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異セカイは夢日記とともに…  作者: 悠月 柚裕
十災攻略

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19/19

旅立ちと雨と残された人

悠月と申します


厳しいお言葉含め、感想・アドバイスお待ちしております。

第19話 旅立ちと雨と残された人


 扉が開く音で目が覚めた。

 気づけば陽は少しだけ傾き、林の中の小さな空き地には影が挿していた。


「シンジさん。風邪ひいちゃいますよ」

「あ、ごめんなさい、気付いたら寝ちゃってたみたいで」

「ふふ、ここ気持ちいいですよね」

「はい、暖かくて。もう、お話は良いんですか?」

「あ、いいえ。ちょっと先でお花を摘んできます」

「お花を摘むって」


 わざわざ、林の中まで行って、お花摘み…頭が具体的なイメージで情報を整理しようとする。綺麗な花が広がる草原に、可憐な少女が笑顔で立っている。お花摘み。少女は照れた顔を浮かべながら草原にしゃがみ込むと…


「あ、あちがいますよ!本当にお花を摘んでくるんです。母の寝室にかざるお花です。来るたびに新しくしていて...」


 目の前の少女も顔をかすかに赤らめて立っていた。


「え、ああ、いや、そうですよね」

「何か別のことイメージしました?」

「え、別のこと??」

「じゃあ、何でもないです」

「それより、一人で大丈夫ですか?付き添いましょうか」

「いいえ、一人で大丈夫です。リオンもいるし」


 隣で小さなクマの人形が胸を張った、気がした。小さな人形の動きは小さく、表情もない。それでも、コミカルな動きで周囲に愛嬌を振りまいていた。


「それより、母がシンジさんとお話したいって。待ってる間、話し相手になってあげてください」


 そういって、カオルは小さな人形を引き連れて林の中に入っていった。



 小さな家の中は、意外に大きかった。少なくとも一人で暮らすには十分すぎるほどだった。

 居間には大きな窓がついており、玄関の反対側――裏庭の景色を映し出していた。その景色に向けて二つの椅子と机が並べられ、片側にカオルの母、ツムギは背中を丸めて座っていた。

 

