第十三話 木の実の森の生存者
来た道をひたすらに逆に進み、東の森と伐採湖を越えて、俺は西の森にて一匹の焦げ茶色の蛙を探していた。
奴を探す理由は極めてシンプル。
奴を狩り、この森唯一の生存者となるためであった。
『奴の存在は今後の選択において、非常に重要。引き籠るにしろ挑むにしろ、まずは奴を片付けとかねえとな』
昨日、落とし穴を用いて赤茶蛙を葬った場所の近くで辺りを探るようにしながら、奴の痕跡を辿る。
焦げ茶蛙はどうやら何か(恐らく落とし穴に落ちた蛙)を引き摺りながら、更に西へと向かったようだ。
痕跡に沿って移動を再開しながら、この後の未来について思いを馳せる。
まず第一に焦げ茶蛙との戦闘に勝利し、レベルの上昇および進化を目指す。
これについては、どうなるか分からない未来、ではなく計画された予定の一部だった。何をするにしろ奴の存在は障害となるため、最短で奴という壁を乗り越える必要があった。
とりあえずの所は奴に勝てるかどうかは一旦考えないで、とにかく一度《鑑定》を掛けてみる予定だった。
別にその場で勝ち切る必要はないし、何なら手練手管の限りを尽くしたとて正面戦闘で奴に勝てるとも思っていない。
情報を集め、最弱らしく寝首を掻いて、毒の一つでも盛ってやるつもりだ。
続いて第二に進化後のステータスを見て、できることの確認を行う。
現在のレベルは『Lv 9/10』。
後、一レベル上昇することで進化なり、技能なりを獲得できれば、未来も随分と明るくなるだろう。
こればっかしは、事前に何が来るかは予想できないので、焦げ茶蛙を倒してからのお楽しみだった。
そして第三、あの白猫に挑む、もしくは奴を出し抜きこの森を出るか、安穏とした日々をこの森で過ごすか、だ。
今の所の目算では、何とか奴を出し抜く方向性(奴の巡回ルートを調査し、地中深くからの逃走を図る等)に舵を切ることを想定しているが、白猫との戦闘の準備をしておいて損はない。
今は安全とはいえ、いつ奴の機嫌が変わるとも分からないのだ。スローライフに励む背中をいきなりグサリなんてことも一応は危惧しておかなければいけない。
第四の選択肢として、森の北にある人工物群に足を延ばす、という手もあるにはあるが、こちらもほぼほぼ命を投げ捨てることには変わりなかった。
個体での能力で言えば、白猫に軍配が上がるだろうが(全人類があれ以上の強さだったら流石にスローライフ待ったなしだ)、人類の何かを次代へと繋げていく能力は凄まじい。
白猫以上に十人十色、百花繚乱、千紫万紅な技能で以てして、この小さき鼠を駆除しようとしてくるに違いない。
何せ俺はプレイグラット、疫病をもたらす死の害獣だ。
情け容赦など期待するだけ無駄である。
『閑話休題。何はともあれ、蛙ちゃんを倒すことに専念だ』
痕跡を辿り、微妙に離れた位置にメラメラとその身に炎を宿す焦げ茶色の蛙を視認し、思考を切り上げ、戦闘モードに意識を切り替える。
こちらに気付いた様子はないので、どこからでも逃げられるよう逃走用の穴倉を丁寧に丁寧に張り巡らせてから、奴に近付き《鑑定》を発動させる。
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個体名:(なし)
種族名:フレイムトード Lv 2/30
状態 :裂傷
生命力:139/890
精神力:620/730
攻撃力:92
知力 :79
敏捷 :84
技量 :79
運 :71
技能:
《練気》《燃液》《窮援》《焦壁》《振撃》
特性:
《火炎耐性 Lv3》
称号:
(なし)
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血狂い状態のブラッドサラマンダーを優に越えるステータスに一瞬たじろぐが、何やら様子が尋常ではない。
昨日と違い炎を宿していることもそうだし、生命力が二割も残っていなかったのだ。背中には、どこか見覚えのある爪傷が見て取れるし、その部位を守るように炎がゆらゆらと輝いていた。
『(……手負い、なのか。あの傷は母鼠にあったものと同じ……っ! もしかして白猫の縄張りに侵入したのかっ?)』
穴倉から頭だけを出して《鑑定》の結果を脳内で考察していると、生き物の勘なのか奴はピタリとこちらに視線を合わせ、憤怒に塗れた表情でこちらに突進してきた。
『ばれてる! てか、怒る相手は俺じゃねえだろ! 八つ当たりもいいとこだっ』
咄嗟に俺は穴倉から飛び出し、ダンプカーのようにこちらを轢き潰そうとする焦げ茶蛙、フレイムトードの想定より遅い突進を余裕をもって避ける。
無理に穴倉から出ずともよかったが、逃走経路を隠しておきたかったこと、赤茶蛙(レッサーフレイムトード?)戦の燃えるガマ油の二の舞になる可能性があったことを理由にその行動を選ぶに至った。
