第十七話 誤解と和解
第十七話 誤解と和解
俺は転生系鼠、ローデント。
俺は一人で木の実が豊かな森へ遊びに行って、白ずくめのあんちくしょうが不幸にも地面に倒れ伏す現場を目撃した。
白猫を治療するのに夢中になっていた俺は、脳みそを襲う強烈な頭痛に気付かなかったっ。
俺はその頭痛に意識を失わされ、目が覚めたら……。
『体が縮んでしまっていた!?』
たった一つの真実見抜く、見た目は鼠、頭脳は人間っ。
『その名は、名探て…』
『うるさい、起きたと思ったら急に叫ばないで』
「プィ」
ひゅーガチャン、と茶色の重厚な扉が閉まる幻聴を聞きながら、俺は一体何をしていたんだ、と襲い来る衝撃と頭痛に思考を乱される。
周囲を見渡すと、今まで横になっていたのか体についた土を美しい所作で振るい落とす絶世の美人猫がいることに気が付く。サーっと血の気が引いていくのを感じ、逃走を諦め、土下座のようなポーズを取って謝罪を試みる。
『ご、ごめんなさいっ!! 後生だから、食べないでっ』
『別に、そのつもりだけど』
『そうだよね、無理だよねっ、じゃあこの短い尻尾だけで何卒勘弁を……って食べないの?』
『食べないよ、私をなんだと思ってるの?』
『悪辣にして、残忍。可愛い顔をした純白のあく…』
『やっぱ、食べる。ムカついてきた』
『ひ、ひぃ、ご勘弁を、ほんの冗談にございますっ!!』
くわぁと疲れたように欠伸をする白猫、ベルの一挙手一投足にびくびくと怯える。
治療してあげたからなのかなんなのかどうやら本当に食べるつもりはなさそうであった。
安心はしたものの、状況が益々理解できず、頭は混乱の真っ只中にいた。
『(落ち着け、一体全体どうなって、こうなったんだ? 前後の記憶を探ろう)』
俺は今日、母の仇である悪逆の王、白猫を倒しにきた。
惨敗するかと思いきや、ノリと気合いでなんとか奴を打倒し、打倒の瞬間奴が人語(鼠語か?)を解することに気が付き、治療と対話を試みることにした。
しかし、治療に無心し過ぎるあまり、恐らく精神力切れを起こしてしまい、天敵の前で気を失ってしまった。
目の前には完全復活した獰猛な白猫と、か弱い鼠が一匹。
もちろん、何も起こらないはずもなく……。
『た、食べないでぇ! なんでもするからぁ』
『だから、食べないって……そんなに言うなら食べるけど』
『い、いえ、大変有難いお話ですが、今回は遠慮させていただきたいと思います』
『さっきから気になってたけど、何なのその話し方? 覚悟はできたか、猫助野郎、とかなんとか言ってたのに』
『いやぁ、やめて!! シラフの時にそんな冷静に蒸し返さないでっ』
身悶えするようなむず痒さを全身に走らせる。
このにゃんこ物理攻撃力だけでなく、精神に対する攻撃力も並みの魔物とは比にならないようだった。色んな意味での気まずさもあって、これ以上追及される訳には行かなかったので、会話の主導権を握るべく、俺は話を切り出した。
『ええとそれでお猫様は』
『私はベル。お猫様なんて名前じゃない、お母さんがくれた大事な名前がある。貴方の名前は?』
『い、一応、ローデントって名前でやらせてもらってます、はい。ローデントでも、デントでも、鼠畜生でもなんなりと好きな呼び方で読んでいただければ……』
『じゃあ、デントって呼ぶ。後、そんなに畏まらなくてもいい、普通に話して』
『お、おう……そ、それでベルは何ゆえこうして食べもしないのに、俺の様子を見守ってくれてたんだ? 回復させたとはいえ敵同士ではあるわけだし、なんかこう深い理由でもあるのか?』
そう尋ねるとベルは不思議そうにくいっと首を傾げ(かわいい)、少しだけ言葉に悩むようにしてから質問に答えた。
『そもそも、私はデントと敵対していたつもりはない。まさか話せる魔物とは思ってなかったけど、それでもむしろ守ってあげてた』
『……敵対するどころか、守ってあげる? 俺をか?』
『ん、デントは吃驚するぐらい弱い。多分私が居なかったら百回は死んでる』
言葉は理解できているのに、その内容は何一つ脳みそに入ってこない。
自分がどうしようもないほど大きな誤解をしているようなそんな確信が頭を満たすが、間違いというのはそう簡単に認められるものではなく、言い訳するように口は言葉を紡ぎ始めた。
『で、でも俺が、ベルの縄張りに入ろうとしたら毎回現れて威嚇したり……』
『あれ以上先に行ったら、デントは数分もしないで別の魔物に食べられる。別に私の縄張りでもないけど、この森を出たら流石に面倒は見切れない』
『じゃ、じゃあさっきの戦闘は……』
『それは、デントが急に《鑑定》を使ったから。説明はしにくいけど、《鑑定》は物凄く気持ち悪い感覚になる。だから、ちょっとムカついて意地悪しただけ、怪我させないようちゃんと気を付けてた』
