不気味なノート
悠月と申します。新連載です。
本日、19時ごろにも更新します!厳しいお言葉含め、感想・アドバイスお待ちしております。
第4話 不気味なノート
世界は、ときどき、悪い冗談を言う。
広場の井戸の縁で、俺は自分の手の中のノートを見下ろしていた。表紙は革。角はすり切れている。今しがた、どこからか「——これは、夢日記だ」という声が聞こえた気がしたが振り返っても誰もいなかった。空耳だと自分に言い聞かせたが、心臓は信じていなかった。
隣ではカルセウムが、さっきから腕を組んだまま、同じページを覗き込んで固まっていた。
「……カルセウム」
「うん」
「何か、感想」
「ない」
「ないのかよ」
「ないんだ」
カルセウムの声は、いつもの低さを保とうとして失敗していた。微かに上擦っていた。この男の声が上擦るのを、俺は初めて聞いた。剣の達人で、四耳狼を一撃で斬り伏せて、俺を保証人の一言で冒険者にした男が、ノート一冊の前で言葉を失っていた。
「俺の国にも、こういう、なんか、呪いのアイテムみたいなの、あるんだけどさ」
「のろい」
「死んだ人の髪が入ってる人形とか、鏡の中に幽霊が住んでるやつとか」
「……ユウレイ」
「まあ、フィクションの話」
「フィクション、が、何かは分からんが」
カルセウムはようやくノートから目を離して、俺を見た。
「こういう、文字が勝手に書き足される物体を、俺は、見たことがない」
「聞いたことも?」
「聞いたこともない。似た話も、ない」
「魔術師の、レアアイテム図鑑とかに載ってない?」
「図鑑を作るほど、こういうものはありふれていない。研究機関などにはあるかもしれないが、少なくとも市民の間に降りてきていない」
即答だった。
俺の期待していた「ああ、伝承にある魔道書だな」「古代の遺物だ、よくあることだ」「この程度で驚くとは、どこの出身だ?」というラノベ的な返しは、この男の口から出なかった。この世界の人間が知らない物を、おそらく俺が異世界から持ち込んだ。それだけのことが確定した。
相棒が頼れる百科事典なら楽だったのに、俺の相棒は、俺と同じくらい、このノートの前で呆然としている。
「——とりあえず」
カルセウムが口を開いた。
「この井戸の前で開き続けるのは、やめないか」
「そうだな」
「広場だ。誰が見ているか分からない」
俺はノートを閉じ、リュックの底に押し込んだ。紐を締める手が、自分で思ったより震えていた。立ち上がろうとして、膝に力が入らずにぐらついた。カルセウムが横から肘を掴んで、半ば持ち上げるように支えてくれた。
「情けねえ」
「情けなくはない」
「情けないだろ」
「知らないものを見て、身体が竦むのは正常だ。恥じるようなものじゃない」
そう言ってから、カルセウムは少し眉を下げた。
「——俺も、正直、背筋が冷えた」
「マジで?」
「マジでだ」
この男のその反応が、なぜか俺を少し落ち着かせた。
一人じゃない。それだけで、人間は立てる。
◇
宿に戻ると、女将が一階の食堂で、昼の仕込みをしていた。
「あら、早いお戻りだね」
「少し、休ませてもらう」
「昼飯、いつ出す?」
「——あとで」
カルセウムの短い返事を、女将は不審がらなかった。忙しそうに鍋の方へ戻っていった。
部屋に上がる。二人部屋。ベッドが二つ。窓が一つ。昨日と同じ空間に、今日は、異物が一つ増えた。俺のリュックの底の、ノート。
俺はベッドに腰掛けて、リュックを膝に抱いた。膝の上で、リュックは普通の布の重さをしていた。中のノートが特別な振動を発している、なんてことはなかった。ただの古いノートだ。
「シンジ」
カルセウムが向かいのベッドに座りながら呼んだ。
「ひとつ、提案がある」
「聞く」
「もう一度、そのノートの内容を声に出して読んでくれないか」
「え」
