第15話 おいひぃー! 薬草おいひぃー!
「誰が婚約者ですか。適当なこと言うとその口縫い合わせますよ」
「う~む。相変わらず良い踏みだ。私は嬉しいぞ! はっはっは!」
シャルに踏まれながら恍惚の表情を浮かべる大女。確かコアントロと言ったっけ。
「知り合い?」
「ええ残念ながら。ですが大勢いる知り合いの中の一人です」
「おいおい。そんなに恥ずかしがるなよ。私とお前の仲だろ?」
「誰と誰の仲ですって? え?」
シャルの踏みつけが更に厳しくなる。それにしても踏まれている方は幸せそうな顔である。
「む? ところでシャルドネよ。そこにいらっしゃる御仁は誰だ?」
「ああ。こちらは私の仲――」
言葉を止め、にやっと笑うシャル。嫌な予感がする。
「恋人です♪」
「は?」
「なにぃいいいいいいい!?」
幸せな気持ちもどこへやら。コアントロはがばっと起き上がり物凄い形相で迫ってくる。
「恋人っておいどーゆーことだ!? キミとシャルドネは付き合ってるのか!? ラブラブなのか!? 一体どこまで行って――」
「ボス! 下品な会話はやめてくださーい!」
チータにわたわたと止められる女ボス。オレはとりあえずシャルの方を見る。
「オレはお前の恋人だったのか。知らなかったぞ」
「んなわけないでしょう。悪い虫が近づかないための保険ですよ」
「人を虫よけスプレーみたいに扱いやがって……」
「改めて紹介しましょうか。彼女はコアントロ・アイゼンフォート。王都を中心に活動するアイゼンフォート商会の代表です。そしてアイゼンフォート商会は我がグリンゴッツ商会の最大のライバルでもあったりします」
「あれでも?」
「あれでも、です」
部下二人に押さえられる女ボスに目を向ける。やはりそうは見えなかった。
「ふ……ふふふ……しばらく会わない間に色々変わってしまったのだな。だが私は負けないよ。障害が多いほど恋は燃え上がるからね」
「あはは。そのまま燃えカスになってしまえばいいのに」
「辛辣だなぁ。せっかく好意を向けられているんだから喜べばいいのに」
「同性の、しかも本気で迫ってくる相手ににこやかな笑顔なんて向けられませんよ。それはそれとして。こんなところで会うなんて偶然ですね。最近どうですか?」
「仕事の方は順調だよ。業績も伸びてきているし。キミの方こそ、どうなんだい?」
「まぁぼちぼちです。そちらは相変わらずエグい手を使ってらっしゃるんですか?」
「エグいだなんてそんな。私は一生懸命やってるだけだよ。想い人とはいえキミは競争相手だからね。こっちの方では遅れは取らないよ」
「そうですか。まぁこちらも負けるつもりはありませんけどね」
「言うねぇ」
両者の間でバチバチと火花が散る。いいライバル関係のようだ。
「さぁ二人とも。いつまでもこんなところにいても仕方がない。早く次の現場に向かおうか?」
「りょーかいですボス!」
「うむぅ。せっかくの勝負がおじゃんになってしまった。金マン、この勝負預けるぞ!」
「ではな、シャルドネ。今度ゆっくり茶でも飲もうじゃないか」
そう言って愉快なコアントロ一味は去って行った。嵐のような連中が去り、周りにいたギャラリーもつまんなそうにまた喧噪へと消えていく。
「はぁ、なんだか一気に老け込んだ気分です。こんなところで会うなんて不吉な予兆としか思えません」
「オレもせっかく大金が手に入るはずだったのにな。残念だ」
「気持ちを切り替えましょう。次は商業区を回りましょうか。もしかしたらいい話が聞けるかもしれません」
「うん。ここに来るよりまず先にそっちを行くべきだったよな」
「のどが渇いていたんです。仕方ないです」
「お前の都合かい」
やれやれ、と呆れつつシャルと二人、ギルドを出ることにした。ここで一つ思い出す。
「あ、おっぱい……」
「おっぱいは無しです」
サイボーグ姉ちゃんはいつの間にかいなくなっていた。
そしてオレたちは商業区の武器屋へ。
「儲け話だぁ? こちとら自分の経営で手一杯なんだ。人のことなんざ構ってちゃあらんねぇよ」
武器屋の中年の主人は苦そうな顔でぼやいた。
「へぇ。何か問題でもあったんですか?」
