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【第一章完結】最弱たる牙の王  作者: 吉 稲荷
第一章 最弱の魔物、異世界を往く
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第九話 探索とこれから

 あれからでっかい池(ローデント命名『伐採湖』)の周辺を拠点とするべく、豊かな森(ローデント命名『木の実の森』)の探索を行った。

 夜には新しい巣穴作りに励み、徹夜したせいもあってか巣作りの途中で気絶するように眠ってしまい、気が付いたら太陽が真上に来て、地面を温めていた。


『昨日の探索で色々分かったし、ここらでまとめとくか』


 そう呟いて、巣穴の中に手書きの地図を作り始める。

 まあ地図といっても、巣に持ち込んだ枝で壁面に正方形を描き、中心にでっかい楕円を描いただけの落書きなのだが、それは言わないお約束、というものだ。


『この世界のどっちが西だか東だか分からんが、一旦日が昇る方を東ってことにしといてっと、まあこんな感じか?』


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 木の実の森 簡易地図

             北


           人工建造物




    元巣穴     

 西          伐採湖   蜥蜴の縄張り 東

   蛙の縄張り

          未踏破危険地域


             南


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


『いやはや、我ながらよく生き延びたものだなあ』


 逃走に逃走を重ね続けた昨日のことを思い出し、微かに震える身体を宥めながら生の実感を噛み締める。

 こうして地図作りをしているのも、言わばただの現実逃避に過ぎなかった。そう思えるほど、この鼠生を生き抜くことは生半可ではなく、世界には絶望が広がっていた。


『西は移動してきた方角だな。もしかしたら他にも何かいるかもしれないが、今の所、引火する油を吐く赤茶蛙の縄張りとしておくか。そして伐採湖を挟んだその反対は、ここに来て三種類目の生物、茜色をした蜥蜴達の縄張りだったな』


 昨日はあくまで威力偵察だったので、茜色の蜥蜴(どうせ蛙と同じで何らかの方法で火を操るんだろうと予想している)の群れを見つけた段階でちょっかいは掛けず、少々観察するくらいに留めた。


『その後は、北にいって死にかけて……そんで、南でアイツに遭ったんだよな』


 今度はどんな生物がいるのかと、浮ついた足取りで北に向かうと、この伐採湖のように木が切り倒されている区画を発見し、そこには物見櫓のような人口の建造物が等間隔で配置されていた。

 そこでは、どんな建築様式なんだろうといらぬ好奇心を見せて近付いたせいで、どこからともなく飛んできた矢に危うく殺されかけた。あと数センチ体格が大きければ、間違いなく地面に縫い合わされたまま、骸になっていたに違いない。