「書かれていることを正確に把握したい」
「…分かった」
気乗りはしなかった。
俺はノートを取り出し、最初のページから、慎重に開いた。不気味なページたちは変わらずそこにあり、相変わらずいくつかの文字はつぶれて読めなくなっていた。
「『ゆうひちゃんと、お〇まであそんだ。お〇まのうえに、〇いおうじょさまがいた。おうじょさまは——ねえ、たすけて——と〇った』」
「……」
「『もりのなかに、〇こくのつよいやつがいた。かみの〇は、ちゃいろい。けんをもっていた。なかまになった』」
カルセウムの肩が、少し、硬くなった。
「『しんごうしゃがおどりだした。まち〇がへんなおどりをはじめ〇』」
「シンゴウシャ、とは」
「分からない、けど多分俺の国の、道路の、機械だ。赤と青で止まれ進め、を教えるやつ」
「……そんなものが、踊るのか」
「踊るわけないだろ。だから、意味不明なんだ」
俺は次のページをめくった。
「『おかあさんがわ〇った。おかあさんはしんで〇まった』」
口に出してから、声が擦れたのが自分で分かった。カルセウムは何も言わなかった。いくつかページをめくり、先程現れたばかりの文字を見つめる
「『ニゲロ。コロサレル。』」
部屋の窓の外で、誰かが荷車を引いていく音がした。馬でない何かの蹄の、少し間の抜けた四拍子。普通の町の、普通の昼前の音。その普通さが、手の中のノートの気味悪さを、かえって際立たせた。
「——これは」
俺は、自分で自分の声をどうにか普通に戻そうとした。
「このノートには、俺の記憶にある話と、俺の記憶にない話が、混じってる」
「母親の話は」
「——記憶にある方」
「そうか」
カルセウムはそれ以上、母の件には触れなかった。触れてほしくないことを嗅ぎ分ける鼻が、この男には備わっていた。
代わりに、別のことを聞いてきた。
「ユウヒ、という名前に、心当たりは」
「ない」
「ゼロ、か」
「ゼロ。友達にも、親戚にも、同級生にも、いない」
「——そうか」
そのまま、しばらく沈黙が続いた。俺は少し考えてから、意を決して、沈黙を破る。
「カルセウム、ひとつ聞いていいか」
「うん」
「あんた、この世界の人間としてさ、『文字が勝手に書き足される本』を、どう、処理する?」
この質問は、割と本気の問いだった。
俺はこの世界のルールを知らない。呪いの道具に出会ったら、どこに持っていくのか。教会か、ギルドか、魔術師ギルドか、あるいは国の機関か。処理方法の相場観が欲しかった。
カルセウムはしばらく天井を見て、それから正直に言った。
「分からん」
「えっ」
「たとえば、呪われた剣なら、鍛冶神殿に持ち込む。呪われた薬なら、薬師ギルドに鑑定させる。呪われた宝石は、宝石商と魔術師の共同査定だ。だが——文字が勝手に書き足される革の本は、俺の知る限り、どこの分類にも入らない」
「じゃあ、どうすれば」
「専門家を探すなら、『知らないものを調べる専門家』だな。だが、そういう商売をしている奴は、ほとんどがグレーだ」
ほとんどがグレー。この世界におけるその言葉の重さを俺はまだ知らない。
「——じゃあ、今は持ち歩くしかないのか」
「現時点では、そうだ。持ち歩いて、ただし、人前で開かないこと。そして——」
カルセウムは少し間を置いて、続けた。
「書かれていることに、引きずられないこと」
「引きずられない?」
「これは、身体を動かす人間の昔からの教えだ」
その前置きに、俺は少しだけ身を乗り出した。カルセウムが「昔からの教え」という言い方をするのは、珍しかった。
「人間はな、予測が視界に入ると、身体がそれに沿って動く。たとえば剣を振る時、『外す』と思ってしまった瞬間、外す軌道に筋肉が動く。無意識にな。逆に『当てる』と思うと当てる軌道に動く。思考が先に動いて、身体がそれを追いかける。これを『先に動く心』と呼ぶ。心が先に逃げれば身体も逃げる。心が先に当てに行けば身体も当てに行く」
