陽の温もり、ときどき、赤
悠月と申します。
厳しいお言葉含め、感想・アドバイスお待ちしております。
第20話 冒険者たる
冒険者とは―
ギルドに登録し地域住民や町、時には国からの依頼を達成することで報酬を得て生活している人々のこと。依頼の他にも、ギルドが承認・管理する「遺跡」を探索することによって、日銭を稼いでいる。
※手続きを行ったうえで探索した「遺跡」内で見つけたものは、原則として見つけた冒険者のものとなる。
冒険者は、治安維持や地域住民の生活の一助を担っている。
ギルドは、冒険者の管理を行っている。
⇒冒険者という職業は、身寄りのない人間や事情により定職につけない人間に社会的立場と信用を与えるという点でも、多くの人を助けている。
現在、大陸には8つのギルドが存在しているが母体は同じ、大陸冒険者組合である。
いずれかのギルドに登録し、登録証を持っているものが冒険者として認められる。
いずれかのギルドに登録していれば、依頼はどのギルドのどこの支部でも受けることが出来る。
例)黄金の獅子で冒険者登録をした。
⇒依頼は「黄金の獅子」の別の街の支部でも受けられる。「深紅の鷹」の支部でも受けられる。
⇒パーティ登録などは登録したギルドでのみ手続きが出来る。
依頼—
依頼には大きく分けて2種類がある。地域住民などの依頼主からギルドが要請を受けて冒険者へと仲介するものと、ギルド自身が治安維持や生態・環境研究の目的で出すもの。
依頼主のいるものは、難易度に対して報酬が高めに設定される代わりに、失敗した場合の違約金や、期日が決まっているなどの制限がある。ギルドが出す依頼には違約金などのリスクがない。
雑務系の依頼よりも討伐系の依頼、というように危険度の高い依頼は報酬が高くなりやすい。
等級—
冒険者には、依頼をこなした数やその実績に応じた等級が付けられる。依頼によっては等級による制限が設けられる場合もある。等級制限のある依頼は難易度が高いとギルドが判断したものであり、報酬も高くなる。
お役立ち情報—
ギルドでは、簡単な武器指南や知識を得られる「冒険者講座」を受けら
◇
「例えば、長剣、弓、短剣、よく冒険者に使われる基本的な武器ですが、それぞれの長所と短所や特徴を皆さん答えられますか?」
指導員の声が、俺の意識を紙の上から講習室へ引き戻した。嫌な予感がした。
こういう時の教師という生き物は、問いを投げる前から、だいたい誰を指すか決めている。大学の講義でも、そして異世界のギルド講習室でも、その法則はどうやら変わらないらしい。
「では、シンジさん」
ほら来た。
俺の肩が小さく跳ねた。机の上に置いていた硬筆がころりと転がりかけ、慌てて指で押さえる。講習室の視線がこちらへ集まる。
たかが質問。されど質問。人間は、集団の前で名指しされると、それだけで少し魂を削られる。
「えっと……短剣よりも長剣の方が、さらに弓の方が、攻撃できる範囲が広い、とか?」
「すばらしい。そのとおりです」
指導員が、ぱちぱちと手を叩いた。周囲からも、控えめな拍手が起きる。正解したはずなのに、なぜか処刑台から生還したような気分になる。
これが授業で当てられるということか。いや、知っていた。知っていたはずなのに、異世界でも同じ目に遭うとは思わなかった。
「ただ、シンジさんの答えは、まだ正確ではありません。では、リリスさん。他に何か分かりますか?」
指導員の視線が、俺の斜め後ろへ流れる。
青髪の少女が立ち上がった。
光沢のある青い髪。その一部が細い三つ編みにまとめられている。薄紫の瞳は落ち着いていて、年齢より少し大人びて見えた。けれど、顔立ちそのものはまだ幼い。俺より年下だろう。それにしても、どこかで見たことある顔のような…?
