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世界で一番相性の悪い人  作者: 史音
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君と出会ってから③ 世界で一番

僕と彼女の関係性ってとても頼りない。


会いたくても、話したくても、それを伝える方法がない。

事務所にいたら、会えるかもしれない。

でも、会えないかもしれない。


仕事場で会う。

それだけの頼りない関係だ。



結局彼女と仲直りできないまま休日になって、僕は事務所で一人、仕事をしていた。だけど到底集中することなんてできなかった。


だって彼女は今、先輩と遊びに行っている。


勉強のために展覧会に行く、とか。どうなの?


イライラをぶつけるようにパソコンのキーを叩いたら、隣に置いていた書類がバサバサと床に落ちた。

「最悪」

こんなことなら休みの前に仲直りすればよかったと落ち込む。


そのチャンスはあったんだ。

休みの前日のこと。だけどタイミング悪く社長が声をかけてきたから、それきりになってしまった。

あの時、彼女は何を言おうとしたのだろう。


ふと目線を上げたら、スマホの画面にメッセージを知らせる通知が入った。画面を操作しようとして、目の前に飾ってある絵を見て視線が止まる。


この間彼女と描いた絵だ。


薄いピンク色と薄い青色の混じり合った絵。


この桜みたいな色は彼女の色だ。

昔、彼女の髪で揺れていたリボンの色。

この間のプレゼントのカップもこの色だ。


彼女の描いた青い絵を見て、すぐに浮かんだのはこの色と合いそうだなってことだった。なんとなく浮かんだイメージを元に描いた絵は、予想よりもよく仕上がって、自分でもかなり気に入った。今度機会があったら、これをうまく活かせないかと考えている。


