな骸を装う
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いくら相手に優れた聴覚があるとはいえ、あらゆる音を消してしまえばこちらの土俵だ。
逃げるも攻めるも赤子の手を捻るが如しだ。
が、もちろんそんなうまい話はないのである。
《静骸》の発動中は、体中の全ての音を停止させるのだ。
足どころか心臓も動かないし、精々知力三桁を誇るこの灰色の頭脳を駆け巡らせることしかできない。
そして極めつけの問題点は、使用中はゴリゴリと生命力が削られていく点で、この身体では一分も使えば、簡単に本物の死体になりかねないのだ。
『てことは、結局残ったのは作戦三だけか』
そうはいったがこの作戦もかなり絶望的なものがある。
攻撃が通らない訳ではないが、最も柔らかそうなお腹の皮でさえ、十回単位で同じ場所を《齧削》で攻撃しなくてはならない。
《弱瘴牙》は発動すらしていないし、頼みの綱は《齧削》、だけ……。
……いや、待てよ?
何かがおかしいぞ。何だ、一体どこに違和感がある?
数秒ほど思考を巡らせ、稲妻が走ったように言葉の違和感を自覚する。
『《弱瘴牙》は発動すらしていない?』
真っ暗な袋小路に光が差したかのようだった。
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《弱瘴牙》
低確率で何らかの異常を引き起こす弱瘴の牙
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この身体に備わっている本能的な感覚で分かる。
先程の攻撃において《弱瘴牙》の低確率を引いて失敗したのではない、そもそも《弱瘴牙》の発動条件を満たしておらず発動すらしていなかったのだ。
疑念は確信に変わり、一つの実験を試みる。
『《齧削》、《弱瘴牙》』
《齧削》だけを起動した時より僅かに明るい光が、ぽわん、と前歯に宿る。
やはり《弱瘴牙》を起動させること自体はさっきと同じ方法で可能のようだ。
その状態で、春風が身体を撫でるようにふんわりと前歯を自分の前足に当てる。
確認のため、何度も何度も繰り返し当ててみるが、これといった変化はない。
『ステータス』
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個体名:ローデント
種族名:レッサープレイグラット Lv 1/10
状態 :健康
生命力:50/50
精神力:39/60
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念には念を入れて、ステータスを確認するが精神力が微減しているだけで、状態、生命力には異常は見られない。
先の腹部への攻撃で《齧削》は発動し、《弱瘴牙》は発動しなかった。
そして今回の実験ではどちらも発動しなかった。
『つまり、技能は起動しただけでは発動しない』
したり顔で頷きながら、それも当たり前かと納得する。
《齧削》はあらゆるものを削り取る技能なのだ。
同じ化学法則が通じるとは思えないが、呼吸している以上この世界にも気体、引いては原子的な何かが存在する筈だ。
『あらゆるもの』に反応するのであれば、この『原子的な何か』に反応してもおかしくはないのに、木の実を食べ続けている間、《齧削》は木の実にしか発動していなかった。
優しく前足を齧ってみても発動することはなかったことを踏まえると、《齧削》の発動条件は、齧るという行為が成立するだけの威力を持つこと、対象を認識・意識していること、ではないだろうか。
『残る問題は《弱瘴牙》の発動条件だな。《齧削》の条件に加えて、何か条件があるとすれば……』
ああでもない、こうでもないと穴倉の中で頭を捻りながら、実験を繰り返す。
生物に触れるだけ、薄皮一枚削る程度の威力だと発動しない……そもそも石なんかの無機物にも発動しないし、なんなら植物の根に試してみても発動しない……流石に生物には発動するとは思いたいが、生物と植物の違いはなんだ? 意志や魂を持つかどうかなのか? いや意志なんて電気信号に過ぎないし、この世界では、構成される原子的なものが異なるのか?
『生物と植物の違い、ねえ』
思考を整理するよう呟く。
生存戦略が異なるだけで、生き物というくくりに大差はないと思うが、この世界ではどうやら生物と植物は異なる物という認識らしい。
何かヒントはないかと前世と今生の差を手当たり次第に考えてみる。
ステータスや種族、レベルなんかは特に異質だが、技能とかいう不思議パワーがある世界相手に異質かどうかを云々する意味があるのだろうか。
そもそも技能ってなんだ? 一体どういう原理で、他者に干渉してるんだ? 薄っすら光を放って、発動条件があって、消費するのは精神力だけ……ん? 精神力? もしかして精神力が鍵なのか?
黙々と独白を続け、一つの解らしきものに到達する。
『精神力の有無が生物と植物の違い、か? 精神力で以て相手に干渉するとすれば、《齧削》は植物に発動するのに、なんで《弱瘴牙》が発動しないんだ?』
両者の違いを洗い出し、発動対象が異なることに気付く。
ただの仮説となるが、《齧削》は『対象の皮膚を柔らかくする』技能ではなく『自身の前歯を強化する』技能であり、逆に《弱瘴牙》は『対象に異常を引き起こす』技能であり『自身の前歯に何らかの毒素を付与する』技能ではないのだ。
そして更なる仮説として、この『対象に異常を引き起こす』際に対象の精神力を使用するため、精神力をもたない植物には発動しないのではないだろうか。
《齧削》が必中であるのに対し、《弱瘴牙》が低確率なのも、相手依存と考えれば納得できるし、必然的に《弱瘴牙》の発動条件は……
『相手の精神力に干渉しうるだけの攻撃であること』
か?
精神力の出所は分からないが、凡そ脳波や気といった体内由来の不思議パワー。
つまり、検討した仮説が正しければ、赤茶蛙の体内にさえ前歯を当てられれば《弱瘴牙》が発動する可能性は極めて高い(とはいえ《弱瘴牙》が効果を発揮すること自体は低確率ではあるのだろうが)。
皮膚からの干渉が出来ないのであれば、残る手段は病原菌感染の常套手段だ。
目や鼻、口内の粘膜への攻撃、もしくは、切り傷、創傷への直接攻撃である。
そして、最も有効かつ効き目が強い侵入経路がもう一つだけ存在する。
『ふっふっふ、生物の弱点など知り尽くしているさ。例えここが異世界であろうとも食事をする以上、この弱点は消すことができないっ!』
完成した勝利への道筋を思い浮かべ、不敵に微笑む。
この時点でもはや赤茶蛙の勝利は無いに等しかった、彼奴の行く末には悲劇的な結末、もといケツ末しか待ち受けていないのだから。




