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【第三章更新中】最弱たる牙の王  作者: 吉 稲荷
驚異の書 一之章 流星より速き者達
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第三節 技巧のレオアルテ

 世界には七つの獣人種が存在する。


 猫人族は、その一角を担う愛すべき獣人種である。

 勤勉を美徳とし、不可視の神速を有するという神獣ベル=エトラピーデに仕えることを至上の喜びとする。


 大別して四つの氏族に分類することはできるが、一族全体を通し、その性格は生真面目にして、勤勉。

 努力を怠ることを何より嫌い、彼らの瞬脚は音すらも置き去りにして、助けを求める弱者の元へと駆けつける。


 本節では、猫人族随一の技術力を誇る氏族『レオアルテ』の者達と初めて触れ合った際の体験談をもととして、彼らの驚くべき生態や文化を取り上げてゆく。


 *****


 『不死の炎漠』に囲まれたここ、猫人族の里の統治体制を一言で表現するのは非常に難しい。


 ベルを頂とした絶対君主制のようにも思えるが、ベルは猫人達に何かを強いることを良しとせず、必定、なんらかの法やルールを整備することもない。

 であるなら、別の誰かを代表者と定め共和制をとるか、里全体で意見を出し合う民主制のような体制をとるか、複数人を選出して議会統治制のような体制をとるかしそうなものであるが、流石異世界、彼らはその常識を簡単に覆す。


 驚くべきことに、彼らはそもそも()()()()()()()()()のである。


 統治という言葉を簡単に言い換えるのであれば、『誰かが誰かを管理し、一定の秩序を保つこと』である。

 その『誰か』には、赤子も大人も、善人も悪人も、人ですらない鳥獣なんかも含まれるわけであるが、それらを何の制限もなく一緒くたにして果たして秩序ある生活が送れるであろうか?


 答えは当然『否』であり、我々人という種は法律という素晴らしい英知でもって、その難題を解決してきた。


 しかし、彼ら猫人族はその英知の結晶である法律が必要ないという。


 一体全体どういうからくりだと、頭を悩ませるがその答えは至ってシンプル。

 彼らは等しく善良で、子供のように純粋だからである。

 逸脱した思考を持つ者が存在せず、全ての猫人族がベルを信仰し、全ての猫人族が他者を思いやって行動するのだ。

 そこに管理が必要とされるだけの『誰か』は存在しないし、管理されずとも彼らは美しいほどの秩序を保ち続ける。


 ほぼ全ての人類が願ってやまない『世界平和』すら、彼らにとっては考えるまでもない『ごく当たり前の造作もないこと』なのである。


 ……などと大層なことを言ったはいいが、そんな愛すべき善良な猫さん達だって時に間違いを起こすことはあった。


 子供の時分に勢い余って誰かの大切な物を壊してしまうこともあるし、善良が行き過ぎた結果、無理をし過ぎて周りに迷惑を掛けてしまうこともある。


 じゃあそんな時、彼らがどうするのかといえば、そこでようやく法律とも呼べない彼らなりの『決まり事』の出番がやってくるのだ。

 そしてその唯一の決まり事こそが『ダメな事をしたら、反省部屋で大人しくする』なのである。


 何をそんな幼い子供みたいな……と思うかもしれないが、これが意外と猫人族という種族にとって効果覿面の罰則となるようだった。


 猫さん達の性格を一語で表すなら、『勤勉』である。

 その勤勉な彼ら彼女らを最も反省させるための最高の手段、それこそが働きもさせてもらえず部屋でじっとさせられること、なのだそうだ。


 現にこうして、反省室にぶち込まれている虎さん達のお偉いさん方は、この世の終わりのような顔をしていた。


『ゼン爺、何もそんな顔しなくても、ちょっと半日くらいこの部屋で休むだけだろ? 最悪、精神統一でも、鍛錬でもしてりゃあいいじゃねえか?』

『そ、そう仰られても、ここでは何もしないことが我らに与えられた任務。他の者達が我慢している中、儂らだけ抜け道を使うという訳にもいかぬでしょう』

『……なんとも律儀だねぇ。俺はこうしてる分にはちょっと暇だなぁくらいにしか思わんのだが、やっぱゼン爺達にとっては結構辛いのか?』

『はは、不甲斐ないばかりですが、正直かなり辛いですな。五日間寝ずに鍛錬するのとこの部屋で半日過ごすのであれば、間違いなく鍛錬の方を選ぶくらいには厳しい罰なのですぞ、これは』