「アイゼンフォートの連中だよ。あいつら、他から安い武器を大量に仕入れるもんだからウチの商売あがったりよ。ウチだけじゃねぇ。隣の防具屋もアクセサリー屋も道具屋も、全部アイゼンフォートの連中の被害に遭っている。このままじゃ王都中の店は全部店じまいだ。先祖代々受け継いだこの武器屋もな」
「なるほど。シャルがエグいと言っていたのはこのことか」
大型ショッピングモールの登場で被害を被る地元商店街のようなものだな。と、なんとなく思った。
「でしょう? あのクソデカサイコレズビアンのやりそうなことです。儲けるためなら手段は問わないのですよ。で、タケルさん。ここでわたしたちの出番です」
「ここで?」
「ええ。まずはご主人と交渉しましょう。見ててください」
そう言うとシャルは一歩前に踏み出した。
「事情はよくわかりました。そこでご主人、一つご提案があります」
「提案だぁ?」
「見たところ、こちらの武器は丹精込めて作られていて質も非常に素晴らしいです。こんな素晴らしい作品が知られていないなんて勿体無いです。ぜひもっと世間に知られて売れてほしい。そうですね?」
「ま、まぁそうだな」
「それならこのグリンゴッツ商会にお任せください! こちらの商品がもっと売れるように取り計らいましょう。それこそアイゼンフォート商会の影響なんて屁とも思わないぐらいに」
「そんなことできるのか嬢ちゃん?」
「もちろんです! 必ず成功してみせますよ……こちらのタケルさんが」
「……オレぇ?」
やや間を置いてそれがオレに振られた言葉であることを理解する。理解はしたものの当然納得はできない。
「おい! どういうことだよシャ――」
「お・ま・か・せ・く・だ・さ・いですって!? 流石タケルさん! ではご主人、後ほどまたお伺いしますので、その時までに答えを用意していてくださいね! さ、行きますよタケルさん」
武器屋からやや離れたところでシャルに話しかけられる。
「タケルさんには広告塔になっていただくと言ったでしょう? これはその第一歩です!」
「ほう、詳しく聞こうか」
「商品が売れるにはやはり知られなければいけません。その手っ取り早い方法はなにか? 答えは簡単です。多くの方に知ってもらえばいいのです。しかも大々的に。ここまではいいですか?」
「待て。そもそもどうしてオレがここの武器屋の商売の手助けをしなければいけないんだ?」
「あなたの脳みそはカニミソですか。わたしが店で言ったことをもう忘れたんですか? ご主人の信頼を得ることで王都のみならず他の都市でもここの武器を流すことが出来るんです。そうすることでこちらにはそこから出た利益が入ります。しかも、それだけではありません。銅、鉄、銀、アダマン等々、武器に使う原料をご主人に売りつけることもできます。ルートを開拓するということはそれだけ大事なことなんです」
「確かにそう言ったかも……んで、広告塔になるってのは?」
「要はご主人の店の商品をアピールできればいいんですから、タケルさんがその商品を身に付けて宣伝すればいいんですよ。それにはうってつけのイベントもあることですし」
「なんだか激しく嫌な予感がするんだが」
「ちょうど数時間後に闘技場で武闘大会が開かれます。飛び入りもいいそうです。そこでタケルさんが武具を身に付けて優勝すれば……」
「……ああ、それはいい宣伝になるな」
「そういうことです。良い方法でしょう?」
「オレの意思はどこにあるんでしょうか」
「お金は欲しいですよね」
「なるほど。意思=金ね」
「ということで、後使えそうな防具屋、アクセサリー屋、道具屋にも行きましょう。同じように説得するんです。これが上手くいけば一気にルート開拓ですねひゃっほう」
「商魂たくましいな」
やけにテンションの高いシャルについて他の店も回る。皆アイゼンフォート商会に苦しんでいるらしく、結構あっさりとこちらの申し出を受け入れてくれた。
「これで大体の材料は集まりましたね。あとはタケルさんが優勝するだけです」
「簡単に言ってくれるな……」
「だいじょぶです。骨は拾ってあげますから」
「死んじゃってるじゃねぇか」
そして数時間後。各店から借り入れた剣、鎧、兜等の武具、アイテムなどを身に付けて武闘大会に参加することに。
初戦。幸いにも、対戦相手が弱くそんなに苦労せずに倒せそうだ。
「ここは一気に……と、」
相手の剣をかわしながら、シャルに言われたことを思い出す。
