2.
どこからか聞こえて来る懐かしいあの調べ。
「〜……♫〜〜……」
あの歌は!
夜会で風に当たりたくなってバルコニーに出た。
その時に気づいたのだ、あの歌は…!
俺は急いで庭園に出た。歌に誘われるように庭園を横切り、暗がりを目指す。
小さな声で呟くような歌声だったけれど、あれは間違いない!妖精の…!
慌てるあまり、その歌声の主に手を伸ばす。相手がビクッとした事で我に返る。
「あ、ああ申し訳ない、その…歌声に引き寄せられてしまった。」
その声の主は…。
少し癖のある金髪、深い青色の眼。
彼女だ。彼女に違いない!
「ああ、やっと見つけた。」
あの日以来ずっと探していた。ふわふわの金髪に深い深い青の眼を持つ…
少女。
「やっと、やっと…」
感慨に耽っていたが、事情のわからぬ少女は、怯えていた。
我に返った俺は少女に尋ねた。
とびっきりの笑顔で。
「美しい人。貴方のお名前を伺っても?」
彼女は小さな声で、戸惑いながらも答えた。
「わたくしは…わたくしはエーティリア・エカルラットと申します。エカルラット伯爵家の娘にございます。」
「エーティリア嬢、君は私とは初対面だと思っているだろうが…いや、君に間違いない!本当に不躾で申し訳ないが、君に婚約者はいるのだろうか。」
「っ!い、いいえおりませんが。」
いない事を確認して、それから彼女の手を取った。
「急な申し出で申し訳ない。明日、私の父から貴方のお父上を通じて結婚の申し込みをさせていただこうと思う。」
眼を見開く彼女になおも言い募る。
「君しか考えられないんだ!もし私のことが嫌でなければ…考えておいてくれ。」
呆気に取られ動けない彼女に丁寧に礼をしてから。
名残惜しそうに手を離し去った。
※※※
「全く。いつも父さんは惜しいと思っていたんだよ。お前のその豪胆さ、冷徹さ。お前が男だったら…。」
兄はとても優秀で伯爵家の後継としても申し分ない。
ただ、あまりにも淀んだところのない、誠実な人間なのだ。
清廉潔白な性格は羨ましいこともあるが、貴族にとっては必要のない資質でもある。
濁り切った川を自由に泳ぐ父にとっては、私の方が分かりやすいのであろう。
婚約を承諾した後はとんとん拍子だった。
侯爵家の財力でもって必要な準備を急ピッチで進め…
「まさか、侯爵家がたった2ヶ月で婚姻まで持ち込むなんて。」
エンリケ様の、妖精への想いというのは中々に重いもののようで、当時の面影が残っている上に妖精の子守唄まで口遊むわたくしのことを全く疑う気配はない。
「ふふふ。お父さま。安心してね、妖精のことは全くバレてる気配ないもの。それにね、おっかしいのよ彼。」
今日のことを思い出すと笑いが止まらなくなる。
「ふ、ふふっだっだって…だって!今日はあの妖精から新しく聞き出した歌!口ずさんでやったの。そしたら彼!」
涙を浮かべてたわ。あんな訳の分からない節回しの歌で泣けるって!
茶化すように父にも口ずさんでやると、飲んでいた酒をぶっと吹き出しかけて怒られた。
「おいおい、この酒はなかなか手に入らんのだぞ。勿体無いじゃないか!」
これから侯爵家を手玉に取ってどう転がしてやろうか、とウキウキと相談しながら飲む酒は格別だったわ。
この時はまだ分かっていなかった。
何故彼が涙ぐんでいたのか。
何故とんとん拍子に婚姻の手続きが進んだのか。
自分の手のひらで転がしていたはずなのに、転がされていたのは自分だったと気づいた時にはもう。
もう取り返しのつかない所まで来ていた。




