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【第一章完結】最弱たる牙の王  作者: 吉 稲荷
第一章 最弱の魔物、異世界を往く
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第一話 始動

『え、臭っ』


 短い前足を器用に使い、細く尖った鼻を必死に覆う。

 外から見る分には非常にあざとく愛らしいポーズをしていること間違いなしだが、正直そんなことを考えている場合ではなかった。


 柔軟に曲がる首をうねうね動かしながら、自身と周囲の状況を確認する。


 周囲には糞、餌の残骸、寝床らしきものがほんの気持ち程度にまとめられており、新鮮な空気を送り込んでくれる出口は一つしか見当たらない。

 そのことが影響してなのか巣穴には、食物が腐敗した酸えた臭い、糞尿臭、獣臭とが独特に混ざり合い、発達したこの鼻には余りに酷な悪臭が充満していた。


『(臭いは堪えるが、まあ死ぬほどじゃない)』


 鼻を使わないよう口だけでふぅと安心のため息を吐き、こちらを気にした様子もない兄弟らしき五匹の鼠達を眺める。


 兄弟らしき鼠達は現在、夢中で何かを食べていた。

 彼らを観察するに、体長は約十センチメートル程度(自分も同じサイズだから何となくだけどね)。大きな耳に小さな尻尾、灰色な毛と頑丈そうな前歯が特徴的だった。

 人間だった頃に見た図鑑には載っていない種類の鼠のようで、具体的な学名が分からないのが生き物マニアとしては少し悔やまれた。


『(そもそも()()は同じ地球なのか?)』


 当然と言えば当然のそんな疑問を抱く。

 今こうして思考していることもそうだが、いくつか気になることがあったのだ。


 一つ目はもちろん、鼠に生まれ変わった? こと。

 これはもはや云々するまでもないが、おかしな話だった。

 人だった頃、面倒なので前世と呼称するが、前世でそんな事例は見たことも聞いたこともない。人間のような動きをする猫や犬の動画なら死ぬほど見た記憶はあるが、それとこれとは話が別だろう。


 二つ目は、前世の記憶が所々曖昧なこと。

 動物の名前に知識、人生経験やどんな社会システムで生活を送っていたかは思い出せるのに、自分や両親の名前、自分が転生する直前何をしていたのか等、身近な事象に関係することが全く思い出せないのだ。

 現状は大して困ってはいないが、大事に大事に飼っていた愛猫の名前が思い出せないのが、飼い主として辛かった。

 可愛かったことは思い出せるのに不甲斐ないばかりだ。


 そして三つ目、これが一番気になっていることだった。

 何を隠そう、餌を齧る兄弟達の歯が()()()()()()()のだ。

 発光する苔や生き物なんかは前世でも意外と珍しくはないけれど、前歯が発光する鼠はついぞ聞いたことがない(というか、前歯自体が光っているのではなく、前歯を覆うように光が集まっている感じ?)。


『(これらから導き出される結論は一つ。ここ、異世界なのでは?)』


 杜撰な推理ではあるが、不思議な確信がそこにはあった。


 いわゆる最近流行りの、というやつである。


 そうと分かってしまえば、既にやることは決まっていた。

 テンプレ通りの展開とはなってしまうが、()()()()だ。


『ステータスっ!』


 実際はチューチュー鼠が鳴いているだけに過ぎないが、こういうのは気持ちが肝心なのである。

 大きな声を出したからか、兄弟達がこちらを向き、怪訝そうな視線をぶつけてくる。ごめんね、ご飯の邪魔して。


 さて置き、脳裏に浮かぶステータスが全ての疑念を一気に晴らした。


-------------------------------------------------

個体名:(なし)

種族名:レッサープレイグラット Lv 1/10

状態 :飢餓


生命力:41/50

精神力:60/60

攻撃力:2

知力 :105

敏捷 :11

技量 :2

運  :123


技能:

齧削(げっさく)》《弱瘴牙(じゃくしょうが)》《静骸(せいがい)