低い声で、流れるように出てきた言葉だった。初めて、この男が自分の専門領域の話をした。
「そのノートに『おれは右に曲がる』と書いてあったとする。読んだお前の身体は、左に曲がろうとするたびに、右に引っ張られる。なぜなら、『右』という言葉が、お前の筋肉の予測回路に刻まれるからだ」
「——じゃあ、読まない方がいい?」
「読まない方がいい部分と、読むべき部分がある」
「どう見分ける?」
「『選択を奪う情報』は読むな。『選択を増やす情報』は読んでいい」
俺は、その言葉を、頭の中で二、三回、転がした。選択を奪う情報。選択を増やす情報。
「たとえば「お前は明日、南の街道で死ぬ」は前者。読んだら、俺は南の街道を避ける以外の選択ができなくなる。」
「うん」
「たとえば「この森には、ドクソウが多い」は後者。読めば、毒草を避けつつ、森を歩く判断ができる。」
——ちゃんと、筋が通っていた。
そしてその教えは、たぶん、この男が実際に剣を振って生きてきた中で、何度も試して、何度も痛い目を見て、身につけてきたものだ。借り物の知識ではなかった。
「分かった。その基準で、読む」
「それと、もうひとつ」
「うん」
「読む時は、一人で読むな。誰か、第三者の目を入れておけ」
「……あんた?」
「当面は、俺でいい」
俺はそこでようやく、少し笑えた。
「便利な相棒だな、あんた」
「便利呼ばわりされるのは、俺の人生で初めてだ」
「悪口じゃない」
「分かっている。だが、ふだんは『頼れる』と言われる。『便利』は、初だ」
カルセウムは、軽く頭を振って、立ち上がった。
「飯を、食べよう。腹が減ると、良くないことしか考えない」
「それも、武の教え?」
「違う。単なる経験則だ」
彼は部屋を出ていった。
一人になった部屋で、俺は、ノートをリュックの底に戻した。紐を締めた。念のため、教科書と水のボトルを上に重ねた。封じたつもりになった。封じきれないことは、もう分かっていたが、儀式として、そうした。
◇
昼食は、羊の肉と、何かの豆と、厚めのパン。
食堂の隅の席で、カルセウムと向かい合って食べた。食堂には、他に、商人風の男が一人、奥で何かを書き物していた。広くはない食堂で、他人との距離が近かった。
俺たちは、小声で、政治の話をした。
——というのは半分嘘で、カルセウムが、聖王国の聖騎士がこの町の広場に三人いる、という話を、小声でもう一度、確認しただけだった。
「さっきまで、いた」
「うん」
「今も町のどこかにいる」
「そうだろうな」
「この町、出るか」
「今日は、出ない」
カルセウムは、パンを千切りながら、短く言った。
「今、荷物をまとめて街道に出ると、かえって目立つ。今日は予定通りここに泊まり、明朝に普通に出る」
「普通、か」
「普通が、一番見つかりにくい」
俺は、頷いた。
「じゃあ、今日の午後はどうする」
「お前は、町を見ながら普通のことをしてこい。資材を探せ、買い物をしろ。普通の旅人をやれ」
「あんたは?」
「俺は、宿で少し考える」
普段ならここで「分かった」で終わるところを、もう一歩踏み込んだ。
「——俺にできること、あるか」
「は?」
「俺も、あんたに助けられてばっかりじゃ悪いんだ。なにかあるなら手伝う」
「シンジ」
「うん」
「お前が今日普通に町に出て、普通に宿に戻ってくること。それが、俺の助けになる」
カルセウムは、ぶっきらぼうに言った。
それは「余計なことをするな」の別の言い方でもあったが、「お前を信用している」の別の言い方でもあった。
俺は頷いた。
◇