「はい。短剣は長剣よりもリーチが短い代わりに、機動力を確保できます。実戦では、片手を他の道具や魔術具に回しやすいことも利点です」
「ふむ」
「長剣は短剣より機動力では劣りますが、リーチ、破壊力、耐久性に優れます。防御にも攻撃にも使いやすく、正面からの戦闘では安定します」
「では、弓は?」
「弓はリーチと機動力があります。ただし決定力に欠けます。矢が切れた場合や、極度に接近された場合は脆いです」
すらすらと淀みのない答えだった。
俺の答えが「カレーは辛いです」だとしたら、彼女の答えは「使用香辛料と調理工程と地域差」くらいの情報量があった。何に負けたのか分からないが、かなりちゃんと負けた気がする。
「すばらしい。皆さん、リリスさんに拍手を」
さっきより大きな拍手が起きる。
リリスは少しだけ得意そうに笑った。その笑顔を見て、俺はようやく彼女がちゃんと年下の少女なのだと思った。答えている間の落ち着きだけが、妙に大人びていた。
「冒険者講座の他のコースでは、このような基礎的な知識や、実践を学ぶこともできます。今回は、これで終わりですが、みなさんのキャリアアップや生存にも繋がる知識がきっと手に入るはずなので、ぜひ他のコースも積極的に受けてくださいね!」
指導員が話し終わるのを見計らったかのように、定刻のベルが鳴った。講習の終わりを示していた。
講習が終わると、部屋の空気は一気にほどけた。椅子を引く音、紙をしまう音、隣同士で軽く愚痴を言い合う声。
授業終わりの解放感は、世界が違ってもあまり変わらないらしい。
俺も紙をまとめて立ち上がろうとしたところで、さっきのリリスが指導員のもとへ寄っていくのが見えた。
「あの、質問いいですか」
「もちろんです。リリスさん」
俺の足が半歩だけ止まる。盗み聞きではない。情報収集である。帰りの準備をしているふりをしながら、聞き耳を立てるのは、大学で身につけた数少ない実用技能の一つだ。
「ギルドは八つあるって言ってましたけど、それらを取りまとめる冒険者組合は、誰によって運営されているんですか? いちばん偉い人がいるんですか?」
「いい質問ですね。まず、八つのギルドには、それぞれギルド長と副ギルド長、それに幹部がいます」
「はい」
「冒険者組合は、それらギルドを取りまとめる上位組織です。各ギルドの長たちが会議に参加します。そして、それらをまとめる“大陸冒険者組合長”という存在がいます」
「へー。ギルド長より偉い人がいるんだ」
リリスは素直に驚いていた。
「シンジさんも、何か質問が?」
指導員がこちらを見た。
しまった。
情報収集の構えが長すぎた。
「アッ、イエ。オツカレサマデシタ」
自分でも驚くほど片言だった。
リリスがこちらを見て、少しだけ笑った。俺は硬筆と紙をしまい、早足で講習室を出る。
講習は終わった。
次は、今日の依頼を探さなければならない。
◇
朝の依頼争奪戦は、すでに落ち着いていた。
依頼掲示板の前にはまだ何人か冒険者がいたが、張り詰めた早朝の空気はない。人気の高い依頼はもう取られているだろうが、そのぶん、焦らず選べる。
今日の目標は明確だった。
ほどよく安全で、ほどよく報酬があり、ほどよく人の役に立ち、ほどよく疲れない依頼。
まあ、そんな都合のいいものがあったら、全人類が冒険者になる。分かっている。分かってはいるが、夢を見るだけなら無料だ。
俺はこの依頼書を眺めていく時間も、嫌いじゃなかった。
『四耳狼の討伐』
――ウサギにすら負けたのに?
『赤竜の調査』
――冗談は寝てから言ってくれ。
『井戸の修理補助』
――知識がない。
『寂しい老後の話し相手 若い女性のみ』
――うわぁ。
『演劇の代役 四人パーティ求む』
――ボッチで悪かったな。
『究極の絵の題材ちがし』
――?
