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異セカイは夢日記とともに…  作者: 悠月 柚裕
十災攻略

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15/17

大都市エルメンガード

悠月と申します。


本日から毎日一話更新です。厳しいお言葉含め、感想・アドバイスお待ちしております。

第15話 大都市エルメンガード


 目が覚めた。この世界での三度目の目覚めと言うことになる。


 窓の隙間から、白い光が机の天板の角に伸びている。異なる世界であっても朝は日の光と共に訪れて、それに合わせて人間は活動する。

 起き上がる。背中の関節が、ぱきりと一度鳴った。昨日、随分長く眠った。馬車の中で二時間半ほど。宿に着いてからも、夕食を食べる前に、一度、深く眠ってしまった。緊張の糸の張り方が、思っていたよりずっと強かったらしい。糸が緩むと、人の体は勝手に休もうとする。


 窓を、少しだけ開ける。外の空気は、思ったよりも涼しかった。夏の終わり、というよりは、秋の始まり、と言いたくなる風の温度。日本の感覚で言えば九月の朝に近い。気候は、世界が違っても似通うものらしい。


 階下から人の声と食器の音が、薄く立ち上がってきていた。異世界の朝は、驚くほど現実的に、落ち着いた重さで、目の前にあった。



 階下の食堂で、セレーネは先に食事を始めていた。

 両手で杯を包み、湯気を顔の前に登らせている。湯気の向こうの彼女は、昨日までの灰色の任務の顔ではなく、わずかに、緊張を一段下ろした顔をしていた。


「おはようございます」

「あ、おはようございます」

「お眠りになれたようで、何よりです」

「はい、えっと、眠りすぎたくらいです」

「結構なことです。こちらに」


 彼女が向かいの席を示す。卓の上には、すでに二人分の朝食が並んでいた。固いパン、薄切りのチーズ、それから、白い陶器の杯。


「これは?」

「茶葉を煎じたものです。王国の北で取れる葉で、香りは薄いですが、目は覚めます」

「いただきます」


 一口、含んでみる。

 

苦味はほとんどない。代わりに、口の奥のほうで、鼻に抜ける青い香りが、しばらく残った。緑茶よりももう少し草に近い香り。


「いかがですか?」

「悪くない、です」

「結構なことです」


 彼女の唇の端が、わずかに上がる。


「シンジさん」

「はい」

「今日、エルメンガードまで馬車を出します。昼前には着くはずです。そこで、私たちはあなたとお別れします」

「お別れ」

「ええ。私たちは聖王国の人間ですから、王国に長居するわけにはいきません」


 うん、と頷く。頷きながら、心の片側で、別れる、という単語をゆっくり受け止める。昨日まで知らなかった人と、今日別れる。短い間だったが、世話になった、という気持ちは、ちゃんと温度を持って残っていた。


「セレーネさん」

「はい」

「あなたたちは、なぜ、俺を助けたんですか?」

「助けた、というほどのことはしていませんよ」

「いや十分、助けてもらった、と思います」

「では、言い直します」


 彼女は、杯を一度机に置いた。


「私たちは、見過ごせなかった。それだけのことです」

「見過ごせなかった」

「ええ。聖騎士の務めには、任務に規定されていないものも含まれます。たとえば、目の前で困っている誰かを、助けること。これは規定されていませんが、多くの聖騎士は出来る限りでお手伝いをします」

「任務ではないけど、する?」

「ええ」

「それは、なぜ?」

「私の場合は、自分が嫌だからです」

「立派ですね」

「立派とは、思いません」

「立派、ですよ」

「自分が嫌な気持ちになりたくないだけです。利己ですよ」

「俺は…いつも…」


 言いかけて、舌が止まる。苦い味が喉奥に張り付いて、脳に発音を中止させる。


「あなたも、たぶんそういう類の人だろうなと、私は思いました」


 口の中で、もう一度、お茶を含む。

 苦味はほとんどない。

 


