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【第一章完結】最弱たる牙の王  作者: 吉 稲荷
驚異の書 一之章 流星より速き者達
24/39

第二節 猛虎のティグルソルダ

 世界には七つの獣人種が存在する。


 猫人族は、その一角を担う愛すべき獣人種である。

 勤勉を美徳とし、不可視の神速を有するという神獣ベル=エトラピーデに仕えることを至上の喜びとする。


 大別して四つの氏族に分類することはできるが、一族全体を通し、その性格は生真面目にして、勤勉。

 努力を怠ることを何より嫌い、彼らの瞬脚は音すらも置き去りにして、助けを求める弱者の元へと駆けつける。


 本節では、猫人族随一の戦闘力を誇る氏族『ティグルソルダ』の者達と初めて触れ合った際の体験談をもととして、彼らの驚くべき生態や文化を取り上げてゆく。


 *****


 俺が黒豹さん達の所へ遊びに行った翌日、里に来て三日目となるその日、温厚にして可憐と巷では噂される神獣ベル=エトラピーデの堪忍袋の緒が切れた。

 周囲では、神官姿の黒豹さんがどうしたものかとおろおろしており、怒りの発端でもある俺は、酷く申し訳ない気持ちで彼らとベルの会話を眺めていた。


『デントだけずるい、私が二日も部屋でじっとしてるのに昨日遊び行ってた』

『……た、たしか姫様がデント殿を送り出されたのでは?』

『それはデントが一々里の皆にちょっかいかけるから、鬱陶しくて追い出しただけ。一人で遊びに行っていいとは言ってない、ずるい』

『し、しかしですね姫様。まだまだ姫様に会いたいと順番を待つ者達がおりますので、あと二日、いえ今日だけでも…』

『そこはちゃんと考えてある。どうせ皆が会いにくるなら、私の方から出向けばいい。皆も幸せ、私も幸せ、これで完璧、抜かりはない』

『ひ、姫様自ら巡幸していただけるのは、我らとしても非常に有難いのですが、それはそれで感極まって失神する者達が続出…』


 何を話しているのか全然わかりはしないが、ベルが我儘を言って、神官さんが困り果てているのだけはひしひしと伝わってきた。

 時折、ベルからお前のせいだからなと言わんばかりの視線が飛んでくるのが、非常に居たたまれず、俺はもういっそこの空間から逃げてやろうかと、そんなことを企てていた。

 その気配を察してなのか、口論に飽きたからなのか、ベルはまだ何か喋っている黒豹さんをおいて、部屋の外に飛び出し、俺も都合がいいとその後を追った。


『い、いいのかベル? まだなんか話ありそうだったぞ?』

『いい、ちゃんと許可は取った。それより、今日はどこに遊びに行くの?』

『お、おお、そうか……それじゃあ、昨日はフェルジルのおっちゃん達の所に行ったから、今度は虎さん、じゃなかったティグルソルダの皆に会いに行きてぇな』

『ん、わかった。じゃあ、案内するからついて来て』


 勝手知ったるといった様子で得意気に前を歩くベルについて行きながら、既に何度か顔を合わせたティグルソルダの面々について思いを馳せる。


 彼らの特徴を簡潔に表すのであれば、些か情熱的すぎる筋肉お化けといったところだろうか。


 猫さん達の中でもかなりの大柄で、平均身長は恐らく百七十センチ後半は固いだろう。他の猫さん達が、百四十から百五十程度であることを鑑みれば彼らが如何に大きい身体を持っているかが分かる。