「……探し、だよな?」
「そこに気づくとは、やはりおぬしには芸術の素養がある!」
「わ!出た!」
俺と掲示板の間に、小さな影が潜り込んできた。
赤茶けた髭。小柄な身体。手書きの依頼書らしき紙に、こちらへ向けられる無駄に輝いた目。
自称・絵描きの老人である。
ここ数日、俺を見るたびに「青年、おぬしの貧相さには味がある」とか「その頼りない立ち方がよい」とか、褒めているのか侮辱しているのか分からない言葉を投げてくる人だ。
「今日こそどうじゃ! 究極の題材探し!おぬしとなら、私は新しい芸術の扉を開ける気がする!」
「その扉は、ぜひ閉めたままにしておいてくれ」
「報酬は弾むぞ!」
「前回もそう言って銅貨三枚だっただろ」
「今回は四枚!」
「ほとんど変わってないじゃねーか!」
「けー、若い奴は金の話ばっかりで嫌になるのぉ」
「報酬の話始めたのはそっちだ!」
老人はぐいぐい紙を押しつけてくる。距離が近い。近いし、紙の字が絶妙に読みにくい。芸術以前に、まず字をちゃんと書いてほしい。
「青年。おぬしのその目、異国から来た迷い人のようで実に良い」
「何言ってるんだ?!」
「その反応もまたよい。混乱と諦観の混ざった若者の顔じゃ」
「やめろ。俺を芸術の素材として分析するな」
押し問答をしていると、背後から太い声が飛んだ。
「またお前か」
ギルド係員だった。
見るからに面倒ごと処理のプロという体格と顔つきの男だ。老人はその声を聞いた瞬間、逃げようとした。だが遅かった。係員は慣れた手つきで老人の襟首を掴む。
「離せ!芸術への弾圧じゃ!表現の自由をゆるせ!」
老人はひっくり返った虫のように手足をバタバタと動かす。
「ここでやるなら、正式な依頼手続きを通せ。あと勧誘のしつこさで苦情が来ている」
「苦情ではない!魂の震えじゃ!」
「震えているのは相手の精神だ。行くぞ」
「青年!また会おうぞ!おぬしは必ず我が絵筆の前に立つ運命じゃ!」
「立たない!絶対立たないからな!」
そのままずるずると連れ出されていった。依頼掲示板の前に、静けさが戻る。
俺は深く息を吐いた。
◇
程よい依頼も見つからないし、今日はオフとしようか。
そうだ、早めに帰ってソフィアやマテオの手伝いをしたっていい。幸い、まだ生活に困るほど困窮しているわけじゃないんだし。
そうして、ギルドの扉を押し外の光に全身がさらされたとき…
「うわっ!」
「きゃっ!」
正面衝突。
肩と肩がぶつかり、相手の身体が勢いのまま崩れかける。俺は反射的に手を伸ばした。誓って、純粋な気持ちで助けようとしたのだ。
助けようとした。した、のだが。
結果として、俺の手は相手の外套とその下の服を中途半端に引っかけた。
布がふわりと跳ねる。全てはスローモーションのように映り、まだ暖かい日の光の反射と、ふわりと宙に舞う布の曲線美が、鼻腔をくすぐる甘いにおいと一緒に脳内に情報として流れ込んでくる。映画のワンシーンのような美しい光景だった。
ふわぁっ
――赤。
赤だった。
赤、と認識した瞬間、俺の脳はすべての処理を放棄した。待て。今の情報は受け取るな。それまで、情景美を存分に味わっていた我が脳は大パニックである。
これは事故だ。不可抗力だ。俺は無実だ。神様、見ていましたか。俺は何も悪いことをしていませんよね。ただの事故でしたよね。
相手の少女が、俺を見上げた。
フードの奥から、金髪がこぼれている。顔は良く見えなかったが、しっかりと見るまでもなく見事に怒りと羞恥で染まっている。
この金髪の少女が、、、赤…?!
「……見た?」
「見てません」
「見たでしょ?」
「事故です」
「見たよね?」
「不可抗力です」
「見たのね!」
「見ましたごめんなさい!」
即落ちである。
ここで粘っても意味がない。嘘をついたところで、俺の目はすでに敗北を認めていた。
少女は拳を握った。
――殴られる。
しかし、その拳が俺の頬に届くより先に、外から鋭い声が響いた。
「いたぞ!」
「止まりなさい!」
王国警備の制服を着た男が二人、通りの向こうから走ってくる。少女の顔が一瞬で変わった。
「来て!」
「えっ、いや、は!?」
「いいから!」
少女が俺の腕を掴む。
「ちょ、ちょっと待て!俺はこれから有意義なオフを過ごそうと…」
「見たでしょ!」
「事故で!」
「事故でも見た!」
「ありがとうございました!」
「うるさい、走って!」
引っ張られる。
俺は依頼書も選べないまま、王都の通りへ腕を引かれていった。
◇
(王都の路地は、こんなにも複雑だったのか)
