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異セカイは夢日記とともに…  作者: 悠月 柚裕
異セカイ動乱

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3/14

異セカイは不気味なノートとともに

悠月と申します。新連載です。


厳しいお言葉含め、感想・アドバイスお待ちしております。

第3話 異世界は不気味な《しらない》ノートとともに


 結局、銀髪の女は俺たちに近づいてこなかった。


 目が合ったのは一瞬で、次の瞬間には、彼女はまた水筒を傾けて、何事もなかったような顔で町の風景に溶けていった。護衛の男二人も、こちらを見ているのかいないのか分からない絶妙な間合いで、女の背後に控えたままだった。


 カルセウムが肩の力を抜いた。


「……行くぞ」

「なあ、あの人、知り合い?」

「知り合いじゃない。ただ、面倒だ」


 それ以上は語ってくれなかった。


 俺は後ろ髪を引かれる思いで井戸の方を振り返ったが、銀髪はもうこちらを見ていない。しかし、さっきの一瞬の視線は、どう考えても偶然ではなかった。


 分からない。なにも分からないが、胸の奥にざわりと小さな何かが生まれて、消えない。


 カルセウムが俺の肩を軽く叩いた。


「悩んでもわからんことは、腹を満たしてから考えろ。飯の前に考えると消化に悪い」

「哲学者みたいなこと言うな」

「俺は戦士だ」


 先ほどの緊張を引きずらない切り替えの早さも、戦士としての資質なのだろう。


 俺はもう一度井戸の方を振り返って、それから、カルセウムの背中を追いかけた。



 町の中では、多くの視線を浴びて歩くことになった。どうやら、カルセウムはかなりの有名人らしい。


「――お父さん、あれ、変な人」


 家の軒先にいた小さな子供が、俺を指差しながら、隣の父親を見上げた。前言撤回、注目を集めていたのは俺だったようだ。正確にいえば俺の身なりか。父親が慌てて子供の手を下げさせ、頭を軽く叩いて窘めた。


「……ごめんなさいね、旅の方。子供に悪気はないんです」

「大丈夫です」


 大丈夫だ、と笑った顔の筋肉が、我ながら硬かった。変な人。否定できない。T シャツとジーンズとスニーカーが、この村では完全に異物だった。


(ウニクロはこの村にはまだ進出してない、と)


 内心でそう呟いて、気を取り直す。



 宿屋は二階建ての、石と木で組まれた素朴な建物だった。


 入口の扉を押し開けると、中はむわりとした人の熱と、何か香草の匂いと、食べ物の油の匂いが混ざって漂っていた。帳場の向こうで、白髪交じりの女将が書類のようなものに何か書き込んでいる。


「カルセウム!ひさしぶりだねぇ!!」

「ああ。一泊二人部屋、頼む」

「また泊まり客かい。連れはどこの」

「記憶喪失だ。見てのとおり」


 女将が俺の服装を、これまたカルセウムと同じように、じろじろと眺めた。


「はあ、なるほど。これはまた、えらく珍妙な格好だねえ。大陸の東のほうでそういう服装が流行ってるのかい?」

「そう思っておいてくれ」

「ふん、まあ、カルセウムの連れなら変なことはしないだろうよ」


 どうやらこの宿は、カルセウムにとってかなり馴染みのある場所のようだ。女将は慣れた手つきで帳場の奥から大きな鍵を取り出し、二階を指さした。


「二〇三号室。いつもの部屋さ。飯は一階の食堂で、あと半刻で夕飯が出る」


 俺たちは女将に礼を言って階段を上がる。部屋は狭い。ベッドが二つ、小さな机が一つ、それだけだ。窓が一つあって、そこから宿場町の広場が見える。さっきまで銀髪の聖騎士がいた井戸は、今は空っぽだった。


「……なあ、カルセウム」


 俺は窓辺でつぶやいた。


「さっきの聖騎士、何者なんだ」

「……言っただろう。知り合いじゃない」

「でも、面倒ってのは…」


 カルセウムは荷物を整えながら、短く溜息をついた。


「聖王国の聖騎士は、特別な任務を帯びていない限り、わざわざ帝国領のこんな辺境の町には来ない。あれが三人でいたということは、任務中ということだ」

「任務?」

「捜索か、監視か、どちらかだろうな」

「何を捜してるんだ?」

「知らん。だから面倒だと言った」


 突き放すような言い方だったが、目の奥には別の色があった。警戒?