「ツムギさん」

「ああ、シンジさん」


 声をかけると、丸まった背中は伸び、こちらに声を返してくる。


「どうも、ごめんなさいね。カオルを待つ間、一人だとなんだか寂しくて。少しお話に付き合って頂けないかしら」

「ええ、俺なんかで良ければお付き合いします」

「嬉しいわ。最近はカオル以外と話すこともほとんどなかったから。どうぞ、かけてください。お茶も何もなくて申し訳ないのだけれど」

「いえ、お気遣いなく」


 俺は、開いているもう一つの席に腰を落ち着ける。裏庭には大きな幹が二本、地面からまっすぐに存在を主張していた。


二本とも、木と呼ぶには弱弱しく葉のひとつもつけていなかった。


「シンジさんは最近、冒険者を始めたんですってね」

「はい、5日ほど前にはじめて、依頼はこれが4つ目です」

「そうなのねぇ。私も昔は冒険者をやっていたのよ、その中で素敵な男性にも出会ってね。それにしても、若い男の子の冒険者を見るのはとっても久しぶりだわ」

「今までも、付き添いの依頼はあったんじゃ」

「ええ、でもみんな女の子だったから。ほら、半日近く二人っきりでしょう?男性の方だと、少し心配じゃない。親バカかもしれないけど、カオル、可愛いし」

「ああ、まあ、はい」


 言葉の端から、圧を感じる。何となく、気まずくて視線を逸らすと部屋の片隅に立てかけてある長剣が目に入った。さやに納まった状態でもよく手入れがされているのが分かる。


「ふふ、ずっと使ってきた愛剣なの。今でも手入れだけは日課になっているわ」

「そう、なんですね」

「どうしたの?なにか緊張しているみたい」

「いえ、あの、」

「なあに?」


 収まりどころを見失い、弱弱しく動くこちらの目線を、ツムギの鋭い視線が捉える。


「いや、カオルさんに、お母さんは名の知れた冒険者だったって、お聞きしたので」

「あら、あの子そんなことを?」

「はい、怪しい人はスパンッって…」


 ツムギが目を見開く、少しの間硬直し、すぐに表情を崩す。


「ふふふ。ええ、そうね。娘と二人きりになって人気のない林を歩こうとする不届きな男性なんて上半身と下半身で、スパンッ」

「!」

「なんて、もう、そんな元気もなくなってしまったわ。剣も長い間、振れてないの」

「そう、なんですね」

「気持ちだけは、いつでもそうなのよ。カオルを狙う悪い虫なんて真っ二つにスパンッってね」

「ハイ」

「でも、シンジさんは違うわ。カオルがシンジさんを見る目は、シンジさんについて話す口は、貴方のことを完全に信頼してた」

「…」

「依頼を受けてくれて、ありがとう。帰り道も宜しくお願いします」

「はい」


 沈黙が流れた。風がカタカタと窓を叩く。


「あの、どうしてツムギさんはこんな離れた場所に?」

「え?」

「感染するような病ならそもそもこんな風に面会は出来ないはず。王都にはここよりもしっかりとした病院もありました。なにより、母と子は一緒に暮らすべきだと思うんです」

「…」

「余計なお世話なのはわかってます。でも、お母さんの話をするカオルちゃんの顔はとても幸せそうで、ここへ向かう道を歩く顔は寂しそうで」

「シンジさんは、とてもやさしいのね」

「いえ、俺は、そんなんじゃないです」

「ここで暮らしているのは、私の希望なの」

「ツムギさんの、希望」

「ええ、私の、わがままなのよ」



 少し経って、カオルが籠一杯に花を摘んで帰ってきた。クマの小さな人形は、顔が見えなくなるほどの花を小さな手で抱えて、ふらふらとバランスを取りながら歩いてきた。


「最近は、だいぶ温かくなってきたからね。沢山咲いてたの」

「ありがとう、カオル。リオンも、ありがとうね」


 カオルは数本ずつを選んで、花瓶に挿していく。あっという間に寝室は、様々な色の花によって鮮やかに色づいていった。真っ白で整えられていた寝室は、鮮やかで、豊かで、温かい部屋へと変化し、ツムギの顔も会ったころより明るくなっていた。


「さて、そろそろ帰りなさいな」

「…うん」


 カオルは俯き、両手を強く握る。それをツムギは優しい目で見る。別れを惜しむ時間だ。


「シンジさん、帰り道もカオルのことをお願いします」


 そう言って、ツムギはこちらに頭を下げる。


「母に、『ありがとう』と伝えてください」


 ツムギは下げた頭をあげずに言った。その声に芯はなかった。



 不思議と、来る時よりも会話が少なくなっていた。

 お互いに一言も発さずに、ただ、黙々と王都への道を歩いていた。草を踏みしめ茎が折れる音と、たまに鳴く夕暮れの鳥の声が寂しくかえりみちに響いていた。


 疲れがあったかもしれない。


 良い意味で緊張がほぐれたのかもしれない。


 悲しみが、あったかもしれない。


「シンジさんは憧れの冒険者とか、いますか??」


 半分ほど歩いた時、カオルが口を開いた。なんでもない話題だった。


「いや、特にはいないけど。そもそもそんなに、知らないし」

「えー、大体憧れの冒険者とか憧れのパーティがあって冒険者になるんですよ!」

「そうなんだ、カオルちゃんは?」

「うーん、迷うなぁ。私、じつは結構、冒険者オタクなんです」

「えっ、そうなの」

「はい!友達の中でも一番詳しいし、一番好きな自信があります!」


 カオルは顔だけこちらに向けて笑った。明るい笑顔だった。


「ほほう、じゃあその冒険者博士のカオルちゃんのイチオシは??」

「うーん、やっぱり伝説のパーティの薫香かなぁ、べたですけど!」


 薫香、ウィンナーだろうか。


「あとは、アンカさんも現役時代はかっこよかったな。奇術師って呼ばれてたんですよ!」

「へえ、あのアンカさんが」


 穏やかな笑顔と焦げ茶の髪が思い浮かぶ。とても、奇術師という名が合うようには思えなかった。もっとこう、重厚な?タラバガニとか?がぴったりだと思った。


「なにか失礼なこと考えました?」

「いや、ぜんぜん」


 カオルの時折見せる鋭さは、母親譲りだろうか。


「あとは、最近だと「雨間の流星」かなぁ。人気度だとダントツだけど、私はあんまりなんだよなぁ」


 アマアイノリュウセイ、どこかで聞いたことあるような?