 えぇ、とドン引きするような目で虎さん達を眺めるが、全員がゼン爺の発言を肯定するように深く頷いていた。

 なんなら、ゼン爺と俺の言葉を翻訳してくれる純白の天使ことベルですら首肯しているのだから、いよいよもって筋金入りである。


『もしかして、喋ったりするのも駄目だったりするか? そうなら黙っとくが』

『む、どうなのでしょうな? 儂らは基本何もしませぬが、世間話程度なら許されるのでは? そもそもお二方はこうしてわざわざ儂らに付き合う必要はないのですから、自由に退室なされても構わぬのですぞ?』

『そう寂しいこと言ってくれるなよ、一緒にフェルジルのおっちゃんに怒られた仲じゃねえか……それに、九割くらい俺がベルを連れ出したせいだしな』

『ん、心配無用。私が外に出たいって言ったからこうなってる。ゼン達は悪くないし、ちゃんと守ってくれた』

『なんと優しきお言葉。儂らとしてはお二方と共に時間を過ごせるだけで、最上の喜びであります……が、如何せんこの部屋は幼き頃より不得手としております故、どうにも調子が出ませぬ。何卒ご容赦を』


 慇懃な応対を崩さないゼン爺を微笑ましく思いながら、俺はこの部屋に入る原因となったフェルジルのおっちゃんのことを思い出す。


 猫さん達に統治は必要ないと言いはしたが、ベルという神獣がこの里の絶対的トップであること自体は何の疑念の余地もない。

 そのトップを『何の許可もなく、急遽予定を変更して、危険度の分からない未知の魔物の討伐戦に参加』させたらどうなるか。


 幼い子供でもお分かりの通り、良識ある大人にみっちり怒られる、のだ。


『(フェルジルのおっちゃん、おっかなかったよなぁ。危うく《静骸》でショック死するところだったぜ)』


 祝勝ムードで感情を爆発させた虎さん達を一睨みで黙らせるあの張り付けたような笑顔、今思い出すだけでも鳥肌が立ちそうなくらい恐ろしかった。

 おかげでこの猫さん達特有の不思議文化に触れられたので、結果的には良しとしているが、あんなおっかないおっちゃんを見るのはもう勘弁したい所である。


 と、そんなことを考えていると影が差したのか、何者かがこの反省室に近付いてくるのを手足が感じ取った。

 ベルやゼン爺達もその気配を察したのか、皆でじっと扉を眺めていると、コンコンというノックの音が部屋に響き渡り、来訪者が扉越しに何かを言った。


『……料理、持ってきた』


 扉が開き、入口から漂う香ばしい匂いに食欲をそそられながらも、俺の関心は多くの仲間を引き連れた一人の猫さんに釘付けとなっていた。


 ここ三日間様々な猫さん達を見てきたが、その猫さん達とは全く違う、言ってしまえば獅子のような立派な鬣を持った猫さんだったのだ。

 大まかな身長や体型はほぼ黒豹さんや普通の猫さん達と違いはなく、明確な違いはその特徴的かつ立派な小麦色の鬣のみ。雄々しい獅子のような獰猛さは一切感じず、不愛想ながらもどこまでも理知的に光る瞳が印象的な猫さんだった。

 よく見てみれば、後ろに控える猫さん達も同じ種族なのか体毛の色は小麦色で、似た雰囲気を醸し出していた。

 ただ昨日のことで少し怒っているのか、一人残らずその眉間には小さく皺が寄っていた。


『べ、ベル、初めて見るタイプの猫さんなんだけど、なんて人達なんだ? 《鑑定》していいか?』

『《鑑定》はしちゃだめ。ディオン達はレオアルテって名乗ってる。里にある綺麗で凄い物は大体、レオの皆が作ってる。ご飯も凄く美味しい』

『なっ、あのめちゃくちゃうめぇ飯は、この人達が作ってたのかっ。どうして今まで顔を出してこなかったんだ? ってかどう見ても怒ってるよな? やっぱベルを連れ出したのがまずかったか?』

