第十八話 人類との邂逅
ステータスに技能や特性、火を操る蛙や毒を操る蜥蜴、喋る猫ちゃんと摩訶不思議な存在が溢れるこの世界で、俺は既に様々な不思議存在を目の当たりにしてきた。
しかし今、それらと同等、いいやそれ以上の衝撃をもって、とある存在と相対していた。
現在地は、ベルと戦った南の森から数分ほど南下した場所に存在していた町の入口、恐らく番所のような建造物の直ぐ手前にいた。
世界は違えど物理法則と人間の考え方に大差はないのか、一目で番所と分かるくらいには建築様式に際立った違いはなく、意外性という点では少し残念だった。
けれど、木の実の森由来であろう見覚えのあるブナモドキを磨き上げた木材と青みがかったレンガを組み合わせた独創的な美しい建物であることに変わりはなく、ほんのりレトロな感じが却って趣を感じさせた。
この番所の威容を見るに街と呼ぶにはやや小さくと村というには充実していそうな、そこそこ大きな町であることが予想される。
伐採所がある以上何らかの人里はあるだろうと思っていたが、まさかこんなに至近距離かつ大規模とは思っておらず、それなりの驚きがあったが正直それどころではなかった。
拓けた森の奥、太陽を遮っていた半透明の膜の先に、目を見張るような幻想的な光景がこれでもかと広がっていたからである。
それを一言で表すなら、『燃える砂漠』だった。
直喩でも隠喩でもない、文字通りに燃える砂漠だ。
地下から可燃性のガスが常に噴き出し続けているのかと思うほどに、その砂漠は燃え盛っていた。
周囲を青く染め上げるその優美な炎は、ただでさえ高温そうな砂漠の熱砂をガラスのような何かへと変貌させている。
そして、そのガラスが冷え固まって所々に散りばめられ、蒼炎をステンドグラスのようにキラキラと反射し、幻想的な景色をこの上なく高尚なものへと押し上げていた。
周囲には燃えさかる炎鳥やマグマのような粘性生物、ふわふわと仄かに輝く浮遊生物などが散見され、今すぐ近寄って至近距離で観察してみたい欲求に駆られていた。
この身体が貧弱でさえなければそうしていたが、我は力を持たぬ悲しき鼠。
何とか衝動を抑え、あの膜やガラスはなんなのか、どうして砂漠が燃えているのか、植生は生態系は科学は原理は一体どうなっているのか、矢継ぎ早にベルに問いかけているところだった。
ベルも最初こそ答えようと努力してくれたが、次第に喋るのが面倒になったのか、ぷいっと顔を背けられてしまい、ただただ観察をして、しばらくの時間を過ごしていた。
『はぁ……ほんっっとにきれーだなあ。燃える砂漠だぜ、燃える砂漠。温度の違う炎のコントラストといい、あのガラスといい、記念写真が撮れないのが悔やまれるぜ。なあベル、やっぱ近くで見に行っていいか? ちょっとだけだからさ』
『……』
『無視は酷くないですか、ベルさん? 聞いてる?』
『……聞いてる。聞いてて無視してる』
『よ、余計に酷くない?』
『だって、デントが何言ってるか分かんない。生まれてから飽きるくらいずっと見て来たし別に綺麗とも思わない。それにこの会話、もう三回目』
『あ、あれそうだっけ? な、なんかごめんね、テンション上がっちゃって』
『ん、分かればいい。でも次おんなじこと聞いてきたら流石に齧る、覚悟して』
女神ベル殿の懐の深さに感謝しつつ、ハイッ、と上擦った声をあげ、敬礼する。
どの部位を齧ろうか、真剣に品定めをするようにこちらを見ていたからなどでは決してない、純粋な敬意からである。
そこからはさしもの俺も不用意に口を開くことせず、ただ惚けたような顔をして幻想的な光景に心を温めていた。
すると、随分と敏感になった短い四つ足が何者かの接近を感じ取り、僅かばかりの緊張が走る。