 朝食の後、馬車はリーセヴァルの北門を出発した。出発の準備は二人の聖騎士が既に済ませておいたらしい。


 窓の外の風景は、昨日と少し変わっていた。麦畑が一面に続くのは変わらないが、丘の傾斜が緩くなる。畑の合間に、林檎のような赤い実をつけた木が、ぽつぽつと立っていた。


 セレーネは、向かいの席で、革の包みを膝の上に開いていた。


 彼女は、包みの中から銀貨を数えて、布の小袋に入れる。それから手紙を一通、丁寧に折って、別の小袋にしまった。手紙の封蝋には、月の紋章が押してあった。


「これが銀貨。王国では、一銀貨で、安宿一泊と二食分くらいです」

「は、はい」

「これで半月分には足ります。半月のうちに、ご自分で稼ぐ手段を見つけてください」

「半月…」

「短いと思いますか」

「いや、十分、長いです」

「結構です」


 彼女は二つの小袋を、こちらの手のひらの上に置いた。手のひらの上で、銀貨の重さと、紙の軽さが、はっきり違うものとして感じられた。


「もう一つ」

「はい」

「エルメンガードには冒険者ギルド『失意の柴矢』の支部があります。そこにヴェルナという女性がいるはずです。彼女に私の名前を告げて、この手紙を渡してください」

「ヴェルナさん」

「ええ。彼女は私の昔の友人です。あなたを悪いようには扱わないでしょう」

「ありがとうございます」

「お礼は、まだ早いですよ。あちらに着いてから、無事に紹介状が機能したら、改めて心の中で言ってください」


 二つの小袋を、リュックの内側にそっとしまう。


「シンジさん」

「はい」

「ヴェルナは、移動が多い人です。会えなかった時は、ギルドの受付に、私の名で居場所を確認してもらってください」

「移動が多い、というのは」

「冒険者ギルドの仕事の関係で、大陸中を駆け回ります。エルメンガードと王都の間は、特に」

「なるほど」

「会えるとよいのですが」


 その会えるとよい、という言葉の裏には、会えない可能性が、ちゃんと織り込まれていた。



 太陽が真上に上るころ、馬車がエルメンガードの城門の前で止まった。

 馬車の窓ごしに見えるエルメンガードは、リーセヴァルの倍ほどの規模に見えた。城壁は高く、門の上の塔が二つ。塔の先端で、王国の旗が風を受けて、ゆっくりはためいている。青地に、白い星が三つ。


「ここで、お別れです」

「はい」

「お元気で、シンジさん」

「セレーネさんも」

「もう、お会いすることはないでしょう」

「すこし、寂しいです」

「別れは常に、覚悟を伴うべきです」

「覚悟?」

「二度と会えないだろうという、覚悟です」


 その言葉だけは、教科書のものではなかった。彼女は口元をわずかに緩めた。


 馬車を降りる。


 石畳に足が着いた瞬間、リュックの肩紐が、重さで肩に食い込んだ。中身は銀貨と紙が増えただけで、本当はそんなに重いはずがない。


重く感じたのは、たぶん、これから一人になるという心のほうの重さだった。


 ロタスとハグルが、馬車の脇から軽く頭を下げた。こちらも、頭を下げる。


「シンジさん、最後にひとつ」

「はい」

「王国は、見た目ほど優しい国ではありません」

「えっ」

「悪い人が多いとか、治安が悪いという話ではありません。ただ、口の数が多い国です。注意なさってください」

「口の数」

「いずれ、わかります」


 セレーネは、それで口を閉じた。

 馬車の扉が閉まる。ロタスが銀の脚の馬に、軽く合図を出す。馬は、ゆっくりと踵を返して、街道の方へ進み始めた、後に残ったのは小気味の良いリズムで馬の脚が石畳を弾く音だけだ。


 石畳の上に、しばらく立ったままだった。

 馬車が街道の向こうに小さくなっていくのを、目で追っていた。馬車の屋根の青が、麦畑の金色の上で、だんだん点になっていった。


 点になりきったあと、ようやく後ろを振り返る。


 門番が二人、こちらを見ていた。一人が、軽く手を上げる。先ほどハグルが何かを伝えたらしく、通行の許可は既に下っていた。

 軽く頭を下げて、門をくぐる。くぐった瞬間、街の音が質量をもって押し寄せてきた。



 エルメンガードの大通りは、リーセヴァルよりも幅広かった。


 石畳の幅は、馬車が二台すれ違える広さがある。両脇には、二階建て、三階建ての建物が並び、ほとんどは一階が店、二階以上は住居らしい構えだった。看板の絵も多い。パンの絵、剣の絵、布の絵、蹄鉄の絵——文字を読めない人にも分かる工夫が、街の作り全体に行き届いていた。


 行き交う人の数も、リーセヴァルの倍くらい居た。荷車を引く商人、籠を提げた女、剣を背負った冒険者、それから、長い杖をついた老人。生活と職業の混雑、と表現したくなるような、賑やかさだった。


 気付かないうちに浮足立ち、心が躍っていた。そこには確かに、何度も憧れた異世界の街が広がっていたのだ。


 心を落ち着かせる仕草をして、初めの目標であるギルド「失意の柴矢」の看板を、探しながら歩く。


 大きな町に対して看板は、意外にもすぐに見つかった。大通りの中ほどに一際大きな建物が存在感を放っていた。


 扉を押す、軋む音が低く鳴る。


 中は、想像していたより明るかった。高い天井の窓から、光が斜めに差し込んでいる。床は石、壁は漆喰、椅子と机が幾組か、奥のカウンターに向かって並べられていた。壁には依頼書らしき紙が、何枚も貼られている。