 外見は完全に虎そのもので、黄褐色と黒縞のもふもふを有しており、年をとればとるだけ黄褐色の毛の色素が抜け、白虎のような見た目に近付いていくらしい。

 黒豹さん達とは打って変わって、ごつごつした筋肉を持つ猫さん達であり、一度試しに触らせてもらった時には岩でも触っているのかと思う程のカチカチ筋肉を保持していた。

 総じて暑苦、んんっ、情熱的な猫さんが多いこともあってか、声のボリューム調整を苦手としており、ベルはほんのちょっぴりだけ苦手に思っているようだった。


 とはいえ、彼女の中で大好きな里の皆という枠組みから外れることはないのか、嬉しそうにてしてしとベルはご機嫌にどこかを目指して歩いていた。


『なぁベル、どこへ向かってるんだ?』

『ゼンのとこ。里の皆の訓練所? みたいな場所がある』

『ほぉ、なるほどなるほど。虎さんたちはやっぱりあの体格を活かして、戦士みたいな職に就くことが多いのか?』

『ん。ティグルの皆は全員戦う人になる、例外はない。皆戦うのが好きだし得意。後声が大きくてうるさい。ほら、もう聞こえるでしょ?』

『特に何も……いや、確かに遠くから、なんか聞こえるな』


 耳を澄ましてみれば、里の中心であるベルの豪邸からまだそう離れていないにも関わらず、『セイッ!! ハッ!!』と綺麗に揃った掛け声が聞こえて来ていた。

 もうしばらくその声に向けて歩くと、ある一線から急に民家がなくなり、小さな砦のような石造りの建物だけがぽつんと居を構えていた。


『おお~、訓練場というかもう砦だな。ってか、やっぱり猫さん達でもうるさいのは嫌なんだな。てっきりそういう文化なのかと思ってたぜ』

『うるさいものはうるさい。何度言っても直らないから、皆諦めてる……既にちょっと行きたくなくなってきた。やっぱり別の所行く?』

『まあまあそう言わず、行こうぜベル、なっ? なっ?』


 大声にげんなりしているベルを後ろから押し、中へ入るよう急かす。すると、ベルは耳をぺたんと折り曲げ、極力音が聞こえないようにしてから、のそのそと砦に入っていった。

 俺はその後ろからこそこそついて行くと、思ったより薄い石壁を越えてすぐ、圧巻の光景を視界に収めることとなる。


『大盾っ、構えええ!!』

『『『ハッ!!』』』

『斧槍っ、振り下ろしっ!!』

『『『セイッ!!』』』

『横薙ぎいい!!』

『『『セイッ!!』』』

『刺突、継続っ!!!』

『『『セイッ!! セイッ!! セイッ!!』』』


 真っ白に染まった体毛以外に全く老いを感じさせない上官らしき虎さんの号令に従い、数百は下らない(千人近く居そうだ)若々しい虎さん達が一つの生命体のように掛け声をあげ、体長を越える斧槍を軽々と振るう。

 一糸乱れぬ動きとはまさにこのことで、俺はその崇高な型稽古をただ茫然と浴びるように眺めた。

 一方、ベルはこの轟音をあげる生物を直ぐにでも止めたかったのか、上官さんに近付き、驚きを見せる彼らを差し置いて、何かを伝えていた。


『総員中止っ!! 姫様の御前である!! 最敬礼っ!!』

『『『ハッ!! 我ら、猫人の誇りに、捧げぇ槍ッ…』』』

『ちょっとうるさい、静かに訓練を続けてて』

『『『『……!!』』』』

『……ゼンまでしなくていい、ちょっと話があるから来て』

『……!!』

『ゼンは喋っていい……もう、ほんとにお馬鹿なんだから』

『ハッ! 仰せのままに、姫様っ!』


 上官さんの掛け声で、虎さん達が一斉に傅いたかと思うと、ベルが遮るように鳴き声をあげ、気迫だけで返事をした虎さん達が再び訓練を始めた。

 虎さん達は喋っていないのに何故か喧しく、迸る熱気をビシバシと感じていた。


 そんな姿を眺めていると、ベルは上官らしき白虎さんを俺の元に連れてきて、満足気な(かわいい)顔をして、静かに佇んだ。……いや、ベルさん急にそんな偉くて強そうな軍人さんを連れてこられましても、反応に困るのだが。

 俺は少しばかり戸惑いつつも、聞きたいことはそれなりにあったので、ベルに通訳をお願いしながら白虎さんに話しかける。


『凄い統率力でしたぜ、ゼンさん。俺はここ数日お世話になってるローデントってんだ、よろしくな』

『ええ、フェルジル殿から話は聞いておりますよ。姫様の御友人で誇り高きオーヴィーズの神獣様であらせられると。神獣様からのお褒めの言葉とあらば、皆も喜ぶでしょう。それと、儂にさん付けなどは不要ですぞ、ローデント殿。ゼンでも、じいでもお好きなようにお呼びくだされ』

『お、おう、神獣ってのはまだしっくり来てねえが、遠慮なくゼン爺って呼ばせてもらうぜ。それでなんだが、偉く訓練に気合いが入ってるみたいだったが、大規模な演習でもするのか?』