 俺はそれ以上追及しないことにした。ここで突っ込んでも、たぶん答えは返ってこない。代わりに、別の質問を投げた。


「そういえば、この世界って、神様はいるのか?」


 話題を変えたつもりだったが、カルセウムは一瞬、妙な顔をした。そして真剣な声で答えた。


「七柱いる」


 思ったより具体的に返ってきた。


「七柱?」

「闇、夢、時、空間、人、獣、魔。七柱の神が、この世を司っている」

「多いな」

「多いほうがいい。一柱しかいないと、融通が利かない」


 もっともである。しかも「融通」という単語を神様に使う戦士、という存在もなかなか独特だ。俺は思わず笑いそうになったが、ぐっと堪えた。


「ふーん。で、その神様たちは、具体的に何をしてくれるんだ?」

「ギフトだ」

「ギフト」

「成人した人間は、その村や町の教会で祈る。すると、神がその人間に恩恵を授けてくれる。それがギフトだ」


 その言葉の瞬間、俺の中で何かがカチリと音を立てて嵌まった。ギフト。能力。祈り。神。異世界、転移、チュートリアル、記憶喪失——今までぼんやりと散らばっていたピースが、その一語をきっかけに一列に並び始めた。


(そうだ。これだ!!)


 俺は知らず知らずのうちに身を乗り出していた。


「そのギフトって、どうやって授かるんだ?」

「教会に行って祈るだけだ。強い願いがあれば強いギフトが、曖昧な願いなら曖昧なギフトが、それぞれ降りてくる」

「じゃあ、俺でも受けられるのか?」

「成人していればな。大陸では十八歳が成人だ」


 よし。俺は二十一歳だ。問題ない。


「いま!受けたいんだけど」

「……いま?」

「この町に教会はないのか??」

「あるにはあるが、そんなに急いでどうする」


 カルセウムが訝しげに眉を寄せる。


 俺の頭の中は、もう完全に「チート能力」という文字で埋め尽くされていた。それは仕方のないことだと思う。主人公が異世界に来て、神様からチート能力を授かる。これほどまでにテンプレが綺麗に発動するなんて。ついに俺自身の番だ。


 胸が高鳴る。呼吸が浅くなる。自分でも理性の糸が急速に緩んでいくのが分かる。


「ちょっと待て。落ち着け。なぜそこまで前のめりなんだ」


 カルセウムが俺の肩を掴んだ。


「——いや、なんというか、どうしても、自分の才能?素質?が気になってしまって」


 我ながら、要領を得ない返事だった。


「……まあ、気持ちは分からんでもない。だが、ギフトは運も関係する。期待しすぎると、多くの者は落胆する」

「え」

「強い願いがないと強いギフトは来ないと言っただろう。大半の人間は、本心の部分ではたいした願いなど持っていない、若ければなおさらな。だから、多くは地味で実用的でも何でもないような能力に終わる」


 ……あ。嫌な予感がしてきた。


「例えば?」

「そうだな。俺の故郷の男は、『水をほんの少しだけ温かくする』というギフトを受けた」

「それはなんというか、生活には便利そうだな」

「本人は剣士になりたくて、強い剣技のギフトを祈ったと言っていたが、彼には病で弱り、冷たい水を飲めない母がいてな。」

「……切ない話だ」


 テンプレが音を立てて崩れていく。俺の頭の中から「チート能力」という単語が、急速に退色していった。



 夕食は、ボリュームのある羊の煮込みと硬いパンと、野菜のスープだった。


 味は悪くない。というより、森を半日歩いた身体には、何を食べても天上の美味に感じられる。羊の脂の匂いと、パンを砕く音と、スープの湯気。この一瞬だけは、俺もこの世界の住人になったような気がした。


 食事を終えて部屋に戻る途中、俺は覚悟を決めていた。


「明日、教会、行っていいか」

「朝一番でいい。この町にも小さな教会がある」


 カルセウムは少しだけ呆れた顔をしたが、止めはしなかった。


 部屋に戻り、ベッドに寝転がる。硬い。日本の布団が恋しい。だが文句を言っている場合ではない。俺は明日、神様に祈るのだ。人生で一度きりの大勝負だ。そう思うとなんだか落ち着かなかった。俺は小さな毛布を持ち、宿の外に出る。丁度、井戸が見える広場にベンチがあったので、そこに腰を下ろし、空を見上げる。


