3話
「おはよ、華恋。昨日の配信も見てたよ、お疲れさま」
付属高校内の高クラス専用のサロン内。
静かなヒーリングミュージックと紅茶の香りを楽しんでいた華恋の元に、聞きなれた声が届く。
ふと視線を上げれば、親友の萃歌が呆れたような声で歩み寄ってきた。
「ありがとう、萃歌」
「でもよかったの? 道明寺が出てから、その……」
「コメントでしょ。多少荒れてたけど、スポンサーが気に入ったみたいだから仕方ないわ。当面はこのまま組み続けることになると思う」
涼しい顔で紅茶のカップに口をつける華恋。
萃歌はあからさまに嫌そうな顔をして身を乗り出した。
「あの道明寺を? 配信じゃあ華恋の足を引っ張ってただけなのに?」
「『天乃羽衣』は高級な補助輪。有能な冒険者より、無能が着て活躍する方が商品の広告になるでしょ。それに――」
華恋は窓外を見下ろす。
高校内の備品や装備に至るまで。
あらゆる場所に点在するそのロゴを見つけるのは難しいことではない。
「――あの商品の開発元……『天叢雲重工』も、冒険者として上に立つなら無視できないスポンサーだから」
「あの馬鹿、生まれだけは恵まれてるから厄介だよねぇ。そんなのに目を付けられて、華恋もかわいそうに」
「心配しないで、萃歌。利用できるだけ利用するから大丈夫よ。それに、ダンジョンの中で役に立たないなら、すぐ私の周りからいなくなる」
同情や思い入れはない。
華恋の思い描く完璧なキャリアに、隆也という駒が必要なだけである。
その駒が不適切だと判断できれば、華恋はいつでも切り捨てる覚悟でいた。
それこそ、今すぐにでも。
◆
放課後。
俺は高校の共用施設部分にある、迷宮探索機構の窓口へと足を運んでいた。
ここでは基本的に魔石の換金やアイテムの鑑定などを執りおこなえる。
付属高校の生徒なら利用はほぼタダ当然だ。
無機質な待合室を抜け、受付のカウンターへと進み出る。
「次の方、どうぞ。今日はどんなご用向きで?」
「えっと、鑑定をお願いしたいんですけど」
「鑑定ですね、承知いたしました。それでえっと……クラスF、ですか。申し訳ありませんが、低純度の魔石は外の自動鑑定機を利用していただくルールになっておりまして――」
愛想笑いを貼り付けた、明確な軽蔑。
相手側の端末に俺の情報が表示されているのだろう。
あからさまに職員の対応が塩っぽくなる。
「……今日は魔石じゃなくて、このアイテムの鑑定をお願いします」
「そうですか、わかりました。一応鑑定機に通しますね。……まったく、なんで私がFクラスのゴミ鑑定なんか――」
命がけで手に入れた『黒い獣が描かれたカード』をカウンターに差し出す。
するとチッと小さく舌打ちした職員は、カードを最新式の解析機に投げ込んだ。
だが、すぐに甲高いアラームが鳴り響く。
『データベース内に情報なし。エラー、解析不能。レアリティ判断不能』
「エラーを吐いてますけど……本当にダンジョンで入手したものですか? どこのダンジョンです?」
「付属高校内の、Fランクダンジョンの浅層付近で……」
「はあ。なら、ただのバグアイテムか偽造のガラクタですね。大したものじゃないと思います」
「昨夜に組合のデータベースを見ていたんですが、これが『召喚の魔符』という可能性は?」
「あのですね、『召喚の魔符』は最低でもアイテムランクがB+以上、推定3000万円以上のレアアイテムです。Fランクダンジョンの浅層でドロップするはずがありません。絶対に」
「そ、そうですか。わかりました、すみません」
「いるんですよねぇ、貴方みたいにちょっと知識を付けただけで私達の仕事にいちゃもんを付けてくるクレーマーが。もういいですか? 私の方も忙しいので」
シッシッ、と手で払うようにカードを突き返される。
この最新型のシステムですら判別できないなら、普通のルートでは解析不能だ。
俺はそれ以上食い下がることなくギルドを後にした。
「大したものじゃない……? そんな風には、見えないんだけどな」
返却されたカードを眺める。
そこには変わらず、漆黒の背景に一匹の獣がたたずんでいた。
◆
