自分で選び歩く道
悠月と申します。
いよいよ冒険者デビューです。異世界物らしくなってきました。
厳しいお言葉含め、感想・アドバイスお待ちしております。
第16話 自分で選び歩く道
肩で息をする俺の周り、車内の空気は奇妙に静かだった。
駆け込み乗車という異質な行為に対する好奇の視線と、軽い蔑視と、そしてごく一部の同情。それらがぐるぐる絡まったまま、車内の空気の中を漂っている。漂う視線の真ん中で、俺はようやく姿勢を立て直して、リュックの肩紐を、深く握り直した。
よし、深呼吸をする。
肺の奥に、車内の冷えた空気が落ちていく。冷たさを感じる、ということは、緊張で熱くなっていた身体が、ようやく外側に意識を戻し始めた、ということだった。
「あの、お客さん」
駅員風の男が、俺の肘の脇に立っていた。
濃紺の制服に、銀の縁取り。胸元には、王都の星の意匠。背は俺より少し高く、年齢は三十代の前半か。表情は、怒っているというより、呆れている、に近かった。
「次はやめてくださいね」
「すみません、本当に」
「お席は、立ったままでも構いませんが、揺れることもあるので車両の壁の手すりを、お持ちください」
「あ、はい」
「次の駅は、終点の王都中央駅です。約半刻ほどです」
「半刻」
「ええ」
彼はそれだけ言うと、軽く頭を下げて、車両の前方に向かって歩いていった。歩きながら、ほかの乗客に何かを案内している。
俺は壁の手すりに、片手を乗せた。
落ち着いて冷めていく頭と体に対して、鼓動は強く胸を打ち続けていた。
◇
さて、ありたっけの勇気と衝動に身を任せて冒険に踏み出した俺は、次なる試練を迎えていた。
ヴェルナの容姿を、全く知らない。
分かっているのはセレーネの友人であり「失意の柴矢」の幹部であるということ。それ以上の情報はなかった。
落ち着いてみてみると、マジュツテツドウは一両編成の列車だった。うん?列車か?列にはなっていないから列車ではない?まあいいや。車両の中には8人の乗客。見た目や印象にも統一感はなく、バラエティーに富んだ箱となっていた。
俺は王都に到着するまでに、この中から探し人を見つけ当てなければならない。王都についてしまえば、ヒント無しに人を見つけるなんて不可能だ。
じゃあ、どうやって見つけるか。車両の中を、ゆっくり歩き始めた。
まずはこの車両の8人をひっそりと観察する。観察と推測は得意だろう。いつもやってきたことじゃないか。よし。
8人の容疑者のうち、椅子に座っているのが5人。派手な装飾の施された衣服に身を包んだ、少し身分の高そうな男女が一組、貴族の夫婦だろうか。対象に肌の露出が激しい若い男女が一組、逞しいひげを蓄えボロボロの衣をまとい、窓に頭を任せて寝息を立てているご老人が一人。
椅子に座っている5人は、推定ヴェルナの容疑から外しても良いだろう。任務で王都へ向かっているヴェルナが男女でいちゃいちゃしているはずはない。寝息を立てているご老人も違うだろう。このご老人がセレーネの友人というのはイメージしづらかった。
そう、ヴェルナは気品をそなえもち、凛と芯の強さを感じさせるような美しい女性だ、のはずだ。俺の中にはセレーネの友人であるヴェルナ像が出来上がっていた。
次に立っている3人をうかがう。一人はグレーの外套をまとい頭巾で顔を隠している。俺が乗ってきた入口の位置から最も遠い壁に体を預けていた。残りの二人は、少女だった。同じくらいの年頃に見えるが、受ける印象は対極。俗っぽく言ってしまえば、綺麗系と可愛い系だった。それぞれ車両の両脇に寄りかかり本を読んでいた。この世界にも本はあるんだなと思いつつ、俺は可愛い系が読んでいる本の背表紙を盗み見る。
『ドワーフと人間~筋肉の発達の違いについて~』
筋肉フェチ・・・?いや、人の趣味をとやかく言うものではない。どんな人がどんなことに興味を持ち、どんな本を読んでいてもいいじゃないか。異世界ならなおさらである。
ただ、ヴェルナのイメージからは遠かったため、彼女も候補者から外す。こうして残りは、綺麗系の少女と、頭巾の人物の二択に絞られた。頭巾の人物は外套ごしにも分かる体のふくらみから、恐らく女性だった。
うーん。ここからは、推測できる条件が無かった。少女の読んでいる本の背表紙はこちらからだと覗き込まない限り見えない角度にあったし、頭巾の女性も顔すら見えなかった。
よし。俺は意を決して、推定ヴェルナの人物に近づく。
「ヴェルナさん、ですよね。セレーネって聖騎士のひとからあなたに会えって言われて、頼りに来ました!」
「…え?」
頭巾の女性は、とても驚いた顔でこちらをみる。まずい、二択を外したかだろうか。不安に思わせるほど、女性は驚いた顔をしていた。その髪は美しい銀色で、瞳は緑色の輝きを放っており、ちらりと見えた耳は三角に尖っていた。もしかして、エルフ?