『レオの皆は器用なのにちょっぴり人付き合いが苦手。普段も仕事場から滅多に出てこない。今も別に怒ってない、多分緊張してるだけ』


 ベルは慣れた様子で、ディオンと言っていた料理長のような猫人に何度か話しかけ、何とか言葉を引き出そうとするも、ディオンさんは一言二言、言葉を返すだけ。

 やはり怒っているようにしか見えなかったが、ベル曰く緊張しているだけとのことで、そう思って見ると何だかとても可愛らしく見えるのが不思議だった。


『デント、昼からはディオン達の仕事場に行くことになった、いい?』

『ああ、もちろんいいぜ。でも、もうちっと反省室に籠ってなくていいのか? まだ二時間も経ってないぞ?』

『フェルに我儘言っ……色々あって、あんまり時間がない。里の皆に会っておきたいから、食べたら行くことにした』

『お、おう。今おっちゃんがどうとか言ってなかったか?』

『……言ってない』


 どう聞いても嘘をついてる間の取り方だったが、あのベルが嘘を吐かねばならぬ状況ならきっと並々ならぬ事情があるのだろうと察して黙る。

 それに労せずして、ライオンさん達との面会が実現するというのであれば、俺としても願ったり叶ったりである。


 一先ず余計な考え事は差し置いて、彼らが手ずから振る舞ってくれる料理が冷める前に舌鼓を打つとしよう。


『相変わらず、美味そうな匂いしてんなぁ。今日は一日目に食った鳥の料理か? もう一度食ってみたかったんだよな、あれ』

『デントが気に入ってるって言ったから、また作ってくれたんだと思う。言えばまた作ってくれる、どうする?』

『あ~、とりあえずはいいかな。色んな料理食ってみてぇし、ここの飯は全部美味いからな。まあ、ベルのおすすめなんかは食べてみたいかな』

『分かった、そう伝えとく』


 ベルとの会話中もどんどんと配膳は進み、食欲を掻き立てる料理の数々が並んでいく。ベルを信仰していることもあってか、魔物専用の食器やそれらを乗せる膳のような物まできちんと準備されており、俺の目の前には恐らく急遽準備してくれたであろう真新しい膳が置かれていた。


 料理に目を向けると、初日にも見かけた一際美味そうな鳥のサイコロステーキにまず視線が釘付けとなる。

 俺やベルが食べやすいようサイコロ状にカットされた鳥肉に、香草、塩、よく分からない赤い岩塩のような調味料が振りかけられ、シンプルながら絶妙に調和のとれたあの味わいが思い出される。

 続いて、木の実を香ばしくローストしたナッツ料理、里で育ているという根菜類を丁寧に煮込んだグラッセのような艶のある野菜料理、材料以外ほぼ前世と違いのない何かの卵のを使ったたまごスープが並び、トドメとばかりに、程よい甘味を感じるふかしイモモドキのデザートが添えられる。


 見ているだけで口の中から唾液が溢れ出しそうで、いかんいかんと俺は口をキュッと結び直した。


『(この鳥肉が魔物肉って聞いた時はかなり驚いたもんだが、そんなことよりこの赤い岩塩みたいなのがガツンときて美味いんだよなぁ)』


 ベルやゼン爺達が何かを呟いてから食べ始めるの見て(猫さん達はフォークやスプーンのような物を使うようだった)、待ちきれないと心の中で『いただきます』と念じてから、料理に齧りつく。

 想像通り、いや想像を越えてくる深みのある味わいに思わず唸り、一体何がこんなにも味覚を刺激するのだろうかと、純粋な疑問が湧いてくる。

 魔物特有の何かがそうしているのか、はたまたこの赤い岩塩モドキがそうしているのか、真相を確かめるべくガツガツと食べ進めていると気付いた頃には、皿がまるで磨いたようにぴかぴかに光り輝いていた。


 流石に行儀が悪かったかと、ディオンさん達を控えめに仰ぎ見てみると、ほんの少しほとんど誤差と言ってもいいくらい口角が上がっており、気を利かせて追加でお替りを持ってきてくれようとしていた。


『(おぉ、ちょっと嬉しそうだ。俺は一杯食べれて幸せ、ディオンさん達も美味しそうに食べる姿が見られて幸せ。なんと素晴らしい関係だぁ)』


 ディオンさん達の期待の眼差しと絶えず湧いてくる食欲に唆され、腹がはち切れんばかりにお替りをし続けた結果、俺は三皿分もの鳥肉を平らげ、食べ過ぎだとしっかりベルに怒られることとなった。


