表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界で一番相性の悪い人  作者: 史音
23/26

夢が現実になる時

野上楓から電話が来たのは、土曜日の夕方に近い午後だった。

ちょうど家の自分の部屋で、パソコンでレシピ検索をしていた。


普段はメッセージでやりとりしていることが多いから、電話が来るのは珍しい。

だから驚いて、そして急いで電話に出た。


「藤沢さん?」

「うん、どうしたの?」

電話の向こうの野上楓の声は、ちょっと興奮したように上ずっていた。

「今ね、できた」

「え?」

「ずっとやっていた仕事、できた」

「本当?」

最近こっそり仕事とは別に、何かを作っているな、とは思っていた。

だけどそれが何かを聞いても教えてはくれなくて、

「完成したら、見せるから」

そう言って誤魔化されていた。

でも、どうやらその隠れてやっていた仕事ができたらしい。


「藤沢さんにすぐに見せたいんだけど」

「え?」

「今から、会えない?」

「今から?」

思わず聞き返してしまった。

だけど受話器の向こうから気遣うような声がした。

「あ、でも……無理なら明日でいいよ」


だから、私は笑って首を振った。

「大丈夫、今からいくね」

まだ遅い時間でもないし、何よりうちの親は私より野上楓の方を信用している。

だから、野上楓と仕事で会うと言ったら、笑顔で送り出された。




それから電車に乗って野上楓の家へと向かった。

「いらっしゃい」

そう言って出迎えてくれた野上楓は、満面の笑みだった。

「何を作ってたの?」

そう言うと、嬉しそうに笑った。

「これは、一番最初に藤沢さんに見てもらおうと思って」

私をソファに座らせると、自分も隣に座ってパソコンを立ち上げた。

そしてある画面を開くと、それを私に向けた。



「あ、これ……」

画面を見て驚いた。

それはクラシックのコンサートのポスターだった。


日本人の若手ピアニストたちが集まってコンサートをやることが決まっていた。海外でも活躍する有名ピアニストたちが出演すると言うことで、メディアでも取り上げられることが多かった。