『え、でも、それじゃあ……』
あれはどうだ、これはどうだと頭に浮かぶ疑問を次々に並べてみるが、何を言っても完璧に言い負かされ、次第に何も言えなくなってただ閉口する。
勘違い、だったのか。
全部、俺の思い違いでしかなかったのか。
敗北を認めようとした最後の瞬間、一番大事なことを聞き忘れていたことを思い出し、口を開く。
『母鼠に、どうしてあんな仕打ちをしたんだ?』
その質問はよほど痛いところを突いた質問だったのか、今度はベルが閉口する番となった。ベルは、何を伝えようか数十秒の間苦悩し、酷く申し訳なさそうな顔をして、鳴き声をあげた。
『……そのことについては何を言っても、言い訳にしかならない。デントが、どうしても許せないっていうなら、私を殺してもいい』
そう言ってベルは、首を差し出すように、地面に顎を付けた。本当に抵抗する気すらないのか、こちらを見ることさえなく、目を瞑ってじっと俺が動くのを待っていた。
『(恰好いいというか潔いというか……本当にこう、どうしてこの世界の魔物たちはここまで覚悟を決めて生きてるんだよ。俺なんかテンションとパッションだけでテンパりながら生きてるだけだぜ? ほんと、困ったもんだ)』
そこまでされてしまっては流石に鬼の首を取ったように問い詰めるわけにはいかず、ただ純粋にベルがなぜそんなことをしてしまったのかだけが気になった。
『頭をあげてくれ、ベルが気にしてくれてるってのはさっきの言い方でよく分かったよ。言い訳でもいいから、理由を教えてくれないか?』
『……わかった。理由を聞いても、怒らない?』
『ああ、約束するよ、絶対に怒ったりしない。任せてくれ、こう見えて俺の心は大海原の様に広いんだ』
『ん。だったら、話す。一番の理由は、デント達が弱すぎたから…』
『ああん、やんのか猫助野郎っ! こちとら江戸っ子、売られた喧嘩は激安で買い叩くって親の代から決まってるんでぃ!』
丁寧な前振りをされたものだからと、つい興が乗って捲し立ててしまう(誰かと話せるのが嬉しくって……)。
しかしベルには本気で怒っていると思われたのか、しゅんとした(かわいい)顔をされてしまい、少し不服そうにこちらを見ていた。
かくいう俺はというと、それを見て途轍もなく申し訳ない気分になっていた。
『……怒らないって言ったのに』
『ご、ごめんつい出来心で、もう何も言わないから続けて』
『よくわかんないけど、わかった。それで……』
ベルの話をまとめるとこんな感じだった。
ある日、一日ほど森を留守にしていると、普段あまり使っていないベルの家に一匹の鼠が住み着いてしまったという。
別に追い払ってもよかったが、既に作られた巣穴の中には小さな子鼠がチューチューと鳴き声を上げていて、慈悲深い大天使ベルは優しさから見逃すことにした。
しかし、使っていないとはいえ元々はベルの家であり、困ったことに一定の期間を開けて、その家に捧げ物が届くことがあった。無知な母鼠はそれが捧げ物とは露知らず、その供物に食べてしまったという。
捧げ物をくれた者達に申し訳が立たないと困ったベルは、母鼠の前に姿を現し、捧げ物に手を出さないようちょっぴり脅かすことにした。
もちろんその計画は大成功に終わり、母鼠はどこかへ逃げ出してしまった。これで少しは反省しただろう、と満足したベルは数日間ほど家から離れて、様子を見守るが、いつまで経っても母鼠が戻ってこないことに気が付く。
ベルの計画が大成功し過ぎた結果、母鼠は恐怖のあまり巣に戻れなくなっていたのだ。
子鼠達のことを心配したベルは、母鼠を連れ戻そうと森を駆け、ようやく見つけた母鼠に巣へ戻るよう説得した。
ただし、相手は知恵無き最弱の魔物、もちろん話を聞く余裕も知力もあるはずがなく、無謀にもベルの前から逃走を図ったそうな。
また逃げられては敵わないと、軽く母鼠を抑えようとしたところ、母鼠は暴れに暴れ極々僅かにベルの爪が母鼠を引っ掻いてしまい、その際の爪が無情にも母鼠を明日をも知れぬ命へと追い詰めてしまったのだという。
そしてその後は、俺の知る母鼠に繋がったのだ、とベルは話を締めくくった。
話を聞き終わった後、残ったのは得も言われぬ申し訳なさだけだった。
称号の《慈悲深き者》はどうやら皮肉ではなかったらしい。聞いた限り、ベルに落ち度という落ち度は存在していない所か、俺達子鼠の心配さえしてくれいた。
ベルが最初に言ったように、俺達プレイグラットがあまりに弱すぎたから起きた悲劇の事故であり、誰が悪いかといえば、こんな貧弱な生命を創造した神様が悪かった。
神妙な面持ちで沙汰を待ち続けるベルが不憫で不憫で仕方なく、ぽんぽんとその足を叩きながら、『状況はわかった、説明ありがとうな』と告げる。
口にこそしなかったが心の中では、母鼠がすまんかったな、と強く念じていた。