 軍人気質とでもいうのか四角四面としたゼン爺の振る舞いにややあてられつつ、俺は先の見事な訓練について尋ねてみた。するとゼン爺は、ベル経由で伝えられた言葉に少し疑問を覚える素振りをみせた後、矍鑠と言葉を紡いだ。


『訓練? ……ああ、出撃前の準備運動のことですかな?』

『じゅ、準備運動なのか、あれが? 実際の訓練はどれだけ……って出撃前って言ったか? ど、どこかと戦争でもするのか?』

『いえいえ戦などではありませぬよ。ここ最近、妙な魔物の集団が里の者を襲う事例が何件か発生しておりましてな。里の女子供に被害が出る前に、早々に駆除してしまおうという話が出ておるのです。そうした仕事は我らティグルソルダの大馬鹿者が得意としておりますゆえ、こうして出撃の準備をしておったのです』

『なるほどねえ、そういや昨日も怪我した猫さんが、んんっ、べ、ベルこれは伝えなくていいからなっ?』

『ん? 別にいいけど、なんで?』

『いや、まあ、あのあれだ……そんなことより、出撃について行っていいか、訊いてみてくれないか? な、なんか面白そうだろ?』


 危うく自らの首を絞め落としかけ大いに焦り散らかすが、優秀な同時通訳者ベル殿はあまり疑念を持たなかったのか、穏便に事が進む。

 ベルが何かを伝えると、それを更にゼン爺が兵士達に伝え、大地が揺れるほどの歓声が沸き起こる。

 中には感涙の涙を流し、漢泣きをする者まで現れていた。


 予想となるが、神獣であるベルが出撃について来てくれることが彼らにとって余程嬉しかったのだろう。

 当のベルはというとその歓声に対し、迷惑そうに耳を折り曲げ、可愛らしい抵抗をしていたが。


『ベル、聞くまでもなさそうだが、付いて行けそうか?』

『ん。私とデントのことは死んでも守るって皆言ってる。私の方が強いから無理しなくてもいいのに』

『……ベルさん、思ってもそれは絶対言っちゃだめですよ? こう、漢として大切な何かがへし折られる気がするので』

『分かってる、言わない。それに、ティグルの皆は協力したら物凄く強い。デントじゃ多分、百匹居ても敵わない』

『あのベルさん? そりゃあ負けて、当然っちゃ当然なんですが、俺への細やかな配慮というものをですね……』


 小鼠の抗議の声は、地響き混じりの歓声に掻き消された。


 *****


 虎さん達、約数百名という過剰過ぎる護衛部隊を引き連れ、俺とベルは何気に初めてとなる六大魔境の一角、『不死の炎漠』へと足を踏み入れていた。


 遠目に見ると万遍なく蒼い炎が噴き出しているように見えていたが、近付いてみると案外そんなことはなく、虎さん達が十人横並びで進めるくらいには、砂漠の炎は間隔が開いていた。とはいえ、無数に偏在することに変わりはなく、虎さん達は炎を避けるようにうねうねと細長く、その隊列を維持していた。