『(初の人類とのご対面か、ちょっと緊張するな。ベルは大丈夫だって言ってたが、ほんとに大丈夫だろうか? 今や害獣ではなくなったが、逆に超高価なペット魔物になったんだよなあ。密猟とか警戒した方がいいだろうか)』
あれやこれやと心配をしているうちに凄まじい速度でその人間、いや、猫と人間の中間ような二足歩行の生物は俺達の前に姿を現した。
『おお、これが噂に名高い』と訳の分からない感想を抱きながら、俺はじろじろと遠慮もなくその獣人を眺めた。
身長は百四十センチ程度と人型にしてはやや小さめな体躯で、皮膚をきっちりと守り抜くように生え揃った真っ黒な体毛がまず目に入った。
続いて、人間とは明らかに異なるネコ科動物特有の脚や腕の骨格、そしてそれらに合わせてぴったり作られた革製(魔物の革なのだろうか?)の軽装備と衣服が映り、殊更に好奇心を刺激する。
身長は低めにも関わらず、どこかすらっとした役者のような印象を受け、全体を通して非常にしなやかそうな印象を受けた。
人間を一、猫を十として十段階評価で獣度を表現するなら、大体七くらいだと言えるだろうか。
ぜひとも体毛がどんな感触か確かめてみたいものである。
現れた黒猫の獣人さんは、一瞬こちらを見て顔を驚きに染めるが、直ぐにベルに向き直ると、最大限の敬意を表す様にその場に傅いた。
なんだなんだとぎょっとしてベルを見るが、特に驚いた様子はなく、ニャーニャーと可憐な声で獣人さんに何かを伝えている。
『(ベルの称号に《信仰されし者》ってあったけど、これはガチの信仰対象っぽいな。よくよく見てみれば柱や壁、旗なんかにベルっぽい生き物が刻まれているし、まあこんだけ神々しい見た目してれば、信仰する気もわからんではないか? 前世でもアニミズム、いわゆる自然物に対する信仰は珍しいことじゃなかったしな)』
ベルが獣人種とも対話できることにこの世界の神秘を感じつつも、暇な時間を使って適当な分析を続ける。
獣人さんはベルの一声で立ち上がったかと思うと、ベルと会話を続け、時折こちらに視線を向けては、驚いたように目を見開く。
反応に困ったので、アクロバティックな一発芸をお披露目していると、呆れたような顔でベルに睨まれたので仕方なく大人しくしておくことにした(我ながら可愛いと思うんだが不評のようだった)。
が、思っていたよりベルと獣人さんの話が終わる気配を見せず、友達が異国の人と別言語を使って会話するのを眺めるようなそこはかとない疎外感を強く感じるようになる。
なんとか、話に混ぜてもらえないかと、獣人さんの足をさわさわしたり(思ったより硬かった)、比較用にベルの横腹をさわさわしたり(噛まれたし、獣人さんには凄く睨まれた)と努力したが、結局話に入ることはできなかった。
ようやく話が落ち着いたかと思ってニコニコして待っていると、今度は明らかに強者の雰囲気を纏った獣人さんの上司らしき別の黒猫、というかもはや黒豹のような獣人さんが音も無く現れ、色んな意味でちょっとした絶望を俺に与えた。
新しく現れた黒豹さんは、どうも目が見えない盲目の獣人さんらしく、固く目を瞑ったままベルと会話を続けていた。
ちなみにその盲目獣人もベルに傅いて挨拶もしており、ベルへの恐怖度が少し上がったのは内緒だ。
『ベルぅ、暇だからさぁ、この人に《鑑定》かけてもいいか聞いてくれよぉ? 大人しくしとくからさぁ、頼むよぉ』
盲目獣人さんとの会話が始まり、例によって長引きそうだったので、俺はベルにダル絡みする。
もちろん、その際にベルをツンツンしようとしたりなどはしていない。しようとしたら、盲目獣人さんの無言の殺気が飛んできたから止めたなんて事実は存在しない。しないったらしない。