 星が見えた。


 しかし、俺の知っている星座ではなかった。北斗七星も、オリオン座も、どこにもない。知らない形の星の並びが、頭上に広がっていた。


 ——ここは、本当に、俺の世界じゃないんだな。


 それを実感したのは、そのときが初めてだった。ぼんやりと、妹のことを思った。なぜ、妹のことを思ったのか、自分でもよく分からない。


 最後に話したのは、もう何年前だろう。家を出るとき。母の葬式の後。親戚の家の玄関で、妹は俺を見送らなかった。


 俺も、振り向かなかった。

——もう、この家には、帰らないから。


 そう思って家を出た。あれから何年も、実家に連絡を取ったことはない。妹の声も、顔も、ここ数年ではっきり思い出すことが減っていた。


 なぜ、今、思い出したのだろう。


 星のせいかもしれない。知らない星空の下で、ふと、遠い場所のことを考えたくなっただけかもしれない。


 (帰らなきゃ、なんて思ってるわけじゃないよな)


 知らない世界の夜の風が羽織っている毛布を揺らす。軽く頭を振り、懐かしい光景に別れを告げると、俺は直前に迫っている人生の一大事についてもう一度考え始めた。


 願い。強い願い。具体的な願い。


 ……何を祈ろう。


 普通に考えれば「強くなりたい」「無敵になりたい」だろう。だが、それは曖昧すぎるのかもしれない。もっと具体的に。主人公っぽく、物語を動かせるような、派手で、使い勝手の良い能力——


 目を閉じる。暗闇の中で、ふと、さっきの銀髪の聖騎士の目が思い出された。


 見てはいけないものを見た、あるいは、探していたものを見つけた——あの視線。なぜだろう。あの目は、俺が異世界にやってきた理由と、どこか繋がっているような気がしてならない。


 だが、それも明日には分かる、かもしれない。そうだ、祈りで神様と通じるなら、少し話を聞いてみたっていい。きっと教えてくれる。怖い思いも死にそうな思いもしたのだ。それくらいのサービスはあったっていいだろう。


 神様に祈れば、きっと。


 俺はそう自分に言い聞かせて、うとうとと宿へ戻っていった。



 翌朝。


 教会は、町の外れの小さな石造りの建物だった。見ればすぐに分かった。屋根の上に、金属の円環が掲げられている。円環の中に、幾何学模様が彫られていた。


 (よし、落ち着け俺。欲張るな。強すぎる能力は身を滅ぼす。欲望に正直になりすぎると、ろくなことにならない。でも、ほどほどに強くて便利な、例えば、空間収納とか、鑑定とか、回復魔法とか——)


 カルセウムの視線が、俺の内心の暴走をちらりと察したようで、彼は小さく息を吐いた。


「心の準備は、そこそこでいい」

「そこそこ?」

「ギフトは自分で選ぶものじゃない。授かるものだ」


 ……言われてみれば、そうだ。


 俺の内心の妄想は、その一言にあっさりと押し潰されコンパクトにされてしまった。



 扉を開けると、窓から差し込む朝日が、中央の祭壇を照らしていた。祭壇の上には、何もない。像もない、絵もない、シンボルもない。ただ、磨き上げられた平らな石が一つ、置かれているだけだった。


「神像は、ないのか?」

「七柱もいるからな。一柱だけ祀るわけにもいかん」


 カルセウムが扉の脇で腕を組んで言った。付き添いのつもりらしい。


 司祭らしき初老の男が奥から出てきて、俺を見て少し驚いた顔をしたが、カルセウムが事情を説明すると、すぐに頷いて祭壇の前に促した。


「ここに座って、静かに祈るだけで構いませんよ」


 優しい声だ。俺は言われるがままに、祭壇の前に膝をついた。石の冷たさが膝から伝わってくる。


 さて。祈るぞ。


 目を閉じる。


 そして、強くつよく祈った。



 空気が、変わった。


 見えない何かが、俺の周りをぐるりと取り囲んで、それからすっと頭上に昇っていくのを感じた。祭壇の石が、ほんの一瞬だけ、光ったような気がした。


 司祭が静かに言った。


「……祈りが、届きましたね」

「来た?」

「ええ、来ましたよ。——右手を見てみてください」


 俺は恐る恐る右手を見た。


 何も、持っていなかった。


 ……いや、しかし、何かを「出せる」という不思議な感覚があった。手の中に何かを呼び出せるような経験したことのない感覚。鼓動が早まる。


 俺は緊張で少し震える手を、軽く握ってみる。


 すっ、と。


 すると掌の中に、一本のペンが現れた。…ペン??