「ヴェルナはあたしだよ!!!」
気まずい静寂を破るように真横で勢いよく扉が開いた。その先は化粧室になっているようだった。扉からは燃えるような赤い髪をなびかせて、身体の大きい豪快な女性が現れた。
なるほど、車両に居た8人はだれもヴェルナではなかったのか。いや、ヴェルナを自称するこの女性も、結果として俺が組み立てたヴェルナ像とはかけ離れていたが。
「見ない顔だねぇ。セレーネがどうって聞こえたけど?」
「アッハイ、セレーネさんの紹介で、あの、これ」
「ん?紹介状か。どれどれ」
動きも豪快だった。俺は流されるように席に座らされ、隣にヴェルナが座った。ヴェルナはしばらく、紹介状に目を通していた。読み終わると、軽く畳んで懐に入れた。
「シンジって言うんだって?」
「ハイ」
緊張で声が裏返る。理由も分からない緊張が体を支配していた。
「そんなに緊張すんなって。とって食いはしないよ」
「ハイ」
「セレーネに保護されたって?」
「ハイ」
「セレーネは美人だったろ?」
「ハイ」
「ははは。正直な奴は好きだよ」
徐々に体に自由が戻ってくる。慣れてくれば彼女は気持ちの良い人間だった。見た目通りの豪快さで、実直だった。セレーネは美しかったが、物事を裏側まで捉えようとする鋭い目と含みのある表情を常に携えていた。ヴェルナの目は熱くまっすぐだった。
「あの子は、聖騎士だ。それで、あの子ほどの立場の聖騎士が紹介状を書くっていうのは、普通の事態じゃあない」
ヴェルナの声に、力がこもり始めた。気づけば視線も鋭くこちらを値踏みするものへと変容していた。緩み始めた体の力が戻ってくる。
「私は、腹芸が好きじゃない。あの子もそれを知ってこの手紙を書いてるはずだ。だから、素直に聞くぜ?」
「・・・」
「お前は何者だ?」
「え」
背中に汗が垂れる。最初にあった時の迫力による緊張ではない。ヴェルナの目から覚悟と医師の宿った光が放たれている。空気が重い。これは、殺気だ。
感情が、理解が追い付かない。俺は今、どうしてこんな目で見られているんだろう。どうしてこんな目で見られなければいけないんだろう。
「この紹介状には、任務中に帝国領のはずれで素性の知れない少年を保護した、とある。間違いないか?」
「…はい」
「なぜ素性が知れない?」
「…えっと、辺境の、村の生まれで…」
涙の溜まった眼をしたまま、必死に答えを紡ごうとした。有無を言わさずにそうさせるだけの迫力を放っていた。
しかしーーダンッ
ナイフが俺の顔の真横、椅子の背もたれに突き立てられた。数センチずれていれば、俺の耳は消えていただろう。
「あたしは、腹芸が好きじゃない。嘘も許さない」
「…」
「すべて話せ」
俺の頬を水滴が伝った。涙を流すのなんて何年ぶりだろう。異世界に来て初めてどころか、現実世界でも長いこと泣いた記憶なんてない。もしこの水滴が涙ならば、十数年ぶりに泣いているのか、俺は。
「…気付いたら、あの森に居たんです。他に分かることなんてなくて、状況を整理していたらセレーネさんたちに声をかけられて。本当に何も分からないんです。自分が生まれて住んできた街とは全く見た目も常識も違くて、どうしようもなくて…」
意外にも、言葉には困らなかった。一度話始めたらすらすらと続きが出てきた。気づけば、両の目から絶えず水滴がこぼれだし、頼りない、細い言葉と一緒に膝に落ちた。
俺は、現実世界の事だけを伏せて、全てを話した。
◇
車両は、思っていたより静かに、王都中央駅のホームに滑り込んだ。
窓の外の風景が、トンネルの黒から、明るい広い空間に変わる。ホームは、エルメンガードのものより、さらに広かった。天井は高く、施された彫刻は、星と月と、王国の紋章。柱の数は、エルメンガードの倍近い。
「着いたぞ」
降り立ったホームには、たくさんの人が、行き交っていた。商人らしき男たち、貴族風の女性、子供を連れた家族、それから、剣を帯びた冒険者の二人組。種族も様々だ。耳の長いエルフ、背が低くて髭を蓄えた男、それから、肌の色がこちらと違う、たぶん獣公国の出身者。