 失意の柴矢なんて暗めの名前に、本当は少し緊張していた。しかし、そこにはやはり夢に描いていた異世界の冒険者ギルドが想像を裏切らない形で具現化しており、気付けば緊張を上塗りに、踊る心が戻ってきていた。


 冒険者らしき人々が、壁の依頼書の前で立ち話をしている。革の鎧、剣、弓、それから布のローブを纏った魔法使いらしき女性。漫画やゲームでしか見たことのない構図が、目の前で普通に展開していた。


 奥のカウンターに、女性が一人立っていた。

 茶色の髪を後ろで一つに束ね、簡素な白いシャツに紺の前掛けをつけている。歳は…下手したら俺より若いんじゃないだろうか。顔の輪郭は柔らかいが、目の動きは鋭かった。


 興奮を抑えながら、カウンターの前に立つ。まずは御使いを済ませて、ゆっくり周りを観察させてもらおう。


「すみません」

「…」

「あの」

「…」


 カウンターの女性は何の反応も示してくれなかった。しまった、浮かれ過ぎていた。何か作法などがあっただろうか。いや、そうであれば、きっとセレーネは教えてくれていたはずだ。


 今日の俺は、こんな程度じゃあめげない!!


「ヴェルナさん、という方を探していまして」


 彼女の目の動きが、半瞬止まった。ゆっくりとこちらに視線が動く。初めて目が合った。

 

 しかし、続きの音は無かった。冷たい視線にもめげずに俺は続ける。こんなところで止まっているわけにいかないのだ。


「ここにいるって言われたんです。ヴェルナさん」

「…」

「紹介状、も持ってます」

「…」

「これ、あの、」

「紹介状、あの、セレーネって、聖騎士さんから、」


 徐々に声量が落ちていく。アドレナリンに任せて頑張るにも限界はある。俺の身体は徐々に冷たい視線による痛みを感じ始めていた。じわじわと変な汗が噴き出る。顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。


「あの、」

「…」

「出直します、」


 心が折れる音がした。異世界初の挫折である。俺はとぼとぼと踵を返しギルドを出ようとする。しかし、背後で人が動いた気配がした。振り返ると、今まさに俺の心を折った元凶がそれまで冷たい視線を向けることしかしなかった悪魔のようにも思えた女が、右手をまっすぐこちらに向けて指していた。


 意味が解らなかった。しかし、続けて音という概念を知らないんじゃないかとすら思わせていた女が声を発した。


「まじゅつてつどうごふんごにしゅっぱつ」


 マジュツテツドウ、ゴフンゴニシュッパツ?


 おい、まってくれ。どうして、そんなどや顔をしているんだ。満足げな顔をするんじゃない。明らかに窓口の人間として言葉が足りていないだろう。何にも分からないぞ。呪文か?呪文なのか?何か失礼な作法をしてしまった俺を焼き尽くすために呪いの言葉を唱えたのか??


 俺は少し、続きを待ってみたが、無駄だった。女はどや顔でこちらを指さし続けるだけだった。


 先程まで依頼書を吟味していた戦士風の男が急に口を開く。


「おい、兄ちゃん。ヴェルナさんなら丁度さっき出発したよ。五分後にでる魔術鉄道で王都に向かってる」



 俺は走った。沈みゆく太陽よりも速く走った。

 べつに親友は人質に取られていないし、妹の結婚式もあるわけじゃないけど走った。なんなら太陽も沈み始めてすらなかった。


 魔術鉄道というものがどういうものかは分かっていなかったが、移動手段であるだろうという推測と鉄道という危機馴染みのある言葉。そして、街中に点々とたてられていた電車のような絵に矢印付きの看板が俺を走らせていた。


 三分ほど走ると、目当てのものがあった。街中にぽっかり現れた大穴を階段で降りていくと、まさに地下鉄のホームのような空間が広がっていた。


「王都行き、3番列車、間もなく発車します」


 肩で息をする俺の耳に飛び込んできたアナウンス。ほとんど反射で俺は叫んだ。


「まって!!乗る!のりまーす!!」


 さらに走り、小さな段差を超え、三段程度階段を降り閉まりかけた列車のドアに手をかけた。横に立っていた駅員風の男ににらまれながら、手に力を入れ、体を列車の中に滑り入れる。


(ふう、何とか間に合った)


 周囲からは、多くの視線とひそひそという声が浴びせられていた。今回は心当たりがある。明確に俺が作法にかけたことをしたのだ。駆け込み乗車はご遠慮ください。


 こうして、俺は平成のアオハルもびっくりの衝動に身を任せ、街中を駆け回り「時をかける少女」を彷彿とさせる大ジャンプで列車に飛び乗り。好機と蔑視に存分にさらされながら、憧れの異世界風大都市を滞在時間10分程度で後にすることになった。



――王都へと


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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続きは明日19時ごろ更新予定です。


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