「まさか!「雨間の流星」も知らないんですか??本当に冒険者ですか?」

「そんなに、やばい?」

「今、一番話題のパーティですよ。ギルド「深紅の鷹」のパーティで、結成から半年足らずで1級(ベガ)まで上り詰めたんです」


 1級とは冒険者の実力を示す階級で、俺は今、無色グラウンドである。


「へ、へぇ」

「リーダーは超絶イケメンで、冒険者になってすぐにパーティを組んだって話ですよ」

「じゃあそのリーダーは、実質冒険者になって半年で1級まで上がったってこと??」

「そうなんです。みんなは「王子」なんて言って推してますけど、私はあんまり」

「イケメン好きじゃないの?」

「冒険者の価値は、階級とか顔とかで簡単に決まるものじゃないんです!」


 一段、カオルの声に熱がこもる。冒険者オタクというのは間違っていないようだ。


「シンジさんだって無色で顔もイマイチだけど、とっても立派で優しい冒険者です!」


 カオルはすっかり元気になっていた。代わりに、俺は少しだけ傷ついた。



 カオルを無事に家まで送り届けるころ、街は真っ赤に染まり、夕方の音と匂いがあふれていた。生活が、夜に備える匂いと音だ。


ハクサは扉の前で待っていた。


「お帰りなさい、カオル」

「ただいま、おばあちゃん」

「シンジさんもお帰りなさい」

「はい」


 ハクサは、既に銀貨を二枚用意していた。掌に重みを感じる。銀貨二枚分と、ちょっとの重み。


「ツムギさんが、『ありがとう』って、伝えてくださいと」


 俺は母に、娘の言葉を伝えた。


 ハクサは、半瞬目を伏せた。


 しかしすぐに、伏せた目をゆっくり上げて、頷いた。大人は、強い。


「シンジさん、本当に、ありがとうございました」

「ありがとうございました」

「こちらこそ、楽しい時間でした」


 俺は、頭を下げる二人に軽く応え、ギルドに向けて歩き出した。少し歩いて振り返ると、もうカオルとハクサの姿は無くなっていた。代わりに、あの小さなクマの人形、リオンが器用に体を半分に折り曲げていた。


 ギルドは夕方の賑わいを見せていた。午後の依頼をこなした冒険者たちが、官僚の報告をしに来るこの時間は、少し混む。手続きを待つもの、手続き中のもの、手続きが終わり報酬の分配をしているパーティ、打ち上げをどこで行うか駄弁るパーティなど、朝一のギルドとは別の場所と言っていいほどの熱気である。


 少し並んで、俺は朝依頼を受けたのと同じ窓口に完了の報告をする。この手の住人の手伝いの依頼は、報酬が直接手渡しでやり取りされるため、ギルドへの報告は形式的なものになる。受諾した冒険者と同じ冒険者が完了といえば、ギルド内では完了の処理になり、依頼書は完了済みのボックスに送られる。


 最後に、登録証を預け少し待つ。奥の特殊な魔道具で、依頼のデータを保存しているらしい。一定以上の評価と成果が認められると、登録証の色が変わり、階級が上がる。


(まあ、今のところ、何の変化もないけれど)


「お待たせしました。シンジさん」

「ありがとうございます」


 登録証を受け取り、窓口を後にする。

 