 咄嗟のことで射手を確認できなかったが、恐らく視界には映っていなかった。

 何らかの探知技能のようなものでこちらに気が付き、視認すらできていない場所に対し僅か数センチの狂いしかない正確な射撃を行ったのだ。

 それだけの研鑽を積んだことを褒めればいいのか、そこまで腕を磨かなければ対抗できない魔物だらけの世界を嘆くべきか、俺には分からなかった。


『まあそれもあの()()()()()()に比べれば、可愛いもんだったけどな』


 南の未踏破地域に縄張りを構えるこの世界四種目の生物。

 その生物は、前世で生物を好きなるきっかけをくれた大切な生き物だった。

 見つけた瞬間は飛び上がるほど喜んだが、()()()()()()()()()瞬間脳を動かす余裕は消え去り、気付けば本能のままに地下深くまで潜っていた。

 潜っている最中、もう自分はこの世にいないのではないかと、生きている実感が全くしなかった。


 未だに思い出すと体が震えだす真っ白な悪魔。

 その正体は、神々しい覇気を放つ()()()()()だった。

 清らかで高貴な白い毛をその身に纏い、その佇まいは神の使いのように凛々しく威厳に満ち溢れていた。


『アレは駄目だ、戦うとかそういう次元じゃねえ』


 赤茶蛙の進化個体であろう焦げ茶色の蛙、あいつの戦闘力を前世風に例えるとしたら、銃火器を持った軍人だ。

 俺は包丁を握りしめた一般人で、焦げ茶蛙が全ての弾丸を外し、奇跡的に接近出来てやっと俺に不利な勝負が始まる。

 百回やって百回死んで、千回やって千回死んで、一万回やって一万回目でようやく勝ちが見える。あの蛙でさえきっとそれだけの戦力差が存在する。


 翻って、あの猫をその例えで表現するなら、奴は戦闘機に乗った軍人だった。

 もはや敵として認識されることもなく、俺も焦げ茶蛙も奴が数ミリ指を動かすだけで、地上に立つ俺達は押し並べて灰燼と化す。

 万に一つの可能性すらない、これが果たして戦っていると言えるだろうか?


『南はなしだな、うん。ああいうのは主人公の領分だ』


 少なくともこんな小鼠が立ち向かう相手ではなかった。

 俺は戦闘狂ではない、目が合っただけでバトルを吹っ掛けたりしないのである。

 あの恐ろ可愛い猫もこちらを敵対者とは思っていないようだったし、縄張りに入らなければ関わることもあるまい。


『北は地中からならいけるかもしれんが、相手は探知能力に優れた相手。地中が安全とは限らないし避けておいて損はない。西も猫ちゃん程じゃあないが、格上中の格上だ……ってことはやっぱり東だよなあ』


 行き先を悩む前から半ば結論が出てはいたが、憂鬱なため息が漏れる。

 東は東で、消去法の末()()なだけで、か弱い子鼠には厳しいものがあるのだ。


 茜蜥蜴の体長は俺より大きい、二十から三十センチ程度。

 一匹一匹は赤茶蛙より弱そうだったが、蛙と違い単独で行動している個体が居ないようだった。未知の技能を保持している、穴を掘っても侵入してきかねないサイズ感、群れでの集団攻撃と挑むには中々勇気のいりそうな相手だった。


『格上相手に多対一、やるしかないとはいえきっついなあ』


 愚痴を言いつつも、暖かくなった外に出て、大きく一度伸びをする。

 周囲を警戒するように見渡し、『この景色が異世界での最期になるかもなあ』などと縁起でも無いことを口走る。


 真上には半透明な膜に遮られた太陽が輝き、その光を浴びて伐採湖の水面がキラキラと光を反射する。深呼吸すれば、湖と森と土の匂いが鼻腔を通り抜け、新鮮な空気で肺が満たされる。目を閉じれば、気持ちのいい穏やかな風が撫でるように灰色の体毛と草木を揺らし、葉擦れの音が耳を癒す。


 残酷な世界はどこまでも美しく、今少しこの景色を見ていたいと、そう思った。


『ぜってぇ死なねえ』


 決意を新たに湖畔の淵を通り、東へと駆ける。

 昨日、蜥蜴達を見つけたのは、この湖から離れ数十分行った先での場所、同じ所にじっとしているとは思えないが、一先ずはそこを目的地とした。

 上昇した敏捷のお陰か、風を切る感覚が心地よく、数十分はあっという間に過ぎ去った。


 手頃な木を見定め、《登攀》を活用して木の側面を駆けあがり、周囲を伺う。

 この作業を数度繰り返したところで、今回の目的、茜蜥蜴の群れを見つけた。


 やっぱりというかがっかりというか、蜥蜴達は三匹の群れで常に行動している様子だった。少しでも情報を得るため目を皿にして、特徴や弱点らしきものを探す。


 今の所気付かれた様子はないが、彼らは交互に周囲を警戒しながら落ちている木の実や雑草を食していた(雑食?)。

 蜥蜴の中でも、カナヘビのようなすっきりとした線の細いタイプではなく、いわゆる海外の蜥蜴と言われて想像する、ふっくらと膨れたお腹、がっちりとした短い四つ足と太い尻尾が印象的だ。


『(主な攻撃方法は尻尾か? 噛みつきも警戒はしておくが、ブレスのような中距離攻撃は一応想定しておこう。あの体型だと爪による攻撃は流石にない、か? 増援を呼ばれた場合は離脱一択、また今度仕切り直そう)』