 ただのペン、だ。どこにでもある黒いボールペン。コンビニの百円コーナーにありそうな、なんの変哲もない、ただのペン。


 その場の空気が凍った。俺の表情も、凍った。


「えっと……ペン?」

「ペンですね」

「ペンだな」


 司祭が、何とも言えない顔で言った。俺は、無言だった。カルセウムが、申し訳なさそうな顔をしていた。


「……シンジ」

「言わないでくれ。ツッコまないでくれ。今、俺の心は硝子細工よりも脆い」


 カルセウムは黙って、小さく頷いた。優しい男だった。



 教会を出て、俺は町の井戸の縁に腰掛けて、魂が抜けたような状態で空を見上げていた。


「まあ、そんなに落ち込むな」


 隣に立つカルセウムが、慰めるというよりは事実を述べる口調で言った。


「ギフトは、願いが強ければ強い能力になる。逆に言えば、能力の強さは願いの強さの結果だ。お前の場合は——」

「俺の願いが、メモ取り程度だった、と」

「そうは言ってない」


 そうは言ってないが、結果はそうだ。俺は財布から五百円玉を取り出し、それを親指で弾き上げた。クルクル回って、また俺の手のひらに落ちた。


「ラノベの主人公なら、ここで覚醒フラグが立つんだけどな」

「ら、のべ?」

「こっちの話」


 内心、気付いていた。たぶん、覚醒フラグなんて俺には立たない。俺は主人公じゃない。


 まあ、それでいいのかもしれない。


 命懸けで戦うのは六超人やら何やらに任せておいて、俺は後ろで、銅貨数十枚の雑用をこなしながら、細々と生きていく。異世界スローライフ、というやつだ。意外と悪くないのではないか。スローライフなら、ペンを出せる能力だって、そこそこ役に立つかもしれない。


 俺はそう思って、少しだけ気を取り直した。そして、気を取り直したついでに、試してみることにした。


 手を開き、「ペン出ろ」と念じる。


 ぽん、と。手のひらに、黒いペンが出現した。


「おお」


 思わず声が出た。地味だし、上がりきったハードルを越えることは出来なかったが、無から物を出現させる、というのは、やっぱり、魔法っぽくて楽しい。


 カルセウムが興味深そうに覗き込む。


「面白いな」

「な」


 俺はリュックを下ろして、中からノートを取り出そうとした。大学の講義で使っていたノートが、数冊入っている。


 ——はずだった。


 リュックの一番下、教科書の下に、俺の知らない黒い表紙の使い込まれたノートがあった。手に取る。


 革の表紙だった。角がすり切れていて、表紙には薄く何かの文字が箔押しされている。開いてみると、ページは黄ばんでいて、文字が書かれていた。


 書かれている内容には、全く、覚えがなかった。文字も子どもが書いたような崩れた字で、かろうじて部分的に解読できる程度だ。


 『ゆうひちゃんと、お〇まであそんだ。お〇まのうえに、〇いおうじょさまがいた。おうじょさまは「ねえ、たすけて」と〇った』


 ——は?


 誰だ、ゆうひちゃん。お姫様。山の上。助けて。俺はこんな文章、書いた覚えがない。こんな話、聞いたことも、見たことも、ない。ページをめくる。


 『もりのなかに、〇こくのえいゆうがいた。かみの〇は、ちゃいろい。けんをもっていた。なかまになった』


 ——ちょっと待て。


 茶色い髪。剣。仲間になった。あまりにも、今の状況に似ている。さらに、ページをめくる。


 『しんごうしゃがおどりだした。まち〇がへんなおどりをはじめ〇』


 ——何だ、これは。


 全く意味が分からない、子供の書いた日記のような文章が、ひたすらページを埋めている。内容は殆どが意味の分からない気味の悪いものだ。


 背筋が凍る感覚、何か大きく不快な感触を伴ったものが背骨に沿って這いまわるような。汗が、朝から歩き続けて流した汗とは違う質のものとして、噴き出してきた。


「……カルセウム」

「どうした」

「この、ノート、なんだけど」


 俺は震える声で言った。


「俺の知らないことが、書いてある」


 カルセウムが覗き込んだ。そういえばこの世界の文字を見たことが無い、元の世界の文字は彼も読めるのだろうか。何かを感じ取ったらしく、彼の眉が微かにひそめられた。


「——そのノート、お前が持ってきたものか?」

「それが、分からない。リュックに入っていたが、俺のものじゃない。少なくとも、書いた覚えも、持ってきた覚えもない」

「……」


 風が吹いた。ノートページがパラパラと音を立ててめくれる。


 町の外れで、黄金の葉が、一枚、舞い落ちた。次の瞬間、固まったままの俺とカルセウムの目に異様な光景が浮かぶ。白紙のページにじんわりと文字が滲みだしたのだ。


「…ろ。…れる」滲みだす。


「…げろ。…される。」不気味が輪郭をもって浮かび上がる。


「逃げろ。殺される。」


ささやかな挫折と穏やかな未来に思いをはせた温かい朝。もはやそれはただのノートではなかった。



「ニゲロ。コロサレル。」


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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続きは明日12時と19時ごろの2話更新予定です。


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