特性:

《疫病耐性 Lv1》

称号:

《最弱の魔物》《愚かな転生者》《鼠王(そおう)の因子》

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『異世界きたあぁぁ!!』


 早鐘のように脈打つ心臓と共に雄たけびの声をあげる。

 色々と考えるべきことはあったが、ここが異世界なのであれば全ての疑義は意味をなさない。


 鼠なのにカラフルにきちんと見える視覚も、急な肉体の変化に適応できていることも、小さな脳みそで前世と同様の思考ができていることも、アレもコレもソレもドレも何の矛盾もない。


 だって異世界なんだから。


 摩訶不思議な力で何とかなっているに違いないのだ。


『(ふふふ、神様も粋なことをしてくれるじゃあないか)』


 これでまた病気がちな人間にでも転生しようものなら、怒鳴り込みに行ってやる所だったが、流石神様、分かっていらっしゃる。

 名前も顔も分かりはしないが、こういうのは気持ちが大事だ。一応祈っておこう、ありがとう神様。


 やりたいことや試してみたいことが湯水のように溢れてくるが、今は一旦状況を整理しようと自らを落ち着かせ、先程のステータスを思い返す。


『(生命力や攻撃力なんかはいいとして、技能ってなんだ? 特性は多分そのままの意味なんだろうけど、称号まであるし詳細を確認出来たりしないのか?)』


 名前どうしようかなあ、などと薄っすら考えながらも気になる項目を頭で思い描いてみる。


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齧削(げっさく)

 齧り続けることで、あらゆるものを削り取ることができる

弱瘴牙(じゃくしょうが)

 低確率で何らかの異常を引き起こす弱瘴の牙

静骸(せいがい)

 体から発するあらゆる音を消し、静かな骸を装う


《疫病耐性 Lv1》

 疫病に対する弱い耐性を持つ


《最弱の魔物》

 この世界で最も弱き魔物、□□□□

《愚かな転生者》

 極めて珍しい魔物への転生者、知力が大幅に上昇する

鼠王(そおう)の因子》

 鼠王(そおう)の因子を持つ者、運が大幅に上昇する

-------------------------------------------------


 ふむふむ、《齧削(げっさく)》や《弱瘴牙(じゃくしょうが)》は今後生きていくのに十分活用できそうだ。

 兄弟達の前歯が光っていたのは、恐らくこの《齧削(げっさく)》の効果なのだろう。

 《静骸(せいがい)》については、格好良く言ってるだけでただの死んだふりのようだ。熊さんに会った時に使えるだろう(実際、死んだふりすると普通にパクッとされちゃうので良い子の皆は真似しちゃあだめだぜっ!)。


 試しにその場で使用できそうな《静骸(せいがい)》を本能に従って使用してみると、不意に心臓の鼓動が弱まり、ゴリゴリと大事な何かが失われる不快感に襲われ、慌てて使用を中断する。


『(し、心臓を止められるのはある意味凄いけど、本当にいつ使うんだ? 健康診断専用の技能か? でも鼠だし使い道なさそうだよなあ)』


 脳裏に浮かぶステータスを確認してみると、生命力が減少しており、もう二度と使わないようにしようと頭の片隅に追いやっておく。


 技能については何となく理解したので、次は称号について考えてみる。


 全くもって聞き捨てならない称号ばかりであるし、三分の二は悪口であった。

 持っていて損はないんだろうけれど、《最弱の魔物》は文字化けしているのかなんだが不気味な称号だった。

 他二つは普通に有用そうで知力と運のステータスだけ他のものに比べて異様に高いのもこの称号のお陰なのだろう。


『(鼠王(そおう)、ねえ。ゆくゆくは鼠界のキングになれたりするんだろうか)』


 なりたいようななりたくないような微妙な面持ちでしみじみと感慨に耽りながら、残る未知のステータスである種族名について思いを馳せる。


 レッサープレイグラット。

 直訳するなら、劣った疫病鼠、という感じだろうか。


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種族名:レッサープレイグラット


この世で最も弱き魔物。一匹いれば百匹はいると言われ、繁殖力に優れる。食料を食い荒らし、疫病をまき散らすため多くの種族から忌み嫌われている。逃げ場を無くすと仰向けになってショック死する変わった習性がある。

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『……言い過ぎじゃない?』


 多少の手心というか、あってもいいんじゃあなかろうか。

 新たな人生、いや鼠生ハード過ぎやしませんか?