ホームの先には、長い階段。階段の上から、外の光が、まっすぐ差し込んできていた。
ヴェルナの後について、階段を登る。
登りきった先には王都の街が、広がっていた。
石畳の広場が、大きく開けていた。広場の中央には、大きな噴水。噴水の周りに、無数の人。建物は、エルメンガードのものより、さらに高く、装飾が多かった。窓辺には、花が飾られている。色とりどりの花が、街全体を、淡く彩っていた。
空は、午後の青だった。
風は、わずかに、花の匂いを含んでいた。
「ようこそ、王都へ」
ヴェルナが、隣で言った。
「いくぞ」
「どこへ?」
「ギルドだ」
彼女の指は、広場の北側を、指していた。指の先に、五階建ての建物が、ひと際、堂々と立っていた。建物の正面の上部に、金の獅子の意匠が、見える。両前足で剣を握り、口を、わずかに開けた、立派な獅子。
「お前は正直に話した。誠意を見せたんだ。そういうやつをあたしは嫌いじゃない。それにこの紹介状にも悪い人間ではないと思う、と書いてある。だから、最低限の面倒を見てやる」
「最低限?」
「ギルドに連れてって冒険者登録をさせる。これが最低限だ」
「ありがとう、ございます」
バンッと背中を叩かれる。
「いつまでも泣いてないでしっかりしろ!お前の誠意を見た。あたしはもうお前の友人だ」
「泣いてないです!ところで、王都にも失意の柴矢の支部があるんですか?」
俺は、エルメンガードで訪れたギルドの建物を思い返す。あの建物についていた装飾とヴェルナが指さしている建物が掲げているマークは、随分雰囲気が違っていた。
ヴェルナは一瞬目を伏せる。
「いや、王都にあるのは別のギルドの本部だ。でもまあ、そっちのほうが良いだろう」
「?」
「第一ギルド、黄金の獅子だ。行こう、この時間ならあたしの知り合いがいるはずだ」
そう言ってヴェルナは歩き始めた。
◇
黄金の獅子の本部の正面入り口は、にぎわっていた。
冒険者らしき人々が、絶え間なく、出入りしている。革の鎧、布のローブ、金属の重装、それから、軽装で身軽な剣士。種族も様々で、エルフ、ドワーフ、それから、肌の色や顔の特徴が違う、たぶん他国の出身者たちも自然に混ざっていた。
扉を、押す。
失意の柴矢の支部とは、軋む音の質感が違っていた。こちらの扉は、よく油の差された蝶番で、ほとんど無音で開いた。
吹き抜けの天井。光が、上の窓から、斜めに、降り注いでいる。中央には、巨大なカウンターが、円形に、配置されていた。受付の数、ざっと十人。それぞれが、別の冒険者と話している。声が、低い喧騒として、空間全体に満ちていた。
壁の依頼書の数も、桁が違った。
エルメンガードの支部では数十枚だった依頼書が、ここでは、おそらく数百枚。壁が、一面、紙で埋められている。色分けされた札が、それぞれの依頼に貼られていた。緑、青、黄、赤、それから黒。たぶん、難易度を表しているのだろう。
「シンジ、こっちだ」
ヴェルナは、円形カウンターの一角を指した。
彼女が指した先には、新規登録、と書かれた立て札があった。立て札の手前のカウンターには、年配の男性が、一人座っていた。
「おや、ヴェルナか」
男性が声をかけてきた。
歳は、五十の半ばを過ぎたあたりか。短く整えた焦げ茶の髪に、頭頂部に薄く混じる白。深い青の長衣。頬の下のあたりに、わずかな疲労の影がある。けれど、目だけは、年齢に合わない若さで、まっすぐにこちらを見ていた。
「アンカさん。お久しぶりです」
ヴェルナが、軽く頭を下げた。
アンカ、と呼ばれた男は、片手を、軽く挙げて応えた。応える動作の途中で、彼の視線が、こちらに移った。
「こちらは?」
「ソメヤ・シンジ、といいます。新規の冒険者登録を、お願いしたく」
「お前の紹介か?」
「はい」
アンカは、もう一度こちらの顔を見た。
今度は、半瞬よりも、もう少し長く、見ていた。その目は敵意でも、警戒でも、なかった。何かを、ゆっくり確認しているような目だった。
「シンジ、と呼んでも?」
「あ、はい」
「私はアンカ・ロレッツィ。このギルドの幹部の一人だ」
「よろしく、お願いします」