 事前の宣言通り、俺とベルのいる隊列中央には砂粒一つ通さないと言わんばかりの徹底した護衛っぷり。

 少しレベルをあげようかなどと考えていた俺の目論見は完全に外れていた。


『いやあ、とんでもないなコレは。ベルの言う通り俺が百匹居ようと無理だわ。てか、なんならベルでも()()を越えるのは無理なんじゃねえか?』

『……無理、ではない。けど、戦いたいとも思わない』


 魔物として強さに対してはプライドがあるのか、ベルが負けを認めることはなかったが、そのベルをして戦いたくないと思わせるだけの軍隊。

 彼らの戦闘技術、いや()()()()はそれだけ卓越した練度であった。


 凡そ戦術と呼べるだけの複雑な動きは取らず、彼らが行うのはたった一つ。

 『大盾で守り、斧槍で反撃する』、ただそれだけだった。


 一体どのような訓練をしているのか、傍から見ると彼らは数人で集まって大盾を力一杯ぶつけ合っているようにしか見えなかった。

 もちろんファランクスのような洗練された密集陣形では決してなく、ただ虎さん達が思い思いに横並びになって盾をぶつけ合うだけのそれである。

 だのに何故か一つ一つの大盾の隙間は見当たらず、それこそ砂粒一つ通さぬ城壁の様に全ての攻撃を弾き返すのだ。

 城攻めには通常三倍の兵力差が必要だというが、虎さん達の牙城を崩すには、五倍かそれ以上の圧倒的な力が必要そうだった。


 加えて、最も恐ろしいのが、数百名全てがそれを()()()()()()()()であるという事実だった。


 彼らは、何故か身の丈もある()()()()()を、常に背負って行軍していた。

 無論、鎖帷子を着て、大盾、斧槍を両手に装備した状態で、である。


 最初に見た時はそのあまりの脳筋っぷりに言葉を失ったが、その運用方法を見た時はもはや訳が分からなかった。


 あれはほんの少し前、二メートルはあろうかという大猪が突如現れた時のこと。

 複数人で一緒に守ればいいものを、何をトチ狂ったのか一人の虎さんが斧槍を地面に放り捨て、背負っていた大盾を持ち出して、左右両方で一枚ずつ大盾を構え始めた。そして大猪も斯くやと言わんばかりの速度で走りだしたかと思うと、当然大猪と大激突し、なんと一人でその猛突進を受けきったのである。

 しかもその後当たり前のように大猪を両手に持つ鈍器で撲殺し、血塗れの笑顔でこちらに向けて『安全ですからね~』と微笑みかける余裕さえ持っていた。


 その姿は動物好きとしてほぼ全ての動物をこよなく愛するこのローデント様を以てしても、『こっち見んな、あんたが一番怖えよ』と思わず後ずさる程、恐ろしいものだった。


 そんなこんなで、俺とベルはこうして穏やかに会話するくらいしか特にすることもなく、獣人種という種族のポテンシャルをまざまざと見せつけられる時間を過ごしていた。


『虎さん達の護衛が完璧すぎて《鑑定》を使う隙もねえ、ってかほとんど魔物が視界に入らねえ……ほんと、ベルと友達になれてつくづく幸運だったぜ、こんな筋肉集団に襲われた日には、もう土の中から出られなくなってるぞ、これ』

『いつもはもう少し大人しい……と思う。多分、私達がいるから張り切ってる。皆、可愛いところある』

『これを可愛いと表現できるその胆力に、俺は脱帽だよ……にしても、やっぱ俺ってこの世界で相当弱いよなぁ?』

『デントは生まれたばっかり。弱いのは当然、これから強くなっていけばいい』

『ベルぅぅ』

『まあ、ちょっと弱すぎる気もするけど』

『ベルぅぅ? 慰めるならちゃんと最後まで慰めてね? 心の声がちょっと漏れてるよ? 俺の気のせい?』


 問い詰める様ににじり寄るとベルはすっと視線を逸らす。

 どうやら気のせいではないようだ。


 しかし、それだけでもなかったのか、ベルの向いている上空の方から、黒い巨大な塊が飛来してきていた。


『なんだありゃ、デカい鳥? ……いや違うな、大量の虫かっ!?』

『……凄く気持ち悪い感じがする』

『? まあ、確かに見てて気持ちのいいもんじゃねえな』

『そういう意味じゃない。分かんないけど、あれ普通の魔物じゃない。近付いたら《鑑定》して、デントは私が守る』

『お、おう、任せろ』


 あまりに男らしいベルのセリフに心臓が高鳴りそうなるが、ふざけていられる状況でもなさそうだったので、即刻頭を切り替える。

 群れから外れて近付いてきた一匹の虫に狙いを定め、当たり続けるまで脳内で《鑑定》を発動させまくる。


-------------------------------------------------

個体名:(なし)

種族名:ヴァンピィフライ Lv 1/30

状態 :魅了、飢餓、火傷


生命力:96/140

精神力:140/140

攻撃力:15

知力 :11

敏捷 :21

技量 :13

運  :9


技能:

(なし)

特性:

(なし)

称号:

《禁忌の子》《女王の下僕》

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 自分以外に初めて見る一桁ステータスの弱者に親近感を覚えるも、どう見ても尋常ではなさそうなステータスに思わず眉を顰める。


『ヴァンピィフライって魔物みたいだぞ、ベルっ! 気持ち悪ぃことに技能も特性も何もねえのに、称号だけは《禁忌の子》《女王の下僕》って碌でもなさそうなのが二つもついてやがる。飢餓と火傷でほっときゃ死ぬが、魅了っつうよく分かんねえ状態異常にもなってやがるっ。こいつらは弱ぇが、もしかしたらどっかに女王個体が隠れてるかもしんねえ、気を付けろっ!』


