第三話 気ままな旅路
ベルがヴァンピィフライを駆除してからというもの、俺達二匹はここが魔境の中とは思えないくらい穏やかに旅を続けていた。
もちろん『不死の炎漠』に居る以上、蒼炎と湧いてくる魔物に警戒は必要だ。
しかし、そもそもベルに襲い掛かろうなどと考える命知らずは、あの様子のおかしい蝿くらいのものなのだ。
時折起こる戦闘といえば、俺が一人でも勝てそうな魔物にどしどし突進していった結果起こるものだけ。
目的地に急いで行く必要も別段なく、ベルをもふもふしたり、ベルに齧られたり、ベルと一緒に魔物を観察したりと、俺はまさに思い描いていたような気ままな旅を続けていた。
景色の変化が乏しいのが少し物足りなくはあったが、全て完璧とはいかないのも旅の醍醐味というものだろう。
『デント、もうすぐ第八の傍を通るけど寄ってく?』
純白のふわふわけもーの、ベルが振り返りもせず尋ねる。
俺には現在地がどこで、どこをどう進んでいるのか全くもって分かりはしなかったが、ベルには分かるらしい。なんとも頼りになる相棒である。
そんな相棒は俺からの返答がないのを不審に思ったのか、こちらを振り向いて不思議そうに首を傾げた(とてもかわいい)。
『デント? 第八湧水湖の傍通るよ?』
『ああ、悪いちょっと考え事してた。寄ってもらっていいか? そろそろ限界だわ』
『ん』
ベルは短く返事をしてすぐ進路をやや右側にずらした。
この旅の数少ない辛い所といえば暑さと喉の渇きであるが、猫人さん達が暮らしているだけあって、その対処法は既に確立されているようだった。
今向かっているのは、第八湧水湖。
数ある湧水湖の中でも最も猫人さんの里から離れた位置にある、冷たい水が湧き出る砂漠のオアシスだ。
既に数回ほど別の湧水湖に寄ってみたが、名前の通り本当に無尽蔵に水が湧き出てきて、周囲にはほんの少しではあるが植物も自生していた。
ちなみに、こんな異常気象で全て水が蒸発したりしないのかとベルに訊いてみたが、そんなことは起きないらしい。
ベル曰く、『精霊』さんが無尽蔵に水を補給し続けてくれるから大丈夫なのだという(なんだか馬鹿っぽい説明だと口走って思い切り怒られたのが今は懐かしい)。
『第八ってことは、もうすぐこの砂漠ともおさらばか?』
『ん、今日中には出られると思う』
『大体一週間ちょっとか。意外とすぐだったな』
『……二週間は過ぎてる。ほんとは五日もあれば出られるのに、デントが変なことばかりするから遅くなった』
『ま、まあ、ベル殿も楽しまれておられたではないですか』
不満そうなベルの機嫌を直すためお腹をもふろうと背後から近寄るが、ベシッと尻尾の手痛い攻撃を貰う。
おかしいな、今まではこれで仲直りできていたのに(捏造)、解せぬ。
『ほ、ほら、レベルもあげたかったし、もう二十七レベルですよ? 進化直前って感じじゃない?』
『デントがふざけずに戦ってたら、もう進化してる』
『あれはふざけている訳じゃなくてだな、俺なりに……』
懇々といかに俺が頑張っていたかを説明するも、返ってくるのは的を射た正論ばかり。
ベルさんには、どうやらロジハラの気があるらしかった。
散々言い負かされた俺は、気分を変えるように『ステータス』と念じた。
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個体名:ローデント=オーヴィーズ
種族名:ヒーリングラット Lv 27/30
状態 :健康
生命力:770/770 ⇒ 1030/1030
精神力:380/380 ⇒ 770/770
攻撃力:24 ⇒ 50
知力 :138 ⇒ 177
敏捷 :33 ⇒ 59
技量 :25 ⇒ 51
運 :161 ⇒ 187
技能:
《齧削》《瘴牙》《静骸》《練気》《鑑定》《癒しの波動》《清めの波動》new!!