 ていうかショック死じゃねえから、《静骸(せいがい)》っていう立派な技能だからっ。

 多分あれなんだろうな、あんまり知力が高くなくて、訳も分からずそのまま死んじゃうんだろうな、うん。

 頑張って一緒に生きていこうな、兄弟よ。


 餌を食べ終わったのか満足げに寝床に向かう兄弟達に生暖かい視線を向けていると、きゅうと小さくお腹が鳴る。

 あまりの興奮で気付かずにいたが、この身体はどうやら栄養を求めているらしい。

 伊達に状態に『飢餓』と表記されるだけあるようだ(どうでもいいが、風邪を引いたらちゃんと風邪と表記されるのだろうか、だとしたら非常に便利そうだ)。


-------------------------------------------------

状態:飢餓

 死の危険があるほど空腹な状態、生命力が減少し死に至る


生命力:36/50

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 やっべぇ、死にかけてるじゃん。

 ……残ってる餌は、ないよね、うん知ってた。


 兄弟達が競うように食べていたのに残っている訳がない。

 きっと転生したこの個体は餌争いに負けた個体なんだろうな……我が肉体ながらやるせ無いぜ。

 これから腹いっぱいに食わせてやるから、身体を乗っ取った? ことを許しておくれ。


『(見た所餌はなさそうだし、外に出るしかないよなあ)』


 外の世界への不安と期待を込めて再度周囲を見渡し、前世ではほとんど感じることのなかった食欲に突き動かされ、巨大な柱の傍にある巣穴の出口を通り抜ける。


 瞬間、溢れんばかりの光量に目を焼かれて瞼を閉じ、巣穴とは違う新鮮な空気が鼻腔をくすぐる。

 数秒ほどして目が光に慣れ始め、異世界に来て初めての外界を呆然と眺めた。


 頭上には前世より明らかに大きい太陽が輝き、よく見ると薄い半透明の膜のような物が遥か先まで続き、太陽の光を微かに遮っている。気温は暑くも寒くもなく、春の終わりから初夏といった過ごしやすい適温だった。

 見たことのない毒々しい実をつける木々に、生命の気配を感じない静かな大地。空腹に苦しんでいたにしては、随分と豊かそうな森林が視界一杯に広がっていた。


 ふと今出てきた巣穴を振り返ってみれば、人が住むには幾分開放的すぎる小屋(といってもこの身体から見ると巨大である)が鎮座しており、巣穴の中とは違い綺麗に手入れされているのが伝わってくる。


 あれはなんだ、これはなんだと、すべてが新鮮で、好奇心が湧き上がる。気付けば胸中の不安はどこかに消え、期待に胸が膨らみ続けていた。


『せっかくの異世界、全力で楽しむぞー!!』


 まだ名乗る名前すらない小さな鼠は、そうして長い長い旅路を歩き始めた。

 星の数ほどある輝かしい作品の中、皆様にお会いできたこと嬉しく思います。


 初めての小説ではあるものの、拙作はきちんと最終回までの構想を練ってから執筆を開始しております。

 最弱の鼠が最高にハッピーな結末を迎えるその時まで、ごゆるりとお付き合いいただけたらそれ以上の幸せはありません。


 皆様が少しでも笑顔になれるようなそんな物語を描けたらいいなあ、なんて思うのは欲張り過ぎかもしれませんが、地道に頑張っていこうと思います(笑)

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