「ねー、あの噂、マジらしいよ!」

「え!雨間の流星が王都に来てるって噂??」

「そう!朝このギルドにも来てたんだって」

「えー!まじ!?会いたかったなー、王子」

「ね、パーティメンバー募集してないかなぁ」

「いやいや、あのパーティ、王族級の美人じゃないとは入れないんでしょう」

「それに、あんたの腕前じゃ」

「ちょっとー、夢見るくらい良いじゃーん」


 カオルの言っていたことは、本当らしい。軽い会話を背にして、俺はギルドを出る。


 一日かけた依頼を終えた身体は、疲労と空腹を訴え始めていた。

 

 足も疲れを痛みに変えて伝えてきていた。


(あんまり遅くなると、またソフィアに怒られちゃうしな)


 帰ろう。帰って、寝て、明日もまた誰かを手伝う依頼を受けよう。


 

 夜明け前から雨が降り続ける、そんな日だった。

 昼過ぎ、ちょうど冒険者たちが午後の依頼に出発し、商売人たちも夕方からのピークに備えて品出しを行い、街が少しだけ静かになるころ。カオルの母、ツムギの葬儀が行われた。


 こちらの世界の葬儀も、俺の知っている葬儀と大きく変わりは無かった。親族や友人が集まり、故人に最後のお別れをしてから、亡骸は燃やされる。少し前まで、埋葬していたが、アンデッドと呼ばれる魔物の発生を助ける可能性があるということで、王国では現在、火葬が義務付けられているらしい。


 一つ、違うのは、三日間時間をかけて亡骸を燃やし、完全な灰にすることだ。灰は風魔術の道具によって王国の空にまかれる。肉体という縛りから解放され、風に乗って大陸中のどこでも好きなところに行くのだという。


(ツムギさんは、サクラを見に行くのかな)


「シンジ」

「アンカさん」

 

 元冒険者だったからか、参列者の中にはギルドの関係者が一定数見られた。「黄金の獅子」の幹部、アンカ・ロレッツィもそのうちの一人だ。


「アンカさんもお知り合いだったんですね」

「ああ、彼女は「黄金の獅子」所属の優秀な冒険者だった。幹部の打診が来るほどにな。縛られたくない、と言っていつも断られてしまったが」


 アンカは優しい笑顔を浮かべていた。目の奥には、過去の日常の光景が映し出されていたのだろう。


「君は依頼で?」

「はい、カオルちゃんの付き添いの」

「そうか、最後の依頼を受けたのは、君だったか」

「はい」

「どうだった?」

「強い、女性だと思いました」

「手合わせしたのか?」

「いいえ、そういうわけじゃ」

「はは、そうだよな。もう、そんな元気もなかった」


 既にアンカの笑顔は消えていた。彼の眼は、ただ、目の前の現実を見据える大人の目に戻っていた。


「俺、最後の、少しの時間でも、カオルちゃんと一緒に過ごすべきだって、言ったんです」

「ほう、それで?」

「諭されちゃいました。それ以上、何も言えなくて」

「彼女は、口も強かった」


 俺は静かに頷く。この世界で初めて、知り合いの死を体感し、それを共有して、俺は泣いていた。


「彼女風に言えば、私たちは残されたものだ。残されたものに出来るのは、ただ、感情を共有し、慰め合い、忘れずにいることだ」

「はい」


 雨は強くなっていた。


 アンカはしばらく隣で目を瞑っていたが、やがて他の知り合いに呼ばれたのか、静かに去って行った。代わりにカオルが近づいてくるのが見えた。俺は慌てて、袖で顔を乱暴に拭き、向き直る。