彼の声は、低く、落ち着いていた。低い声の中に、わずかに、人懐っこさが混じっている。これは、年齢を重ねた人特有の、温度の調整だった。話す相手の緊張を、無意識に半分ほど落とす、そういう声の出し方。
「では、こちらの書類に記入を」
アンカは、カウンターの上に、薄い羊皮紙を一枚、置いた。
羊皮紙には、小さな四角がいくつか印刷されていた。氏名、年齢、出身、特技、希望の依頼の傾向。それから、いくつかの細かい項目。
かなり現実世界の役所のような形式だなと思いつつ。空欄を埋めていく。出身と特技は、任意と書かれていたので空欄にしておいた。
「結構」
アンカは、書類を自分の側に戻した。確認してから、軽く頷く。
「これで、登録の手続きは、完了だ。あとは、登録証を発行する」
「登録証」
「身分証のようなものだ。これを持っていれば、冒険者として、大陸中のギルドの支部で各種の依頼を受けることができる」
彼は、カウンターの脇から、薄い金属の板を取り出した。手のひらほどの大きさの、薄い板。表面に、彼がペン先で何かを記す。記したそばから、板の上に、光が、わずかに走った。光は、書かれた文字を、奇妙に明るくした。
「これが、シンジくんの登録証だ」
「魔術、ですか」
「ああ。書いた文字を定着させる魔術だ。複製や偽造が、ほぼできない仕組みになっている」
「すごい」
「便利だろう」
軽く笑って、彼は登録証をこちらに渡した。
渡された板は、思ったより、ずっと軽かった。指で、表面の文字を、軽くなぞる。ソメヤ・シンジ。冒険者ランク、無色。
その板を、しばらく見ていた。
冒険者、という言葉が、自分の名前の脇に書かれている。それを、自分の手で、握っている。憧れた言葉が、こうやって、現実の手触りとして手のひらの上にあった。
「シンジ」
「はい」
「冒険者の仕事は、面白い時もあれば、面白くない時もある。命を落とすこともある」
「はい」
「だが自分で、何かを選ぶ、ということができる仕事だ」
「自分で」
「ああ」
彼は、書類を、自分の側の引き出しにしまった。しまう動作の途中で、彼はもう一度、こちらの顔を、軽く見た。
見た目の中に、何かこちらに伝えたい、けれど伝えられない、という色がほんの一瞬、混じった気がした。
「すまないヴェルナ、少し時間を取ったな」
「いえ、こちらこそ」
「シンジ、また、何か困ったら、いつでもここに来なさい。このギルドは今日から君の家族でもある」
「ありがとうございます」
アンカは、軽く頭を下げた。こちらも、深く頭を下げ返した。
◇
黄金の獅子の本部を出ると、外は、まだ午後の光が支配していた。
ヴェルナは、こちらに向き直り言った。
「シンジ」
「はい」
「あたしは本来の用に戻る」
「あ、はい」
「宿は、ここから北通りに進んだ角の、青鳥亭、というところを使うと良い。一泊、銀貨半枚、食事つき。いい宿だ」
「青鳥亭」
「看板に、青い小鳥の絵が描かれている。店主は、噂好きだが、まあ悪いやつじゃあない」
「ありがとうございます」
「じゃ、元気でな」
「ヴェルナさんも」
それだけ言って、ヴェルナは振り返り歩き出した。俺は彼女の背中を、しばらく見送っていた。
深い赤色の髪が、午後の光の中で、わずかに、揺れていた。
◇
彼女が見えなくなってから、もう一度、黄金の獅子の本部の建物を振り返る。
巨大な金の獅子の意匠が、建物の正面で、こちらを見下ろしていた。
獅子の口は、わずかに開いていた。
冒険者、という言葉が、もう一度頭の中で響く。手のひらの中の登録証は、相変わらず、軽かった。
空を、見上げる。
明日から、ここで生きていく。
誰に引かれることもなく、自分で、選ぶのだ。
その「自分で」という言葉を、心の中で、もう一度確かめる。
確かめた言葉は、まだ少し頼りなかった。
弱々しかった。それでも、ゼロではなかった。
北通りの方へ、歩き出す。青い小鳥の絵を、探しながら。
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続きは明日19時ごろ更新予定です。




