第21話 もちろん、弱みを握るためですよ。
「シャル! 大丈夫か!?」
「わたしはヘーキでーす!」
「オレはちょっとやばいかもー!!」
ドラゴンの追撃を避けながら叫ぶ。まさかこんなことになるなんて。
それはさかのぼること十数分前。オレとシャルがドラゴンが住むという山に足を踏み入れた時だ。まさか二度も足が抜けるとは思わなかった。真っ逆さまに落ちた先はドラゴンの巣。期せずしてオレたちはドラゴンとエンカウントしたのだ。
「タケルさん! とにかく動き回って背後を突くんです! どこかにドラゴンの核があるはずです!」
「おう! ……って、オレがやるのか!?」
「応援してまーす!」
離れたところで安全を確保するシャル。戦闘力がないとはいえ、おとりぐらいにはならないものだろうか。
しかしオレも逃げてばかりではない。ドラゴンと戦闘になるかもということで、ここに来る前に渡された物がある。アイテムの数々だ。これを駆使すれば、きっと勝てる!
先ずは炎のエレメントが込められた火薬瓶!
「ボルケーノ!」
「50シリル!」
次に、光の盾を作り出すアクセサリー!
「ライトシールド!」
「80シリル!」
そして! 無数のつぶてと成る魔法の鱗粉!
「アイスブリッツ!」
「100シリル!」
「おいこらシャルゥウウウウウウ!」
「なんですかー!?」
「いちいちアイテムの値段言うのやめてくんない!? すんげー使いづらいんだけど!?」
「でもあとでいくら使ったかわかるからいいじゃないですかー! 親切心ですよ親切心ー!」
「そんな心遣いはいらない!!」
鬼畜銭ゲバシャルへの借金が次々に重んでいく。果たしてオレはこの戦いが終わった時に生きていけるのだろうか。色んな意味で。
「他に何か使えるアイテムは……」
ド○えもんよろしく、シャルから手渡されたバッグの中を漁る。
「おお、あった! 閃光丸――」
「2000シリルゥ!」
「使いづらいィ!」
あっ。
という間もなかった。ドラゴンの口が目前に迫る。そこから赤い光が見える。
「やばい、焼かれる……!」
咄嗟に防炎マントを翻す。これでも防ぎきれるかどうか……! 灼熱の炎が吐き出された。
「500シリルゥウウウウウウ!!」
「オレの心配しろや!」
そう突っ込んだ瞬間、ドラゴンの体がぐらりと揺れる。何かに衝撃を受けたのだ。巨大な槌を持ったパルがドラゴンの顔を横殴りにする。そのままドラゴンは横に崩れた。
「パル!」
「なんであんたらがいるの! でもそれより今はこいつをどうにかするのが先決ね!」
「賛成だ!」
思いがけずパルと共闘することに。起き上がったドラゴンが爪を振るう。
「っと!」
ギリギリのところで避ける。しかし、先っちょがバッグに当たり、そこから閃光丸が飛び出す。
「あああああ! 2000シリルゥウウウウ!!」
手を伸ばすが届かない。そのまま奈落へと落ちるかと思ったが、寸でのところでパルにキャッチされる。
「なにこれ?」
「よくやったパル! それは閃光丸といって激しい光で相手の目を眩ませるが、それ自体がとても高価な――」
「へぇ~。いいこと聞いた」
「え」
嫌な予感。そう思った時にはすでにパルは大きく振りかぶっていた。
「閃光丸!!」
「2000シリルゥウウウウウ!!!」
辺りがまばゆい光で包まれた。
「にっしっしっし。討伐完了!」
「2000シリル……」
「ほーらメソメソしないの。おかげでドラゴンを倒せたんだから」
「そうですよ。結果オーライですよ。あ、2000シリルはタケルさんに付けておきますからね」
「オレかよ!?」
「当然です」
どれだけ借金がかさむのだろう。想像するだけで吐き気がする。
「あれ。まだ息があるねこのドラゴン。トドメ、やっちゃう?」
「待て!」
パルの言葉を第三者の声が止める。トニックだ。
「あら、トニックさん。遅かったですね」
「わしとしたことが道に迷っちまった……そんなことよりも、だ。ダメだパル。そいつを殺しちゃなんねぇ」
「え、なんでだよオヤジ?」
「なんでもだ。とにかく、そいつは生かしておけ。もういいだろ。一緒に帰ろう」
「おかしなヤツだな。にっくきドラゴンを倒せるチャンスだぜ? どこをためらう理由があるってんだ」
「そうですね~まるでドラゴンを殺すことで不都合があるみたいな言い方ですよねぇ」
「っ!?」
「あらら。当たっちゃいましたか。びっくりです」
「……どこまで知っている?」
「おおよそは、です」
鋭くなったトニックの目つきにシャルが笑顔で応える。戸惑っているのはオレとパルの二人だ。
「ど、どういうことだよオヤジ。何を言ってるんだ?」
「それは……」