 赤茶蛙戦での反省を思い返し、考慮できそうな要素は全て頭に入れておく。

 考慮漏れがないか何度も確認しながら、『こういう時、《鑑定》スキルなんかがあればなあ』とない物ねだりをしているとあり得ないことが起きる。


-------------------------------------------------

個体名:(なし)

種族名:ブラッドサラマンダー Lv 2/30

状態 :健康


生命力:490/490

精神力:420/420

攻撃力:42

知力 :41

敏捷 :55

技量 :54

運  :31


技能:

壊牙(かいが)》《吸血》《操尾(そうび)》《意思伝達》

特性:

《飢餓耐性 Lv1》

称号:

(なし)

-------------------------------------------------


『えっ、これアイツのステータスかっ!? なんでぇ?』


 確かに鑑定があればいいとは思ったが、もしかしてこの世界自由に《鑑定》できるのか? いや、《鑑定》があればと思ったの一度や二度ではない、なんでだ?

 気付かぬうちに技能を獲得していたのか? と混乱しながら自身のステータスを確認する。


-------------------------------------------------

個体名:ローデント

種族名:プレイグラット Lv 3/10

状態 :健康


生命力:670/670

精神力:180/180

攻撃力:14

知力 :117

敏捷 :23

技量 :14

運  :144


技能:

齧削(げっさく)》《瘴牙(しょうが)》《静骸(せいがい)》《練気(れんき)》《鑑定》new!!

特性:

《疫病耐性 Lv2》《飢餓耐性 Lv1》《登攀》《掘削》

称号:

《最弱の魔物》《愚かな転生者》《鼠王の因子》《託されし者》

-------------------------------------------------


 いつの間にかレベルも上昇し、新たな技能《鑑定》を獲得していた。


-------------------------------------------------

《鑑定》

 他者のステータスを覗き見ることができる

-------------------------------------------------


『レベルが上がってる……もしかしてあの落とし穴に嵌めた蛙が毒で死んだのか? いやそんなことはどうでもいい、これがあれば相当有利に立ち回れるぞっ』


 声に喜色を滲ませ騒いでいると、怒り狂った様子で鑑定した蜥蜴がこちらを見ていた。呼応するように残りの二匹もこちらに気付き、四つ足をバタバタさせて走ってきていた。


『まずっ! 真下に陣取られたら詰みかねん、降りるかっ』


 木から滑り降りながら、先程見た茜蜥蜴改めブラッドサラマンダーのステータスを考察する。


 技能は《壊牙(かいが)》《吸血》《操尾(そうび)》《意思伝達》の四つ。

 流石に他人の技能の詳細は分からないようで、いくら念じても説明は浮かんでこなかったが、凡その見当はついた。

 《壊牙(かいが)》は多分《瘴牙(しょうが)》に似た技能で、壊血を引き起こすものだろう(当たったら間違いなくお陀仏だ)。

 《吸血》は壊血で流れ出た血なりを吸って生命力なり精神力なりを回復する技能か?

 《操尾(そうび)》、《意思伝達》は文字通りで尻尾攻撃と連携用の技能だろうし、俺と同じ完全接近戦型だろう。


『にしてもステータスがやべえ。ここまで差があるのかよ』


 称号を抜きで考えた時、互角なステータスは運だけ。

 低レベルにも関わらず、ステータスの平均は四十から五十。称号のおかげで、生命力、知力、運はこちらが上だが、戦闘に役立ちそうな攻撃力、敏捷、技量で大きな差がある。


『しかし言ってしまえば()()()()。極めて不利な戦いだったのが、悪くて敗走、良くて完全勝利の見える戦いになった』


 噛みつきにさえ当たらなければ死ぬこともないし、ステータス差と戦力差でゴリ押されそうなったら地中へ逃走すればいい。奴らに追ってくるだけの手段はねえ。


 相手の情報が全て分かる。

 それは戦闘において、もはや勝利したことと同義だった。


『脚も速いっちゃ速いが、《練気(れんき)》で全力疾走した俺よりそこそこ速い程度、咄嗟の回避は十分可能だ。油断さえしなければ……絶対に勝てる』


 全力で近付いてくるブラッドサラマンダーを眺めながら、最弱の鼠は緊張したように一つ息を吐いた。

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