『……その罪悪感があったから、ここ数日、デントを見守ってた。デントが直ぐ死にかけるから凄いハラハラした』
ここ数日の話を色々と聞くと、かなり、いいや一から百までベルが手助けしてくれていたようで、迷惑をかけたのはどうやら母子共々だったようだ。
ごめんね、ほんとに。そして、ありがとう、ほんとに。
『……私も生まれて直ぐ、お母さんが死んじゃって凄く悲しかった。だからデントには悪い事をしたって思ってる。デントは私に怒ってもいい』
一通りの話を終えたベルは話の流れをぶった切って、再度深く思い詰めたように弱々しく鳴いた。
尻尾や耳をしなしなと萎れされるその姿は正に母親に叱られる子供そのもので、純白の悪魔などと呼んでいた威圧感は露ほども感じなかった。
『怒ったりはしないさ』
『ほんと?』
『今度はほんとのほんとだ……ただ、一つだけ気になることがあってな。母鼠、いや母さんは俺なんかに願いを託したみたいなんだ』
『願い?』
『ああ、《託されし者》っていう称号なんだがな……』
俺一人で抱えきれない積み荷を降ろす様に、ベルに称号のことを話す。
勢い余って、前世の母親のことまで話してしまい不思議な顔をされたが、大体のあらましを聞いて、ベルは静かに考えるように目を閉じた。
『(亡くした母猫のことを思い出させただろうか)』
我ながら配慮が足りなかったと反省するが、既に言葉に出してしまった以上、しょうがないと割り切る。なにより、似た境遇であるベルなら答えをくれるのかも、そんな小狡い思惑が脳裏を過ぎっていた。
数秒して、ベルは青空のように美しい瞳を輝かせ言った。
『生きていて、欲しかったんだと思う』
その言葉を聞いて、最初に浮かんだのは失望だった。
『そんな当たり障りのない答えが聞きたかった訳じゃない』と、そう口に出しそうになって、真剣に悩んでくれたベルを想って何とかその言葉は飲み込んだ。
しかし、それが表情に出ていたのか、ベルは言葉の真意を伝えるべく、続けた。
『私のお母さん、最期になんて言ったと思う?』
『……愛してるとかか?』
『んん、違う』
『じゃあ、忘れないでとか、立派な子になってくれとか?』
『それも違う……お母さんはね、ありがとう、って言ったの。私のせいで死んじゃうのに苦しい顔一つしないで、ただ私が生きていることを喜んでくれた。忘れられても、立派じゃなくてもお母さんはきっと気にしない。私が元気に生きてさえいれば、またありがとうって言ってくれる。それが私にとってのお母さんだから、デントのお母さんもそうなんじゃないかって思った』
大切な思い出を抱きしめるようにベルは語る。
『私のせいで』、その言葉が深く心に突き刺さった。
それは、俺が、僕が、心の中で何度も繰り返した言葉だったから。
僕のせいで、母さんはいつも泣いていた。
僕のせいで、父さんはいつも遅くまで働いていた。
僕のせいで、二人の人生を台無しにした。
僕のせいで、僕のせいで、僕のせいで。
一度そう口に出した時、母さんと父さんはとても悲しそうな顔をしていた。
二人の喜ぶ顔が見たかったはずなのに、僕の口から出るのはいつも二人を悲しませるそんな言葉ばかりだった。
母さんと父さんは口を揃えて、「自慢の息子だ」なんて褒めてくれたけれど、二人を喜ばせられたのなんて、両手で数えるほどしかない。
二十歳になったあの時だって、二人を泣かせて……。
「ありがとう、□□」
「□□、沢山頑張ったな。ありがとう」
……違う、あの日は嬉しくて皆で泣いて過ごしたんだ。
もういいって言っても止めてくれなくて、ずうっと『ありがとう』って言われ続けたんだった。
『(同じだったのかもしれないね)』
ベルの大切な思い出がそうであるように、僕にとっての掛け替えのない思い出は間違いなく僕の中で息をしていた。
地球だろうと異世界だろうと関係ない。
人間だろうと魔物だろうと関係ない。
病弱だろうと最弱だろうと関係ない。
僕が、俺が生きているだけで喜んでくれる、最高にカッコイイ存在が親なんだ。
-------------------------------------------------
《託されし者》
この世を去った命に願いを託されし者、生命力が上昇する
-------------------------------------------------
『……なんで考えもしなかったんだか。きちんと書いてあるじゃねぇか』
『答えが分かった?』
『ああ、ベルの言う通りだった、母さん達は俺にただ生きて欲しかったみてえだ』
『ん、そう思ってた』
『あんがとなベル……お陰で少しは孝行息子になれそうだ』
しぶとく生きるだけならこの世界の誰にだって負けない。
俺の命には、三つも大切な願いが乗っかってるんだから。