「シンジさん」

「この度は、お悔やみ申し上げます」


 ふと、この世界でもこれであっているのかなと思いつつ。些細な問題だなと、すぐに頭の中から消した。


「ありがとうございます」


 今日は、あの小さなクマの人形は、カオルの隣に寄り添わず、胸の中にちょこんと抱きかかえられていた。


「シンジさんと一緒に会いに行った、次の日でした。」

「そう、ですか」

「アンカおじさんが、二日おきに様子を見に行ってくれてたらしくて。いつ行っても部屋もお家の周りもきれいで不思議だなとは思っていたんですけど…」

「アンカさんが…」

「ふふ、そんなに、私、頼りなかったですかね、いくらでも、いつでも、行ったのに…」

「そんなことは…」

「母はあの日、たぶんもう分ってたんだと思います。明日には居ないかもしれないって」

「…」

「私も、何となく感じてたんです。でも、気のせいかなって…気のせいだよって…」


 整えられた彼女の前髪が崩れる。濡れる。その顔には、初めにあった時の大人びた印象はすでになく、ただ、少女が、泣いていた。


「本当に、幸せだったかな、私のこと、嫌いだったのかな」


 人の死は、疑う余地もなく旅立つその人だけのものだ。一人孤独な人生の決着だ。ただし、人の死に意味を見出せるのは、人の死をおもえるのは、いつだって残された者たちだ。


 なればこそ、その人は幸せだったと。満足して人生を終えることが出来たと、そう思い込むことが罪であるはずはない。恐怖の極限に死を迎えても、寂しさを抱えて旅立っていたとしても、それは死にゆくその人だけの真実だ。


 残された我々はただ、幻想であったとしても、彼らが幸せだったとそう思い込むべきだ。

悲しい別れを、それ以上、苦しみと共に抱える必要は無い。


ーー死人に口は、無いのだから。

 


「ここで暮らしているのは、私の希望なの」

「ツムギさんの、希望?」

「ええ、私の、わがままなのよ」


 ツムギの表情は、寂しさや悲しみだけでなく喜びや希望といった明るい感情も混じった、人間らしい表情だった。そこには、それまでの母としての表情は無く、ただ、弱り行く人間の表情だけがあった。


「私は、もう、長くないんです。明日にはこの世に居なくても、おかしくないくらい…」

「え」

「一年前に病気が見つかってから、半年間は薬でごまかしながら生活してきたんです」

「半年前からここで離れて暮らしているってお聞きしました」

「ええ、薬だけではいよいよごまかせなくなってしまって、王都の医者からは、余命は四か月程度と言われました」

「四か月」

「そこから、ここで暮らすことを希望したんです。弱りきる姿をカオルに見せたくなかった。もちろん、死を迎える瞬間も」

「…」

「カオルの中で私は、いつまでもつよいお母さんでいたいんです」

「それは…」

「もうひとつは、あの木です」

「あの、裏庭の?」

「はい、今はもう弱りきって葉すらつけませんけど、本当は綺麗なサクラが咲くんです」

「サクラ」

「私と夫の出会いの木です。最後の時は、どうしてもあの木が見られる場所で迎えたくて、冒険者の知り合いに、随分無理を言って探してもらいました」

「そんな事情が…」

「はい、だから完全なわがままなんです。私の。余命が少ないことをあの子は知りません。次にあの子が見る私は、もう動けなくなった姿かもしれない。最後の半年間を別の場所で暮らした。当然、寂しい思いをさせているでしょう。あの子には、恨まれても仕方ないと思っています」

「…」

「人はどんなに素晴らしい人間でも、死ぬときは一人です。どんなに大勢に囲まれて最後の時を迎えたとしても、旅立っていく一人と残される大勢の間には、到底超えられない距離があるんです。だから、私は一人で良い。一人で旅立ちます」

「あの子は、まだ、子どもです」

「ええ、申し訳ないと思っています」

「申し訳ないと思うなら、今からでも、少しでも、近くにいてあげてくれませんか」

「私も、あの子も、親子である以前に一人の人間です」

「…」

「…貴方はやっぱり優しい方です」

「いいえ、俺はそんな」

「では、なぜそんなに泣いているんですか?」

「…」

「最後の依頼が、あなたで良かった。カオルを…どうかよろしくお願いいたします」

「いやです。お断りします。あなたが最後まで、愛を伝えるべきだ」

「実は、伝える愛はあるんです」


 そう言ってツムギは寝室に行くと、大きな巻物を抱えて戻ってきた。縦に開く西洋風の巻物だ。


「私が旅立った後、カオルに渡してください」


 コトン、と机の上に置く。見た目よりも軽い音がした。



「私の、半年分の愛です」



 笑うツムギの顔には、二筋の水滴の線が落ちていた。その最後の笑顔は確かに熱をもっていた。


 


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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続きは明日19時ごろ更新予定です。


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