「別に隠す必要ないじゃないですか。悪者なんていなかったって話ですよ。あのドラゴンでさえもね」
「おいシャル。オレもちんぷんかんぷんなんだが」
「タケルさんも見ましたよね? 陥没都市の下にある大金脈、それと竜石。あれ、元々このドラゴンが作り出したものなのですよ」
「……ん? それはおかしくないか? だってそれなら……」
「ええ。元々ドラゴンは陥没都市にいたってことですよ」
シャルはさらっと言ってのけた。
「まてまてまて。情報が整理できない」
「タケルさんのスペックならそうかもですね。ですが次にあなたはこう思うでしょう。そのドラゴンがなぜこの山にいるのかと」
「そう。それだ」
「実はそれも簡単な話でして。彼らがドラゴンを追いやったのですよ。この山にね」
トニックは苦虫をかみつぶしたような顔になる。どうやら図星のようだ。
「どうしてそんなことを……」
「新たな金の鉱脈を作ってもらうためですよ。ドラゴンは金を生む卵だと知りましたからねー。そりゃあ喜んだでしょう。あ、ちなみにドラゴンの主食はクズ鉄です。それを食べて出た排泄物が金となるのです。だからこそシリルドラゴンと呼ばれているのですね」
地面に伏す金色のドラゴンに目を落とす。物凄い罪悪感が襲ってきた。
「こいつは住処を奪われた上に更に利用されたのか……」
「もちろん、このことを知っているのは一部のドワーフだけですよね、トニックさん?」
「……ああ。その通りだ」
観念したかのようにぼそりと呟く。悪事がバレた悪代官のようだ。
「オヤジ……その話本当かよ」
「ああ」
「ふざけんな! じゃあ、町のみんなは――」
「仕方がなかったんだ!」
「っ……!」
「みんなを食わしていくためには仕方がなかったんだ。卑怯者と罵られてもいい。利用できるものはとことん利用してやるさ。そうじゃないと生きていけないからな……」
「オヤジ……」
「やーやー。立派な心掛けとは思いますよ? わたしがドラゴンだったら怒りのあまり毎日叫びますけどね。ですが残念なことにあまり強くもないドラゴンです。ドワーフの軍勢に立ち向かわれては手も足もでないでしょう」
「じゃあ、山に行ったヤツが一人も帰ってこなかったってのは嘘だったわけか」
「箝口令を敷いていたんでしょうねー。そうした噂を立てておくことで立ち入りを禁じていたわけですね」
「全てあんたらの言う通りだよ。どうする? このことを王都にチクるか?」
「いえいえそんなことしませんよ。やってることは外道ですが、家畜を養殖しているようなものですからね。わたしたちがどうこうする問題でもありません」
「じゃあなぜここに来た? 正義感のつもりだったか?」
「何をおっしゃいますか。もちろん、弱みを握るためですよ」
にたぁ、と笑うシャルに思わずこちらが身震いをしてしまう。これ、得意なパターンや。
「わたしたちの目的は当初から変わりませんよ。交易の自由権を認めてもらうことです。さてトニックさん。あなたはどうしますか?」
「……ケッ。逃げ道を無くしておいてよく言うぜ。いいだろう、認めてやるよ」
「ありがとうございます」
シャルがこちらにウィンクを飛ばした。恐ろしいやつだ。
「だが、こちらも商人の端くれだ。こんなこと言える立場じゃねぇけど、一つ条件がある」
「わぁ、厚かましい。なんでしょう?」
「わしは商人としてあんたらを認めたい。だから一つ、勝負がしたい」
そう言うとトニックは懐から一枚の硬貨を取り出した。片面に獅子、もう片面に1という数字が彫刻された硬貨、1シリル硬貨だ。
「わしが今からこの硬貨を弾く。それで表か裏かを当ててもらう。もしあんたらが当てられれば約束通り自由権を認めよう。だが、もし間違った場合、あんたらはここに来ていないし、何も見ていない。いいな?」
「ふむふむなるほどですね。商人には運も必要ですからねぇ。どうします? タケルさん」
正直、こちらが弱みを握っている以上、しなくてもいいこの勝負。オレの答えは……
「ちなみにだけど、その硬貨はどっちが表裏なんだ?」
「数字が書かれている方が表、獅子の紋様が裏だ」
「なるほどね。よしわかった。その勝負受けよう」
「決まりだな。じゃあいくぞ……」
「待った。こっちも一つ条件がある。使うのはそれじゃなくて、この硬貨だ」
オレは懐から100円を取り出した。100シリルじゃなくて100円。つまりオレの世界のお金だ。
「別に問題はないよな?」
「ああ、いいだろう」
相手の同意を得て100円を弾いて渡す。そしてトニックは天高くに100円硬貨を弾き、自らの手に落とした。
「さぁ、表か裏かどっちだ?」
「……表だ」
「表、だな」