 何から伝えるべきか、僅かに悩んだがどれが決め手となるか分からない以上、感じ取った違和感は全てベルに伝える。

 ベルは短く返事をしたかと思うと、周囲のヴァンピィフライを一瞬で蹴散らしてから、指揮官であるゼン爺の所に報告に行った。

 十秒もしない内に、ゼン爺の怒号が砂漠に響き渡り、細長い隊列を取っていた虎さん達が俺の元へと集まり始める。

 そこら中にある炎はどうするのかと思っていると、大盾で力任せに砂ごと弾き飛ばしていた。


『す、すげぇ、全く真似できる気はしないが一応消せるんだな、あの炎』

『デント、しばらく私と一緒に大人しくしてて』

『お、ベル戻って来たか。あのくらいなら全然やれるぜ? 戦わないのか?』

『んん、戦わない。私は戦っても余裕で勝てるけど、もし掠り怪我でもしたら、ゼン達が切腹しかねない。あの数相手に少しも怪我しない自信、ある?』

『な、ないです。大人しくしときます』


 経験値チャンス逃したかとか、猫さんにも切腹の概念あるんだとか、下らないことを考えるだけの冷静さを取り戻しつつ、ベルに言われた通り大人しく周囲を囲む虎さん達の邪魔をしないよう縮こまっておく。

 俺だけならともかく、ベルの玉体に瑕でもつこうものなら、ゼン爺達はマジで切腹しかねない、というか絶対するという変な信頼さえあった。


 先程とは打って変わって、きちんと人数配分を考慮した密集陣形を組んだ虎さん達にガチガチに守られ、眼前が逞しい筋肉で薄暗くなる。

 途轍もない安心感の中、俺とベルは魔物の気配がなくなるのをひたすらに待った。何もできないのがどうにもムズムズしたが、幸いなことにその時間はそう長くは続かなかった。


 十数分後、戦闘音が聞こえなくなるとほぼ同時にゼン爺が恐らく散開の合図を出し、外の景色が見れる程度には隊列に隙間が生まれる。

 砂漠一杯に広がるヴァンピィフライの死骸に思わず、うっと何かがこみ上げる中、少ししてゼン爺がベルへの報告のために現れた。


『姫様、ご教授いただいた通り、女王らしき個体を討伐したところ、奴らは散り散りに去ってゆきました。数日ははぐれ個体に用心する必要はあるかと思われますが、奴らは元より凍て地の魔物。この熱砂では長生きはできますまい』

『ん、お疲れ様。見ての通り、私にもデントにも傷一つない。やっぱりティグルの皆の戦いは力強くて、凄いかっこよかった。帰ったら皆を褒めてあげて』

『ぬぅぅ……なんと、なんと心沸き立つお言葉。この老骨、姫様からのこの上ない賛辞、しかと胸に刻みました。まっこと僭越ではあるのですが、この感動を今すぐみなに伝えて来てもよろしいですかな? どうにも儂一人では昂ぶりが抑えられそうにありませぬ』

『……別にいいけど、あんまり騒いじゃだめ。他の魔物が寄ってくる』


 戦勝を祝ってなのかゼン爺が何かを叫ぶと、虎さん達は武器を投げ捨て、ベルに向かって一斉に膝をつく。

 そして、ここが魔境であることすら忘れて、長々と形式ばった挨拶のような言葉を唱和し始めた。


 意味こそ分からなかったがそれがベルを讃えていることだけはバシバシと伝わり、熱砂すら越えかねない余りの熱量に思わずベルを仰ぎ見て、反応を伺う。


『べ、ベル? た、戦いで傷一つついてなかったのに、興奮して失神してる虎さんが結構いるぞ? ゼン爺は、虎さん達はなんて言ってるんだ?』


 唱和が終わると、いよいよ感情が爆発したのか、多くの虎さん達が武器を抱えて、周囲に見える魔物という魔物に向けて走り出す。

 一人で動いて怪我しなければいいがと微かに心配が過ぎるが、そんな心配は必要ないとばかりに、鎧袖一触、触れる魔物を瞬く間に砂漠の染みへと変えていく。

 辺りには恍惚そうな表情で倒れ伏す虎さん達と二匹取り残された俺とベルだけが残されていた。


『……ほんと、お馬鹿なんだから』


 ベルは呆れたような顔をしつつ、手のかかる子供を見るような目でそんな彼らを優し気に見つめ、小さくそう呟いた。

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