第十四話 からま(わ)る想い
『はあ……毎度毎度、ほんとによく生きてるなあ、俺』
自身の約三倍はあろうかという巨大な焦げ茶色の蛙、フレイムトードの亡骸の前で、俺はしみじみと呟く。
そして、奴の主な死因である背中の爪傷を改めて直ぐ近くで見てみて、母鼠の時と同じく命に直結する致命傷であることに気が付く。
母鼠といい、こいつといい、この状態であのレベルの無茶を平気で押し通してくるのだから、魔物達の覚悟の決まり様には、マジで頭が上がらない。
『にしても、あの白猫ちゃん、相当にイイ性格してんなあ』
もちろん褒め言葉で有るはずのない、ただの皮肉だった。
あんなに清らかで綺麗な顔してる癖に、内面はかなり残忍で狡猾な猫らしい。
奴ならば、フレイムトード、まして母鼠などやろうと思えば、認識されるでもなく屠ることくらいできただろう。
にも拘らず、縄張りに踏み入った愚か者に対し、その過ちを反省させるだけの時間と苦痛を刻み込むように、絶妙な致命傷だけ残して放置してやがるのだ。
これをイイ性格と言わずしてなんと表現するのか。
『良い知らせが一つに、悪い知らせが二つってとこだなあ』
今後の方針を思い悩むように、鳴き声をあげる。
一つ目の良い知らせかつ悪い知らせは、奴が残忍で狡猾なことを知れたこと。
奴は残忍で狡猾ゆえに獲物を直ぐに殺しはしない。
最大級の手加減をもってして甚振った後、致命傷を残して放置する。
そこには、絶対強者特有の阿保みたいな驕りと馬鹿みたいな慢心が見て取れ、それが奴に対抗する唯一の光明になるかもしれなかった。
しかしそれは同時に、奴がフレイムトードに対してさえその絶対強者として振る舞えるだけの力があることも示唆しており、俺を絶望させるには十分な情報だった。
そして、何よりしんどい悪い知らせがもう一つあり、今後の計画、ひいては鼠生すべてにおいて分厚い暗雲とドス黒い影をもたらしていた。
『……まさか、まさか進化しないなんて思わないじゃん』
絶望の淵に立ったまま、もう何度目か分からないステータスの確認を行う。
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個体名:ローデント
種族名:プレイグラット Lv 10/10
状態 :健康
生命力:740/740
精神力:250/250
攻撃力:21
知力 :124
敏捷 :30
技量 :21
運 :151
技能:
《齧削》《瘴牙》《静骸》《練気》《鑑定》
特性:
《疫病耐性 Lv2》《飢餓耐性 Lv1》《登攀》《掘削》
称号:
《最弱の魔物》《愚かな転生者》《鼠王の因子》《託されし者》《到達せし者》new!!
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増えたのは僅かな、僅かなっ! ステータス値と役に立たない《到達せし者》という称号だけだった。
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《到達せし者》
限界まで己を高め、強さの頂に到達した者
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『そうそう、あのフレイムトードさえ倒せるだけの強さの頂き……ってなあにが強さの頂だっ! 強さの頂きどころか弱さの頂きじゃぼけ!! 攻撃力と技量なんざたったの21だぞおめえぇ!!! 成長の余地なんざ腐るほどあるだろっ!!!! し・ん・か・させろぉぉぉ!!!!!』
ノリツッコミに神への咆哮、ひたすらに憐れな最弱の魔物がそこにはいた。
彼の冒険はこうして幕を閉じ、次なる主人公は……。
『うるせぇえぇぇ!!! 勝手に終わらせんなあぁ!! 鼠生の主人公はいつだって俺自身、最弱のままだってしがみ付いてやるからなああああああ!』
言葉通り、最弱の称号をほしいままにしている鼠は脇目も振らず叫び散らかす。
彼は、はあ、はあと息を荒げ、誰でもない脳内の自分と懸命に戦っていた。
こうでもして空元気を出していないとやってられない気分だったのだ、ぜひとも多めに見てあげて欲しい。
『冗談抜きで、マジでどうしよう、スローライフか?』
ようやく落ち着きを取り戻した俺は、冷静に今後の計画を練り直す。
実を言うと、進化できない可能性については一応それなりに考えてはいたのだ。
『つっても、フレイムトードが既に亡き者にされてるとかそんなシナリオだったんだがなあ、まさか進化自体ができねえとは』
このシナリオの場合、次の行動として考えていたのは一時的なスローライフを送ることだった。
敢えて『一時的な』と付けたのにはそれなりの理由があってのことだ。
まず前提として、蛙にしろ蜥蜴にしろ、俺達魔物は恐らく無からあるいは何らかの技能で発生すると睨んでいる。
根拠は三つで、一つ目は母鼠の番、いわゆる父鼠が居なかったことが理由だ。
もしかすると、俺が意識を持つ前にフレイムトードなんかに食われてしまった可能性はあるが、巣穴にはそれらしき痕跡(父鼠の匂いや体毛など)は残っていなかった。
つまり、母鼠は無性生殖(単独でクローンのような子孫を残す生殖方法)か何らかの技能で俺達を産んだことになるが、前者の場合、俺が雌鼠になっていないことから違うと推測できる。
残るは技能による出産(その技能が俺に生えてこないのは、雄鼠だからなのだろうか?)だが、これが可能な場合、無から発生するという説にも信憑性が出てくるだろう。
二つ目は白猫、奴の存在そのものが理由だ。
奴は多分、何らかの技能で自分の縄張りに近付いた者を知覚している。
俺が南に向かおうとした際にも、東の果てに向かおうとした際にも、わざと俺に姿を見せたのがいい証拠だ。
この広い森の中、鼠一匹と猫一匹が縄張りの境目で、たまたま、まして二回連続で遭遇することなどありえはしない。
しかも俺がどこかに行っているタイミングで、西の縄張りに近付いたであろうフレイムトードを半殺しにしている。
奴の考えを見通すことは難しいが、中からであろうと外からであろうと、縄張りに入る者は見境なく襲うのだろう。
そんな奴の監視を抜けて外部から母鼠のような弱者が侵入するのは困難を越えて不可能で、消去法的に母鼠は内部に発生した、と考えたわけだ。
そして三つ目の根拠、それは生物マニアの勘だった。
最も信憑性に欠ける根拠ではあったが、この勘こそが何よりこの説を最も信用している理由だった。
魔物がもし有性生殖のみを行うのだとしたら、世界はどうなるか?