「ほら見ろよ! 49階層のモンスターだって俺の相手じゃねえ! このまま50階層まで潜っちまうか? なぁ、華恋」
「今日はこの階層のマッピングが目的よ。そう伝えてあったでしょ」
「だってよぉ、コメントの連中がうぜぇんだよ。50階層に行けば通用しねえだとか、俺の実力じゃないだとか。文字打つことしかできない連中のくせして吠えやがって」
「それは道明寺の都合でしょ。私には関係ないわ」
言い争いながらも、華々しく戦うふたりの探索者。
それを俺は、画面越しで見ることしかできない。
文字通り向こう側の人達だ。
「トーラス・ダンジョンの49階層で、無傷かぁ」
国内でも最高難関と類されるダンジョンはいくつかある。
その筆頭がトーラス・ダンジョン。
中層である49階層ですら、他のダンジョンの最下層に匹敵する難易度だという。
だが危険ということはそれだけ見返りも大きいということ。
モンスターの危険度が高い分、採取できる魔石の大きさも純度も桁違いだ。
それだけ魔石による収益も高くなる。
「この装備があれば、風音の手術費用もすぐに……。」
もうじきダンジョンの入り口だ。
専用のエレベーターが速度を落とし、そしてダンジョンの中へと足を踏み入れる。
Fクラスダンジョン。やはり、周りには誰もいなかった。
こんな場所で戦っていては、いつまでたっても必要な費用はたまらない。
現在の治療よりも根本的な手術が必要だが、その費用は莫大だ。
今の俺の稼ぎでは、薬による対処療法で小康状態を保つのが精いっぱいだった。
もっと強く。
もっと深く。
でなければ、唯一残った家族すら救えないのだ。
『それが貴方の望みなの?』
「だ、誰だ!?」
『そんな驚かないでよ。貴方の脳波に直接リンクしているだけだから』
どこか冷めていて、生意気で、だけど鈴の転がるような透明感のある少女の声。
呆気にとられる俺の腰にさげたポーチから、チカチカと不気味な明滅が漏れ始める。
慌てて取り出すと、漆黒のカードがじわりと熱を帯びて姿を変える。
それは、以前に助けた一匹の獣――漆黒の仔狐だった。
「まさか、あの時に俺が助けたあの魔物なのか……?」
『魔物……って、失礼ね。なら貴方はその魔物を助けるために、別の魔物と戦って死にかけた、ずいぶんな物好きになるけれど」
「……おかしなことをしたのは理解してる」
『褒めてるのよ。そのおかげで私もこうして会話できるようになるまで回復したわ。私、借りはすぐに返す主義なの』
いうが早いか、仔狐の発した熱が瞬く間に這い上がり、体中にまとわりつく。
それは体の芯を強烈に揺さぶり、今まで感じたことのない膨大な力が荒れ狂う。
あまりの衝動が体を貫き、今にも心臓が爆発してしまいそうだった。
「い、一体なにを……っ!」
『貴方の能力値、見事なぐらいに平凡ね。けど何も記録されていないからこそ――私の能力を書き込む『余白』がある』
【ユーザー認証完了。魂情報の同期を確認。灰原創の既存ステータス及びクラススキルツリーを完全初期化します……完了】
無機質なシステムの電子音が脳内を反響するのと同時に、仔狐の実体を持った「影」が空間へ溶け出し、形を変え始めた。
【強制書き換えを実行します。スキル《妖刀顕現》のインストールに成功しました。これより当オブジェクトの所有権は、灰原創に帰属します】
「……これは」
手に収まっていたのは、吸い込まれるように美しい刀身を持つ、一振りの刀だった。
軽く握りしめただけで、爆発しそうなほどの万能感と凄まじい力が満ち溢れてくるのがわかる。
まるで嵐が手の中に納まったかのようだった。
これさえあれば、ダンジョンの深層でも生き残れる。
妹の手術費にも手が届くかもしれない――。
「私の名は『白亜』。しばらくは貴方に付き合ってあげる。……せいぜい暴れて、世界をバグらせましょうか、主様?」
ころころと笑う声に振り向けば、そこには美しい少女が立っていた。
背中に広がるのは九尾。怪しげに光る赤い瞳。流れ落ちる黒髪。
全てが言葉を失うほどに美しいがしかし、その口元には危険を感じる笑みが浮かんでいた。




