2話
深層に属する『トーラス・ダンジョン』第四十八階層。
荒涼とした岩肌が続く危険地帯。
浮遊する三機の高解像度ドローンカメラが美しい少女を映し出していた。
「それでは配信を始めます――」
白鷺華恋は、数十万人の同接視聴者を前にして、カメラにすら愛想を振りまくことなく淡々と口を開いた。
「こんにちは、華恋です。ダンジョン攻略記録、266回目。今日は『トーラス・ダンジョン』の48階層からになります」
『華恋ちゃんキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』
『待ってました!』
『相変わらず今日も絶世の美少女』
『でも声が冷たいんよなー、もっと笑って!』
弾幕のように流れるコメントを、華恋は専用の端末で一瞥する。
「冷たい、ですか。それはあくまでこれが攻略の記録だからです。それと今日は、私の他にも同行者がいます」
『えっ?』
『誰誰?』
『いつもソロの華恋ちゃんが!?』
視聴者のコメントがざわめく中、華恋の背後からカメラのフレーム内にひとりの男が入り込んできた。
過剰なほどに光を反射する新品の特殊装甲を身に纏った道明寺隆也だ。
「こんちわ、道明寺隆也っす。今日はまぁ、華恋がどうしてもって言うんで? ダンジョンに付いてきました」
『は?』
『うわっ出た、道明寺じゃん』
『お前Aクラスじゃん、なんでSクラスの華恋ちゃんとコラボしてんの?』
『なんか勘違いしてねこいつ』
カメラに向かってピースサインをする隆也に、華恋は一切表情を変えず視線を向けた。
「面倒くさい嘘はやめてください。天叢雲重工の最新装備を持っているモニターとして、彼が釣れただけです」
「まぁまぁ、照れ隠しはいいって。この数億する装備を持ってる奴なんて、そう多くないっしょ? つまり俺と組みたかったってことじゃん?」
空気を読まない隆也の態度に、配信のコメント欄がチクチクと荒れ始める。
だが、華恋はそのコメント群よりも鋭い言葉を投げかけた。
「ひとつ聞き忘れていました。その装備、自前なんですか?」
「いや? 俺の親父が天叢雲重工の役員だからさ、なんかくれたんだよね。生まれながらに違うんだよな、俺ってやっぱり。あはははっ」
『うわぁ……』
『典型的な親の脛かじり』
『金持ちの道楽キツすぎ』
『才能ゼロじゃん、それ。親ガチャSSRってだけだろ』
自慢気に鼻を鳴らす隆也だが、華恋はこれ以上語る価値はないと判断。
視聴者へ向き直ると、ビジネスライクな表情で今日の主目的であるスポンサー商品の宣伝を始めた。
「さて、本題に移りましょう。この配信を見ている人達なら知っていると思いますが、彼の付けている最新装備『天乃羽衣』は、『誰であっても、トーラス・ダンジョンの中階層をクリアできるだけの出力を担保する』という代物です。スキル出力が既存の装備の三倍で――」
『あー、あれか』
『高スペックすぎるアレな』
『着るだけでチートになれるってヤツ』
『言ってみりゃ、金持ち専用のクソ高い補助輪みたいなもんだよなw』
その視聴者の的を射たコメントを読み上げ、華恋は微かにコクリと頷いた。
「言いえて妙ですね。その通り、冒険者にとっての高級な補助輪のようなものでしょうか」
「おいおい、数億円の装備を補助輪呼ばわりは流石に笑えないって。てかさ、そもそも笑ってる連中は、一生かかってもこんなもん買えないだろ? ネットで隠れて批判してないで、もっと自分を磨けよな」
ドローンカメラを睨みつけ、隆也は画面の向こうにいる何百万人もの視聴者たちを露骨に見下した。
この瞬間、堰を切ったように怒号のコメントが画面を覆い尽くした。
『親に貰ったお前が言うなカス』
『自分を磨いた結果が親からのパシリかよww』
『マジで胸糞悪い、この枠見るのやめるわ』
『スポンサーの宣伝なんだから黙ってろクソガキ』
『実力に見合ってねぇ装備でイキるな』
『死ねよ炎上男』
あっという間に隆也は同接ユーザーからのヘイトの標的となる。
炎上のスピードは異常であり、事態を重く見た華恋の眉間についに怒りのシワが寄った。
「いい加減にして。私には装備の紹介をするというスポンサーとの契約があるの。視聴者のコメントに一々熱くなって言い争いして、商品イメージを下げる気なら、今からでも一人で帰ってもらって構わないわ」
突き放すような絶対零度の声。
普段は決して感情を乱さない彼女の明白な拒絶に、隆也は軽く肩を竦めた。
反省の色など微塵もない。
「そう怒るなよ、嫉妬してる馬鹿共をちょっと弄ってやっただけだろ。ここからは、ちゃんと華恋にも構ってやるからさ」
「……別に私に構わずとも結構です」
チャキッ、と鋭い金属音が響く。
華恋は身の丈ほどある長剣を引き抜き、通路の先――瘴気が漏れ出す深部への扉を睨み据えた。
「今は私のことよりも、モンスターの相手をお願いします。せっかくの『補助輪』が無駄にならないよう、死なないように祈っていてあげますから」
ヒリつくような空気が第四十八階層に満ちる。
ここからは一歩でも間違えれば肉片も残らない領域。
圧倒的な殺意を持つモンスターを前に、華恋の顔から油断の色が消える。
そして瞬く間に、戦場に生きる強者のものへと変貌した。