パターンその一、人類が魔物に絶滅させられる、もしくは、鼠のように地下で隠れて生活している。
これは単純、魔物の力が人類より極めて強い場合の話だ。
なぜ人類が絶滅や隠れ棲むのを強いられるかといえば、理由は明快、人類とは吃驚するくらい賢く、同時に馬鹿だからである。
何も鼠になったからと人類下げをしているわけではない。
こんなの説明も必要ないほどに歴史が証明しているのだ。
近くに自分たちでは対処できない程の力を持つ魔物が存在する、この時人類はどんな選択をするか?
答えは簡単、争いの火種にするのだ。
身の程知らずにも勝てない魔物に挑むかもしれないし、こっそりと強力な魔物を他国に嗾けるかもしれない。
逆に利用しようして、虎の尾を踏んで自国に招くこともあるかもしれない。
それらをしない賢き王が一人いたところで、それを根っこから覆す愚かな王が湯水のように湧き出してくるのが人類の本質であり、全ての国王が賢い王でもまだ足りない、国民全てが賢い人間でなければいけないのだ。
そんなのは所詮綺麗事の御伽話、現実には存在しえない。
現状は隠れ棲まずに、人工建造物を作れるだけの人類は存在しているようだし、このパターン一はないと思われる。
ならば、人類が魔物に勝っている、か、人類と魔物の力は拮抗している、のが現実といったところだろう。
そしてその場合はどうなるか。
それがパターンその二であり、魔物が人類に絶滅させられている、ないし、害のない家畜化された魔物のみが生息する世界になっている、だ。
繰り返すが人類は驚くほどに賢く、愚かなのだ。
近くに自分たちを死に至らせるような害獣が居る場合、多様性など気にもせず、本気でそれらを絶滅させにかかる。住む場所を維持するため、安全を確保するため、作物を守るために、前世でどれだけの生き物が絶滅したか分からない。
人類にはそれを実行するだけの知と力が備わっているし、さっきと逆のことを言うようだがそれを成すだけの協調性を持っていることこそが人類の最大の強みなのだ。
しかし、このパターンも俺自身、最弱の鼠によってあり得ないことが証明されている。
言ってて物凄く悲しくはなるが、こんな鼠でさえ絶滅させられないようでは、この厳しい世界で人類は生きて行けはしないのだ。
つまるところ、パターン一も二も反証が存在する。
であるならば、『魔物が有性生殖のみを行う』という命題の答えは偽であり、『魔物は有性生殖以外の何らかの方法で発生する』が自明の理として真となる。
さらに根拠のない推測となるが、『現状の人類は種を根絶させるだけの力は有している』が『絶滅させたところで無から湧いてくるため絶滅させれない』といったところが現状なのではないだろうか。
長々と考察したが、本題に戻ると魔物は無から発生する。
そして、その説を正しいとしたうえで、一時的なスローライフを送ることで、魔物の再発生を待ち、ゲームのように湧いた魔物を狩りまくり、白猫を越えるまで耐え忍ぶ。
進化できなかった場合は、このような案を想定していたのだった。
『とはいえ、経験値が足りなくて進化できないんじゃなくて、そもそも進化できないんじゃあ意味はねえよなあ』
追加で何らかの技能や称号を獲得できる余地はあったが、それにしたって望みが薄すぎた。
第一、もう一度フレイムトードと戦って勝てる未来さえ全く見えないのに、況や未知の魔物においてをや、である。
結局、残された選択肢は、いつ気まぐれで襲い掛かってくるともしれない白猫に怯えながらスローライフを送る、もしくは、潔く白猫に挑んで散っていくの二択となり、空回る思考に頭を抱えることとなる。
『……ぶっちゃけ、答えはもう決まってるんだけどさあ』
鼠生を諦めたように、ため息を零して、決意を固める。
いや決意など固める必要はなかったのかもしれない。
何故なら、あの爪傷を見てしまった時から、俺の思考には逃れられないとある想いが絡まっていたのだから。