トニックの手がゆっくりと開かれる。そこに見えたのは、桜の紋様だった。
「ふ……残念だが――」
「ああ。オレの勝ちだな」
「あ!?」
とても意外そうな顔をされる。そんな顔されるこっちが意外だというのに。
「あんた、見えてねぇのかよ? どうみても紋様の方だろうが!」
「おう見えてるぜ。だからオレの勝ちなんじゃねぇか」
「ふざけるな! 紋様の方は――」
「表、なんだよ。オレの世界では」
「え……」
「桜の紋様が表、んで数字が裏。その硬貨はそうなってるんだよ。常識だぜ常識」
「ま、待て。そんな戯言……」
「戯言じゃねぇよ。本当なんだよ。シリル硬貨だとあんたの言う通りだったけど、これはシリル硬貨じゃねぇもんな。当然表も裏も違うってわけだ。ま、あんたの失敗としてはその硬貨がどっちが表裏かって聞かなかったことだな。残念だったな、ドワーフ」
トニックの顔がぐにゃあ、と歪む。もはや反論することもなさそうだ。
「……わかった。負けを認めよう」
「あはは、ちょっと見直しました、タケルさん」
「ちょっとかよ」
勝負に勝利したオレたちは、山を出て陥没都市へ戻ることにした。
「ほら、これを持て」
そう言ってトニックが渡してきたのは竜石がはめられた指輪だ。
「おお。なんか高そうな」
「売るなよ。そいつはわしらの証なんだからな」
「まぁ、これだけ出来が良ければ一つ100万シリルはいきそうですね」
「…………」
「だから売るなよ!?」
危ない危ない。思わず誘惑に負けてしまうところだった。
「じゃ、目的も達成できたことですし、行きましょうか」
「あれ、そういやパルは?」
「ここだよ」
少し離れたところに暗い表情のパルがいた。
「行っちゃうんだな……あたい、知らなかったよ。オヤジがそんなことをしているなんて。だけど、オヤジの考えもわかる。だからすごく複雑なんだ」
「パル……」
「ってことでさ、あたい、一つ決めたことがあるんだ」
「なんです?」
「あたいたちとドラゴンってさ、上手く共存できると思うんだ。ドラゴンが鳴くのは住処を追われたから、つまり食い物を取られたからだろ? だったらあたいらが与えればいい。幸い、クズ鉄は腐るほどあるんだ。これから毎日、山へクズ鉄を運ぶんだ。オヤジと、みんなでね」
「ま、待てパル。さすがにこの距離を毎日は……」
「やるんだよ。いいね、オヤジ?」
「……おう」
娘に説き伏せられ、トニックは力なく返事した。
「あはは、いつかドラゴンと仲良くなれたらいいですね」
そんなシャルの言葉を残してオレたちは陥没都市を出た。
「まぁ、難しいでしょうね」
「出た途端にそれかよ」
「だってそうでしょ? 住処を追われてるんです。そんな人たちからのお恵みなんて受け取ります? わたしならツバを吐いてぽいーですね」
「……やっぱそうなるか」
「ですが。まぁ、万が一ですが。共にわかり合うことができたなら、あの町はもっともっと発展するでしょうね」
「そうだといいな」
馬車馬の軽快な足音が心地よく響いた。
「でもタケルさん。さっきのあの勝負、もし裏が出たらどうするつもりだったんですか?」
「その時は向こうのルールに則っただけさ。つまりどっちにしろオレの勝ちってこと」
「うわ~やりますね」
「そんな眉間に皺を寄せて言われても」
「褒めてるんですよ。それよりタケルさん。陥没都市で掘り起こした金、あれ換金しておきましたよ。」
「おお! 地下にあった金塊もか!?」
「残念ながらあっちは取られちゃいました。元々向こうの所有物らしいですし」
「まぁ、しょうがないか。で、金はいくらだったんだ!? いくらもらえたんだ!?」
「はい。500シリルです」
「え? いまなんて?」
「ですから、500シリルです」
「……冗談だよな?」
「本気です」
「そ、そんなに安かったのか……?」
「金自体はそこそこ価値があったんですけど。そこから馬車の運賃、道具代、その他雑費もろもろを差し引いたらこれぐらいになっちゃいました」
「そんなバカな!!」
「残念でした。あ、それとは別にこの間話したエルフとオークの交易益が出ましたよ」
「……はいはい。それは何百シリル?」
「10万シリルです」
「……え?」
「ですから、10万シリルです」
「………………………え?」
「ね? 商人って儲かるでしょう?」
「……本当だな」
【今回の収支】
・金の鉱石 +6,000シリル
・馬車代 -500シリル
・アイテム費 計-5,000シリル
・交易益 +100,000シリル
――――――――――――――――――
合計 +100,500シリル
目標マデあと 3,897,900シリル