特性:
《疫病耐性 Lv2》《飢餓耐性 Lv1》《斬撃耐性 Lv1》new!!《火炎耐性 Lv1》new!!《登攀》《掘削》
称号:
《鼠王の因子》《託されし者》《誇り高き魔物》《運命の反逆者》
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吹けば飛ぶような一桁ステータスの時とは違い、俺は順調に成長を遂げていた。
生命力は驚異の四桁に達しているし、ヒーリングラットという種族のおかげなのか精神力、知力の伸び率が良かった。
このステータスであっても、変わらず周囲には格上ばかりで自信を無くしそうになるが、目に見えて成長が実感できるのは何より嬉しかった。
『ぐへへ、いずれはベルより強くなるのも夢じゃないな』
無意識のうちにそう呟くと、聞き捨てならないとばかりにベルがむっとした表情でこちらを向く。
『それは無理。デントが強くなる頃には、私はさらに強くなってる。絶対負けない』
『口に出てたか……って、いやいやいやベルさん、俺とて神獣の一角、侮ってもらっちゃあ困りますぜ? いつかベルを越すぐらい大きくなって、ベルのピンチにかっこよく駆けつけるってのがオイラの目標なんですぜ?』
『だめ。デントは小っちゃくて弱いからまだ可愛げある。私はデントよりお姉さんだから、もっともっともっとおっきくなって、今みたいに面倒見てあげる』
『いいや、俺のがベルの三倍はでかくなって…』
『じゃあ私は五倍…』
『なんの十倍…』
『百倍…』
子供のように言い争いは続き、第八湧水湖が近付いてきた所でお互いに馬鹿らしくなって、フッと笑って自然と沈黙が訪れる。
ベルが普段は寡黙なこともあり、度々こうして会話が途切れることがあったが、ベルと黙って過ごす時間は不思議と落ち着く感じがして、心地のよい時間だった。
旅をする上で色々と助けてもらってはいるが、正直このただ一緒に居てくれる、ということが何よりありがたかった。
話さずとも、触れ合わずとも、自分の傍に自分を想ってくれる友がいる、こんな幸せなことはなかった。
『あんがとなぁ、ベル。こんな訳の分からん鼠について来てくれて』
そんなことを考えていたからか気が付けば、感謝の言葉が口から漏れ出していた。
ベルは、俺が悪だくみでも考えているのではないかと怪訝そうな表情をしていたが、その表情すら今は愛おしかった。
『……急にどうしたの?』
『いや、なんかふと思ったんだ。ベルが居なきゃこうして湧水湖に辿り着けもせずに死んでただろうし、十中八九魔物にやられてたなぁと思ってな』
『ん、それは絶対そう。デントはかなり抜けてるから』
『……手厳しい限りで、ってそういや、ベルはなんで旅に出ようと思ったんだ? だいぶ反対されてたろ?』
旅は道連れとはいうものの、そういえば肝心のベルがなぜ付いてきてくれているのかを聞いてなかったとそんな疑問を口に出す。
するとベルは立ち止まってほんの少し思い悩んだかと思うと『ん、旅に出る気分だった』とそう呟き、スタスタと湖の方へ歩いて行った。
『(くぅ、かっけぇなぁ)』
どこまでもいなせな返答に心で唸る。
思いもしない予想外の回答ではあったが、俺はその答えをこれ以上ないくらい気に入っていた。
妙な責任感でベルが付いてきた訳ではなかったのが嬉しいのもあったし、その自由気ままな姿が俺が思う恰好いい生き様そのままだったからだ。
可愛い顔をして、その生き様は漢の中の漢。
何たる傑物かと、背筋が伸びるような思いだった。
『一生ついていきやすぜ、兄貴っ!』
『兄貴じゃない。それに飽きたら里に帰るし』
『そんなぁ一緒に行きましょうよぉ、あ・に・きっ』
『……ん、分かった、齧る』
『う、うそですよ姫さ……じゃ、じゃなくてベルさん! 冗談だからそんなマジな目で見ないで、怖くてしんじゃう!』
じりじりと無言で近寄ってきた姫様は、か弱い鼠の抵抗を何事もなかったかのようにいなし、ガブッと大きな歯型を鼠に刻んだ。
しっかりと生命力は削れていたが、二匹でじゃれあうこんな旅がずっと続けばいいなぁ、そんなことを思った。