 *****


『って訳であの赤い岩塩、じゃなくて、魔結晶っつったか? あれが、あの鳥料理の味をぐっと底上げしてると思う訳よ。どうだい、ディオっち?』

『我らとしては今少し分かり辛い感覚であるが、ともするとデント殿のような精霊に近い種族は、魔味を感じやすい、のかも知れぬな。興味深い事実である』

『俺やベルは言っちまえば魔物だからな、それは大いにあるだろうぜ。にしても()()ねぇ、まさか第六の味覚が存在しようとは……料理の世界は奥深いぜ』

『我らからしたらデント殿のいう旨味という味覚の方が驚きである。正直な所、今すぐにでも調理場に戻って、試したくて仕方ないほどであるぞ』

『分かる、分かるぞ。俺も魔味ってやつの真髄を確かめたくてしょうがねえ』


 料理の感想を話す内にすっかり打ち解けた生粋の料理人ディオスことディオっちと熱く議論を交わしながら、俺達はライオンさん達のプライド、もとい職人区画へと足を延ばしていた(まあ俺はディオっちの頭の上に乗ってるだけだが)。


 ディオっち達は最初こそ不愛想だったものの実際に話してみれば、気さくで聡明な猫さん達だった。

 専門分野については並大抵ではない熱意と職人魂を持っているようで、大和男児としては凄く親近感を覚えたものだ。


 そんな彼らとの会話をにゃあにゃあと翻訳してくれている我が相棒ベルは、


『……ディオス達がこんなに喋ってるの、初めて見た。デント、何者?』


 と、あり得ないものでも見るような目で俺の存在を訝しんでいた。


 多分、元から人見知りなのは本当だとして、ディオっち達はベル相手だと余計に緊張してしまって、上手く話せないのだろう。

 百獣の王らしからぬ可愛い所があるではないかとふぁっさふぁさの鬣を撫でまわし、どうかしたのかと不思議そうに首を傾げるディオっちを眺める。

 ディオっち曰く、彼らがこうして人見知りになってしまうのには、生来の気質以外にもその育ち方に要因があるのだという。


 なんでも彼らは、物心ついたその時から親元を離れ、特定の工房へと見習いのような形で働きに行くのだそうな。

 そして、その工房でひたすらに修行を重ね、独り立ちできるまでに成長すれば、自身の工房を立ち上げ、また別の誰かの子を育てていくのだという。


 そのような環境では、友人や家族との団欒の時間は生まれず、自ずとディオっち達は他者との交流を不得意とする氏族に仕上がっていくとのこと。

 本人達も改善する気はあるのか、レオアルテの者達同士では頻繁に会話するよう気を付けているそうだが、他の猫さん達との会話にまでは行きついていないらしい。


『でもよぉディオっち、獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすっつうが何も別の職業に就かずとも、普通に親と同じ職業に就けばいんじゃねぇの?』

『……我々もそう考えているし、実際レオアルテの女性は皆そうしている』

『女性は、ってことは、ディオっち達は違うと?』

『……恥ずかしながら、我らレオアルテの男は酷く負けず嫌いなのである。例えそれが親子、兄弟であろうと優れた技術を持っていれば挑まずにはいられない。だから、せめて肉親で競い合わないよう今のやり方となっている、と教わった』

『なるほどねえ、根っからの職人気質って訳か』


 ふむふむと頷きながら、やっぱり色んな生き方の猫さん達がいてこの里は面白いなぁと実感する。

 特にこれといった予定もないし、しばらくここにお世話になろうかなと本気で思案していると、不意にディオっちが立ち止まり、目の前にかなり規模の大きい石造りの建物が立ちはだかった。

 まるで巨大なピザ窯のように丸みを帯びたその建物は、やはりというか薄い青色のレンガで構成されており、建物の奥には反射炉のような細長く角ばった煙突からモクモクと煙が立ち上っていた。