ステータスに有った技能は五つ。
《練気》は俺と同じ技能で、《燃液》、《窮援》なんかは赤茶蛙が使っていた燃えるガマ油と味方を呼ぶ技能だろう。
残る技能は《焦壁》、《振撃》で、あの傷口を守るようにして燃えてる炎が《焦壁》だとして、《振撃》の正体が分からなかった。
四肢を高速で振動させ衝撃力を底上げする技能か、空気や物体を揺らして衝撃波のようなものを飛ばす技能か、はたまた、相手に何らかの振動に関する状態異常を付与する技能なのか。
『俺やブラッドサラマンダーと違って、多分奴は耐久と攻撃力に特化した魔物、小賢しい遠距離攻撃や状態異常は狙ってこないと信じたい、が……』
そんな甘い期待を常に裏切ってくるのがこの世界であるのを、俺は知っていた。
《焦壁》が今この瞬間、四方を囲むように出てくるかもしれない、そんな益体もない警戒すら、この世界では明日の命に繋がるのだ。
《燃液》にも《窮援》にも、何なら《練気》にさえまだ見ぬ活用の手段があるかもしれない。
未知の技能など警戒し過ぎるに越したことはなかった。
『皮膚の硬度は絶対に赤茶蛙より上、歯が通ることもないだろうが、幸い相手は手負いの魔物。立派な傷口に確りと塩を擦り込んでやろうじゃあねえか』
ゴウゴウと燃えてはいるが、多少の火傷くらいレベルアップで回復することは実証済みだ、怖くねえ。
一方そんなことを狙われているとも思っていない、フレイムトードは傷を労わるようにノロノロと動き、一撃で仕留められなかったことを悔やむように、気怠げにこちらを睨む。
『敏捷の割に動きが遅ぇと思ったが、やっぱり背中の傷がたたってんのか』
そのことを本人、いや本蛙が一番理解しているのか、奴の目はギラギラと滾り、目の前の子鼠を一秒でも早く仕留める方法を思索しているようだった。
もちろんこちらがその思惑に付き合う必要はない。じっくりコトコト丁寧に、数時間かかろうとも彼奴との死の演舞を踊ってやるつもりだった。
『つってもやっぱ死ぬ気で攻めてくるよな……来るか、《振撃》っ!』
フレイムトードの右後ろ足が微かに光り、確かな振動が足に宿る。
続けて奴は、左後ろ足のみに重心を移動したかと思うと、光輝く右後ろ足をピンッと空中に伸ばして、片足立ちの状態で静止する。
直後、横綱のように堂に入った構えで四股を踏んだ。
脳が最大級の警鐘を鳴らし、俺は慌てて空中に逃れた。
瞬間、ガサガサガサッ!! と木々が揺れ、地面が揺れ、空間までもが揺れた。
空間ごと俺を捉えた《振撃》は、俺の脳を激しく振動させ、強烈な眩暈、吐き気、頭痛を一挙に引き起こす。
対処など不可能な壮絶の感覚の中で、それでもなんとか足掻こうと体を動かそうとするが、ピクリとも反応してくれることはなく、体は重力に従って自由落下を始めた。
当然、奴がその隙を見逃す筈もなく、命を賭した突貫を繰り出そうとしていた。
『(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ!! やべぇ、何も)』
できねえ。
そう考える猶予さえなく、ファサッと地中に体が沈み、その刹那、ダンプカーが頭上を通り抜けるような豪風が体毛を撫でる。
目を白黒させながら、体に降りかかる土を感じ、そこでようやく自分がまだ生きていることを実感する。
『は、はは、い、いきてる、のか』
乾いた鳴き声をあげ、命の尊さを噛み締める。
とはいえ未だに脳が上手く機能しない最弱の鼠は、先の《振撃》で偶然にも崩落した逃走用の穴倉の中にいることを理解できずにいた。
後少し、前に後ろに、右に左に飛んでいれば、無残な挽肉になっていたのは間違いなかった。
『や、やべえ、まだ終わっちゃいねえんだった』
フラフラと揺れる身体を何とか起き上がらせ地表に出る。
満足に身体は動かなかったが、こうしている間にもフレイムトードが次なる行動を起こしているかもしれないと思うとそうも言ってられなかった。
『一体どうなって……』
攻撃に怯えながら、地表に顔を出すと、もはや動くことすらできないフレイムトードが無防備に背中を見せ、倒れ伏していた。
心なしか背中に宿る炎の壁も勢いを弱めており、もう数十秒もしないうちに奴はその命を散らしそうであった。
『……幸運、ラッキー、めっけもん、棚ぼた、神風、果報者。何がどうでも構いやしねえが、ほんっっとにツイてなかったなあ、蛙の親びんよう』
自らの幸運に感謝するとともに、この不運な蛙に憐みの視線を向けて言う。
『でもなぁ、俺の前世にはこんな言葉があるんだぜ……運も実力のうちってな』
フレイムトードの生命の輝きが消える直前、小鼠の前歯が奴の命を刈り取った。
ローデントは後に語る。
本当にただ運がいいだけの鼠であることを感謝したのは後にも先にもこの一度切りであった、と。