宿を出ると、昼の町は、朝より少しだけ緩んだ空気をしていた。石畳は陽を吸って、足の裏から熱を返してくる。井戸の周りでは女たちが水桶を並べ、少し離れた場所では、子供が棒きれを剣にして騒いでいる。鍛冶屋の金槌の音が一定の間隔で鳴って、その隙間を縫うように、焼けたパンの匂いと、獣脂の匂いが流れていく。
焼いた肉、干した薬草、土埃、家畜、井戸水、汗。どれも現実で嗅いだことのない匂いなのに、不思議と「生活」の匂いだと分かる。生きている人間が、昨日も今日も同じように飯を食って、物を買って、井戸端で喋っている、町の匂いだ。
俺はできるだけ自然に見える速度で歩いた。きょろきょろしすぎると田舎から出てきた修学旅行生みたいになるので、視線は正面七割、左右三割くらいを意識する。……いや、何の訓練だこれ。
まず入ったのは雑貨屋だった。木の棚に、布、紐、小袋、蝋燭、乾いた何かの実、骨でできた針みたいなものまで並んでいる。生活感の暴力である。ファンタジー世界の雑貨屋、テンションは上がるが、今日は観光気分でいる場合ではない。
「何かお探しかい」
店番の老婆に声をかけられ、俺は一瞬、固まる。
「あー……その、荷物を包む布とか」
「旅人かい」
「まあ、そんな感じで」
「変わった服だねえ」
「流行の最先端です」
「気味の悪い流行だねえ」
正論だった。店の中を見回す。水袋、乾パンらしきもの、細縄、火打石、簡単な包帯、木の皿、革袋。生活に必要なものは一通り揃っていた。
「水袋と、火を起こす道具と、あと……」
「財布はあるのかい」
「一応」
俺は財布の中から、宿で両替してもらった銅貨を出した。教会のあと、カルセウムが五百円玉を女将に見せ、珍しい細工の金属片として値をつけてもらったのだ。足元を見られた気はするが、背に腹は代えられない。老婆は銅貨を見てから、俺を見た。
「旅慣れてないね」
「そんなに分かります?」
「必要なものの順番が、素人だ。水袋より先に、靴紐と針糸だろう。見な、裾も解れてる」
言われて、自分のジーンズを見る。確かに裾は少し擦れていた。森を歩き回ったせいだろう。
「……なるほど」
「なるほど、じゃないよ。旅人は、破れた布一つで死ぬことがある」
女はそう言って、棚から小さな針糸入れを取り出し、ついでに細い革紐まで並べて見せた。
「持ってきな。銅貨二枚でいい」
「いいんですか」
「いいんだよ。どうせカルセウムの連れだろ」
その名前が出た瞬間、俺は少しだけ顔を上げた。
「有名なんですね、あいつ」
「有名、というより、覚えられるタイプの男さね」
女は、そこで妙な言い方をした。
「何年も顔を見せないかと思えば、ふらっと戻ってきて、面倒ごとの匂いだけ置いていく」
「……面倒ごとの匂い」
「昔から、そういう男だ」
それだけ言って、女はそれ以上話さなかった。俺は針糸と革紐と、安い水袋を買った。店を出る前に、ふと思い出して振り返る。
「この町、最近、変わったことってありました?」
「変わったこと?」
女は一瞬だけ考え、それから、声を少し落とした。
「青い外套を着た連中が、よく水を買っていくね」
心臓が、一回だけ、重く打った。
「三人?」
「見たのは三人。女が一人、男が二人。町の外も見てるみたいだね。旅人や荷馬車の出入りを、ずっと」
俺は礼を言って、店を出た。
◇
井戸の前を通る時、足が少しだけ遅くなった。昼の光の下では、あの場所もただの広場に見える。桶が並び、子供が走り、犬に似た獣が日陰で寝ている。さっきまであそこに、自分の知らない未来が書かれたノートがあったとは、信じがたかった。
「……」
気にするな、と言われた。普通にしろ、とも。
俺は井戸から視線を剥がし、通りをまっすぐ進んだ。鍛冶屋。パン屋。布屋。狭い路地。干された洗濯物。旅人の荷車。見慣れない文字の看板。俺はそれらを、一つずつ頭の中に入れていく。観光、というやつだ。そう思えば多少は落ち着いた。
