3.
結婚にまつわるお披露目が済み、二人きりで寝室で寛ぐ。
「今日はお疲れさま。結婚のお披露目がこんなに大変だとは思わなかったよ。」
「ええ、わたくしも。侯爵家に嫁ぐのですから覚悟はしていたのですけど、ここまで盛大にお祝いしていただけるなんて。」
その時、わたくしは油断していた。
今まで完璧に彼の妖精さんを演じていて、彼もすっかり騙されていたから。
「君のあの歌。もう一度聞かせてくれないか。」
「ええ?また?今日は初夜でやらなければいけない事が沢山あるんですよ?…仕方がないひと。ちょっとだけですよ。」
いつも通り、少しだけ口遊みハミングをする。
「ああわたしのエンリケ。たったひとりの愛しい子。」
彼がハミングに合わせて変な歌詞をつけ始めた。
「ふふっ。どうしたの?わたくしの愛しいエンリケさま?」
「ああこのガラスの鳥籠の中ではわたくしは貴方に会いにいけないの。それは死ぬよりも辛いこと。」
え。
「ああエンリケ。エンリケにこの歌が届くように。…ってどうしたの?歌ってよ。僕もこの国の言葉で一緒に歌ってあげるから。」
わたくしが黙ってしまうと、小さくため息をついてまた彼が歌い出した。
「ああアスワド。わたしの愛しい人。貴方の事が恋しいの。今すぐ飛んで会いに行きたいの。でも」
彼が真顔になって続けた言葉に、わたくしの顔色は真っ白になってしまった。
「今すぐ飛んで会いに行きたいの。でも。羽をもがれてしまったの。…羽をもがれて、ガラスの鳥籠に閉じ込められたわたしは…」
彼は泣いていた。
「え、エンリケさま?どうなさったの?なんだか恐ろしいお歌を歌われるのね。なんだか怖いわ。」
「お前の歌はどこで覚えた?」
涙も拭わずに彼が問いかける。
「え、どこでって…それは幼い頃の記憶で、わたくし…そ、そうわたくしはとても幼い頃に妖精の里から離れてしまったからちゃんと覚えていないの。」
精一杯悲しい顔で言ってやれば納得するだろう。
そう思ったが違ったようだ。
彼がおもむろに寝着を脱ぐ。何故このタイミングで脱ぐか分からず戸惑ったが、彼が背中を向けた事で全て理解した。彼の背中には。
彼の背中にはとても薄くて小さいけれど…。
あの妖精と同じ。羽が生えていた。
「あ、あ、ああっ」
「君の羽も見せてくれるかい?」
少しはだけかけていた寝着をきつく体に巻きつけ逃げようとした。
コンコン。
助けが来た、そう思ったのに。
「エンリケ?もういいかい?」
「お、お義父さまっ!助けてください!」
「助ける?誰を?」
入ってきた義父の顔は笑顔だった。目は笑っていなかったけど。
「この女はまだ理解できていないのか?お前の羽を見ても?」
「ええ、そのようです。あれだけ大胆に妖精を騙ったくせに。」
に、逃げなきゃ。逃げ道なんて残ってないって分かってるのに。逃げる、逃げられないと頭が混乱してくる。
…身体はもう動かなくなっていた。
※※※
「なんだ、もう薬が効いてきたのか。つまらんのう。もっと恐怖を与えたかったのに。」
父の怒りは尤もだ。
「とりあえずはこれでいいんですよ、父上。母上を取り返すまではこちらの言う通りに動いて貰わなきゃ。」
俺は人間と妖精のハーフだ。
林道で襲撃に遭い、護衛たちと離れて森に彷徨い込んだ父とそれを助けた母。
二人は種族を超えて共に生きる事を誓ったのだ。
あの日母は妖精の里に戻ろうとしていた。
あまりオープンにされていないが、妖精族と姻戚関係になった人間は案外多い。
完全な人間である父は妖精の里には入れない。夫婦になる事を許されても、そこには超えられない一線があるのだ。
俺は妖精の血も引いているから定期的に母の親族とも会っていた。その日も母に連れられ妖精の里に向かっていた。
普段なら人間など一人もいない森の奥。何故彼女たちはそこにいたのか。
「おとうさま!あのようせいがほしいわ!」
幼い女の子の声が響いた。
母が木の高いところに生っていたリンゴをひとつ、俺のために取ってやろうと羽ばたいた時だった。
幼な子が妖精を欲しがるのは仕方がない事だ。だが、普通なら。諌め、叱るはずの父親は娘のために妖精を狩る事にした。
危険を察知した母は咄嗟に俺を隠した。
愛しているわ、エンリケ。
という言葉を残し、俺とは反対の方向に飛び立つ。
最後に聞こえてきたのは。
「お前はわたくしのものよ?生意気しなければ餌をちゃんとあげるわ。」
女の子がそう言い放つ声だった。
母に向かって餌をやるだと!飛び出そうとした俺は、来るのが遅いと様子を見に来た祖父母に止められ里に逃げた。
祖父母と父との間でどんな話があったのか分からない。
俺はとりあえず父と暮らす家に戻り、母は事故で行方不明とされた。
俺が見た
"ふわふわの、お日様みたいな色の髪の毛で透き通るような真っ白い肌に海の底を覗き込んだような深い深い青色の眼をした"
女の子
母を助けたくてもこれだけしか分からなかった。
情報が少なすぎたのだ。
1年ほど探したが全くの行方知れず。
父は既に亡くなっていることも覚悟したらしいが。
「いいえ、父さん。僕には分かるんだ。」
母さんはまだ生きている。上手く説明できないが、母との絆はまだ切れていない。
どこで、どんな環境で。
全く分からないが、母は頑張って生きてくれている。
3年ほど経った頃、父から真剣な話をされた。
「今年からお前は学園に通う事になる。だから、その機会を活かして。」
"今まで極秘裏に行っていた母さんの捜索をもう少し大っぴらにやろう"
対外的には事故で行方不明、おそらく亡くなったのだろう、という事になっている。侯爵も頭では分かっているが、諦めきれずに探し続けているのだろう、と。だからあまり大規模な捜索はできなかった。
それにあまり大っぴらに調べ始めて、下手を打ったら…母は極秘裏に処分されるかもしれない。
父の伝手を使い裏から調べるのにも限度があるから。そう言って父が考えた作戦が…
「昔見た妖精の女の子を探す?」
母のことには触れず、あの子供を探すことにしたのだ。
幸い向こうには一部始終見ていたことは気づかれていない。
だから。
「僕の?僕の婚約者が決まらない理由にする?」
侯爵家の嫡男がいつまで経っても婚約者を決めない。その理由を。
「あの日見た、妖精の女の子が忘れられないんだ。」
そうすれば、婚約者の座を狙う者なら向こうからやって来るはずだから。
父の狙い通り、妖精を騙る者がわらわらと近づいてきた。
「相手に真意を気取られてはならないぞ。もし、母さまのことを探っているとバレたら。」
証拠を隠す為に。母が消されるかも知れない。
だから俺はウツケモノを演じ続けた。
成績はそこそこ、容姿は端麗。
何よりも。
「あの時の妖精の女の子。彼女のためならどんなわがままだって叶えてあげるのに。」
侯爵家を牛耳るチャンス。そう思わせておかねばならない。
そして引っかかったのがあの女だった。
夜会であの歌が聞こえてきた時の衝撃。あの女はきっと妖精族の民謡程度に思ってたんだろう。
まさかあれが。
引き離された最愛の夫と息子を思う歌だったなんて思いもしなかったろう。