『……フェルがいいって。でも、フェルは変わってるだけ。私だったら絶対許可しない。そのくらい嫌な気分になるから使うときは、ほんとに気をつけて』
『へい、重々承知しておりやす、姉御』
『……じゃあ、約束通り静かにしてて』
妙な呼び方に対し、何か言いたげなベルではあったが、話が進まないと思ったのか不服そうにしてから話に戻った。
ベルの態度を見ない振りしつつ返答に気を良くした俺は、本人の許可も得たことだしここは早速、と黒豹さんに《鑑定》をかける。
-------------------------------------------------
個体名:パンテバリエ=フェルジル=エトラピーデ
種族名:猫人 Lv 67/100
状態 :健康
生命力:2290/2290
精神力:1940/1940
攻撃力:231
知力 :196
敏捷 :314
技量 :210
運 :106
技能:
《弓術》《曲刀術》《念話》《獣化》
特性:
《打撃耐性 Lv1》《斬撃耐性 Lv1》《火炎耐性 Lv1》《精霊の囁き》
称号:
《速き者》《暗闇の姫騎士》
-------------------------------------------------
お、おうふ、やっぱめちゃめちゃ強いじゃん、黒豹さん。
ベル程ではないが、俺やフレイムトードくらいなら余裕で瞬殺できそうだ。
人間様にはできるだけ逆らわないようにしようと、固く決心しつつも、ステータスを眺めているといくつか疑問に感じることが頭に思い浮かんだ。
『(レベルの割には技能が少ないな。それに、目が見えてないようだけど、状態は健康なのか。俺が尻尾を焼失した時もそうだったが、完全に欠損したり、機能が停止した場合は、もうステータスに反映されなくなるのか?)』
ふと、どうしても検証しておきたいことが頭を過ぎり、黒豹さんによじ登ろうと足元に飛びかかる。
が、盲目にも関わらず黒豹さんはそれを察知して、スッと足を最小限動かすだけで回避し、何度が挑戦してみるも一向に成功する気配はない。
そんな哀れな鼠を見兼ねてか、ベルがニャアと何かを伝えてくれたようで、俺は黒豹さんの足にしがみつくことに成功し、勢いのまま頭頂部まで登っていく。
『(頭の毛は意外ともちふわなんだ……じゃなかった、《癒しの波動》っと)』
魅惑の触感に一瞬心を奪われそうになるもなんとか正気を取り戻し、本来の目的である黒豹さんの眼球への治療を試してみる。
一応、試行錯誤しながら精神力が半分になるまで《癒しの波動》をかけ続けてみたが、結果は予想通り、特に何の変化もなしといった感じだった。
『(いくら技能とはいえ、欠損部位の治療は不可能、と。レベルアップ時の回復と同じ仕組みなのかねえ)』
技能は徒労に終わったが、検証としてはまずまずの結果だった。それに、黒豹さんの毛はもちふわであることをこうして知ることが出来たのだ、文句など出ようはずもない。
精神力を使い過ぎた倦怠感を癒す様に、見晴らしの良くなった視界と黒豹さんの至高の感触を堪能する。
俺の存在は既に忘れ去られたようで、ベルと黒豹さんは会話を再開させていた。
『(また話長くなるんだろうなあ。色々あるんだろうし仕方ないが、これ以上邪魔すっと本気で怒られそうだしなあ)』
燃える砂漠に沈みゆく夕日を眺めながら、微睡むように心の中で呟く。
今日一日、精神力を酷使したせいか疲れと眠気が限界まで迫ってきていた。
『寝心地良さそうだしもうここで寝るか』と、俺は気遣いのできる鼠として、一人と一匹の会話を邪魔しないよう最高のベッドに横になって、眠りに落ちた。




