第十話 vsブラッドサラマンダー(前編)
シュー、と勢いよく鼻から息を吹き付け、三匹のブラッドサラマンダーがこちらを威嚇していた。
鼻息だけでは満足できないのか、ベシッベシッ、と尻尾を鞭のように地面に叩きつけたり、二股に分かれたピンク色の舌をチロチロ出し入れしながら、怒りを露わにしている。
久しぶりの獲物を見つけ、相当気が立っているようだ。
『来いよ、蜥蜴ちゃん。こっちはか弱いただの鼠だぜ?』
負けじと尻尾をふりふりと振って挑発する。
石橋を叩いて渡るように、まずは相手の出方を伺い、技能の確認を行おうと考えていた。
挑発に乗ってくれたのか、ただの気まぐれか先頭に居たブラッドサラマンダーの牙が光り、技能の発動を告げていた。
『来るか《壊牙》っ! だが来ると分かっていればこっちのもんよ、っほい!』
直線的な動きでブラッドサラマンダーが噛みつき攻撃を仕掛けてくるが、いくら速いとはいえ軌道が分かってさえいれば、回避は余裕だった。
相手も最初から当たるとは考えていなかったのか、すぐさま《操尾》を使った尻尾攻撃を繰り出そうとしてきた。
『うっし、読み通りっ!』
光る尻尾を確認してから、俺は敢えて前に出て、衝撃に備えるよう四つ足を踏ん張り、肩周辺に《練気》を纏わせる。
直後、当然襲来した輝く尻尾に肩を強かに打ち付けられ、角材で殴打されたような衝撃が走る。同時にグッ、と籠った鳴き声が漏れ、地面に足が食い込んだ。
『っ痛ってぇぇ……が、ちゃんと受け止めたぞっ! ほれ、お返しだっ!』
「キシャァァ!!?」
尻尾を振り抜く関係上、無防備に背後晒したブラッドサラマンダーの横っ腹に対し、全ての攻撃技能を重ね掛けした前歯で齧りつく。
赤茶蛙ほどの耐久はないのか、前歯は皮膚を一度で貫通し、《瘴牙》が発動した感覚に内心でガッツポーズを決める。
痛みに暴れるブラッドサラマンダーから急いで飛び退き、両者のステータスを確認する。
-------------------------------------------------
個体名:ローデント
種族名:プレイグラット Lv 3/10
状態 :健康
生命力:607/670
精神力:164/180
-------------------------------------------------
-------------------------------------------------
個体名:(なし)
種族名:ブラッドサラマンダー Lv 2/30
状態 :毒
生命力:463/490
精神力:420/420
-------------------------------------------------
一見すると、こちらの生命力は一割削られ、相手は誤差レベルで生命力が減ったように見える形だ。しかし、《瘴牙》のおかげで敵には毒が付与され、毎秒五くらいの速度で生命力が減少している。
毒を受けた個体を庇うように、他の二匹が前に出るが、既にもう手遅れだ。
奴の命はもう一分と持たないだろう。
『残り二匹、どうやって仕留めるかね』
奴らが混乱している間に、こちらも形勢を立て直す。
流石に生命力で上回っている状態なら受けきれると踏んだが、無視できる痛みではなかった。
この分なら《練気》なしでも受けれなくはなさそうだが、ダメージから立ち直るのに苦労しそうだ。
大戦果も大戦果とはいえ、ここからが本当の闘いだった。
警戒が強まり相手も簡単には隙を晒してこないだろう。
残る二匹の様子を観察しながら、戦略を練っていると奴らは気でも触れたのか、毒をくらった個体に攻撃を始めた。
『ちょいちょいちょい、覚悟決まりすぎだろっ! もうちょっと足掻けよ!』
毒を受けた個体も承知の上なのか死を受け入れ、仲間に血を吸われて事切れた。
違和感を感じとり、残りの二匹を鑑定すると、状態が『血狂い』となっていた。
-------------------------------------------------
個体名:(なし)
種族名:ブラッドサラマンダー Lv 4/30
状態 :血狂い
生命力:510/510
精神力:420/440
攻撃力:44(+13)
知力 :43(+12)
敏捷 :57(+17)
技量 :56(+16)
運 :32(+9)
-------------------------------------------------
もう一匹の鑑定結果もほとんど変わらない様子で、素のステータスに加え三割ほど各ステータスが上昇しているようだった。
『こっちは攻撃力十四だぞ、そんな当たり前みたいに上昇させやがって……しかも、レベルも上がってやがる。人様の経験値を盗みやがったのか』