少し気が晴れたころ、通りの奥、町の西門に近い場所まで来た時だった。そこは、なにか空気が違った。人の流れが、一箇所だけ、不自然に薄い。そこだけ、水が石を避けて流れるみたいに、人が迂回している。
俺は歩調を落とした。
前方、門の脇の壁に寄りかかるようにして、青い外套が見えた。銀髪の女だ。今は鎧を着ていない。外套の下は、灰色の軽装だ。井戸の前で見た時より、ずっと旅人に見える格好だった。それなのに周囲の人間が作る空白が、彼女を旅人ではなくしていた。
護衛の男二人もいる。女は壁にもたれたまま、視線だけで町を出入りする人間を追っていた。そして——その視線が、ふっと、こちらを捉えた。
昨日と同じだ。
いや、違う。
昨日は「見つけた」目だった。それに対して今は、「確認した」目だった。俺は足を止めそうになるのを必死で抑えた。
(普通の旅人。普通の旅人。普通の——)
通り過ぎる。それだけだ。それだけのはずだった。女は、俺が横を過ぎる、その瞬間まで、一言も喋らなかった。護衛も、動かない。
ただ、そのすれ違いざま。女が、俺にだけ聞こえるくらいの小さな声で、言った。
「あれは、もう開かない方がいい」
足が、止まりかけた。だが、止めなかった。止めたら終わると、きっと本能が分かっていた。
そのまま、通り過ぎる。振り返るな。振り返るな。振り返るな。心臓が、喉のすぐ裏で鳴っていた。十歩。二十歩。角を曲がる。ようやく、息を吐いた。
「……なんだよ、それ」
声に出しても、答える相手はいない。もう開かない方がいい、だと。
つまり、あの女は、俺がノートを持っていることを知っている。しかも、中身まである程度分かっている。なぜ。どこまで。どうして。
問いは増えるのに、答えは一つもない。俺は気づけば、走るような足取りで宿へ戻っていた。
◇
食堂には、客が数える程度少し早めの夕食をとっていた。カルセウムは食堂の奥の席にいた。何か考え込むように、窓の外を見ていた。息を切らしながら入ってきた俺の顔を見るなり、その目が少し細くなった。
「何があった」
「なんで分かる」
「顔が、さっきより悪い」
俺は、揺れる肩を落ち着かせながら言った。
「会った」
「誰に」
「青い外套」
「……どこで」
「西門の近く」
「話したか」
「向こうが、一言だけ」
カルセウムの表情が、消えた。
「何を言われた」
「――『あれを、もう開かない方がいい』」
俺の言葉を聞くやいなや、カルセウムが立ち上がった。椅子が、短く、硬い音を立てて後ろへ滑る。食堂の客が二、三人、こちらを見た。だがカルセウムは気にしなかった。
「部屋に戻る」
「え」
「今すぐだ」
その声は低かった。怒っているのではない。焦っているのでもない。もっと悪い。覚悟を決めた人間の声だった。俺は何も言い返せず、立ち上がった。二階へ向かう。階段を上がる音が妙に大きく聞こえた。廊下に出る。二〇三号室の前。カルセウムが一度だけ周囲を見て、それから扉を開けた。
部屋に入る。俺はすぐに、違和感に気づいた。窓が、少しだけ、開いている。昼に出る時は、閉めたはずだ。
「……カルセウム」
俺がそう言ったのと、カルセウムが剣の柄に手をかけたのは、ほぼ同時だった。机の上に、何かが置いてある。俺たちが出る前にはなかったものだ。小さな、銀の鈴。
その下に敷かれた一冊のノート。ペットボトルで封印したはずの、ノート。
震えるほどに見慣れてしまったノートに唯一見慣れないのは開かれていたページだった。はっきりとした字で一行。
――『次は、逃がさない』
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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