『宣伝を忘れずに、ですよ!』
試合前からシャルに言われたことだ。恥ずかしいけど……しょうがない。わざと相手の剣を軽く肩に受ける。
「ぐわー。あれ、痛くないぞ。な、なんてことだー。この鎧があったから助かったぞ。このラルフ防具店で売っている鉄の鎧を身に付けていたおかげでー。なんてすごい鎧なんだー」
「すごい! すごいですタケルさん! すごい棒です! まったく演技の才能がありません! ですがその調子です! どんどん宣伝してください! あ、でもやっぱりもうちょっと演技してください! この大根虫!」
客席からシャルの声が聞こえる。あの野郎……楽しんでやがるな。まぁいい。オレはオレのやるべきことをやるだけだ。今度はこちらの剣を振るって相手の足元の床を破壊する。
「なん……だと? なんだこの剣は! すごい攻撃力……そう、まるで猛獣の牙のような……所有者のオレでも恐怖する一品だ! これはどこだ、どこで売ってるんだ……は! そうだ! ガンツ武器店、ガンツ武器店に売っているんだ! 今なら剣一本買うごとにもう一本ついてくる、ポイントも5倍のガンツ武器店に、みなさまもどうぞ、おっこしーくーださーいー」
最後は店のイメージソングだそうだ。これらのセリフは武器屋の主人が考えてたりする。羞恥プレイだ。やってるこっちの身にもなってほしい。だが、これも取引なのだから仕方ない。我慢するしかない。そして今すぐに、客席で笑い転げてるシャルに一発ぶちかましてやりたい。
「タ、タケルさん……くく、いい感じです……あ、あと、アイテムもお願いします。もっと演技をつけて……ぷぷっ」
「…………」
おもむろに懐から薬草を取り出して食いちぎる。
「おいひぃー! 薬草おいひぃー! ドンズルレバコスタステビアンテ道具店の薬草めちゃくちゃおいひぃいいいいいいいいいい!!!」
「お、お腹いたい……!」
最後に一撃で仕留めてオレは試合に勝利した。
「あー笑った。お疲れさまでふ、タケルふぁん」
言葉の途中でシャルのほっぺたを両方からつねる。
「なにをしゅるんでひゅか」
「うるせぇ。これで許してやらぁ」
ぱっと両手を放す。
「うんうん、いい宣伝効果があったと思いますよ。タケルさん才能あるんじゃないですか?」
シャルが両頬をさすりながら笑顔で言う。
「嬉しくねぇよちくしょう」
「あはは。この調子で決勝まで突き進んでくださいね。この大会が終わるころには効果が出てると思いますので」
「そうだといいけどな。代わりに変な噂が立たなければいいけど」
「兜をつけているので大丈夫ですよ。じゃあわたしはまた客席で応援してますね。タケルさんの小芝居……いえ、活躍期待してますよ」
「なぁ。今小芝居って言ったよな。なぁ」
オレのセリフに振り返ることもなく、シャルは客席へと走って行った。やれやれ、と呆れつつオレは会場へ向かうことに。そこから特に苦戦することもなく、演技を交えつつ決勝まで進む。そして決勝の相手も難なく倒し、オレの武闘大会は終了したのである。
「おいひぃいいいい!! 薬草おいひぃいいいいいい!!!」
薬草狂いの変態王者の伝説を残して。
「いやぁ。よくやってくれた。おかげで注文が殺到してるよ。これでこれからもどうにか食いつないでいける」
武器屋の主人はほくほく顔でそう言った。さっきまでのいかつい顔はどこへ行ったのだろうというぐらいの笑顔。
「あはは、それはよかったです。では約束通り契約の話を……」
仕事の話を進めるシャルをよそに、オレはぼーっと考えた。今夜どこに泊まるんだろう、と。ちょうどそのタイミングだった。
「クガ・タケルさま、ですね?」
見知らぬ女性に話しかけられた。
「お、おう」
「わたくし、レヴィンレイギス城にて侍女をしておりますアルディラと申します。ベルベット姫様からの伝言をお伝えしに参りました。『今夜泊まるところがなければウチに来なさい』と」
「……マジで?」
こうして思いがけず宿を取ることができたのである。
【今回の収支】
・優勝賞金 1,000シリル
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合計 1,000シリル
目標マデあと 3,997,400シリル