どういう仕組みなのか、こちらのレベルはアップしておらず、さらっとレベルアップによる回復の道が断たれた。
逃走の二文字が頭を過ぎるが、血に濡れた二匹のブラッドサラマンダーが恍惚とした表情でこっち見ており、許してくれそうにないことがわかる。
直後、口元が光ったと思った瞬間、彼我の距離を消し飛ばす様に二匹のブラッドサラマンダーが同時に猛進してきていた。ギリギリの回避を決めるが、先程とは違い残る一匹の尻尾が淡く光っていた。
『ちょ! ほんとに! まずいって! やめてっ! 死んじゃうっ!』
一つの言葉を喋る度、二匹のうちどちらかが攻撃を仕掛けてきて、互いの隙を埋めるよう波状攻撃を畳みかけてくる。
気分は連携の取れた二頭の闘牛に襲われる闘牛士だった。
初めから三匹でこれをやられていたら、戦闘にならなかったに違いない。
『(このままではジリ貧、というか先に俺の精神力が切れて詰むぞ。どっかでリスクを背負って反撃しねぇとな)』
《練気》を常時足に纏わせ、何とか命を繋ぐが、攻撃も逃走も二匹から襲われている状態では不可能に近かった。
が、それでもどこかで攻撃を通す他なさそうだった。
『(何か隙を探せっ! 奴らの攻撃がずれるタイミングが……な!? 体が光らないっ! 一体なにを)』
思考を遮るように後ろに飛ぼうとしたが、ステータスの差は残酷に現実を結ぶ。
直後、ゴスッ、と鈍い音が響いた。
一匹のブラッドサラマンダーによる純粋な体を使った突進、俗にいうぶちかましが炸裂し、俺は宙を舞っていた。臓器が浮き上がるような不快感の中、自らの驕りを悟る。
『(俺が負けてるのは何もステータスだけじゃねえんだ、体格も、戦闘経験も、生き抜くための覚悟もあいつらの方が上なんだ)』
加速する思考の中で、自分の至らなさに腹が立ったが、反省会は死んだ後にでもいくらでもできる。
今はどうにか着地後の作戦を考えねばならなかった。
体を襲う痛みとは反比例し、幸いなことに生命力の減少は死活問題というほどでもない。
技能による攻撃ではないからだろうか?
-------------------------------------------------
個体名:ローデント
種族名:プレイグラット Lv 3/10
状態 :健康
生命力:550/670
精神力:84/180
-------------------------------------------------
赤茶蛙戦の時のように《静骸》での奇襲を狙ってみてもいいが、あの時の満身創痍の蛙とは違い、奴らはほぼ無傷かつ二匹。《操尾》ならまだしも《壊牙》、《吸血》で確実に殺しに来た場合、最悪一匹道連れできるかも微妙だ。
地上では俺の落下地点を予測して、既に二匹ブラッドサラマンダーが走り出しているし、逃走は不可能。
かなり絶望的ではあるが、攻撃に出るしか手段はなく、脳をフル回転させる。
『(あるものは全部使え、技能だけが全てじゃねえことは身をもって学んだだろ! 何か、何かねぇか!)』
ステータス、周囲の環境、二匹のブラッドサラマンダー、あらゆるものを瞬時に観察し、この森ではごくありふれたとあるモノを見つける。
『アレだっ! 《練気》!』
目的のモノへ近づくため、尻尾に気を纏わせ、空を切る。
それだけで、この貧弱な身体は落下の方向を微かに変え、ブラッドサラマンダー達の追撃を避ける。
しかし、そんなのは無意味だと、変わらず奴らはそれぞれ口元と尻尾を光らせながら全力で向かってくる。
後一秒もしない内にこちらへと辿り着くだろう。
『やっぱ、そうくるよなぁ! 喰らえ《掘削》!!!』
半秒とかからず俺の前足は豆腐のように柔らかい土の塊を巻き上げ、両者の間の視界を潰す。残る半秒を使い、俺は近くに転がるあるモノを手に取り、この一瞬の活路を確かなものにするため、ブラッドサラマンダーへと走り出した。
『俺は食いもんじゃねえ! これでも食ってろデコ助がっ』
見えない視界の中、そこら中に転がっている木の実を、口元が光っていたブラッドサラマンダーの方向に大雑把に投げつける。
土を巻き上げるために《掘削》の特性を使用する。
近くにあった木の実を自身の囮として活用する。
技能だけが戦闘の手段ではないことを学んだ瞬間だった。
木の実を投げた刹那、ガキャ、と木の実が砕け散る音が聞こえ、《壊牙》の技能が不発に終わったことを確信する。
そして、俺はもう一方へと向き直り、回避不能の距離にまで迫った輝く尻尾を《練気》を纏わせたとある部位で受けとめる。
バキャッ!!
上昇したブラッドサラマンダーの尻尾の破壊力のせいで、盛大に後ろに弾き飛ばされるが、ようやく晴れた土埃の先で、俺は作戦の成功を見届けた。