私もテレビ番組でそのコンサートの存在を知った。

ちょうどこの家で音楽番組を見ていた時だと思う。

「いいな、行ってみたいな」

そう呟いたのを覚えている。



野上楓の見せてくれたのは、そのコンサートの広報デザインだった。


「これ、どうして?」


驚いて野上楓の顔を見たら、嬉しそうな顔をして笑った。

「このコンサートに出るピアニストの一人が知り合いで、もともとそこからこの会のことも聞いてたんだ」

話しながら指で画面を動かす。彼の作ったたくさんのポスターが画面に次々と現れる。

「それで、その広報デザインをやらせてくれって頼んだの。絶対にいいものを作るから、僕にやらせてって」

「ピアニストの知り合いがいるの?」

「そう、従兄弟」


思わずそれに飛びついてしまった。

「え?誰、教えて?この会に出る人?」

私の好きなピアニストかもしれない、そう思って隣の野上楓の腕を掴む。


そうしたら、野上楓はとても嫌な顔をした。

「その話は後」

私の肩をパソコンに向けた。

「今は僕の作品が、先」


画面を私の正面に移動しながら、大きく頷く。

「ようやく、納得できるのができた」

そしてまた画面を操作しながら、私に見せてくれる。


それを見てとても、感動して、すごいと思って、そして、驚いた。


純粋にそのデザインがとても素敵だったのもある。

そのデザインで使われている文字もレイアウトも全てが良かった。



だけど一番驚いたのは、そのデザインのメインになっているのが、ピンクとブルーのマーブル模様だったことだ。



それはあの絵だ。



私の書いた落書きに、野上楓が手を加えたあの絵。

私と野上楓が一緒に描いた絵。



このデザインには、あの絵があった。

私と野上楓の絵が。

少し形を変えたり、色の具合を変えたりしながら、私たちの絵がその中に存在した。



「これ……」


野上楓は嬉しそうに笑った。

私は画面の中の淡いブルーを指さす。


「そう、藤沢さんの色」

私は首を横に振った。

「違う、これは私の色じゃないよ」

野上楓は満足そうに頷いた。

「僕にとっては二つとも、藤沢さんの色だよ」

「どう言うこと?」

思わず苦笑いした。

野上楓は肩を寄せて私の顔を覗き込んだ。

「藤沢さんのイメージカラーはこの色なの」

「そうなの?」

「僕にとっては、ね」

そう言って笑った。


いつの間にか目の前の野上楓がぐにゃりと歪んだ。

「泣き虫だな、藤沢さんは」

そう言って、野上楓は私を抱きしめた。


「泣かせてるのは野上くんだよ」

「ごめん」

「怒ってない。喜んでるの」

私の後頭部をあやすように撫でながら、野上楓が笑った。

「泣くほどいい出来だった?」


手放しで褒めるのは、悔しいような気もするから私は顔を上げて野上楓を少しだけ睨んだ後で、頷いた。

「よかった」

野上楓が安心したように笑う。

「僕にとっては藤沢さんが良いって言ってくれるかどうかが、大事だから」

何か言おうと口を開こうとしたら、また涙がでた。



そのデザインは、本当に素敵だった。

もし、これを作ったのが野上楓だと知らなくても、私はきっとこれを好きになると思った。

「本当に、すごく素敵」

耳元で野上楓が嬉しそうに笑った。

「気に入ってくれてよかった」

「どうしてもっと早くに見せてくれなかったの?」

「完成してから見た方が、感動するでしょう」

まるでいたずらが成功した子供みたいな顔で笑った。


私は彼の胸に額をつけた。

「すごく、嬉しい」

野上楓は黙って私の頭を撫でた。

「うん」


彼の作る作品はどれも好きだった。

今までの作品も好きだ。


でも、これが一番、好きだ。

一番好きな作品だ。


私にはわかる。

この中にはたくさんの彼の想いが詰まっている。



私は顔を上げた。彼を見て笑って口を開いた。

「ありがとう」

野上楓は何も言わなかった。


だけど私に応えるように笑うと、手を伸ばして私の顔を上向けた。

そして体をかがめて目を閉じてそっと私に口付けた。


一度目のキスはあっという間に離れて


私に微笑みかけると、角度を変えてもう一度口付けた。

いつもよりもちょっと深めのキスは、とても心地良くて、唇を重ねるほど、お互いの気持ちが強くつながるような気がした。


だから私たちは何度も唇を重ねた。


唇を離すと、野上楓は私をぎゅうと抱きしめた。



「好きだよ、美波」



そんな声が聞こえて、抱きしめられた腕の中で、驚いて顔を上げる。


名前で呼ばれたのは、初めてだ。


視線があうと野上楓は気まずそうに視線を逸らせる。耳が少し、赤かった。

だから私も笑って、彼に抱きついた。


「私も、楓のこと好きだよ」


返事の代わりに、抱きしめる腕に力がこもった。



「あのさ……」

「え?」

「もし、今日……」

顔を上げたら、野上楓はさっきよりももっと赤い顔をしていた。だけど私の顔を見て、それから首を横に振った。

「あ、やっぱりなんでもない。突然だし、無理だよね」

「何?」

野上楓は私を引き寄せると、私の肩の上に自分の額を乗せた。

「その、もう少し一緒にいたいというか……いや、いい。ごめん」

私の肩の上で頭を左右に振る。

「ごめん、なんでもない」


野上楓はそれ以上、何も言わなかった。

だけど私にはわかった。

多分、野上楓も私と同じことを考えている。



これで別れるのが惜しくて。

もっと一緒にいたくて。


まだ、離れたくない。



私は手を伸ばして、そっと彼の服の袖を摘んだ。


「私も……」

「え?」

野上楓が頭を離して、私の顔を覗き込んだ。

恥ずかしくて、今度は私の顔が赤くなりそうだった。



「私も、一緒にいたい」



楓は何も言わなかった。

私も何も言わなかった。



だけど、そっと抱きしめてくれたから、私も彼を抱きしめた。



その日、私は一晩中彼と一緒に過ごした。

とても長くて、でも短いような時間を一緒に過ごして

楓のことが、もっともっと好きになった。






1年後

この時作った楓のポスターは、賞を獲った。


その表彰式に向かうために、前も通った道を並んで歩きながら、楓が私を見た。


「ありがとう」

私の言葉に驚いたように楓が目を丸くした。

「え?」

「現実にしてくれて、ありがとう」

「なんのこと?」

わかっているのにそう言ってくる楓を見て私は笑った。

「ありがとう」


そう言うと楓は嬉しそうに笑った。



私は彼に微笑んで、それから繋いだ手に力を込めた。

たくさんのありがとうを込めて。





本編完結です。

今晩中に男性視点のお話を追加して完結です。

誤字脱字報告いただきました。ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