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世界で一番相性の悪い人  作者: 史音
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君と出会ってから② 二度目の初めましての後で

彼女と再会したけれど、最初はどうなることかと思った。

最初は僕と話すことも嫌がっているようで、はっきりと避けられていた、と思う。



僕たちの関係が変わったのは、あの日だと思う。

僕が倒れて、彼女が初めてうどんを作ってくれた日。

初めて彼女を抱きしめたのもあの日だった。


偶然だったけど、寝て起きたら目の前に会いたい人がいて、それでつい腕が伸びてしまった。

抱きしめた体が、思ったよりずっと小さくて華奢でびっくりした。


寝ぼけてやってしまったことだけど、それはそれでとてもよかった、と思う。


それよりも、その後ゆっくり話せたのが嬉しかった。

二人きりの事務所で、時間に関係なくたくさんいろんな事を話した。

当たり前のように話をしていたけれど、内心はとても焦っていた。

もし話が途切れたら帰るって言い出すんじゃないかと思って、会話が途切れないように頑張った。



気になったのは、彼女がピアノの話はしない事。

大学生より前の話はしたがらない事。



その時、ようやくわかったのだ。

彼女の中でピアノと僕はなかったことになっているんだって。



あの時舞台から降りる時に見た、目の潤んだ真っ赤な彼女の顔が忘れられなかった。

自分は彼女をひどく、僕が思っていたよりも深く、傷つけてしまったんだと実感した。



それに気がついて今までで一番落ち込んだ。




それからしばらく経ったけれど、まだどこか気持ちは落ち着いてはいない気がする。

まだ完全に立ち直ってはいない、と思う。

彼女との仲を修復しようにも、そのことを『なかったこと』にされている時点でどうしようもない。


何気ない日常の会話から、少しずつ距離を縮めるようにして。

それでようやく仲良くなり始めた頃だった。



僕はこの間、その大切に育ててきた関係を自分で壊すようなことをしてしまった。



初めての給料で僕は彼女にプレゼントをした。


彼女がいつも商店街のマグカップを使っているのが気になっていた。

もっと彼女に似合う可愛らしいもので、気に入ってもらえる物を贈りたいと探していて見つけたものだった。


僕の中で彼女のイメージはいつもあの桜みたいなピンク色だ。

その桜色のマグカップはとても可愛らしくて、見た瞬間に彼女にぴったりだと思って選んだ。

気に入ってもらえるか、すごく心配だった。あんなに緊張したの、初めてだった。


だけどあのプレゼントが嫌だったのか、渡した僕が嫌だったのか

それは彼女の机の上で箱に入って飾られたまま、使われる事なく日が経っている。

それが、不安だった。



それから事務所の先輩と仲良くしていた事。

別に、変なことではない。職場の先輩なんだし、彼女が勉強したいって色々相談していたのも知っている。

勉強したいって気持ちはすごくわかる。応援したいと思う。


だけど、僕だって社長や先輩ほどではないけど、この分野のことはわかっている。

だから聞かれたら説明もできるし、わかりやすい本だって持っている。

彼女のためなら、僕がわかりやすいようにまとめてもいいくらいだ。


それなのに先輩にばかり頼って、僕には何も言ってくれない。

展覧会だって、君に頼まれたらいくらでもチケットを取るのに、僕は誘ってもくれない。

先輩に誘われたら行くくせに。

連絡先だって簡単に教えてしまうのに。


大体人にもらったチケットなんて、そんなに都合良くあると思う?

よく考えてよ。


そしてこの間は一緒に写真まで撮っていた。

僕なんて彼女と写真を撮る約束をしてから、何年も経っているのに。


それが僕を苛立たせる決定打になった気はする。

ついに彼女にその苛立ちをぶつけてしまった。


落ち着けばわかる。あれは拗らせた僕のただの僻みと妬みだ。

悪いのは僕、彼女じゃない。全部、僕が悪い。

反省した時はもう遅くて、それから僕と彼女は冷戦状態だ。


わかっている。

彼女が絡むと、僕の気持ちは途端に不安定になってしまう。

嬉しかったり、喜んだり、不安だったり、悩んだり、忙しい。

昔は模試でありえない計算ミスをして、今は仕事に全くと言っていいほど集中できない。




仕事が終わった後も夜遅くまで事務所で仕事をしていると、涼子さんが僕の席までやってきた。

事務所には僕と社長と涼子さんしかいない。涼子さんは僕の目の前に弁当箱を出した。


「はいこれ」

「なんですか?」

僕が眉を顰めると、涼子さんは苦い顔をした。


「これ、美波ちゃんが作ってくれたお弁当」


彼女が昼食を作るようになって、その残りを社長夫妻に渡しているのは知っていた。涼子さんは料理が大の苦手で、特に今は妊娠中で料理も大変らしい。

だから彼女が社長夫妻のためにおかずを作って渡しているのは知っていた。


目の前の箱がそれだと理解して、僕は勢いよく立ち上がってそれを手に取ろうとした。

でも涼子さんがいち早くそれを僕の手の届かないところに置く。


「どうしたの、そんな暗い顔して」

「なんでもないです」

「教えてくれたら、これをあげてもいい」

そう言って腰に手を当てた涼子さんに、僕は苦い顔をした。

嫌なことを言われる予感がした。


「楓くん、美波ちゃんと何かあったでしょう」

気づかれていたか、と思いながら見ると涼子さんはため息をついた。

「見てればわかります。何があったの?」

「……なんでもないです」

「なんでもないはずないでしょう」

そう肩を竦めた。

「僕が悪いんです」



そう、悪いのは僕だ。



返事の代わりに特大のため息をつくと、僕は黙って椅子に座った。

涼子さんは僕の目の前に、さっき遠ざけた弁当箱を置く。


「いいんですか?」

「いいよ」


涼子さんは苦笑いした。


「これ食べて、元気出して。今日はよく寝なさい」

「はい」

「それでちゃんと仲直りするのよ。明日話さないと休みになっちゃうからね」

「……はい」

隣で僕よりも大きなため息が聞こえた。

「楓くんにとって美波ちゃんは特別なんだもんね」

不貞腐れたような僕を涼子さんは励ますように笑った。

僕は涼子さんの言葉を否定しなかった。


僕の態度を見て、涼子さんは僕の気持ちはわかっていると思うから。

涼子さんは笑って僕の肩を叩くと、社長と二人で帰っていった。



一人になった事務所で僕は彼女の弁当を食べた。

いつも通りとても美味しくて、だけど、それを食べたら猛烈に彼女に会いたくなった。


実際の僕は彼女の連絡先も知らないから、連絡の取りようもないし、

会いたいの言葉も、この間はごめんと伝えることもできない。

それはやっぱり寂しくて、空しい。



僕は窓を開けてベランダに出た。

顔を上げて月を見つめる。また大きなため息が出た。


「明日は仲直りしよう」


そう心に決めた。




あと1話で完結します。

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