エピローグ 相棒
旅立ちを祝うように空には雲一つない青空が広がり、燦々と輝く太陽が大地に命の熱を吹き込んでいる。
そしてそんな中、太陽さえ霞むような熱量で声をあげる集団が居た。
『いやあ、愛されてますなあ、ベル殿~』
旅立ちを惜しむように後ろを振り返ると、大勢の猫人族がベルの門出を千切れんばかりの声量で見送っている。
ごった返す人で、番所の辺りは大変なことになっていた。
『皆、大げさ。でも悪い気はしない』
そう言ってベルは嬉しさを隠そうともせず、尻尾をぴんと立てて、その先端をふりふりとご機嫌に揺らしている。
異世界でも、猫の喜び方は変わらぬらしい、と小さく微笑みながら、止まらずに歩くベルの背中について行く。
『ベル、か』
短い間ではあったが、彼らの言葉でたった一つ俺にも理解できた言葉があった。
それは目の前を歩く神々しい白猫の名前である『ベル』という言葉であった。
なぜか愛おしく感じるその名前を、彼らは口々に嬉しそうに呼ぶのだ。流石の俺でも一週間も聞き続ければ、それが彼女の名であることは直ぐに分かった。
『どうかした、デント?』
『え? ああ……いい響きの名前だなとふと思ってな』
『ん、私もこの名前が好き。お母さんがくれた大切な名前だから』
俺に呼び止められたとベルは思ったのか、こちらを振り向いてそう答える。
余程嬉しいことだったのか、喉を鈴のようにごろごろと鳴らしており、顔も種類も全然違うはずなのに、その様子が不思議と前世で飼っていた愛猫を想起させた。
『…………鈴、そうだ鈴だっ……どうして忘れてたんだか』
電流が走る様に前世の飼い猫の名前が頭に蘇り、訳の分からない独り言を呟く俺をベルが不思議そうに見つめていた。
ベルの手前、涙こそ流さなかったが、懐かしさと愛しさが溢れ、放っておけば涙が流れ出しそうだった。
『デント、大丈夫? 変な顔してるけど』
『ああ、平気だ……ベルのおかげで、大事な、大事な家族の名前を思い出せたんだ、本当にありがとうな』
『どういた、しまして?』
状況が分からないのかベルは困った様子で俺を見る。
俺は誤魔化す様にベルの前へと走り出すと、頬を濡らすしょっぱい水を吹き飛ばしながらぷぃーっと想いを乗せないただの鳴き声を上げた。
『(なあ鈴、いつもの窓際でのんびり日向ぼっこしてるか? 僕はこっちでも精一杯生きているよ。鈴と居た頃とは違う意味で色々と貧弱だけど、それでもこうして生きているよ。鈴にもう会えないのは凄く凄く寂しいけれど、君が元気でいるのならそれ以上に望むことはない。ああでも、母さんも父さんを元気付けてくれると嬉しいな。きっと、隠れて泣いているだろうから)』
誰に届くはずもない俺の独白に応えるよう、『んなぁご』と聞き馴染みのある猫の鳴き声が鼓膜を確かに震わせる。
バッ、と後ろを振り向いて声の主を探すが、もちろんそこにはベルが立ち止まっているだけだった。
『……なあベル、今、声出したか?』
『? 私は別に喋ってないけど、デントが走り出して奇声をあげただけ』
ベルが壊れたおもちゃを見るような憐みの目で俺を見るが、今はそんなこと気にしている余裕さえ微塵もなかった。
空すら飛べそうなふわふわとした感情が、体の中で爆発しそうなくらい駆け回っていたのだ。
『……ふふっ、そうか、鳴いてないか。ははっ! そりゃあ傑作だなぁ、おい!』
『デント、普段もおかしいけど、さっきから特に変。ワクワクし過ぎておかしくなった?』
絶えず放たれるベルの暴言も、今はどこか清々しい気分で受け入れる。
溢れ出す感情に任せて地面を蹴り、くるんっと振り向いて、鳴き声をあげる。
『さあ、相棒達、旅に出ようぜっ! 冒険の始まりはすぐそこだっ』
目の前にいる頼りがいのある相棒と遥か遠く異世界の空の下にいるであろうもう一匹の相棒に対し掛け声をあげる。
「……ニャ」「んなぁ」
呆れたような二匹の鳴き声が聞こえたような、そんな気がした。