少女は迷わなかった。大通りを避け、荷馬車の陰を抜け、洗濯物の下をくぐり、石段を駆け下り、狭い路地を曲がる。俺はその後ろを引きずられるように走った。
「待てって!説明!説明をくれ!」
「あとで!」
「あとってどのくらい??」
「今はとにかく走って!」
背後から警備兵の声が追ってくる。
「そこの者、止まれ!」
「これ、止まったらどうなるの!?」
「連れ戻されちゃう!」
「君が?」
「私が!」
「じゃあ俺は!?」
「たぶん捕まる!」
「なんで!?」
「誘拐されたっていうから!!」
「理不尽!」
「パンツ見られたし!」
少女は笑っていない。だが、少しだけ楽しそうに見えたのは気のせいだろうか。追われている人間の顔ではない。いや、確かに追われてはいるんだけど。でも、追われ慣れているような顔だ。そう、まるで常習犯のような…
通りを曲がり、露店の裏を通り抜ける。焼き菓子の匂いが一瞬だけ鼻をかすめた。今じゃない。だが腹は少し反応した。人間の身体は危機感に対して案外、不誠実だ。
「こっち!」
「今どこ走ってるんだよ!」
「王都!」
「おおざっぱ!」
城壁の外れに近づく。人通りが少し減る。少女は腰のあたりから小さな石を取り出した。何かを短く呟くと、俺たちの周囲の空気がふっと薄くなる。
警備兵の足音が少し遠ざかる。どうやら、とりあえずの危機は去ったようだ。
「今の何?」
「隠れやすくなる魔術」
「へえー、便利!」
「便利でしょ」
「てか、そんなに便利なもの、最初から使ってくれ!」
「人混みの中で使うと目立つの!」
「そうか、現実は厳しいな…」
ようやく城壁の外へ出る。そこからさらに少し歩道を外れ、林の手前まで来たところで、少女はようやく俺の腕を離した。
俺は膝に手をつき、肩で息をした。
「はぁ、はぁ……死ぬ……」
「死なないわよ」
「走らせた側がそれを言うな」
「大丈夫。あなた、意外と走れていたわ」
「それはどうも」
少女は外套のフードを深くかぶり直した。金髪が少しだけこぼれる。
「私はマリー、助かったわ。あなたが居ないと、怪しまれて門を出れなかった」
「ああ」
王都のセキュリティは厳しくはない。しかし、一応、門番は立っているし、商人などは積み荷のチェックをされている。マリーはフードを深くかぶった怪しい姿だったが、俺と腕を組んで通り過ぎたら、特に引き留められることもなかった。分けありの男女も珍しくないのかもしれない。
「はあ、はあ。で、マリーさん。説明を」
「敬語じゃなくていいわよ。気持ち悪い」
「初対面で言葉強くないか?」
「初対面で見た人に言われたくない」
「ぐうの音も出ない」
マリーは一つ咳払いをした。
「私も冒険者よ、北の森で受けた採集依頼に行くところだったの」
「採集依頼?」
「そう。必要な植物を採って、ギルドに持ち帰る依頼。受けたのはちゃんと正規の依頼よ」
マリーは依頼書を一枚、懐から取り出して見せる。
「じゃあなんで警備兵に追われてるんだよ」
「それは…」
「それは?」
「言いたくない!」
「そんなわがままな」
マリーは顔を伏せた。フード越しで感情を正確に読み取るのは難しい。
「じゃあ、なんで俺は走らされたんだ?その採集依頼に俺が必要なのか?」
「一人じゃ、王都を出られないかもしれなかったか…。あと、報告に行けないから。あと、見られたから」
「最後の理由が一番強そうだな」
「強いわよ。ものすごく強い」
フード越しに睨まれた。語調も強くなっている。笑いながら言っている感じではなかった。
「脅し?」
「半分はね」
「半分でも本気なら十分怖いんだよ」
マリーは胸を張った。
「報酬は出すわ!」
「いくら?」
「それなり?」
「それなりって言葉は信用ならないんだよな」
「じゃあ、ちゃんと払う」
「だいぶ曖昧だな」
「まさか、このまま帰るっていうわけ?!」
「俺にメリットが無さすぎる。秘密も多いし、怪しすぎる」
「パンツ見たくせに」
「手伝わせて頂きます!」
「よろしい」
本当なら今日は、もっと地味な依頼を選ぶつもりだった。ほどほどに安全で、ほどほどに人の役に立つ依頼。そして夕方には青鳥亭へ戻る。そういう一日のはずだった。
だが、金髪の少女が王宮から逃げてきて、採集依頼に行きたいと言っている。しかも、俺はもう巻き込まれている。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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