この絵を見て、彼女を思い出して、それからこの間のことを思い出して、またしっかり落ち込んだ。

もう仕事に集中もできないし、帰ろうかな、と思っていたら、ドアが開いた。


顔を上げたら、そこにいたのは彼女だった。

だから驚いて、思わず何を言ったらいいのかわからなくて混乱していたら、彼女はちょっと気まずそうに目を逸らせて、手にした袋を僕に見せるようにした。

「一緒にご飯食べよう。野上くん」


正直に言う。

この時僕は本当に嬉しくて、もう少しのところで立ち上がって彼女を思い切り抱きしめてしまうところだった。


流石になんとか理性でそれを抑え込んだけど。



でも、それくらい嬉しかったんだ。



彼女は料理を初めて、僕はそのまま仕事をしていた。

料理する音が聞こえると、煮詰まっていた仕事も嘘みたいに進んでいく。

人がいる気配の中で働くのは、なんだか気持ちも落ち着く。

音のせいなのか、彼女のおかげなのか。

ものすごく欲張りだけど、いつもこうしていられたらいいな、って思った。

彼女がそうしてくれたら、僕はとても嬉しいし、仕事も捗るのに。



わかってる。

そんなことないって。

僕のとても都合の良い願望だって事も。



彼女の作ったオムライスを並んで食べた。とても美味しかった。

食後のコーヒーを飲もうとして、僕は驚いた。


彼女の差し出したカップが、僕がプレゼントしたものだったから。


僕が驚いたのに気が付いたのか、彼女は視線を下げた。その頬は少し赤い。

彼女がなんでもないように振る舞うから、僕もいつものように振る舞うようにした。だけど心臓がバクバクしていて、とても緊張した。

また二人で並んで座る。

何を言ったらいいのか、本当に迷って頭の中で考える。


そうしたら、彼女は両手でそのカップを大事そうに持っていて、

「この色、綺麗だね」

そう笑った。


それが嬉しかった。

僕と同じように考えてくれたんだなって。


同時に君は知らないと思うけど、これは君の色なんだよって伝えようとして、

だけどやめてしまった。



その事を話すには、僕と彼女の初めて会った時のことを話さないわけにはいかない。

でも、そうしたら、彼女の思い出したくないことを話すことになる。


悲しい顔の君は、もう見たくないんだ。


だから、この話はできないんだ。



「大事に使うね」

隣からそんな声がした。

僕が何か言うより前に、彼女の気を遣うような声がした。

「これ、本当にとても気に入っているんだよ」

その少し困ったような顔を見て気が付いた。


多分、彼女はまだ僕が怒っていると思っているのだろうって。

だから僕は急いで頷いた。

「……うん」

「本当だから」

必死に伝えようとする彼女に、僕は頷いた。

「……わかった」


視線を下げたら、目の前に机に置かれた君の手が見えた。


いつも美味しい料理を作ってくれて、事務所をきれいにしてくれて

そして、あんなに綺麗にピアノが弾ける。


僕にとっては大切な手だ。

大切で、愛しい手だ。


それを見ていたら、不意に思った。


もういいやって。


僕にとってずっと彼女は特別だった。

だけど一緒に過ごすようになって、その気持ちはもっと強くなった。

もう、僕ははっきりと彼女のことが好きだ。


彼女が昔のことを思い出したくないならそれでもいい。

今の彼女と今の僕で新しく関係を築いていければいい。



だって僕は昔の彼女も今の彼女も好きなのだから。



どうしようもないくらい、僕は彼女を好きで、彼女は僕の特別な人なんだ。

世界で一番大切で、世界で一番愛しい人なんだ。




「野上くん?」

僕が考え込んでいると、隣の彼女が僕の顔を覗き込んできた。

「あ、ごめん」

咄嗟に謝ると、心配そうに眉を寄せた。

「お休みの時もずっと働いているから、疲れとか溜まってるんじゃない?大丈夫?」

「うん、大丈夫」

僕は笑った。心配させないようにしたつもりなのに、彼女は気を遣ったように立ち上がった。

「私、帰るね」


それをやっぱり残念な思いで受け止める。


君ならいくらでも一緒にいてくれていいのに。むしろ一緒にいて欲しいのに。


彼女と離れるのが惜しくて、僕は駅まで送ることにした。

「いいよ、仕事中だし」

そんな彼女の言葉に僕は首を横に振った。

「気分転換に散歩する」


僕は家を出て歩いて行く。

彼女が後ろから走ってきて、僕の隣に来た。



僕は立ち止まった。

「何?どうしたの?」

驚いたように彼女は僕を見た。


僕は彼女に向かって口を開いた。

「今日はどうしてきてくれたの?」


その返事を、僕はとても怖い思いで待った。


もし、僕のために来てくれたのなら、本当に嬉しい。

もし、ただの偶然だったら、正直少し落ち込む。



でも、偶然ではないよね?

ただ食事をするために事務所になんて来ないよね。

だってプリンは二つ、あったんだよ。

一人で食べるつもりで、プリンを二つ買うかな?


多分、僕がいるって思ってくれたんだよね?

会いに来てくれた、んだよね?



必死に平静な様子を装ったけど、心の中ではとても怯えていた。



「なんとなく」

「なんとなく?」


彼女は困ったように笑った。

「もしかしたら、仲直りできるかと思って」

そう、ぽつりと小さな声で言ってから、僕を見つめる。

僕はほっとして、本当にほっとして、口を開いた。

「じゃあ、よかった。仲直りできて」

彼女は僕を見て、安心したように笑顔になった。



でも、安心したのは僕も同じだよ。

仲直りできたことも、もちろんだし。

君が僕を仲直りしたいくらいには思ってくれていて、顔も見たくないほど嫌いではないとわかるから。

嫌いでは、ないのだから。



だから、少しだけ甘えてもいいかな。



「僕、明日はハンバーグが食べたい」


そう言ったら、彼女は本当に驚いたように目を丸くした。

「え?」

驚いている彼女に、僕はまくし立てた。

「明日も休みだけど、僕は事務所で仕事するから。明日はハンバーグが食べたい」

彼女に向かって微笑む。

「じっくり煮込んだソースのやつ」


煮込みハンバーグがどうしても食べたいわけじゃない。

でも、咄嗟に思い浮かぶ時間のかかるメニューが、それしかなかったんだ。

時間がかかる凝った料理ならなんでもよかった。

そうしたら、料理ができるまでの長い時間、君は僕と一緒にいてくれるから。


それくらい、わがままを言って甘えてもいいよね。



そうしたら、彼女は少しだけ拗ねたような顔をしながら

「デザートはチーズケーキがいい」

そう、返してきた。

だから僕はチーズケーキを買って行く約束をした。

君が喜んでくれるなら、早起きだってする。

簡単なことだよ。



それから僕たちは駅までの道を並んで歩いた。

隣で揺れる手を繋ぎたいって、何回思ったかわからない。

ほんの少し手を伸ばせば、触れることができるのに、その縮められない距離をとても遠く感じる。



「もうすぐ駅だね」

駅が近づいたら、彼女が僕の方へ顔を向けた。

「うん」

すぐ近くに迫ってきた駅を、僕は恨めしい気持ちで見つめる。

もっと、遠くていいのに。


「送ってくれてありがとう」

僕は笑顔でそれに手を上げて返した。

「また明日ね、野上くん」

そう言って彼女は笑うと、体を翻して改札の中に消えていった。

着ていたスカートがふわりと広がった。


その姿が、初めて会った時の君の姿に重なった。




いつか、僕の事に気がついてくれないかな。

僕がずっと好きだった事なんて、気がつかなくていい。

昔のことは、もういいんだ。



今、君の隣にいる僕に気がついてくれたら、それでいいんだ。



それだけで、きっと僕は世界で一番、幸せになれる気がする。



これで完結になります。読んでくださった方ありがとうございました。

ブクマ、評価くださった方ありがとうございました。とても励まされてます。感謝です。

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