『姫様、我が弟ディオニスのガラス工房にございます。この度はこのような貴重なお時間をいただき…』

『デントと話すみたいに普通に喋ってほしい。後、どうせデントと遊びにくる予定だったし、お礼はいらない』

『……はっ。出過ぎたことを申しました』

『別にディオスを責めてる訳じゃない……私もレオの皆に会いたかった、直接言うのが恥ずかしかったからちょっぴり誤魔化しただけ、ごめん』

『い、いえっ、我が至らぬだけであるゆえ、姫様が謝られる必要など…』


 何のための建物なのか一刻も早く中を見てみたかったが、何やらディオっちとベルがほんのり気まずそうに会話を繰り広げていた。

 俺との会話ではスムーズに話せていたが、信仰対象であるベルとなると勝手が違うのか、ディオっちも極度に緊張してしまう様だった。

 まあ、規模は違えど国の象徴と小粋な会話を繰り広げるなんて、前世で考えても無理に等しいし、人見知りのディオっちがこうなるのもやむなしというものである。


『なあベル、ここは何の建物なんだ? さっさと入ろうぜ、気になって仕方ねえ』


 助け舟を出す様にベルに話しかけると、ディオっちが露骨に助かったと言わんばかりの表情を見せた。

 逆にそれを見たベルは自身の力不足を嘆くように悔しそうにしていたが、質問には答えてくれた。


 どうやらここはディオっちの弟ディオニスさん(呼び方に迷うな、どうしよう)が切り盛りするガラス細工専門の工房とのことだった。

 今日はベルに挨拶するために各職様々な職人達がここに集っているらしく、中に入ると物凄い熱気とは別に人混み特有のむわっとした蒸し暑さが広がっていた。


 一体今までどこに隠れていたんだとそんなことを思うくらいには工房内は職人達で溢れかえっていたが、皆順番にベルに挨拶をしたかと思うと直ぐに外へと出て行ってしまう。


『(挨拶ってそれだけでいいのか? 一言すれ違い様に言ってるだけにしか見えんが……ま、まあ、出て行ったライオンさん達が凄く満足そうだし、いいのか?)』


 一世一代の大仕事を終えたようなすっきりした顔で工房を出ていくライオンさん達を何とも言えない気持ちで眺めていると、一人一人の所要時間が短いこともあってか工房内は次第に閑散としていく。


 しかし、物寂しいということは全然なく、視界に現れる見事なガラス細工に思わず感嘆のため息を零す。


 色味はほぼ透明に近い水色で、食器、窓、小物等々と種類は多岐に渡っていたが、あくまでも量産品という位置付けなのか、一つ一つに目立った個性や装飾は施されていない。

 けれども、それらが何十、何百と整然と並んで、奥にある炉の炎を反射して眩しく輝く様は、初めて『不死の炎漠』に出会ったあの瞬間を如実に思い出すかのようだった。


 ベルの豪邸に飾られていた一点ものの芸術品も随分見応えがあったが、一庶民としてはこの工房の輝きの方が好ましく思え、いくら眺めていようと飽きることはなさそうだった。


「デント殿、皆の挨拶が終わったようである。残るは我の親族の者達のみだ」

「ぷい?」


 惚けたようにガラス細工に心を奪われていると、いくらか時間が過ぎたのか、既に周囲には三人のライオンさん達しか残っておらず、彼らはどことなくディオっちに似た顔付きをしていた。


 言葉数こそ少ないが親し気にディオっちと会話を始めている様子から恐らく親族なのだろうと予想し、ベルに尋ねてみると、ディオっちの弟、父、伯父さんなのだという。

 暗黙の仕来り通り、それぞれ別の職種で働いているらしく、弟のディオニスさんがこの工房で働くガラス屋さん、父のディアスさんがレンガ職人さん、伯父のディエゴさんが金属系の鍛冶屋さんだと紹介される。


 例によって彼らも人見知りを発動させていたが、ディオっち同様仕事の話をすると簡単に打ち解けることができ、脱線に脱線を重ね関係ない話までし始めた所で翻訳大臣のベル殿からストップの号令がかかった。


『デント凄い、レオの皆が普通に話してる。私にもやり方教えてほしい』

『やり方も何も、ディオっち達の仕事っぷりを褒めたり、疑問に思うことを聞いてるだけなんだがな』

『私だって褒めてる。まだ何か秘密を隠してる、教えて』

『ひ、秘密か? そうだなぁ……』


 よっぽどレオアルテの面々と普通に話したいのか、ベルの追撃は止まず、根掘り葉掘り色々な角度から質問を受ける。

 俺なりに真摯に回答しているとベルは満足したのか、早速実践しようとディオっちの家族に親し気に話しにいった。


 最初こそ上手くはいってなかったようだが、段々と話は盛り上がり、何やら全員で協力して徐に何かを製作し始めた。

 ベルが通訳してくれないので、会話の内容は全くわからなかったが、職人たちが己の技術を遺憾なく発揮する様を眺めるのはそれだけで非常に満ち足りた時間だった。


「どうです、デント殿。我が一族も見事なものでしょう?」

「ぷぃ(ああ、最高だ)」


 ディオっちもそう思ったのか、誇らしげに俺に問う。

 もちろんその言葉の意味が分かるはずもなかったが、それでもこの瞬間、俺とディオっちは確かに心を通わせていた。

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